9頁.コード2
チカはお茶を飲み、一息ついて問い掛ける。
「で、何で軍用規格のコードを……?」
アカネは、何故取り調べを受けているような雰囲気に成っているのかと疑問におもいながら、出来るだけ少年に視線を合わせないように答えた。
「狩ったら許可が降りまして」
「ワイバーンを……?」
ワイバーン、またの名を鳥竜。言わずと知れたドラゴンの亜種である。正統な竜種に比べれば実力は劣るが、それでも戦闘機一機では相手に成らず、小隊規模は必須とされている。
アカネは慌てて弁明する。
「あ、でもレイドですよ?」
「一人でやったとは思ってないよ?」
チカは内心、そんなヤツが居てたまるか、と突っ込んだ。
ワイバーンは魔獣の中でも中堅クラス。それも、上位がドラゴン、最上位が魔王というクラス分けをした上で中堅を保っている。そんな化物を一人で討伐出来るの何て、この国でも数えるほどしか居ない。
それはそれとして、とアカネは話を切り替える。
「でも、そのコードで大丈夫なんですか?私が保存してる予備のコードで良いなら使います?」
「予備のコード……?その歳で予備のコードがあるの?」
コードと身体には相性がある。その為、何らかの要因で現在移植しているコードが破損した時に備え、予備として以前移植していたコードをキープする文化がある。
とはいえ、コードは高級品。中古品だとしてもそれなりに値がつくので、下請けに出すケースも少なくはない。
学生かつソロ活動ともなれば、古いコードを下請けに出して新しいコードにするのが一般的。仮に政府組織やクランと言った安定した環境でも、予備のコードは精々一つである。
「今あるのはスネーク・コードのバジリスクとオロチ、ビースト・コードのカマイタチで合計三つですね」
指折り数える彼女の姿に、チカは震撼した。
「ぜ、全部軍用だ……」
コードは軍用と一般用が混同されないよう、魔獣の種類や名前、魔獣だった時の戦闘力でどちらかが判る様に別けられている。
コードは元となった魔獣の性能が反映される。都合、軍用のコードに弱い魔獣を使う理由も、戦闘に優れた魔獣のコードを一般用にする理由もない。
バジリスク、オロチ、カマイタチは三体とも戦闘に秀でた魔獣。なので、三種とも軍用として生産されることになる。
アカネは遠慮がちに手を振りながら言う。
「いやいや、オロチは警察組織でも使ってる人多いですよ?」
「最低でも五億円するコードをおいそれと移植させると思います?あれ、パッシブのお陰で子供でも力士に殴り勝てそうなスペックしてるよ?」
子供でも力士に勝てるというのは、魔力を使用すればの話である。
コードは、基本的に魔力の蓄積量や出力を増やしたり、魔獣の特性を引き継ぐ性能しかない。そのため、コードを移植すれば筋骨隆々になる訳ではない。だが、コードごとに魔力で身体強化した際の倍率が変わる。
オロチは身体強化と自己再生が得意なので、オロチのコードを使用すればその特性を引き継ぎ、子供でも力士に勝てるということだ。
「軍用って買えるんですか?」
「取り引きの履歴は見たことあるよ。カマイタチが八億でバジリスクが十二億だったかな」
コードの値段は、元となった魔獣の危険度や稀少さ、コードとしての性能で値段が決まる。
極論、戦車や装甲車で代用出来るオロチは価値が低く、カマイタチやバジリスクはそれに比べれば高め。中でもサポート性能が高いバジリスクは貴重かつ役割として腐りにくいと言うのもあり、他の魔獣よりも高い。
「ワイバーンは?」
アカネは、ルンルンとした瞳をチカに向ける。が、軍用のコードは日常的に出回る訳ではない。なので、チカは悩みながら答える。
「見たこと無いけど、出力的には五十億は下らないかな?」
そう口にした直後、チカは目算を見誤った事に気が付いた。
戦闘機が百億以上するのだ。ワイバーンは、生きていたときは戦闘機より強い。となると、ワイバーンを素材にしたコードが百億以下では可笑しな話に思えたからだ。
しかし、アカネはそれに気が付かない様子で自信満々に胸を張った。
「五十億の女、良いですね!」
「人の姿をした黒塗りの高級車だわ」
チカが思わず突っ込みをいれる。
寧ろ、値段的にも性能的にも高級車というより軍事兵器レベル。
アカネはニンマリとしながら問い掛ける。
「でも、どうせ魔獣由来のコードならラビットでも高いんでしょ?」
チカは思わず視線を反らして呟いた。
「八十四万円で移植しました……」
「八十四万もするなら立派ですよ!」
「じゃあ何でお金聞いてきたの?」
アカネはアハハと乾いた笑い声を漏らす。
「気になってついですね……。でも、実際問題値段と性能が直結するわけじゃないですよね」
するんですよ。と言う言葉をチカは胸の内にしまう。
少なくとも、数億、数十億円という軍用コードと市販の量産型コードでは比較にすら成らない。
チカは自虐気味に答える。
「アカネの持ってるコードは全部ラビットの上位互換だけどね」
「そうなんですか?」
少女の嘘偽りもない言葉に、少年は納得した。
彼女は狩った魔獣のコードに乗り換えるというスタイルの都合、市販のコードなんて見向きもしていないのだ。自分が所持しているコードが基準だと勘違いしているからこそ、一般人が使うコードとの比較が出来ておらず、自分の特異性に気が付いていない。
コードに関して説明する必要があるのか確認するため、チカはため息を吐いて訊いてみる事にした。
「そうなんですよ。アカネ、コードにパッシブがあるのって知ってる?元の魔物の特性を受け継ぐってやつなんだけどさ」
「それは勿論。ワイバーンは飛行魔術の自動習得に身体強化魔術の出力上昇、及び常時発動、病気や毒に対する耐性。カマイタチは風魔術の出力上昇と耐性、治癒魔術の出力を微上昇、気配察知。バジリスクは毒付与、毒耐性、石化付与、石化完全耐性。オロチは身体能力強化と自己再生能力の獲得、気配察知」
アカネは世間知らずではあるが、頭が悪いわけではない。自分が所持しているコードについては熟知しており、パッシブ効果を止めどなく口にする。
他の魔術師と関わる機会が少なかったので価値観がずれているだけなのだ。
それはそれとして、チカは羅列するコードのパッシブ効果を聞き、苦笑いを浮かべる。
「バーゲンセールかな?」
まるで好きな効果を選んで下さいとでも言うようなパッシブの量である。
そんなことを思いつつも、チカは目の前の少女の性格を何となく理解した。
重複するパッシブ効果が少ない。気配察知や毒耐性など、重複している効果こそあるが、取得しているコードが偏っていない。
通常、魔獣討伐専門の魔術師は獲物を一種類に限定する傾向にある。というよりも、一種類に片寄ってしまう。
例えば、装備しているコードがバジリスクの場合、魔獣との相性にから獲物は毒や石化を使う魔獣になる。同じ魔獣を相手にすれば、安定して倒せる様になり身の危険も減る。
しかし、アカネにはその傾向がない。出された依頼を片っ端から済ませている為、それが所持しているコードのバラつきとして表れているのである。
チカは、下手をすれば魔獣との相性すら考えていないのではないかと考える。
「ドラゴン・コードってどんな特性ですかね」
アカネの質問に、チカは知っている限りの情報を伝える。
「第二次世界大戦の情報だと自己再生、魔術の出力上昇、魔術使用時に消費する魔力量の軽減とか。ブリタニアでは、ドラゴン・コードを移植した軍人がそのまま戦場に参加した事例もあるよ。さっき言ったドラゴン・コードは適合さえするば、ってのはこれだね」
ブリタニアとは、西洋に位置する王国である。魔術に関する歴史は世界でも一二を争い、それだけコードに関しても詳しく、情報の正確性も保証されている。
鎖国して以降、ブリタニアから魔術に関する情報や技術提供は途切れてしまった。今現在の日元では、鎖国前に手にしたブリタニアの技術が最新として扱われている。
「欲しいですね」
「奪うなよ」
彼女はそんなことをする性格ではないという考えと、彼女ならやりかねないと言う考えが同時に沸き上がり、チカは釘を刺した。
コードの性能に関して話していた都合、アカネの興味は目の前の少年のコードに向いた。
「ちなみに、ラビット・コードのパッシブは?」
「無いよ」
チカは即答した。
会話の流れ的に、次は自分に銃口が向けられると予測していただけに、その返答は早い。ガンマンの早撃ちにも似た言葉に、アカネは困惑する。
「え?」
「だから、ラビット・コードにパッシブなんて無いの」
「なら、何で移植なんて……」
アカネは、理解出来ないと言った表情を浮かべる。
彼女は討伐した魔獣のコードを移植している。討伐依頼が出される魔獣は、大多数が人を傷つける魔獣なのでそのコードは軍用。軍用コードは、量産化された一般用とは出力や密度が異なり、パッシブ効果を少なくとも一つは獲得している。
だからこそ、アカネはパッシブ効果もないコードを移植する理由が判らなかった。
「蓄積できる魔力量が上がるからだよ。出せる金で買える中ではスペック良かったし」
人は、ある程度手術に耐えれるようになった際に培養されたコードを移植する。クローン・コードやノーマル・コードなど名称は様々で、そのコードでも簡単な魔術なら行使出来る。しかし、同じ魔術でもコードが違えば使用回数も出力も変わる。
「あるじゃないですか、パッシブ」
「蓄積魔力量の増加はパッシブじゃないって。基礎スペックだから。その基礎スペックの蓄積魔力量すら、ワイバーン・コードの六十分の一なんだからな。何だよ、六十分の一って、プラモデルか」
仮にノーマル・コードで放った炎の魔術がマッチ一本の炎を出せる物だとするなら、ラビット・コードはコンロ程。そして、ワイバーン・コードは焼夷弾。出力の桁が違う。
チカの話を聞き、哀れに思ったアカネは提案する。
「……コード要りますか?移植の手配しましょうか?」
「え、今から?」
「無理強いはしませんが、相手はドラゴン・コードですよ?」
もし、犯人がドラゴン・コードを移植していた場合、チカと犯人の戦力差は文字通り兎と竜。こんがり焼かれて終わり。下手をすれば、アカネと犯人が戦う余波ですら死にかねない。
そんな事を考えてのアカネの言葉をチカは蹴る。
「移植する暇が無いって」
二人は会計を済ませると、店の前で軽く準備運動を行う。
「ここにいても埒が明かないし、調べものするか」
「何をですか?」
「強盗が本当に起きたのか」
現在、灯京都は結界で覆われているので通信が出来ない。調査は、自分の足で行うしかない状態にある。
「そう言えばそうですね。資料も来てますし、行ってみましょうか」
二人は会話を切り上げると、メールに添付された資料を眺めながらドラゴン・コードが強奪された地点に赴く事にした。




