3)青年期3
10年前に書いた初作品、続きを投稿します。主人公の記憶が飛んでます。いったい何があったのか・・・。
生徒全員が整列終って数分後、来賓と教育士の集団が到着する。
流石に三神に驚く神はいなかったが、軍用機に対しては不快な表情を浮かべていた。
軍用機を送迎に呼べるのは白い神と黒威神しかおらず、学び舎に呼ぶ事を厭わないのは明らかに後者であった。その目的は恐らく人類の若者への威嚇、白き神達への示威行為であろう。
駐機場に揃った来賓の神々に対し、一斉に別れの礼をとる生徒達。
神々は、教育士と生徒に別れの礼をした後、一神づつ機体に乗り込んで行く。
「失礼する」
「さらばだ」
「またねぇ」
一言挨拶して、最後に三神が軍用機へ乗り込む。
静かに離床する機体群。上昇後、軍用機が猛烈な加速で遠ざかって行く。
その他の機体は、挨拶として旋回した後、徐々に加速をして遠ざかって行く。
機体が見えなくなってから解散の声がかかったが、アムはその場を動けなかった。
日が暮れはじめ、駐機場はアムだけになった。肩を落とし下を向くアム。
今日はいろいろな事があった。ありすぎた。狙いはうまくいったけれど、何かを失った気がする。夕暮れの駐機場で、一人叫ぶ。
「(俺は女装の趣味なんか)な~~~ぃ・・・」
誰も答える者がいない。たた叫びだけがこだまする・・・。
その日の夜、親しい仲間5人だけで打ち上げを行う事になった。
きっと他の生徒達も同じような事をしているだろう。
アム達の部屋に飲み物やお菓子を持ち込み、盛り上がる仲間達。
お酒は飲む事を禁止されてはいないが、未成年の人類が買う事は禁じられていた。人類が奴隷的身分の際、神の趣味で酒盛りに付合わされる事があったからであろうか。そのようななか、しっかりとカズヒはお酒を用意していた。
計画犯だ。誰から買ったのだろうか?
「皆も同罪だゾ。購入方法は秘密だ。」
しっかり念を押したカズヒが皆についで回り、乾杯の音頭を取る。
「では、上期末を無事に乗り切り、上級神の見学で粗相をしなかった事に、乾杯~!」「カンパ~ィ」
次々と祝杯を上げる仲間達。
開発の苦労話に始まり、様々な雑談で盛り上がるなか、お酌も途切れなく行われる。特にアムの杯は完全にナオナの監視下にあるようで、10秒間以上空であった試しはなかった。さらに、杯を開けるよう即すナオナ。
「さぁさぁ、飲んで飲んで~今日は無礼講だよ~」
「ナオナ、もう飲めないよ~ぅ。」
ナオナへの引け目からか、なかなか断れずに飲みすぎてしまったアム。
「何言ってるの、男でしょ~ぅ」「飲め飲め~」・・・誰も庇う者無し。
「アム、まだまだい・・・あへ?寝てるの?おきなはい~こんなところで寝てると風邪をひくよ~ぅ。ショウガナイな、私が寝かしてくるよ~」
「おぉ、ナオナ、気が利くにゃ~ぅ。よろしく頼んだんだんだん・・」
皆、酔いが回って意識もうろう。
「アム、ほら立って。寝にいくヨ!」
「ウィ~ナオナ。」
ナオナの肩につかまって二人で部屋を出て行くアム。
「・・・ところで、どこに寝かせるんだ?」カムナが首をかしげる。
皆のいる宴会場がアム達の部屋であった。
鳥の声が聞こえる。なんだかとても良い匂いがする。布団がいつもよりふかふか。そう言えば、何故か裸で寝ている。
暖かい抱き枕もここち良いなぁ・・って、そんなものあったっけ?
急激に目が覚め、瞼をあける。至近距離に女性の顔があるぞ。
いったいこれは!
がばっと起き上がると、そこはナオナの部屋だった。
「ぅ~ん、おはようぅ。」寝ぼけながらナオナが朝の挨拶をする。
「おはよう。ちょっと聞きたい事があるんだけど。」
「な~に?」
「何故自分はここにいるのかな。」
「眠そうだったから、眠れる場所を求めてここに来たんだと思うよ。案内したのは私だけど」
そうだったのか。それにしても、この状況はいったいどうした事だろう。
「二人とも裸で布団にいるけれど、もしかして・・・」
「ひどいわ、忘れたなんて言わないよね?あんなに激しい夜だったのに。」
必死に思い出そうとするアム。この布団に座ったとたんに、ナオナがアムを押し倒して服を脱がし始めた。自分も服を脱ぐと、嬉しそうに覆い被さってきて、後は・・・気持ち良かったような気がするがそこで記憶が飛んでいる。
「激しかったのはナオナでは・・・」
頭を抱えるアム。
「これで私達は、神々が言うところの”恋人”なのかしら?」
「ナオナ。僕には好きな人が・・・」
「したのに。」
「う”」言葉に詰まるアム。
ああ、イフ、ごめんよ。
心の中で初恋の人に詫びをいれるアムであった。
人類高等教育機関の教育期間も残すところ後僅か。
各生徒の教育も、各々の特徴、希望、赴任先の需要に合わせて特化しつつあった。
成績上位の生徒は、高位な神々から直接声がかかっており、鼻高々であった。
期間終了までとうとう中庸な成績を貫き通したアムは、独創的ないくつかの成果を残すも注目を浴びるようには見えなかった。
ところが。
「アム、寮に戻る前に、学び舎の神に会いに行くように。」
講義終了後、唐突に高等教育士から声をかけられる。
この時期に学び舎の神に呼ばれるのは二通りしか考えられない。
何か致命的な問題を生じたか見つけられたかで教育終了。
あるいは・・・
「失礼します。」
「ん。入って来なさい。」
初めて、長の部屋に入る。
部屋の内装は全て古木で出来ており、調度品も木製。心地よい香りがし、落ち着いた雰囲気で満ちていた。
老いた学び舎の長は眼鏡をして机上の表示板を眺めていたが、顔を上げる。
「そこへ座るといい。」
「はい。」
眼鏡を机に置いた際、僅かに駆動系が動く音がする。外は静かに雪が降り、他に音は聞こえない。
「神々は目が悪くならないと聞いているのですが、まれに眼鏡をしている方がおられます。何故なのでしょう。」間が持たず、他愛の無い雑談を切り出すアム。
席を立ちあがり、アム近くの柔らかい椅子に座りながら答える学び舎の神。
「最近の若い神は、格好が良いからと眼鏡をかける者もいるが、大半は情報表示機能を得る為じゃな。私の場合は、長く生きた為に機能が衰え、なんらかの調節機構を必要とするからじゃよ。」
「それで焦点調節機能付きの眼鏡をしていたのですね。」
「そうじゃ。この星系で私程の年寄りな神はいないから、神が年を取るとどうなるかは、あまり知られていないのだろうな。」
「なるほど。」
「さて。わざわざここに来てもらったのは、事が大事じゃからだ。」
「まさか、期間満了を待たずに教育終了なのですか?」
「ん?君は何か身に覚えがあるのかな?」
首をぶるぶると否定するように振り続けるアム。
「そうか。ならいいが。君もそろそろ教育期間終了が近づいている。希望の配置先がすでにあるかもしれんが、実は神々からのお誘いが来ている。聞いてみたいと思わんかね?」
神の誘いを断るのが命懸けな時代は終った。しかし今でも相当勇気がいるのは確かだった。
「ぜひ、聞かせて下さい。」
アムの答えに満足そうに肯くと、学び舎の神は話しはじめた。
「君のこれまでの実績と方向性を高く評価している、ある研究開発機関から誘いが来ている。まずは研究機関の長に同道し数年間各地を回ってもらう事になる。ま、研修を兼た荷物持ちじゃな。終了後は、拠点に戻り正式な研究開発員として働いてもらいたい。そんなお誘いじゃ。」
人類が各地を旅するなど困難な時代、神に同道とはいえ、大変魅力的なお誘いだ。組織の枝を広げる事も出来よう。
しかし一番重要な情報がまだ明かされていない。
「私には身に余る光栄、願っても無い話です。できれば、どこの研究機関なのか、お誘い下さった神はどなたか、教えていただきたいのですが。」
「おお、そうじゃった。君の方向性と一致するのか、機関名で解るからな。ちなみに何故、あの神が君に目を留めたのかは私には解らん。」
そんなはずは。目立たない様に成績も良すぎず悪すぎずに押さえたし、外見も美男では無い。
「私のような凡庸な者に目を留めて下さったその神とは、上級神ですか?」
「そうじゃ。機関の長じゃ。しかしそれはただの兼務。」
「機関の長が兼務ですか?!それでは一体、本業は何をなさっている神なのですか?」
「惑星統括神じゃよ。」
・・・なんてこった。
惑星統括神は、最低一つの都が存在する惑星にのみ任ぜられる。
この星系に僅かしかいない、最上位の神達。
思わず大きな口を開けて顎を外したアムは、顎を直しながら問い掛ける。
「木目の星 衛星軌道の都におられる平等の神ですか?」
「君の研究が役立つ機関の長じゃが、違う。」
「火の星にいる、唱える神でしょうか?」
「違う。もっと高位じゃ。」
星系軍の研究機関の長を兼務している、人類支配派の頭領、黒威神か?!
なんて事だ・・・確かに自分の研究は強力な武装に使えるが、そこは儀装がうまくいきごまかせたはず。
まさか女装が裏目に出て、戯れに招かれたか?行きたくないな・・・
「そんな高位の神に。まさか断るわけには?」
「なんて事を。遠慮なら不要な事だし、臆したならばか者じゃ。この機会を逃してなんとする。」
「しかし、黒威神様は人類に対して大変厳しいお方。私の様な凡人がご不快に思われる事でもしでかしたら・・・」
首を振りながら学び舎の神は答える。
「黒威神ではない。確かに彼は研究機関の長であり緑の星統括神じゃが、もっと成績上位で上の言う事に忠実な人類しか好まぬよ。」
ほっと肩を落とした後、あと誰が残っていたか思い至り、はっとする。
「もしや・・」
「そうじゃ、この星系の実質的な支配者は黒威神と言っても良いが、位階で言えば星系最上位の神、星系統括神、白い神じゃよ。」
なるほど。白い神に渡した、危機を知らせる通信文が役に立ったとしたらお誘いが来るのもおかしくはない。ただそれなら、露骨に手元に引き寄せず、密かに接触した方が今後も役立つと考えるだろう。まさか、アジョムの姿に惚れ込んで?いやいや、あの神に限ってそのような事は・・・
「何をもじもじしておるのじゃ。まあ驚くのは無理無いがな。なお、知っての通り、白い神は新技術研究機関の長も兼務している。民間で役立つ事を重視する以外は課題を強要する話も無く、研究開発者の提案も歓迎する。君の志向にあっているのではないかな。」
ようは、神の言う事も鵜呑みにせず、自らの考えで動く、君のような恐れを知らない人類には天国のようなところじゃ。」
「でも私は神のおっしゃる事には重きを置いています。」
「重きを置くと言う事は、より重要と思う何かがあれば跳ね飛ばすわけじゃろ?昔は、神の言う事は絶対と考える人類ばかりじゃった。奴隷化言語など使わずとも、盲目的に従っておった。君は遺伝子も考え方も、文字どおり新世代、先端を行く者なのだろう。ゆえに白き神の目にも止まったのじゃろうな。」
「恐縮です。」
学び舎の神はしばし頭を撫ぜてから、アムに問い掛ける。
「では、結論を聞こう。君はこの誘いに対し、どうするかね?一晩考えてみたいかね?」
「いえ、その必要はありません。喜んでお受けしたい、と白き神にお伝え下さい。」
「そうか、そうか。」
とたんに笑みが零れる学び舎の神。
「あやつ・・おっと。白き神と呼ばねばな。白き神は若い頃から知っておるが、善良を絵に描いたような性格でな。それでいて意志が固い。」
何かを思い出して笑い、真顔に戻って続ける。
「善良とは対局にいるような神々とうまく折り合う事ができず、かといって敵を追い落とす事は好まぬ。おかげで政争には負け続け、ごく少数の神しか到達できない最高位を得ながらも、こんな僻地に来る事になった。そんな神じゃ。」
「星系一の神格者とうたわれる白き神も、そのような一面があったのですね・・・」
「そうじゃ。本国の頂点に立つには、最高位を得た上で、清濁併せ持つ神でなければならぬ。しかし不器用な白き神は、それが難しかった。我々”姿ある神”のさらに上位に至るには、世界のあるがままを包み込む度量も必要なのに、あやつは・・・。おっと、老人のぼやきに”神々の秘密”が混ざってしまった。人類に一部でも知れたとしったら、本国の査問会に呼ばれてしまう。”神々の秘密”と白き神の過去は、君だけの秘密にしておいて欲しい。」
「はい、解りました。しかし、何故私にそのようなお話を?学び舎の神は大変賢明な方だと思います。うっかりしゃべってしまうとは思えません。」
「・・・君は賢いの。本当はわざと成績を落としていたりしないかの。」
内心どきっとしながら、否定の仕種をするアム。
「ふむ。まあ、よい。この話をしたのは、私ももう長くないからじゃ。人類の寿命は1000年前後で設計されておるから、君の寿命よりもかなり手前で寿命が尽きるじゃろう。ちなみに神の実年齢と寿命も”神々の秘密”じゃ。」
学び舎の神は手を伸ばし、アムの手を両手で握る。
「白き神は、私にとっては子供のようなものじゃ。あやつのおかげで、わしは多くの事を学ぶ事ができ、”次の段階”へ進むだけの経験を積む事ができた。あやつがさらに上位に至るには、あやつの子供のような存在、人類がきっと力になるじゃろう。だからな。よろしく・・・頼む。」
手が動かない程がっしりと握られ、その想いの強さを感じた。
神によっては奴隷、生きた道具として扱う対象の人類に対し、このような頼み事をした神がいままでいただろうか?いや、我々を信じたからこその頼みだろう。我々人類は、この老いた神からの頼み事を、子々孫々まで忘れる事は無い。きっとそのようにする。
言葉も出ないアムは、涙を流しながらうなづく。
微笑みながらうなづいた後、学び舎の神は手を放す。
手元に置いてあった箱をアムに手渡すと、立ち上がった。
「夕食の時刻に、長い間引き止めてすまなかったな。今後の計画など、詳しくはそこに記載してある。熟読し、準備怠らぬようにな。」
「はい。必ず。」
アムも立ち上がり、深く礼をとってから部屋を退出する。
「・・・えらい事になったな。」
部屋を出てから、ひとまず夕食をとろうと食堂へと歩くアム。
予想外の事態に、放心状態だった。
「おーぃ、アム。こっちだ、こっち~」
カズヒ達が食堂の壁近くに陣取っていて、定食を持ったアムに声をかける。
「ああ、みんな。まだ食事食べおわってないのか。」
席に座りながら、ぼんやりと返事をする。
「何いってるの。アムを待ってたのよ。お説教ならすぐ戻って来るはずだから、お茶で時間つぶして。遅いから今食事に切り替えたの。」
「そっか。ありがとう。」
「どうした?アム。いつも以上にぼんやりだな。心ここにあらずだ。どうかしたのか?」カムナが心配そうに顔を覗き込み。
「そうよ、もしかして、説教どころか高等教育期間打ち切り?説教でなければ、それしかないでしょ!」
「いや、ナオナ、違うんだ。赴任先が決まったんだ。」
「神のお誘いが平凡な成績のアムに来るはずが・・・って、ええ!」
少し声が大きかったのか、近くの別の学生が何事かと振り返ってこちらを見ている。
視線をふりきり、カムナがアムにたずねる。
「本当か、アム。位階の高い神しか赴任先に招いたりはしない。すでに成績上位の仲間は何名も誘われいるが、まさか彼らと同じくらい上位の神だったのか?」
「違う。」
「低かったのか?」
「違う。もっと上だった。」
「・・・誰だったんだ?」
「・・・白き神。」
「え?・・・今有り得ない名前と言い間違えなかったか?」
「白き神からだった。星系統括神の。」
「白き神に誘われた~~~?!」ナオナが思わず叫びながら立ち上がる。
今度は食堂中の視線が彼らに集まった。
ザワザワとざわめく食堂。他の学生が一斉に集まってくる。
「おい、白き神に誘われたのか?」
「赴任先はどこだ?」
「俺の方が成績上なのに、何故~」
寮の仲間に知らせようと走り出す者、騒ぎを聞きつけて駆け込んでくる者。
食堂は大混乱になった。
アムが白き神から誘われたとの情報は、瞬く間に広まっていった。
「ナオナ、この後時間をくれるかい?」
騒ぎの中、そっとナオナに声をかけるアム。
「もちろん。」うなづくナオナ。
混乱する食堂をなんとか抜け出したアムとナオナは、誰もいない憩いの広場に到着する。
「どうしたの?アム。」
「赴任先が決まったとはいったけど、当分の間は、各地を転々としなければならないんだ。さらに、落ち着く先はまったくわからない。」
「そっか。お付き合い解消したいって言いたいのね。」
「すまない。」
アムは目線を落としてさもすまなそうに言う。そんなにすまないって思うなら別れなくてもいいじゃない、と喉まで言葉が出たナオナだったが、アムがそのように結論を出したからには遠距離恋愛を提案しても意味無いだろう。
「いいのよ。赴任先では恋愛や同居が許されるけど、神の都合で任地が変わってしまったら、その関係は引き裂かれてしまう。遠距離恋愛の末、赴任先を同一にしてもらえる事例は極めて少ないわ。私は数十年も独りで待つなんてできないもの。」
貴方なら100年だって待ってる。そう言いたかった。言えなかった。
「そっか。そうだよね。回りの男達が、魅力的なナオナを何十年も独りに
しておくわけないよね。」
「そうよ。だから気にしないで。お互い新しい恋をみつけましょう。」
貴方以外、心の底から好きになれる人なんて絶対現れない。うわべの恋を重ねるしかないの。
そんな心の内を隠し、華やかな笑顔でアムをみつめるナオナ。
女子寮の前で最後の抱擁をした後、アムは去っていった。
去り際、一度も振り返らなかったアムが、もし振り返ったら。ぽろぽろと涙を流しくしゃくしゃな顔をしたナオナに気付き、別れを思い直したかもしれない。しかしナオナも呼び止めなかった。白き神の元で働くと言う事は尋常でない苦労と勉強が必要だろう、身近にいて支える事ができないならば、余計な気遣いをさせてはいけない。愛する人を見送る事が、自分の愛の形。いつまでも自分に言い聞かせるナオナだった。
時は僅かに溯る。
アムが出ていったばかりの扉を見つめ、物思いにふける学び舎の神。
ふいに胸を押さえ、苦しそうにしゃがみ込む。
「く。時が来たか・・・思っていたより早かったの。」
机にもたれながらなんとか執務席に座ると、予め用意しておいた後任人事と計画書を上級教育士に、親展を親しい者達に、条件付き開示指定で送信する。
自分が死亡した場合に限り、内容が相手に伝えられる通信文だ。
映像記録装置に身近で世話をしてくれた者へ感謝の気持ちと、学生を送り出した後、体調が悪化した事を記録する。
神々には、ある期間生き抜いた者は、技術的な延命措置をせず、”次の段階”へ向うという宗教的な美学があった。すでに期間を過ぎていた学び舎の神は、自らの役目を後任者に引き継ぐ直前だった。
「まあ、紙一重で心残りだった用件もかたずけた。後任者へ直接引き継げなかったのはあれじゃが。この先どうなるかは、生きて行く者達を信じ任せる事にしよう。」
声にならない程僅かな声量で、何かの呪文が呟かれる。
体の回りに清らかな力が満ち、やがて潮が引くように消えて行く。
力強い光を発していた目からは、徐々に光が失われ、机に置かれていた手は、力無く机から落ちる。
良い神生だったよ、としゃべりかけてきそうな生き生きとした死に顔で、微笑みながら学び舎の神は逝った。




