2頁.魔獣討伐
灯京都、とある地下鉄のホーム――2020年12月3日、午後5時台。犬塚チカ。
地下鉄の中は余りにも凄惨な有り様だった。
床は血の海と化し、壁には肉片がこべりついている。駅全体に血煙が満ち、鼻で呼吸すれば鼻血でも出しているのかと錯覚するほどの濃密な血の香りが漂っていた。
アカネは、ウエストポーチからリボルバーを取り出しながら先導する。
「ありゃりゃ。全滅してますね」
アカネは、駅の通路を眺めながら口にした。
そこには、警官達の遺体が横たわっている。皆一様に腹部から胸部にかけて捕食された跡があり、同一個体にやられたのだと二人は予測する。
「ところで、友達は居ました?」
「居たよ」
駅の改札機では、逃げ遅れた人が詰まったのか、あるいは転倒してドミノ倒しになったのか、多くの遺体が積み重なっている。その中に、チカと同じ学生服を着た亡骸が居た。
頭部は既に無くて顔は判らないが、手首に着けていたアクセサリーを見ればクラスメイトの遺体だと一目で判る。
「御愁傷様です」
そう言いながら遺体に祈りを捧げるアカネに対し、チカは冷静に遺体を見ていた。
「クラスメイトだけど友達ではないから別にかな。そんなことより、コード食べてるか」
遺体は全て腹部から胸部に掛けて捕食されている。
全身に魔力を伝達するコード、その大元は心臓に接続する形で移植される。被害者の傷は、胸部から腹部という共通点。コードが全て遺体から消えている。
「ですね。嫌なことに成りましたよ。この個体、逃がしたら強くなるじゃないですか。索敵お願いします」
コードには魔力が満たされている。
魔獣は、魔力を取り込むことで成長するため、現在追跡中の魔獣は成長の真っ最中。放置すればより強力な個体になる。
チカは、クラスメイトの遺体からコードが綺麗に抜き取られているのを指先で触れて確認すると、手をハンカチで拭いながら立ち上がる。
「位置ならもう判るよ」
「え?」
アカネが困惑する最中、チカは確認のためにメッセージを送る。本文は「お休み」という最低限の文章。宛先は、コードを捕食されたクラスメイト。
「三時の方向、四歩先」
チカが指示を終えた瞬間、彼の示した地点に風穴が開いた。
アカネは、聞いた座標を撃ち抜いて見せたのだ。それも、指示を出したチカ自身、情報を伝え終えたと認識するより早く。
吹き出す血液が魔獣の輪郭に沿って滴り落ちる。
四足のシルエット、足には水掻き。カエルか山椒魚を思わせるふくよかな肉付き。
重力に従い透明な頭部がホームに落ちると、続いて身体も地に伏した。
魔獣が沈黙したのを確認し、アカネは白い吐息を吹かし、銃を軽く振った後にウエストポーチに突っ込む。
「ふぅ……」
アカネを尻目に、チカは魔獣の遺体を観察した。
死体だというのに、魔獣の体表には防壁が張られており、魔弾が命中した場所だけ綺麗に防壁が蒸発している。
防壁は、用途によって亀の甲羅やオーロラの様に形状が変わる。魔獣の体表を包んでいるのは、規則正しい格子状の防壁。警察組織が使用するものだ。
魔獣に良くある能力として、補食した相手の魔術を習得出来るというものがある。その場合、魔獣の結界強度は警察組織が使用する結界と同じ、銃弾なら容易く防げる。防げないのはロケットランチャーや戦車の砲弾。つまり、アカネの放つ魔弾は砲撃相当の威力になる。
その事に気が付いたチカは思わず身体が強張る。
「……強くありません?」
「これで生計立ててますからね。それより、よく位置が判りましたね。私にはさっぱりでした。自信が有ったんですけどね」
地上でチカの透明化を見破った彼女が、今回魔獣の透明化を見破る事が出来なかったのは、環境が悪かったからだ。
生き物は生きている間、魔力を生成して自分の体内を循環させる。だが、死体になると魔力は循環しなくなり、体外に放出される。生き物が死ねばその場所に漂う魔力が増え、魔力探知が機能不全に陥る。
そうなった場合、魔力ではない別の方法で相手を探知するしかない。魔力探知しか索敵手段がないアカネには不可能だ。
「野次馬しに行く話してた時に『マーキング』付けてたから」
チカは、クラスメイトの遺体を差す。
マーキングとは誰かを追跡中する為の魔術である。古来は匂いだとか鱗粉を付着させるものだったが、現代では位置情報が地図に乗るほど精度が上がっている。
本来、クラスメイトをマーキングすることで、魔獣がどの位置に現れたのか確認するのが狙いだったが、魔獣がクラスメイトを捕食した為、奇しくも魔獣の位置を特定するマーキングになった。
撒き餌にするつもりは無かったので、その点は申し訳ないと思いチカは遺体に黙祷する。六文銭の代わりにお金でも振り込もうと思ったが、今振り込むとコードを取り込んだ魔獣にお金が行くので、それは止めておいた。
チカの説明を聞き、アカネは感心した様子で口元に手を当てる。
「へぇ……!マーキングってそんなに簡単なんですか?」
その言葉に、チカは「簡単」とだけ書いたメールを送り付けて返答した。
「何でメールで答えるんです?」
アカネは、訝しげに届いたメールを指先でつつく。不用心な彼女の行動に、チカは呆れながら説明する。
「それ、マーキング付いてるから」
「メールに術式って組み込めるんですか?!」
魔術を行使するのにはそれを出力するための公式、術式と呼ばれるものを組み込む必要がある。使用したい魔術によって術式をパズルの様に組み合わせていく。術式が複雑になれば、それだけパズルも難しくなる。だが、それは普通に術式を組む場合だ。
他の道具に術式を刻む場合、それはボトルシップを組み立てる様なものだ。決められた要領に抑え、少しでもその要領を越えた瞬間に術式が崩れ、一から組み直す必要がある。
加えて、術式の遠隔起動ともなれば、そのパズルやボトルシップをゲームセンターのUFOキャッチャーのアームでやる様なものであり、初歩の魔術ですら行使出来る者は少ない。
驚愕するアカネに対し、チカはあっけらかんと答える。
「まぁ、出力はお察しだけどね。で、今度はそっちの番」
「私?」
アカネが人差し指で自分を差すと、チカはウエストポーチをに視線を落とす。それを見て、彼女は頷いて手を銃の形にした。
「私のは魔弾です。ただ、銃を撃つ動作そのものに術式が組み込んであって、こう……エクスカリバーみたいな、伝説の武器を使って発動するタイプのではないんですよ」
「だから玩具なんだ」
「あ、気付いちゃいました?そうなんですよ。撃つ動作が重要なので、実銃である必要は無いんです。まぁ、玩具だとそれはそれで恥ずかしいんですけどね」
実銃をそんな雑に鞄に入れる人は居ないだろ、と言う言葉をチカはウエストポーチを眺めながら飲み込んだ。
ポケットに入れて転倒しただけで、暴発した事例がある程銃の扱いは繊細だ。他に道具が入っている鞄のなかに実銃を入れる筈がない。
アカネにとって銃とはファンタジー作品の魔法使いが魔法を使うのに使用する杖の役割、魔術を行使する為の補助具に過ぎない。アカネが普段ウエストポーチに銃を入れているのは、発動するのに必須ではないからである。
アカネが魔弾を放つ為に必要なのは銃を撃つ動作。つまり、銃自体は要らない。指鉄砲でも魔弾は発動できる。彼女がそれでも玩具の銃を持ち歩いているのは、補助具を使用した方が出力が安定するからだ。
アカネは少し照れながらお腹を擦る。
「そうだ!折角ですし、打ち上げでもしませんか?一緒にご飯とか。戦った後だとお腹減っちゃうんですよね」
チカは辺りを見渡す。
赤々と染まる、死屍累々とした景色。えずきそうな、噎せそうな程充満した死臭。香りが鼻を抜けるのを嫌い、口で呼吸すればしたの上で鉄の味が転がる。
「……少なくともこの惨状見て食欲は湧かないかなぁ?」




