12話 正ヒロインがいた件
☆
教室での午前中のもろもろが終わった。
内容は、学園の規則や年間の行事予定など。
担任の教師は、俺が魔法を使えないと知って、露骨に無視を決め込んでいた。
非常に居心地がいい。
このまま卒業まで透明人間として過ごしたい。
「さて、メシだ」
俺は席を立った。
学園都市の中央には、巨大な学生食堂がある。
ここは貴族校舎と平民校舎の生徒が唯一、一堂に会する場所だ。
「身分の差を超えて、次世代を担う若者が交流を深める場」というのが建前らしい。
実際は、カースト制度を再確認する地獄のような場所だが。
俺は食堂の大きな扉を開けた。
中は、サッカー場がいくつか入りそうなほど広い。
内装は、やはり豪華だ。
だが、見事に住み分けがされていた。
高い場所にあるテラス席や、白いテーブルクロスが敷かれたエリアは貴族用。
硬そうな椅子と、がたつくテーブル並ぶエリアは平民用。
ちなみに平民エリアはガラガラである。
授業終わるのが遅いのかな?
俺は平民用のカウンターに向かった。
だって、平民としてここにきたんだもの。
貴族校舎?
あれは事故。
今日のメニューを確認する。
「黒パンと野菜くずのスープ」
……。
いいもん。
栄養素高そうだし。
実際白パンよりも黒パンの方が体に良いし。
貴族用のメニューを見ると、「最高級のサイコロステーキ」とか書いてある。
あっちの方が美味そうだな。
まあ、余計なトラブルは避けるべきだ。
俺はトレイを持って、スープを皿によそおうとした。
☆
「あら、昨日の恥知らずな平民じゃない。何をしてるの?」
背後から、聞き覚えのある高い声がした。
振り返ると、シャルロッテがいた。
昨日泣かせて逃げ出したはずなのに、もう立ち直ったのか。
取り巻きが増えている。
「なんだよ。俺、ここでランチを食べるんだけど。またおねしょの話が聞きたいのか?」
俺が小声で言うと、シャルロッテは顔を真っ赤にした。
「なっ……!あ、あれは、その、もう済んだことよ!」
「ほう、では別の話をしてやろう。お前は…」
「わあああー!!やめて!わかったわよ!」
シャルロッテが地団駄を踏む。
「いい?ここは高貴な人間が集まる場所よ。食堂で食事をとるなんて、マナー違反だわ!外で食事をとりなさい!」
なるほどね。
だから、平民スペースには人がいないんだ。
「学園の規則では、どこで食べても自由なはずだが?」
「規則よりも、暗黙の了解が優先されるのよ!この世界にはね!」
シャルロッテが扇子をこちらに向ける。
すると、周りの貴族生徒たちも集まってきた。
「そうだそうだ!身の程を知れ!」
「特待生だからって調子乗ってんのか!」
ヤジが飛んでくる。
『マスター。不愉快です。非常に不愉快です』
通信リングから、ヴァントの声が聞こえる。
『マスター。許可をください。食堂の魔導スプリンクラーをハッキングし、彼らの頭上にだけ水を降らせます』
「やめろ!そんなテロみたいなこと」
「さっきから何を右手と話してんのよ!気色悪い!」
………。
確かに。
周りから見たらそう見えるのか。
相当前のお袋の様子を考えると、ヴァントの声自身は他の人にも聞こえるはずだ。
「俺の右手には大精霊がいてな。それと話してる。ほら、挨拶を」
俺は右手を叩く。
『こんにちは。大精霊です』
「右手に大精霊ですって?平民のくせに?」
厨二病で誤魔化しがいくかなと思ったんだけど、もっとややこしいことになった気がする。
「もう知らないわ!ふん!」
と言って、シャルロッテ一向はぱっぱと今日の昼食をとって行った。
『マスター。貸し1ですよ?』
「はい」
☆
俺はトレイを運び、平民エリアのガタつくテーブルに腰を下ろした。
目の前には、薄い茶色の液体に申し訳程度の野菜が浮いたスープ。
そして、石のように硬い黒パン。
スープを啜る。
「うすっ」
めちゃくちゃ薄い。
「……。よし、味変だ」
俺は周囲を素早く警戒する。
誰も見ていない。
俺はポケットから、小さな小瓶を取り出した。
その中身は、入れれば基本的になんでも美味しくできる魔法の粉。
そう、カレー粉である。
ヴァントに作ってもらってたんだよね。
それを入れると、一瞬で、香りが変わった。
安っぽい野菜の匂いが消え、重厚なスパイスの香りが立ち上る。
「……いただきます」
スプーンでかき混ぜ、一口運ぶ。
「……お、案外いけるな」
スープの水分でカレーが少し薄まり、スープカレーのような味わいになった。
味のなかった野菜くずが、スパイスを纏って一級品の具材に化ける。
黒パンをちぎり、そのカレーに浸して口に放り込む。
硬かったパンが水分を吸って柔らかくなり、噛むたびに旨みが溢れた。
「あの、隣、いいですか?」
頭の上から声がする。
顔を上げると、そこにはピンク色の髪を揺らす美少女が立っていた。
ルリア。
「メモメモ」の正ヒロイン。
こいつも平民なのに、食堂内でご飯を食べてる俺に声をかけるとか、度胸があるね。
運が悪いと、目えつけられるよ。
本来なら、彼女が特待生として入学し、王子の目に留まるはずの存在だ。
本音を言おう。
正直会いたくなかった。
俺は、王子の性格も、伯爵令嬢の弱みも、国王の隠し子の人数なんかも覚えている。
ゲームプレイに必要あるからだ。
一方で、こいつはどうだ。
「メモメモ」が、マイクを用いた会話形式であるのを踏まえると、プレイヤーの数だけ性格が違う。
よって、どのような性格の人間なのかが不明瞭なのだ。
「……ああ、どうぞ」
ルリアは俺の向かいに座り、じっと俺の顔を見つめてきた。
「あなたが、特待生のエルンさんですか?」
「……そうだけど」
「やっぱり。私も特待生を狙っていたんですけどね。負けちゃいました」
ルリアは少しだけ寂しそうに、でも清々しい笑顔で言った。
なりたくて特待生になったんじゃないよ……って言ったら、さすがに泣かれそうなのでやめておいた。
「試験官を倒しちゃうなんて、平民の間ではもう有名人ですよ?」
「運が良かっただけだ。試験官が寝不足だったんだろ」
「ふふっ。そんなわけないじゃないですか」
ルリアはクスクスと笑う。
その笑顔には、シャルロッテのような……いや、あいつ笑ってなかったわ。
王子のような傲慢さもない。
こいつの性格は、聖女のように優しい……いや、聖女でもやばいやつはいるな。
とても優しいか、猫かぶりかのどちらかである。
☆
「……。あの、それ、何ですか?」
ルリアが俺のスープの器を指差した。
「すごく、いい匂いがします。平民メニューのスープ……ではないですよね?」
「ああ。これは、その……実家から持ってきた『大精霊の粉』を入れたんだ」
「大精霊の粉?」
ルリアが目を丸くする。
「さっきのシャルロッテ様との話、本当だったんですね!本当に大精霊様と契約しているんですか?」
「まあ、そんな感じだ。一口、食うか?」
俺は咄嗟にスプーンを差し出した。
「ふえええ?」
ルリアは顔を赤くする。
なぜ?
……。
ああわかった。
スプーンだ。
「おっと、失礼。こっちのスプーンでどうぞ」
「いいんですか!?じゃあ、いただきます」
ルリアは躊躇なく、俺のスプーンからカレーを一口食べた。
俺が使ったスプーンの抑止力を痛感した。
「……っ!?」
一瞬、彼女の動きが止まる。
大きな瞳がさらに見開かれた。
「……おいしい。なにこれ、すっごく温かくて……力が湧いてくるみたい」
「だろ」
「エルンさんって、不思議な人ですね!良い人そうですし、これから仲良くしていただけると嬉しいです!」
ルリアは顔を少し赤らめながら、俺のそばを離れていった。




