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12頁.調査3

 灯京都(とうきょうと)、軍病院――2020年12月3日、午後9時台。犬塚チカ。


 灯京都毘沙門区にある軍病院は、第二次世界大戦時に建設されたものである。終戦して程なく一般の病院になっていたが、魔王の影響で日元が結界で閉ざされ、魔王や魔獣との戦闘を行うために軍が増強。それに伴い再度軍病院になった。


「ほら、着いたぞ」


 黒刃は、そう告げながら車を止め、三人とも車から出たのを確認すると格納魔術で車を縮小した。

 病院は被害者から直接話が聞けることもあり、他の場所よりも人の数が多い。

 黒刃の手際に感心して口笛を吹く者も居れば、驚いて尻餅をつく者も居た。反応で前者が魔術師、後者は一般人だと判る。


「ここは、流石に一般人も居るか」

「にしても、ドラゴン・コードなぁ。そもそも、何処でドラゴンの素材を……」


 黒刃の放った素朴な疑問に対し、チカは答える。


「それなら心当たりがあるよ」

「へぇ。さっき、俺に情報を聞いたんだ。お返しに共有してくれるんだろ?」


 黒刃は、興味津々と言った具合に右の口角を吊り上げた。


魔獣行軍(スタンピード)だよ」

「魔獣行軍?」


 魔獣行軍とは、その名の通り魔獣の軍勢が現れる災害である。

 この世界には、人間が暮らしているこちら側の世界と魔獣が暮らしている世界がある。呼び名は様々であり、人間が居る世界は人間界、現世、地上と呼ばれているのに対し、魔獣が居る世界は魔界、常世、冥界と呼ばれている。

 普段、魔獣は魔界から人間界に迷い込む形で現れる為、基本的に一匹か群れ一つ程。しかし、魔獣行軍は違う。強力な魔獣が意図的に空間を歪め、人間界に進軍してくるのだ。


「去年、兎山(とやま)県で魔獣行軍が起きた。で、その時の親玉がドラゴンだったんけど、討伐は成功したもののドラゴンの遺体を回収は出来なかったと処理された」

「表向きはって話か。回収出来なかったって事にすれば、存在を知られる事は無いしな」


 黒刃は納得した様子で頷く。

 実際、それで大半の魔術師は情報を仕入れることが出来なかった。それが原因であらぬ疑いを掛けられているが、それは裏を返せばドラゴン・コード製造を秘匿するのに有効だったとも取れる。


「良くこんな話知ってたな」

「知り合いが参加してたからね」

「知り合いですか?」


 チカは来た道を指差す。


「さっき逢った」


 チカ達三人が出逢い、会話をした人なんて大魔術師ちゃん一人しかいない。

 アカネは、眼を丸くして驚いた。


「え……?!で、でも動画にありませんでしたよ?」


 アカネは、大魔術師ちゃんの視聴者。動画は全て視聴済み。しかし、そんな彼女の記憶には、大魔術師ちゃんが魔獣行軍に参加したと言う動画は記憶になかった。

 チカは、言い難そうに視線を反らして答える。


「死人が出てお蔵入りした」

「あぁ……」


 魔獣は、人の命を奪うことに容赦がない。

 夕方、アカネが討伐した魔獣は、地下鉄内部と言う場所もあり三十人以上の犠牲者を出した。アレが軍隊となって襲いに来るのだ。熟練の魔術師ですら命の保証がない。

 黒刃は、病院に視線を向けて告げる。


「ここからは別行動だ。もう、つるむ理由も無いしな」


 黒刃の狙いは、二人との情報交換。

 アカネが事件に関して情報を持っていないのは反応から推察出来、残るチカから情報を抜いた時点で黒刃目線では二人と組む理由が無くなった。

 アカネは、頬に人差し指を添えて言う。


「それもそうですね。一応競争相手ですし」


 魔術師に対する依頼は、達成すると報酬が支払われる。だが、今回は参加人数が多い。そう言った依頼は、達成者が報酬の大半を獲得して参加者は最低限の報酬しか得られない。

 仲間と組めば調査を優位に出来るが、仲間が多ければそれだけ自分の取り分が減る。

 黒刃は、事件の調査に参加こそしているが、熱意があるタイプでもなければ正義感があるタイプでもない。事件の全体像が判らないのでそれを確認し、旨い依頼なら達成を狙い、面倒なら撤退するのが彼の心情である。

 アカネは、そんな彼の考えを直感的に把握していた。なので、これ以上組む気にはならなかった。


「ま、頑張れよ」

「お互いにね」


 黒刃が別れを告げて聞き込みを開始するのを見て、チカとアカネは病院の中に入る。

 病院内には怪我人がまばらに居た。事件現場の監視カメラで確認した人より数が多い。

 今回の事件は、都市を封鎖する緊急事態。パニックになった一般人が事故を起こし、直接襲撃犯がもたらした被害よりも二次被害多くなっていた。

 チカとアカネが廊下を歩いていると、一人の医師が横たわる怪我人の治療を行っていた。医師自身も身体に包帯を巻いている事から、怪我人だと判る。


「包帯、巻き治すぞ」

「はい」


 手際よく治療を進める医師の手首には、紅い刻印が腕輪の様に浮かび上がっている。魔術師が規定違反した場合に表れる通称腕輪と呼ばれる物だ。


「あれ?お医者さん、その腕輪どうしたんですか?」


 アカネが訊くと、医師の男はやつれた様子で腕輪を掻きながら答える。


「これか?呼び出しサボったんだ」

「呼び出し……ってあのメールのことですか?」


 アカネは、会議中に聞いたある事を思い出していた。

 メールを受信し、会議に参加しなかった魔術師は位置が判る様に成っていると言う話だ。

 芋づる式に思い浮かぶのは、犬塚チカが行った追跡術式が刻まれたメール。彼は、メールに術式を付けて送り付けることで、それを受け取った人物をマーキングしていた。

 今回、政府が送り付けたメールには彼のマーキングと同様、術式が刻まれていた。その内容は二つ。

 一つ目、電脳空間にてスキャンを受けた場合、メールに刻まれている術式の全てが破棄される。

 二つ目、メールを受信して一定期間放置した人物をマーキング、違反者として腕輪を付ける。

 アカネとチカは、この一つ目の術式が発動して二つ目の術式は破棄、腕輪を付けられる事無く過ごしていた。しかし、医師はメールに応じなかった為一つ目の術式が不発、これにより二つ目の術式が発動して違反者となったのだ。


「あぁ。私は、襲撃場所に居た治癒魔術師だからな。襲撃に娘も巻き込まれ、他にも怪我人が大勢居て、治療に専念してたらサボった扱いをされた。不服だが、異議を唱える前に先ずはこれだ」


 そう言いながら治療を続ける医師に対し、チカは疑問を投げ掛ける。


「巻き込まれた?」

「護送車が吹き飛ばされ、その車両が私と娘が居たコンビニに突っ込んできて、ガラス片が……」


 医師は、自身に巻かれた包帯を軽く撫でる。彼の傷は首や胴体、腕と広い範囲に有る。血が滲んでいるのは背中やうなじといった背面であり、腹部や胸部、肘の内側に出血は見えない。

 医師の姿を見て、今度はアカネが訊く。


「人命救助中なら許されたりしないんですか?」

「あくまでマーキングだとさ。悪事を働いてないなら、腕輪しても問題ないだろと。物は言いようだ」


 腕輪の効果は、マーキングと攻撃性のある魔術の使用制限。治療に専念する医師ならば、腕輪を付けていても問題なく活動できる。

 しかし、今回の事件には魔術師が絡んでいると言う情報を得ている人物には、違反者は襲撃犯の可能性が高いと言う先入観が芽生えている。


「現場に居たのなら、襲撃犯は見てないんですか?」

「私と娘が巻き込まれ、コンビニのカウンター裏に隠れて治癒に専念してきた。そこは怪我人が大勢いて、襲撃犯を見る暇は無かったよ」

「娘さんは、無事でしたか?」


 アカネが不安そうな表情を浮かべると、医師は微笑んで見せる。


「何とかね。手術が必要だったが、今は安定しているよ」


 アカネと医師が会話している最中、チカは医師の名札を見て同じ名前を探す。医師は腕輪が浮き出ている以上、犯人の可能性は捨てきれない。その為、医師の話が真実か確認したかったからだ。

 医師の名前は艸木(くさき)サジ。患者名簿には同じ名字は一人、艸木アリスしか居なかった。

 チカは、少女の病室に足を運ぶ。

 少女の身体は包帯で覆われており、全身の至るところから血が滲んでいるのが痛々しい印象を受ける。呼吸や容体が安定しているので、このまま安静にしていれば命に別状は無さそうだと判断できる。

 チカがアカネの元に戻ると、丁度医師は辺りを見渡して玄関の影に隠れた女性を指差した。


「そこの女性。彼女に護衛を頼んだんだ」

「ありがとうございます」


 アカネは頭を下げると、差された女性に駆け寄り声を掛ける。


「あの、ちょっと良いですか?」


 護衛の彼女は、ボサボサの髪が特徴的だった。全体的に疲れ気味というかやつれ気味で、清潔感もない幸薄そうな印象を受ける。

 彼女はぼーっとしながら長槍を抱き締めていた。

 戦闘を生業とする魔術師の場合、届け出を提出することで武器の携帯が許可される。


「はい?」


 護衛は何がおかしいのか、薄ら笑いを浮かべたまま顔だけアカネに向ける。ゾンビを思わせる不気味な雰囲気にアカネが肌を粟立てると、護衛は肩を揺らすように笑って見せる。


「すみません。ちょっと心ここにあらずで……」

「襲撃犯と戦闘したんですよね?その……どんな人達でした?」

「顔に魔術でステッカー貼ってたのでサッパリです。確か、七人か八人だったかと」


 ステッカーとは、映写魔術のとある使い方に付いた名前である。

 事件現場調査にて、チカは監視カメラの映像を共有するために映写魔術を使用した。だが、映写魔術には別の使い方も出来る。自分の顔に映像や画像を映写することで、顔を隠す。それが、ステッカーと呼ばれる映写魔術の使い方。


「戦闘に慣れてそうだった?」

「二人程元軍人っぽかったですが、他は攻撃魔術が使える一般人レベルでしたよ。数合わせみたいな。えへへ」


 真面目な質問に対し、護衛は不適に笑う。

 テンションがおかしいのだ。まるでドラッグでも使用したみたいに彼女の気分は高揚し、舞い上がっている。

 アカネが困惑の表情をチカに向けると、彼はめんどくさそうに間に入る。


「何で笑ってるの?」


 チカが訊ねると、護衛は強く槍を抱き締めて言う。


「色んな人に褒められて……なんか気分が良いんですよ。クスクス」

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