4)成人3
10年前に書いた初作品、続きを投稿します。
巨大な知生体との出会い。
「明るいな・・・」
寝台で寝ぼけながらつぶやくアム。いつもの荷物だらけの自室とどこか違う。
なにしろ部屋中が白く輝いている。寝台の下は何も無く、遥か遠くに地上が見える。空に浮いている。
「え?」
そこでようやく気付き、はっと目が覚める。
体を起こして周りを見まわすと、そこは天の層だった。昨日は初めて説明を受けた後、遅くまで宴席が設けられたのだった。楽しかった。
終ってから自室としてあてがわれたこの天井の個室は、広くは無かったが床は地上が見える恐ろしい部屋だった。後で床を不透明にする方法を探そう、落着かなくて困る。部屋中の輝きも、休みの日くらいは暗くしたいものだ。
よっと透明な床に足を下ろしてから、部屋の端に置いて有る鞄を広げ、予備の服に着替える。今日は街に出て必要な物を買い揃えなければ。標準的な物資なら通信で手配する事もできるが、この都市固有の商品をいろいろ探しまわるのは楽しそうだし。外套を手に持ち、出入り口から部屋を出る。
予め教えられた経路を通り、都市層へいけると教えられた部屋に入る。
打ち合わせを行った部屋よりかなり狭く、床は不透明だった。部屋の反対側の扉を開けると、そこは人工の陽光あふれる都市層の公園だった。扉を出てからふりかえると、巨大な切り株にうっすらと扉の後が見える。
「あれ?」
さっきまでは天の層、白き神の事務所だったのに、どうやって都市層に来たのだろう。空を見上げると、高いところにうっすらと天上層の床面が見えた。部屋を通過したのは一瞬で、振動も無かった。仕組みは保安上の理由で教えてくれないだろうが、気になる。
腕を組んで顎をひとしきり擦った後、何かをふりきるように首を振り、歩き出すアム。
公園を出てすぐに、駅へ降りる階段があった。躊躇無く降りていくアム。
昨日一度使っただけなのに、勝手知ったる我が家とでも言うように。
実は目的地とは違う路線だったが、途中までの方向が一緒だった為に乗車してしまった。
「えっと、降りるのは昨日通過した駅だったな。壁の停車駅表示に”次は南商業区駅”と表示されたらおりる・・・と。」
段取りは万全。
しかし、どれだけたっても目的の駅に着かない。さらに途中から斜め下方向に下りはじめた。あきらかにおかしいと思い、携帯情報板で通過駅名から検索してみると。経路が違う。
”次は終点、大星海駅”と、停車駅表示が告げる。
「あぅ”」
自分のそそっかしさに呆れるも、停止した車両から歩み出すアム。
駅に降りると、香しい塩の香りがし、虫の声、波の音まで聞こえてきた。
せっかく間違えたのだ、少し外を見ようと決め駅舎を出る。
表は夏の様に暑く、じっとりと出た額の汗を拭きながら舗装路を歩く。
車両が通れない狭い舗装路は防砂林に囲まれていおり、海は見えなかった。
しばらく歩くと突然視界が開け、夏の日差しが降り注ぐ大きな砂浜があった。
「おぉ。これは気持ちがいい。」
まるで南国の海岸。気温は高いが気持ちの良い風が吹き、いつしか汗も乾いていた。
平日の日中だからか、他には誰もいない。貸し切りの海岸、なんて贅沢だろう。
そんな風に感じながら海岸線を歩く。途中から岩場となったが考え事をしていたアムは気にする事無く歩き続ける。
いつしか岩場の下は水深が深くなっており、何か大型の生き物がアムの横を泳いでいた。
「もし。」
え?っと驚き周りを見回すが、神も人もいない。岩場の道は細く、山側は崖になっていた。
「もし、もし。」
こんどははっきりと聞こえた。声の方へ振り向くと、海の中に人よりも一回り大きな海生哺乳類が浮かんでいた。
「もしかして・・・貴方が私を?」
「はい。私は”大星海”の主に使える眷族、イリンのNo.1250です。」
「No.がついていると言う事は、イリンさんも神に知性化されたのですね。」
「はい。詳しくは私の主人がお話しますので、私達の自宅までご足労願えませんか?アムさん。」
アムは驚いた。何故このイリンは自分を知っているのだろう。
イリンはアムの驚く表情を気にする事無く、後ろに浮いていた艀に振り返り、甲高い声で無く。と同時に、艀がアムの近くに接岸した。
このイリンは信用できるのか?実は黒派の刺客で、酸素無しで海中に招かれるのでは無いか?などと悩んでいると、イリンがボソっと恐ろしい事を言った。
「もし、アムさんが悩んでいる様子なら、アムさんの女装趣味について一度話しを聞きたいと言え、そんな風に主人が申しておりました。」
アムは驚きを隠しながら、考える。女装して情報を伝えたのが黒派に伝わっていれば、もっと早く抹殺されていたはず。イリンの主人が誰なのか、何の為に自分に会いたがっているのか、確認したい。
「解りました。お招きに応じます。」
言うと同時に、木で出来た艀に乗り込むアム。泳ぎ出すイリンについて、静かに浮上し動き出す艀。概観は沈みそうでも中身は最新鋭らしい。
「同行いただいて、助かります。主人も喜ぶでしょう。」
ククッと笑うと、イリンは水中に沈み大きく速度を上げた。
1時間近く泳いだろうか。岸壁は遠く後ろに見え、目の前には島が見えてきた。
断崖に囲まれた大きな島で、砂浜は無い様子だ。やがて到着し、島の裏側に
回るとそこには大きな洞穴が開いていた。洞穴には海が満ちており、様々な種類の魚が出入りしている。
「着きました。主の島です。」イリンと艀はその洞穴に入っていく。
暗い穴の中を何分かかけて通りぬけ、緩やかに右に曲がると徐々に出口の陽光が見えてきた。
「これは!」洞穴から出たアムの眼前には、巨大な盆地と美しい砂浜が海を中心に円形に広がっていた。見た事の無い派手な色の果物や、鳥達。美味しそうな匂いがしておもわず唾を飲む。ここはイリンの主、神の庭か?
「お気に召しましたか?ここの木の実は全て食べる事が可能です。それ以外のお食事が希望でしたら、そこにある神人用の小屋に調理装置があるのでご利用下さい。主はまもなく散歩から戻ると言っています。」
「解りました。ではそこでお待ちする事にします。」
砂浜についた艀からおり、小屋に入る。複数の寝具と共に生活に必要な装置類は揃っているが、どうにも生活感が無い。ここは神の別荘だろうか。
調理装置を動かし料理を準備しているうちに、部屋の中を観察してみる。
調度品は高品位な物ばかりだが、どこかちぐはぐな印象をうける。まるで神の暮らしを想像して用意された様な感じだ。壁は美しい黒光りする木目調で、イリンの絵が1枚飾られている。
「おっと、料理が出来上がったな。」
装置の蓋を空け、中から配膳台にのった暖かい料理1式を取り出し、飲み物を添えて表に出る。
小屋の近くには、神人が座って談笑できるような石の椅子が3つ、大きな石の台座の前にあった。反対側はやわらかい土が敷いて有り、少しだけへこんでいた。その横には、10人分を一遍に調理できそうな大きな調理装置がある。
何か不可解な気持ちになりながらも、お腹が減っていたアムは台座に料理を置き、椅子に座って食事を始めた。
「いただきます。お、これは美味しい。これも・・・」
目の前の円形の砂浜には、小動物しかいない。海には、洞窟を眺めるイリンがいた。進入者を見張っているのか?アムはイリンの主である神が、空、あるいは山の上から降りてくると考え海とは逆を見回していた。
突然背後で轟音がして振り替えると、潮を吹き大量の水をしたたらせる巨大な物体が海に浮かんでいた。
「やあ、こんにちは。君がアム君か。私はホエン、イリンの主。」
腹に響く声で目の前の物体がしゃべる。どうやら巨大な海生哺乳類のようだ。
イリンの主が神ではなく、海から来た事に驚いていたアムは、その後の光景に腰を抜かしそうになる。
「もう食事を始めてしまったか。私も食事にしよう。」
そういうやいなや、ホエンの巨体が海から徐々に浮かび上がる。空中に浮かび上がってから尻尾を振って水を振り落とすと、ゆっくりとアムに近寄ってくる。
まさか食べられるのか、と腰がひけたがなんとか留まっていると、目の前の土が敷いて有る場所に体を降ろす。反重力機構がどこかにあるはずだが、どこにも見当たらなかった。
「さて、陸地で人と微生物を食べるのはお行儀が悪かろう。海草と甲殻類を一皿づつ頼む。」
ホエンの希望に反応し、巨大な調理装置が動き出す。蓋が開き、湯気がもうもうと上がる山盛りの甲殻類と、海草の盛り合わせが出てくる。
体の横から伸びた長い手で器用に大皿をつかむと台座に載せる。
「さあ、一緒に食べるとしよう。そのまえに。よく来てくれた。会えないかと心配したよ、友よ。」
いつこの巨大生物と友人関係になったかまったく記憶が無いアムだったが、機嫌を損ねて下敷きになるのだけはごめんだった。
「このような素敵な自宅にお招きいただき、光栄です。ホエンさん」
「ああ、他人行儀だなぁ。同じ神に遺伝子をイジラレた者、兄弟みたいなものだから、気を使わないで欲しいな。」
「でも、アムさんの数十倍生きてきた方だから、敬意は払って欲しいです、はい。」
ボソボソっとイリンが呟く。
一体どちらにすればいいのか。などと思いながらもアムは肯定しておく。
「解りました。ところで、何故私をお招きいただいたか、お話いただけますか?」
「人類は気が早いなぁ。いや、アム君の個性かな。こんな時は雑談してから本題に入るのが常道だろうに。ま、いい。」
少し身を乗り出してから、ホエンは続けた。
「ここに来てもらったのは、もちろんきみと女装趣味について談義する為では無い。いつか来る、人類が主役の時代に備えて伝えておきたい事があったからだ。また、頼みたい事もある。」
アムは怪訝に思った。人類が主役の時代など、神々がいる限り有り得ないだろうに。いつか神々が去っていくとしても遠い先の話しであろうから、自分が役に立つ事も無いだろう。たまたま浜辺に来た自分に名指しで声をかけてきたのは、予め自分追跡していたから出来たはず。すると、自分ならできる頼まれ事とは?
「アム君は人類製造番号10万と飛んで1番だね?白き神が直接遺伝子設計に加わった特別な世代だ。」
初めて聞く話しだ。ホエンは続ける。
「それまでも責任者として関係者ではあったが、設計者の一人として設計そのものに関与したのは始めてだった。たまには実務をやってみたかったとか、現場の苦労を体感して管理に反映したかったとか、そんな話しが漏れ聞こえてくるが、違う。理由や詳細を話す事は友人を失う事になる為、止めておくけれど・・・。
白き神は、”心を込めて君達を造った”んだ。わざと宴会を頻繁に行い遊びほうけていたけれど、毎日眠る時間を削って、持てる技術の全てを使った。
君達を最高の人類に仕上げようとしたんだ。
あまり多くを語ろうとしない白き神は、そんな苦労や想いを語らないと思うが。いつか人類が自らの星系国家を手にし、それが自らの素養によりうまく軌道にのったなら、多くの善良なる神の技術者と共に、白き神が心血をそそいだ結果である事も忘れないで欲しい。私の伝えたかった事はこの事だ。」
白き神の人類に対する姿勢は、この話に信憑性を感じさせる。
「はい、証拠など無くともそれが確かな話であったろうと私は判断しました。いつまでも、私と親しい者達で伝えていきたいと思います。」
ホエンは機嫌良さそうに尾を振ってから続ける。
「うん、うん。アム君は素直で良い。でな、お願い事と言うのは我々海棲哺乳類の子孫の事なんだ。」
アムはなんだかこの大きな哺乳類が好きになっていたので、なんでもしてあげようと思い答える。
「はい、私に出来る事なら喜んで行いますが。なんでしょうか?」
「君が民を率いる事になった際は、海に住む知性化種族と願わくば共棲し、少なくとも保護していって欲しいんだ。そして、それを君達の子供達にも伝えていって欲しい。」
「・・・はい?」
あまりの驚きに失礼な返事をしてしまった。イリンからじろっと睨まれる。
「私の力が及ぶなら、いくらでも尽力したいと思います。しかし、人類が私の存命中に民を率いる時代が来るのでしょうか。ましてや私が。さらに子孫を設けるなど神々が許すはずが無いのでは?」
ホエンが、その疑問を解消する為に語りはじめた話は驚くべきものだった。
「神層構造の話はもう聞いたね。なんでその事を知っているか、それはこれから話す事に繋がる。」
期待感を盛り上げる為か、はたまた何から話そうか迷うゆえか、すこししてから続きを話すホエン。
「我々海棲哺乳類は、危険な夜の海岸を避ける為に、そして惑星をくまなく冒険する為に、航行しながら睡眠を取る術を身につけている。その為に特殊な脳の使い方をしているが、それが神々の興味を引き、知性化の対象となった。長距離恒星間航行を任せても、休む事無く操縦ができる能力は、大変魅力的だったらしい。」
「脳を分割して活動させる能力ですね。」
「そうだよ。良く知っていたね、アム君。実際にはある程度で交代する必要はあるが、その継続期間は知性化現住生物の中では最長だそうだ。そして、思考結晶では乗り切れない難所が連続するような所は、我々に操縦を任せると危険度が格段に下がる。神々は我々を本国へ献上すべく、知性化を強化したところ・・・予想外の能力まで強化されてしまった。情報処理能力と未来予知能力だよ。」
「情報処理能力が強化された結果による、未来予測能力ではないのですか?」
「アム君の推測は正しい。だが、その情報の入手先の一つに”神層構造深層部”が含まれるとしたら、君はそれを予測と片づけられるかね?」
アムは愕然とした。”神層構造”は深い所で時間を超越している。そこから情報を選られるとしたら、答は明らかだ。
ホエンが説明を続ける。
「我々の接続先は、知性化されて歴史の浅い”海棲哺乳類の神層構造”。世界に影響を与えられる程”練られていない”し、狙った年代の未来が明瞭に解るわけでも無い。しかし、解るんだよ。この星の未来が、人類の未来が!」
「ご主人様、あまり力みますと血圧が上がりますよ。」
イリンに諭され、息を整えるホエン。
「まあ、”蒼き星”に生まれた者同士は繋がりがあるのか、人類や他の現住生物の事は解る。神々とは距離がある為か、神の未来はよく見えない。」
「少しは神々の事も見えるのですか?」とアム。
「神々が我々に影響を与えている間は神々の行動が見える。しかし、ある時を境にそれが感じられなくなる。人類が自らの考えで世界を変えていくのが見える。再び人類が”神々”を感じるまで長い長い時が流れる。数千年、いや数万年かもしれない。」
遠い眼をするホエン。ふっと我に帰ったかのように話を戻す。
「その遠い未来、再び神を感じるのはアム、君の子孫なんだ。君の遺伝的系統が、どの様な形で引き継がれていったのかはあえて言うまい。君の人生がその情報により縛られ、牢獄と化さぬようにね。」
この話には最も衝撃を受けた。人類に子孫ができ、命をつないでいく、それはアムの切なる願いだった。しかも自分の遺伝子が継承されていくとは。
ホエンは少し間を空けてから、続ける。
「人は必ず死ぬ。しかしその想いは神層構造を通じて継承される。遠い未来に繋がる人類の君に、君達の父で有り母で有る存在を、その想いを繋ぐ。それが私の切なる願いであり、君への頼みなんだ。」
そこでアムはふと気付いた。
「解りました。その頼み、謹んでお受けします。そのお話を聞いてしまっては、断れる訳もありません。ただ疑問があります。ホエンやイリンも同様に”神層構造”を通じて想いを伝えていけるなら、海棲哺乳類から人類に伝承を伝えていただく事も可能なのでは?」
異種族であるホエンとイリンの表情を読む事は難しかったが、何故か寂しい眼をしているように感じた。
「この先に恐ろしい戦争が起こる。知性化が特に進んだ衛星都市の海棲哺乳類は、衛星都市と共にその歴史を閉じる。蒼き星に残る知性化過程の同族達は、長い年月で文明を忘れ自然と共に生きるようになる。神層構造を用いての伝承が可能なのは、人類だけなのだ。」
アムはこの友人達をなんとしても守りたかった。
「その戦争の時期は予測できないのですか?」
「正確な予測は困難だよ。その可能性を感じたら連絡する。イリンら小型海棲哺乳類だけでも惑星へ逃がして欲しい。残念ながら、我々大型の種族はここを離れる訳にはいかない。」
「何故ですか?」
「大型の種族が、情報処理と未来予測に長けている事は全ての神々周知の事実だが、黒派の上層部は我々に未来予知能力があるのではないかと疑っている神もいる。また、地上の同族と子孫を増やす事を警戒する神も。
我が種族が不意に惑星に降りてしまえば、それが戦争の引き金になるかもしれない。そのような危険はおかせない。同じ戦争が起こるにしても、可能な限り多くの準備期間が、白派に与えられる様にしたい。」
「では、戦争が始まると同時に避難できるような準備をしておけば」
「ありがとう。でもね、我々みたいなぽっちゃり体系にあった脱出用宇宙船を用意したら、それも敵に察知されるよ。戦争が終ったら、遺伝情報の一部を惑星の同族に引き継げるよう手配して欲しい。それで十分だ。」
アムはいつしか涙を流していた。
「私は、貴方と死に別れたく無い。生き残り、人類の子孫が迷走しない様に導いていただけないでしょうか。」
海でイリンが悲しい声を漏らす。場をしばし沈黙が満ちた後、ホエイが答える。
「ありがとう、優しき人類。この先どうなるにしても、生ある限り人類の友であろう。ただ、種族として成人した人類を導くべきは人類なんだ。
アム君がその為の準備と勉学に励み、導きの担い手になってくれたら、友として嬉しいよ。」
ホエンの表情が、どこか微笑んでいるように見えた。
「さて、難しい話はおしまいにしよう。台座に保温機能があるとはいえ、料理は時間が経つほどまずくなる。さ、どんどん食べてね。」




