6頁.緊急招集1
日元、警視庁第四電脳空間――2020年12月3日、午後6時台。犬塚チカ。
二人が招待された電脳空間は、白一色に染めあげられた飾りっ気のない待合だった。
電脳空間は、未だに発展途上な技術であり不確定要素も多い。そのため、容量を極力減らして事故を避ける為に、最低限のオブジェクトで済ませるのが一般的だった。
それでも会議等で使われるのは、情報の隠匿性能と身元を偽れないという点にあった。
従来の通信を傍受する技術は、通信のやり取りを捉えると言うもの。それに対し、電脳空間を用いた話し合いは、全てが電脳空間で完結する。一度、電脳空間にログインしてしまえば、外部から情報を捉える事が出来なくなるのだ。
また、電脳空間にログインするのは精神体、つまり心や魂。幾ら肉体改造な整形、変装をおこなったとしても、精神を作り替える事は出来ない。部外者が侵入すればすぐに判る。
二人が待合で待機していると、部屋にアナウンスが流れる。
「ようこそ。申し訳ありませんが、スキャンを実行します」
そう宣言した瞬間、最初にチカの、次にアカネの身体にノイズが走る。それと共に全身に広がる異物感、痺れ、鋭い痛み。
理不尽かつ不快に思える感覚を受け、アカネは不機嫌そうに呟く。
「何でスキャンなんて」
「会議を録画したり盗聴することの対策。俺がメールに術式を込めたみたいに、精神体に術式を込める事を懸念してる」
チカは、何となく小声でそう説明した。
チカの説明は正しいが、あくまで理論上可能というだけで成功したという報告は無い。電脳空間を使用する事自体が稀なのだから、それ対策に術式を構築する者が少ないのは当然といえる。
だが、スキャンをせずに情報を抜き取られた場合、事情を知らない世間的には怠慢扱いされることになるので、形式上スキャンが行われていた。
「なるほど」
アカネは納得した様子で頷く。
スキャンが終わり、再度アナウンスが響いた。
「ありがとうございます。では、会場にどうぞ」
壁面にエレベーターの扉に似た平坦なドアが現れる。
二人が指示に従いドアを潜ると、そこは扇状の形をした部屋だった。会議室というよりコンサートホールを思わせる形をしており、奥に進む程床が低くなっていた。
部屋には既に人が集まっており、各々好きな席に座っている。
人数は百人を越えており、魔術師社会に詳しくないアカネは、その人数に驚いていた。
「あらま、一学年くらい居ますね。全員魔術師ですか?」
チカは彼女の質問に答えず、着席を促す。
「さっさと席に着くよ」
「はーい」
最前席と最後席は埋まっており、二人は何と無く壁に面した通路側の席につく。
集まった魔術師を見て、アカネは呟く。
「何か同じ雰囲気の人達が居ますね。って、服まで同じだ」
電脳空間での衣装は、ID毎に初期化される。つまり、電脳空間毎に衣装を選ぶ必要がある。今回のように緊急招集された時に初期衣装では無い人物は、それだけ緊急時に呼ばれる人材であったり、組織に属していると言うことになる。
チカはアカネに耳打ちする。
「あっちは警察組織の対魔科。で、その後ろのは陸軍の英傑部隊」
警察はスーツ姿で軍人は迷彩服。これは、身分提示も兼ねている。
緊急招集は、メールを受け取った時点で拒否権がない。そのため、余裕がないのに参加させられる者も存在し、精神的に荒れた状態なので他の参加者と喧嘩したり会議の妨害をする事もある。警察組織や軍隊が判りやすく構えているのは、そう言ったトラブルを事前に防ぐための抑止力も兼ねている。
「あ、むこうは知ってますよ。魔獣討伐専門クランの夜雀夜行とアルゴノートです」
アカネは嬉々として指差す。
クランとは、魔術師達が独自に持つコミュニティの一種である。魔獣を討伐したり傭兵として活動するクランもあれば、仲間内で情報交換するためのクラン、あるいは個人個人の日常生活優先で不審者や災害時のみに連携を取り活動するクランがある。
中でも、アカネが指した二つのクランは魔獣討伐専門の組織。衣服も白一色の初期衣装とは異なり、各自好きな衣装に着飾っている。
「あの二つって、ガチガチの戦闘クランか」
「よく見ると、配信者まで居るね」
参加者の中には、中二病を思わせる衣装や、ゴシックファッション、ゲームキャラクターの様なポップな衣装を者が居る。魔術師の活動を配信する者達だ。
魔術師は、一般人からしたら得体の知れない要素が多い。それは、魔術が身近になった現代でも変わらない。
未知が恐怖となり、現代で魔女狩りが発生する可能性は少なくない。
そのため、魔術師としての活動を公開するべきだと考えた人達が配信サイト等に名乗りを上げ、政府もそれを支援する形になっている。
「お前ら、うるさいぞ」
二人の前列に座る男が不機嫌そうに言う。が、アカネは尚も続ける。
「良いじゃないですか、別に」
「緊張感が無ぇって話だ」
「緊張感?」
男は、呆れながら溜め息を吐く。
「政府管轄の部隊が複数居るのにフリーランスにまで声が掛かってるんだ。おかしいだろ」
チカは男の言葉に同意して頷く。対し、アカネは首を捻った。
「レイド依頼ですか?」
強力な魔獣を討伐する為に複数の魔術師や組織で挑む事をレイドと呼ぶ。そう言った魔獣は討伐依頼よりも早い段階でニュースやSNS、掲示板で情報が拡散される。
現在、魔獣のニュースはアカネが討伐した魔獣のみ。それに、集まった魔術師には戦闘職以外の者も居る。レイドの可能性は低い。
今度は、二人の後列に座った中年の男が身を乗り出して言う。
「この規模感は大震災の時を思い出すね」
津波や地震、火事で魔術師が救援活動に参加する事例は少なくない。救助活動、行方不明者の捜索、食料の生産。幅広い人材が必要になるので、呼ばれた魔術師に一貫性がないのも頷ける。
だが、直近で緊急地震速報も津波警報も流れていない。
「レスキューの雰囲気ではないと思いますが……。チカちゃんはどう思います?」
アカネが訊ねると、チカは答えにくそうに呟いた。
「……強盗」
その説を前列の男が鼻で笑う。
「こそ泥探しってか?怪盗でも出たって?」
笑われながらも、チカは確信した様子で続ける。
「そう。軍事兵器の強盗」
チカがそう口にした瞬間、周囲の空気が凍る。
魔術に関係した兵器が盗まれたのなら、魔術師に頼るのは自然。また、強奪された位置を時間から、犯人が行動できる範囲に居る魔術師全員にメールを送信し、招集に応じなかった魔術師は、現在も逃走中か犯人に繋がってる可能性が高いと言うことになる。
軍事兵器の強奪なら、情報公開に時間を必要しても不思議はない。
「あ、始まりますよ」
アカネがそう言うとステージに黒服の男が登り、参加者を一望した。
「単刀直入に言おう。今回集まって貰った依頼内容は、本日夕刻に強奪されたドラゴン・コードの回収である」
黒服がそう言うと、チカは項垂れながら情けない声をあげる。
「当たったぁ……」




