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8頁.コード1

 灯京都とうきょうと、とあるラーメン屋――2020年12月3日、午後7時台。犬塚チカ。


 電脳空間から現実に戻り、チカとアカネは一息ついていた。

 ラーメンは完全に伸び、炒飯は乾燥し始めている。冷めきった食事を眺めながら、アカネはチカの発言を思い出していた。


「コードって兵器なんですか」


 チカは会議が始まる直前、今回の話が兵器強奪と予想していた。直後、コードが強奪されたと聞き、チカは予想が的中したとボヤいていた。

 だが、アカネはコードが軍事兵器だと言う認識はなかった。コードは素材毎に出力が変化すると知ってはいたが、それはあくまで車だとかのエンジン出力の差みたいなものだと考えていたからだ。

 それに、コード自体には殺傷能力はなく、基本的にはメールや通話の為に使う生体器官だと言うのも、兵器らしくない点だった。しかし、チカは答える。


「兵器だよ」

「何か、昔でいう携帯電話みたいなデバイスの延長線上?だと思ってるんですけど」


 コードが生まれたことにより携帯電話は衰退し、今では物好きや愛好家くらいしか使わない。なので、一般的な認識としては携帯電話とコードの役割がそのまま入れ替わった形である。

 チカは、溜め息を吐くとURLをアカネに送る。それは、ニュースサイトのものであり、開くと同時にトップニュースの動画が流れた。二人が電脳空間に居た時に放送されたものだ。


「本日午後五時頃、日元政府に対するテロ予告が送られました。テログループは灯京都大黒区にて軍事輸送車を襲撃したとのことで……」


 会議で聞かされた情報と違うテロ予告の話は、民間人を避難誘導する為の方便である。テロリストが市街地で暴れると脅してきた事にすれば、民間人を待避させる理由が出来る。

 問題なのは、その後の一文。輸送車が教われたと報道しているが、奪われた物が何か一切情報が提示されない。


「あれ、コードって言わないんですね」

「ドラゴン・コードが表に出る事はないかな」

「あの、それまた……何でですか?」


 チカは、何処から説明するべきか悩みながら、天井を見上げる。

 アカネは魔術師としての知識が浅い。それに加え、肝心な魔術も一から組み立てるタイプではなく、感覚と直感によるもの。説明書を読まない人に対する説明は、事前知識が読めないだけ難しい。

 チカは考えを纏め、アカネと話した共通の話題から切り込むことにする。


「ここに来てすぐに話したよね。魔王について」

「その魔王と今回の事って関係あるんですか?」

「この国は魔王討伐が確認できるまで鎖国状態。海外は下手に魔王を刺激したくないから手を出さない。だから、魔王がいる間この国が海外から口出しされる事は無い。ここは良いよね?」


 まるで魔王が海外からこの国を守ってる様な言い方に違和感を覚えつつも、アカネは頷く。


「まぁ、はい。何か海外が敵みたいな言い方が気になりますが」

「敵じゃないよ。ただ、関わらない方が言いというか、準備が整ってないというか」


 チカは、自分の歯切れの悪さを自覚しながら説明した。実際、海外と貿易を再開することで恩恵を得る事が出来るのは確かだ。だから、外国と関わることが全部悪い訳ではない。


「この国は元々貿易大国でしたよね?食料とかは輸入品が大半でしたし。となると、貿易は必要ですし、再開にも魔王は倒すべきでは?」


 当たり前だと思ったことをアカネは投げ掛ける。その問いに対し、チカはどんぶりを箸でつつきながら答える。


「外交的にはそうかもしれないけど、民間人的にはどうだろうね?確かに、食糧難で何人も死んだし、新たな農地確保のために人里離れた地に送られて行方不明になった人も沢山いる。でも、二十年近く経って、その環境に慣れつつあるのも事実だよ。魔王討伐は出来たら良いなであって、必須事項じゃなくなってる」


 この環境に皆が慣れてしまった事に関しては、アカネも気が付いていた。娯楽には困らないし、日常生活を過ごすのに問題はない。

 魔獣に占領された街はあるが、魔獣は金脈と変わらない。魔獣無しでは魔術やコードは発達しなかったのだ。この土地から魔獣が消えてしまえば、魔術に傾倒した現代社会は発展の足掛かりを失う。

 チカは説明を続ける。


「事実かはさておき、ドラゴン・コードが製造されたのは、魔王討伐の為だって解釈する人は多いと思う。つまり、ドラゴン・コードの存在を公表すると、魔王の存在を公表するのと同じ。魔王のお陰で助かってる命だってあるんだ。魔王側につく人だっている」


 普通の魔獣を相手するなら、現状の兵器・武装で事足りる。強力な武器を求めるのは、魔獣ではない何かを相手にする為だと考えるのが自然だ。そうなると、その何かが意味する存在は魔王が最も有力。

 チカの考えはアカネも理解出来る。だが、魔王に助けられている命があるというのは、少し飛躍した考えたにも思えた。


「魔王が人助けを?」

「そうじゃない。食糧難の対策として、政府が食料生産に力を注いだでしょ。その状態で海外との貿易が始まったら、生産者達の失業率は計り知れない」


 海外と貿易が開始されて商品が出回れば、今働いている生産者の需要は低下し、失業者は増加する。今ある商品の中には、海外製品の代替品もあるのだ。そう言った物に手をつけている生産者は確実に押し負ける。


「それは、輸入国だったからですか?現状、魔王が現れた当初とは違い輸入には頼らないと思うんですけど」

「輸入に関しては問題ない。問題は輸出だよ。知ってる?第二次世界大戦で原爆を投下された広縞と長咲で収穫された作物を取り扱わない国があったって。それが、今回は二十年間魔王に支配された国の商品となれば、良い予感はしない。取り敢えず様子見をしようかって国もあるよ。あるいは、宗教的に駄目ですとか」


 魔王が居た土地が不潔という事ではない。イメージの問題だ。

 ファンタジーを題材としたゲームに登場する魔王周辺の地域は、毒の沼があったり木々が枯れていたりと良いイメージが無い。対して、平和な人間界の王国周辺は緑豊かであり、湖を澄んでいる。それと同じだ。

 長年魔王が居た土地は、作物から水、鉱物に生物、何処まで影響を受けているのか判らない。数値上では清潔でも、現代では分析出来ない何かが異常値なのかも、数値を擬装しているかもしれない。そう疑われれば、商品が売れることはない。また、同様の理由で海外がこの国に商品を売り出してくる可能性もある。

 アカネは、完全ではないもののある程度事情を理解して頷く。


「それで生産者に被害が行きかねないと。まぁ、ニュアンスは判りました」

「そんな理由があるから、魔王が見付かってないのは何処かしらの町が匿ってるからかもしれないね」


 実際、魔王を発見して報告する理由が有るかと聞かれれば、特に無い。

 直近二十年近く魔王の被害が報告されていない。魔王が穏健派なのかも、魔王同士でにらみ合いしているのかもしれない。下手に魔王に手を出して、今のバランスが崩れる方がリスクなのだ。

 それに、魔王の事を報告すれば、その土地に軍隊が出動する事になるだろう。街は戦場と化し、戦火に包まれる。これが故郷にとなれば、報告せずに穏便に済ませたいと思う人は居る。


「元々は魔王のせいで苦しんだのに、今ではその魔王が生命線って、何か皮肉ですね」


 アカネは少年の顔を覗き見た。

 現代において、魔王はオカルトに足を踏み込んでいる。存在すら確認出来ない未知の怪物。

 アカネは考えを改める。

 魔王がまだ生きているか確証が無かったが、人より魔王について詳しいであろう目の前の人物が魔王の存在を確信しているのだ。それはきっと、魔王と何かしら繋がりを持っているに違いない。

 故に、魔王は今も生きている。

 少女が思考を巡らせていると、チカはパンと手を叩いた。


「ま、それは置いといて今回の依頼だね」


 今回の依頼は、ドラゴン・コードの捜索。魔王について考えても、調査は進展しない。

 アカネは会議を思い出した。


「どうします?何か、実戦データ取りたいだけって言ってた人の話、ちょっと有りそうに思えちゃったんですけど……」


 ドラゴン・コード使用者と従来の魔術師を戦わせる狙いがあるのではないか。会議の最中、参加者の一人がそう疑っていた。

 いや、正確には参加者の大半が疑っていた。チカも同様である。


「同感。だから様子見したいんだけど、その様子見の間に移植されたら面倒だなって」

「移植ってどれぐらい掛かるんですかね?イメージ的には心臓バイパス手術と同じくらいですけど」


 コードは、心臓に直接繋ぐ必要がある。アカネが心臓バイパス手術と口にしたのは、パッと思い付いた心臓関連の手術行為がそれしか浮かばなかったからだが、あながち間違いではなかった。

 チカは悩みながら言う。


「医者じゃないからなんとも」

「移植手術が仮に五、六時間として、実戦出来るのは……いつですかね?」


 アカネは頬に指を当てる。

 手術時間は、執刀医が魔術師かで変化する。執刀医が魔術師の場合、切開や縫合を魔術で出来る他、自身から溢れる汗を抑えたり、執刀の際の手の動きをアシスト出来る。その為、手術時間は半分から三分の二にまで抑えれる様になった。

 今回の場合で言えば、執刀医が魔術師であれば手術時間は三時間から四時間。ニュースの情報でコード強奪が午後五時と判明しているので、すぐに手術を行っていれば後一時間で移植完了となる。


「それなんだけど、普通のコードは一週間。ドラゴン・コードはちょっと例外で、適合さえすればその瞬間に動ける」


 通常、コード移植から一定期間魔術を行使出来ない。移植手術直後のコードは、末端が切断され、全体に亀裂が走った排水管のようなもの。

 本来は、時間を開けて身体に馴染ませる事で亀裂を修復し、末端が身体合わせて成長し、魔力が身体を循環するように形作る。

 とはいえ、これにはコード差・個人差がある。

 第一にコードの素材となった魔獣が早熟だったり、高い再生能力を持つのであれば、コードが身体に馴染む時間は短縮化される。

 第二にコードを移植する人間の身体が元々強靭だったり、コードに波長を合わせるのが得意な体質の場合、コードの状態が不安定でも無理矢理魔術を発動したり、コードのポテンシャルを最大発揮する事でコードが馴染む速度を上げる事が出来る。


「はい?私は一週間も掛かりませんでしたよ?」

「え、俺五日は療養したけど」


 チカの五日ですら平均より早い。だが、彼の目の前に居る少女は、少し戸惑いながら口を開いた。


「私は次の日には魔術使えましたよ?」

「そんな……」


 いくらなんでも早すぎる、という言葉を少年は飲み込む。

 そもそも、手術した次の日に魔術を行使できるか試しているのがおかしい。もし、馴染んでいないのに魔術を使えば、移植したばかりのコードが断裂して使い物にならなくなってしまう。だから、魔術師は移植を終え、体が万全になっても暫く魔術を使わないで様子見する。

 チカは、目の前の相手の顔をじっとみる。純真無垢な彼女の顔には、嘘偽りを口にしている気配は微塵もない。

 なんなら、嘘を言う光景より、手術を終えた次の日に魔術が放てるか試している光景が浮かぶ。

 少年がガクリと項垂れるのを見て、アカネは訊ねる。


「何のコード使ってますか?」

「ラビット・コード」

「あら可愛い」


 思わず微笑む少女の反応を見て、チカは方眉を吊り上げる。


「喧嘩売ってる?」


 ラビット・コードは、比較的安価に手に入る魔術師用のコードとして有名だ。

 魔獣由来のコードなので、一般人がつけているノーマル・コードより性能が高い。が、他の魔獣由来のコードと比較すると流石に見劣りする。そのため、魔術師は将来的にラビット・コードを卒業するようになるので、若葉マーク扱いされることが多い。


「そ、そんな訳ないじゃないですか……!」


 手と首を忙しなく動かしながら否定するアカネを見て、チカは怪訝な面持ちで訊く。


「で、そっちは?」

「……ワイバーン・コードですね」


 その答えを耳にし、チカは全てを悟ったように呟いた。


「……さては軍用コードだな?」

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