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13頁.調査4

 狂化衝動(バーサーカーモード)と呼ばれる現象がある。

 魔術師は、術式を脳内で構築し、魔術として出力する。都合、脳は自身の負担を減らすために脳内麻薬を分泌し、それが身体強化魔術と混ざり合う事で効果が倍増、一時的に理性が消えたり、情緒が不安定になる症状。

 それは、意図的に脳のリミッターを外して身体強化を行う狂化魔術に酷似していることから、狂化衝動と呼ばれるようになった。

 理性的な人物であっても、戦闘を連続で続けるとテンションが上がったり、人格が変わるのも狂化衝動の影響である。

 彼女は、今現在その狂化衝動を発症している最中であった。


「あの、大丈夫そうですか?」


 心配そうに声を掛けるアカネの事を意に介さず、護衛は言う。


「こう言うの、あるじゃないですか。何て言うか、テロリストが自分の通ってる学校に襲いかかってきて、それを追い返して英雄になるみたいな妄想。それが現実になっちゃって……フフフ」


 彼女の症状は、狂化衝動の中でも特筆して悪い物だった。気分が過剰に昂り、元々夢見がちな彼女の性格と合わさる事に依り、意識が現実と妄想の間を彷徨っている。

 それでも暴走しないのは、彼女の潜在意識、武力を用いることで暴力から人を守りたいと言う使命感によるものが大きかった。


「あのぉ……」

「上がった口角が下がらなくって。アハハ!」


 護衛は、壊れたように手を叩いて笑いだす。自然と周囲の視線が集まり、チカとアカネは居心地の悪さを覚えた。


「狂化で話にならないね」


 彼女の状態を察したチカが話を切り上げると、二人の元にメールが届く。


「あ、メールだ」


 送り主は、今回の依頼に参加した情報屋クランであり、タイトルには「緊急報告、テロリストとの戦闘を観測」と記されている。

 内容を確認してみれば、そこには灯京都の地図が添付されており、現在の戦闘地点と被害予測が描かれている。


「アルゴノートがテロリストを交戦開始したみたいです」


 アカネの発言でメールに気が付いた護衛は、笑みを消し去り内容を確認する。


「あらら?現場に近いですね。これ、現場で争うことになりそうです」


 護衛の言葉の通り、被害予測エリアには襲撃現場も含まれている。それも、ギリギリ入っているのではなく中心部に近い危険地帯。事件現場が荒らされれば、仮に証拠を見つけても事件当時の物か新しく交戦した物か判らなくなってしまう。それどころか、一帯が焦土と化して調査不可になる可能性すらある。


「現場が荒らされる前にもう一回確認しよう」


 チカがそう言うと、アカネは強く頷いて見せた。



 ・・・



 灯京都(とうきょうと)、襲撃現場――2025年12月3日、午後10時台。犬塚チカ。


 街灯とパトランプに照らされた襲撃現場には、魔術師達が集まっていた。二時間前よりも調査をしている人数が多い。

 情報屋クランが襲撃現場の情報と金銭の取り引きを行う旨のメールを一斉送信した為、それまで傍観していた魔術師までも調査に乗り出した。

 チカとアカネは、他の魔術師に情報を盗まれないように物陰に潜み監視カメラの映像を確認する。

 今回に関しては、映写魔術は使用しない。単純に盗み見られるリスクがあるのと、近くで戦闘が行われているという状況下で不用意に魔術を行使すれば、伏兵や狙撃手の類いと勘違いされるリスクがあるからだ。

 映像を調べながらアカネは言う。


「やっぱり、改めて見ると襲撃犯は八人っぽいですね。前方と後方四人ずつで計八人です」


 複数の監視カメラを見た結果、襲撃犯は八人だと判明した。

 護衛の証言には犯人は映写魔術をしていたという情報があった。それを元に現場の映像を複数の視点から見てみれば、カメラが映写魔術を捕らえた時特有のノイズが確認出来た。

 犯行が煙幕の中で行われているので背格好までは判別出来ないが、ノイズの動きを頼りに足取りくらいなら調べれる。

 犯人達は護送車を突き飛ばした後、輸送車の前後を塞いでいた車から各々三人ずつ下りる。そして、その六人は輸送車に向かい、


「おい!来たぞ!!」


 現場を見張っていた魔術師の一人が声を張り上げ、二人は咄嗟に映像を閉じる。耳に届くのはエンジンの音と爆発音。地鳴りがしたかと思えば、事件現場を横断する形で熱線が駆け抜ける。

 情報屋クランのメールが正しければ、アルゴノートと襲撃犯グループの戦闘が現場まで広がったのだろう。


「現場付近でカーチェイスかよ!」


 調査を行ってきた魔術師は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

 アルゴノートは、国内有数の魔獣討伐クラン。そんな組織の攻撃が当たれば、一般の魔術師は助からない。仮に防衛魔術で防壁を展開したとしても、それを容易く貫通して命を奪う。それ程の実力差がある。

 チカとアカネは、近くのドラッグストアに避難する。


「撃ち込みましょうか?」


 アカネの提案をチカは却下する。


「アルゴノートの援護はしない方がいい。談合の可能性がある」

「つまり、テロリストと繋がってると?」

「じゃなきゃ、元軍人が二人居るとはいえアルゴノートがこんなに手間取る訳がない」


 アルゴノートは、全員が軍用コードを移植しており、一人一人の戦闘力は戦車や戦闘機並み。だからこそ、八人の強盗に手こずる筈は無いとチカは考えていた。

 また、彼はアルゴノートの面々が車に乗って戦闘しているのにも、違和感を覚えていた。

 卓越した魔術師ならば、車両の移動速度を上回る機動力を持つ。身体強化、風魔術、光魔術、磁力魔術。手段が複数ある中で、彼らがそれらを習得していないとは考えにくい。だから、チカはアルゴノートが本気で戦っていない事を理解していた。


「手分けして監視カメラのログをダウンロードするよ」


 チカが提案すると、アカネは即座に頷く。


「了解です」


 そこからは時間との勝負だった。

 アルゴノートと襲撃犯グループは現場を数度往復すると、その場で展開して戦闘を開始。調べる筈だった監視カメラの反応も、気付いた時には消えている。

 二人が隠れているドラッグストアに何人も魔術師が駆け込むが、戦闘の派手さに反して怪我人は極端に少ない。それは、アルゴノートと襲撃犯グループの双方が民間の被害者を出したくない様にも思える。


「ダウンロード終わりましたよ」


 アカネは監視カメラを確認する。


「入手出来たのは、現場の監視カメラ、お医者さんが居たコンビニの監視カメラ、用心棒が映ってるコインランドリーの監視カメラ。他は壊されてました」


 その時、再度情報屋クランからメールが届く。タイトルは「緊急事態、現場の戦闘に警察組織及び軍隊が派遣」というものだ。

 アルゴノートが襲撃犯相手に長々と戦闘を繰り広げている事に痺れを切らしたか、あるいは襲撃犯が疲弊したタイミングを狙ったのか。どちらにせよ、現場の状況が大きく変わるのは間違いない。


「げ……対魔科が交戦に介入するらしい」

「はい?巻き込まれるのは御免ですよ!?」


 アルゴノートと襲撃犯グループが互いに魔術の出力を抑えているからこそ、今は民間人被害が少ない。そこに警察組織や軍組織が介入すれば、襲撃犯側は本気を出すしかない。

 そうなる前に、この場所から撤退する必要がある。


「とは言え、今出たら流れ弾が……」


 チカは、外の様子を伺った。

 彼に戦闘能力は無い。攻撃魔術の適正は皆無であり、防衛魔術の防壁は習得したものの強度はガラス程度、素手で割れる範疇である。

 流れ弾でも死ぬ可能性がある彼は、身動きが取れない状況にある。

 それを察したアカネは、今回の依頼で適応される保険を閲覧しながら言う。


「住居とかお店って、破壊しても保険が降りるんでしたよね」

「そうだけど……」


 今回の依頼の様に、街中での戦闘が避けられない状況では、建物の修繕費は政府が賄う事に成っている。これは、本来魔術師が全力を出して戦える様にする意味があった。

 魔獣やテロリストは、戦闘で街を破壊することに躊躇がない。つまり、自由に戦うことが出来る。対して、魔獣やテロリストを倒す為に街を一々守っていたのでは、戦術が限られ、本気を出すことが出来ない。

 なので、現代は戦闘区域での建築物破壊行為が認められる様になった。


「リフォームです」


 アカネは、リボルバーを取り出すとドラッグストアの壁に魔弾を放ち、風穴を開けて見せる。そして、立て続けに進路上にある建物を撃ち抜き、無理やり退路を作り出した。

 尚、戦闘区域の建築物破壊に関しては事後報告が必要であり、報告書を申請の後正統性が無いと判断された場合、損害賠償を払う必要がある事をアカネは知らない。

 

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