1頁.物語の始まり
日元、灯京都、とある高校――2020年12月3日、午後4時台。犬塚チカ。
都内、夕陽浴びる高校。放課後の教室に二人の高校生の声が響き渡っていた。
「なぁ、都内に魔獣が出たんだってさ!見に行かね?」
魔獣とは、魔道器官が異常発達した生命体の総称である。
魔道器官は、全身に魔力を循環させる器官であり、全ての生き物に備わっている。
基本的に魔獣は人間よりも魔力量が多く、中には魔術を行使する魔獣も数多く確認されている。現代では、妖精や魑魅魍魎の類いも魔獣に分類されている。
魔獣の中でも危険な個体は、討伐した際に政府から報酬が支払われる。ある種のイベントの一つとして、世間に浸透していた。
運動神経の良い学生が魔獣を討伐したと言う事例も確認されているため、学生間では密かにビックドリームとして囁かれており、魔獣討伐に向かう命知らずも少なくはない。
「え、マジで?!」
「マジマジ!」
「見たい!」
二人の男子が興奮気味に会話する他所で、少し冷めた態度で帰り支度を済ませている少年――犬塚チカが居た。
「お前は?」
チカは、クラスメイトに話しかけられると、宙で指先を踊らせる。
コードと呼ばれるデバイスが存在する。
コードは、人体に移植する生体デバイスであり、言うなれば人造の魔道器官である。人間は、魔力を生成することは出来るが、その魔力を保持し続けたり、出力する事が苦手。その為、コードを介して魔力を扱う様になった。
コードの発達により、今では携帯電話を使用して行っていた通話やメールを外部デバイス無しで使用出来る。
少年は、特定の波長で魔力を発する事で画面を表示し、メッセージを入力して送信する。クラスメイトの視界には「俺はパス」という端的な文字が浮き上がった。
「何だよ。メールじゃなくて口で答えろって」
「ノリ悪いなぁ。早く行こうぜ!」
クラスメイト二人が廊下に駆け出すのを静かに見送りながら、チカは静かに
「アホくさ……」
と呟くのだった。
・・・
灯京都、地下鉄付近――2020年12月3日、午後5時台。最上アカネ。
都内の地下鉄入り口には、複数の警察車両と救急車が蟻の様に群がっていた。小雨がアスファルトを叩き、地面は鏡のように赤いランプを反射している。
周囲には野次馬が溢れかえり、警察官がそれを押し留める。地下道から香る血煙が住民を呼び寄せていた。
現場から少し離れた歩道橋、ウエストポーチを着けた制服姿の少女――最上アカネが居た。
アカネは、歩道橋の下を覗き込む。
「あれ?」
彼女が感じ取ったのは、魔力だった。何処か近くで魔術が使われている。そんな気配を彼女は感じ取ったのだ。
気配は確信に代わり、アカネは歩道橋から飛び降りると階段下の空間に声を掛ける。
「もしかして、魔術師の方ですか?」
そこに居たのは、犬塚チカだった。
チカは、歩道橋の下で現場を傍観していた訳ではない。何が起きても大丈夫な様に透明化の魔術を使用していた。
いきなりアカネに声をかけられた彼だったが、特に取り乱す事はない。彼は内心、透明化してる人に話しかけないでくれよと呆れていた。
「あの、見えてますので……」
アカネの言葉を聞き、チカは自分の身体を確認するが、水滴一つ付いていない。
ごく稀に魔力を目視できる魔術師が存在する。チカは、目の前の彼女がそうなのだろうと観念し、魔術を解く。
「『解除』」
そう告げると共に犬塚チカは姿を表し、その光景をアカネは嬉々として見つめていた。
「あ!やっぱり魔術師さんでしたか」
「で、何?用事無いならまた消えるけど」
魔術を発動するのには生命力である魔力を消費する。半ば無理矢理透明化の魔術を解除させられたチカは、不貞腐れながら眼を細める。
そんな事など気付かず、アカネは笑顔で返す。
「すみません。同業者だ~って思ったらつい」
「同業者って、こんなの別に珍しいものでもないでしょ。結構使ってる人居るよ」
魔術を使用する人は少なくない。
魔術は、火を生み出すような代表的な魔術の他にも多数存在し、自然と日常に溶け込んでいる。てるてる坊主や、道に迷った際に棒を倒して進む方向を決める行為がこれに該当する。
晴れる事を祈りながらてるてる坊主を作る・吊るす際に無意識の内に術式を刻み、魔力を注いでいる。
「でも、無意識な人って魔術師って感じでは無いじゃないですか。こう……上手く言えませんが、バイクと自転車の違いみたいな」
アカネは悩みながらそう答えた。
彼女の伝えたいことは、無意識に魔術を使う人と意識的に魔術を使う人は違うと言う話だ。
例えば、スポーツが上手くなる様な魔術を行使するとして、それを偶然使っているのと、狙って使っているのでは性能や効果が全く違う。
前者は魔術を行使している自覚がないので願掛けの範疇を出ない。投げたボールが速くなるだとか、足が早くなるといった大雑把な出力。
しかし、後者の場合は狙って魔術を使用しているので出力を意図的に操作出来る。投げたボールの回転速度を操る事で曲げたり落とす、走る時に身体が風を切るのを補助することで空気抵抗を減らすと言った明確な出力。
アカネは、不意に耳元を手で覆いながら辺りを見回す。
「あ、すみません。通話が」
通信や通話はコードを通して行われる。連絡が入ると視界に通知が入ったり、耳元や頭の中で音がなったりして着信を知らせてくる。
アカネは、チカに背を向けて着信に応じた。
「はい。魔獣の討伐に失敗したんですよね?判りました。丁度、現場の前に居ます」
通話を終えると、アカネは頭を下げる。
「すみません。仕事が入ったので失礼します」
「その魔獣討伐って、そこの?」
チカは人集りを指差した。
続く彼の言葉を察し、アカネは気が進まなそうに答える。
「そうですけど、危ないですよ?」
「魔獣なら何処にいるか判るかも」




