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3頁.食事会1

 灯京都とうきょうと、とあるラーメン屋――2020年12月3日、午後6時台。犬塚チカ。


 チカの抵抗虚しく、半ば強引に二人は打ち上げを行うことになる。 アカネに手を引かれ、到着したのはラーメン屋だった。

 椅子のクッション部分にはヒビが入り、元々白かったであろう机にはシミが付いている。ハッキリいうと小汚ない印象を感じさせる店だ。


「大将さん、空いてますか?」

「何だ、今日は彼氏連れか?羨ましいねぇ」

「はーい。ちちくりあうのでそっとしといて下さーい」


 アカネはチカの腕を抱くと迷わず店の奥へと向かい、そのまま二階に進む。

 二階は座敷になっており、一階のギトギトとした内装とは印象が異なる。チカは珍しそうに辺りを観察した。

 部屋に魔術を使用した痕跡がある。それも隠す様子は見られない。魔術の種類は防音や人避け。人を匿うときに使う魔術の代名詞だ。

 チカが辺りを見ていると、アカネは不思議そうに肩を叩く。


「どうかしました?」

「こんなところに案内されるとは思わなかったから」


 チカは、何の気なしに魔術が頻繁に使われている場所を探す。探し方は、一階の汚れを観察するのと変わらない。魔術が同じ場所で何度も使われているのなら、その場所にはシミの様に魔力が付着している。

 チカが到着したのは部屋の入り口だった。そこには、看板を吊るすフックが取り付けられていて、その下には小さな看板が箱に詰められている。

 それを見てアカネは少年の元に歩み寄ると、看板の中から『現在貸し切り』と書かれた物を取り出して吊るした。

 事前に術式が刻まれている看板で、魔力さえ流せば人避けと防音の魔術が発動する仕掛けである。


「ここの店主さん魔術師の方で色々と話を合わせてくれるんですよ」


 看板の魔術を起動させると、二人揃って席に着く。

 アカネは、少年に話を振ろうとした瞬間、彼から名前を聞いていないことを思い出した。


「あ、自己紹介がまだでしたね。私は最上アカネ、よろしくお願いします」

「本名の方名乗るんだ」


 チカは困惑する。

 普通、魔術師は自分の本名を名乗らない。魔術には、名前を参照するものが少なからずあるからだ。

 例えば、警察では犯罪が起きた際、犯人の名前が判っている場合はその名前を対象に索敵する。そうすると、犯人と同じ名前の人物だけがピックアップされ、目撃証言等を元にピックアップされた人物のどれが犯人か判ると言う仕組みだ。

 本名がバレると、位置情報は常時筒抜けになると考えて間違いない。その為、魔術師は本名を名乗らずにコードネームや通り名を名乗るのが暗黙の了解となっている。

 しかし、アカネは情報管理の意識が他の魔術師より低い為、彼女はコードネームの類いを使ったことがない。


「普通は偽名を名乗るんでしたっけ?」

「それかコードネームとか通り名をね」

「すみません。癖でつい……」


 魔術師の大半は、日中一般人と同じ様に生活している。仕事中に魔術師用の偽名を名乗る人なんて居ない。だから、一般人としての生活中と魔術師としての生活中で感覚が混ざり、うっかり伝える名前を間違える人は居る。

 チカは溜め息を吐いて名前を伝える。


「犬塚チカ」

「それは本名ですか?」


 アカネは目を丸くした。

 アカネとは異なり、チカにはコードネームがある。名前は『駄犬』と言い、周囲から勝手に付けられた名だ。

 この名前に対し、チカは好きとも嫌いとも思っていない。だから、コードネームの方を名乗っても良かったのだが、私が本名を伝えたからそっちも本名を、とアカネに言われた時に面倒だと判断し、本名の方を名乗った。

 チカは質問には答えずに話を促す。


「そんな話をするためにここに来たの?」

「そうでしたそうでした」


 アカネが呼び出しボタンを押すと、まもなく店主が現れた。

 部屋の入り口に術式が刻まれた道具が置いてあり、それを起動しているので、アカネとチカが魔術師だと店主目線判る。

 アカネは店主と知り合いなので、知っていて当然だが、魔術道具の事には初めてここに来たチカも気が付いた。つまるところ、二階の個室は魔術師用の部屋なのだ。

 店側は、魔術師に粗相をしてトラブルが起きても困る。ある種の優先席の様な扱いに、この部屋はなっていた。


「で、注文は?」

「餃子二皿とマヨチャーシュー丼、ラーメンは豚骨味噌でもやし大盛り、後キムチも。ユッケは……迷うけど今回はパスかな。チカちゃんは?」


 チカはアカネの顔を見て、あの地下鉄の光景をみた後にユッケを頼もうとするのは中々肝が座っているのでは、と思いながら注文を伝える。


「大葉と梅のつけ麺とほうれん草のお浸しで」

「セットなら二百円で炒飯や丼物つくぞ」

「なら、煮干しチャーハンをお願いします」

「あいよ」


 大将が立ち去ったのを確認すると、アカネは話を切り出す。


「打ち上げ以外にも呼んだ理由はあってですね。チカちゃんは魔王についてどう思います?」


 魔王とは、強力な力を持つ魔獣のことを差す。魔獣の王で魔王。その戦闘力は、何の比喩でもなく一国と同等であり、討伐には複数の国からなる連合軍が必要となる。


「どう思うっていうのは?」

「本当に居るのかどうかみたいな」


 現在、日元は魔王が存在しており、その被害を他国に広がる事を防ぐために鎖国状態になっている。日元の領土、領空、領海には結界が張られており、その周辺を上空は人工衛星が、深海は潜水艦ご監視していると言う二重の監視体制が取られている。

 海路、空路の全て遮断されているのが今の日元である。

 現状、魔王が国外に逃亡したと言う情報は無い。その為、魔王は日元に居る。


「実在するかどうかなら居るんじゃない?じゃないと、流石に鎖国してないでしょ」


 日元は輸入大国だ。食料品やレアアースに石油、輸入に頼っていた物を挙げると切りがない。魔王が現れて以来、日元は貧困に喘いでいた。

 ガソリンや灯油は高騰し、暖房だってろくに使えない。今でこそ生産者を増やして安定している食料だが、鎖国した当時は余裕なんてなく、多くの人が餓死した。


「でも、二千二年以降目撃証言とか皆無じゃないですか。もう二十年経ちますよ、二十年」


 アカネは指を二本立ててチカに向ける。

 魔王が姿を眩ましたのは2002年、現在は2020年。魔王が姿を消してから既に十八年が経過している。アカネとチカ、二人とも魔王が消えた後に産まれており、魔王が現れていた時の事を知らない。

 だからこそ、大人達が怯えている魔王の存在はオカルトに近い。アカネの様に魔王の存在に疑問を持つのは無理もない。


「野良の魔術師でも政府から隠れて暮らせるんだし、別に不思議とは思わないかな。それに、情報統制されてそう。北界道とか絶対居るでしょ」


 北界道は、1998年に魔獣行軍(スタンピード)と呼ばれる災害と魔王の出現が重なり、人類の生存圏では無くなった。以降、北界道に現れた魔王は表舞台から消えた為、今でも北界道に居るのでは、魔獣の群れに倒されたのでは、何者かによって封印されたのではと噂されている。

 魔王の情報は、一般人の手に入らないトップシークレット。魔王が実在するから情報を隠匿しているという考えと、魔王が既に存在しないから情報が無い事がバレないようにしていると言う二つの考えに別れている。

 チカは前者寄りの考えであり、アカネは後者。


「でも、お陰でいい迷惑ですよ。こんな時代じゃなかったら海外旅行したかったです。語学はコードの拡張機能で誤魔化せますしね」


 コードには、視覚や聴覚で認識した言語を自動翻訳出来る機能がある。何語で話しかけられても母国語に聞こえるので、相手が同じくコードを使用しているのなら何語で話しても母国語として伝わる。


「それについては同意かな。海外の魔術が日元のとは違うのかとか色々と」


 魔術はその地域の特色が反映される。チカが扱う追跡用の魔術は地図に相手の位置を映すものだが、狩猟文化圏では相手を犬の霊獣が追ったり、異国の警察組織では指名手配の張り紙が相手の姿に更新されたり、あるいは防犯ポスターが怪しい人物を記憶したり睨み付けたりする。

 他の文化を取り込むことで、魔術の幅が広がる。

 その時、部屋がノックされ襖がゆっくりと開いた。

 

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