6)子育て編2
20年前に書いた初作品、続きを投稿します。
「その台詞は直接奴に言うんだな。あとな。生きろ、どんなに苦しくとも、できる限り長く、な。わが娘よ。」
目の前で分厚い扉が締まる寸前、笑顔の”橙の神”と、笑顔で手を振る神々の姿が見えた。
凪いでいる”木目の星”の雲界に、降下していく新型採取艇。その濃紺で水滴型の船体は、依然と比べて格段に早い速度で沈降していく。やがて目前に海面のような重金属の海が見え始め、それをきっかけに急激な減速を始める。
同時刻、操舵室。
”橙の神”は壁際の席にゆったりと坐り、にたにた笑いながら室内を眺めている。
その眼前では副制御板に坐って次々と指示を出すイフと、神々がいた。
「今の制御はより安全性を高めるならば、補助制御機構を自動で入るようにすべきでしたね。」
制御言語担当が振り返り答える。
「その通りです、イフさん。」
立場が無いといった顔で落ち込みそうな若い担当神に、すかさず一言追加するイフ。
「でも、この急激な減速の振動の少なさといったら、見事でした。もう新しい制御言語の習熟も間近、私の仕事も終わりが見えたと言えますね。」
ぱっと笑顔になる担当神。
「イフさんに認めてもらえたなら光栄です。」
イフは笑顔で答え、次にそのやり取りを笑って見ていた採取操作神に顔を向ける。
「安全の為に採取開始は手動になっています。開始だけは手早くしませんと、危険な場所に長く居る事になります。よろしくて?」
「は、はい。イフさん。」
慌てて安全確認と採取開始作業を始める神。
鈍い採取装置起動音が響いたのを確認し、おもむろに振り返るイフ。
「”橙の神”、これは貴方の仕事ですよ。私はまもなく帰らなくてはいけないんですから、実践していただかないと。」
いきなり話を振られてびっくり顔の”橙の神”。
「いいじゃねえか。イフのやってる事は見てるし、前の船と変わった部分は俺の優秀な部下どもがばっちり覚えてる、支障はねえ。第一、こいつらは俺よりイフの指揮が気に入ってるからな。」
イフが周りを見回すと、赤い顔をして制御版を注視する
神々。イフも顔を染めて”橙の神”に向く。
「人類相手にからかわないで下さいな。」
はでに笑う”橙の神”。操舵室には和やかな雰囲気が満ちわたる。
その時、異常を知らせる警報が響き渡る。
操舵神が怪訝な顔で報告する。
「巨大隕石が3つ、本船直上に落ちていたのですが。」
イフが怪訝な顔をする。
「大気に阻まれて減速しますから、余裕で安全圏に逃げられるのでは?」
イフに向かって操舵神が首を振る。
「それが・・・減速せず、その上我々の進路に向かって進路を変えてくるのです。こんな事はあり得ない。」
静まり返る室内に”橙の神”の声が響き渡る。
「重力制御でなければあり得ない挙動だ。これは”黒軍”の隕石弾だよ。まもなく分裂して複数に分かれる。」
制御板を見つめる操舵神が声を発する。
「その通りです。分裂して総数9になりました。全て本船を追尾しています。」
”橙の神”が採取制御神の方を向く。
「採取力場を逆方向に全開。重金属雲に突入せよ。」
制御神が答える。
「本船は重金属の圧力に耐えるようには造られていないのでは?!」
「大丈夫だ、遭難時を想定して多少は潜れるようにしてある。隕石弾はそこまで金をかけてないはずだ。急げ!」
制御神が操作し、操舵神が推力を下方に向ける。鉛色の海がゆっくりと凹んでいき、しまいには船体を包み込む。
「隕石弾接近中!しかし、重金属雲の抵抗は重く、深さが取れません。」
何事か考えていた”橙の神”の渋い表情が、すがすがしい笑顔に変わる。
「皆、すまねぇ。俺がふがいないばっかりに。」
室内の神々は振り返って笑いかける。
「何言ってるんですか。私達は”親方”とどこまでも一緒ですよ。」
”橙の神”は頭を書きながら続ける。
「すまねえな。でも、あいつにだけは・・・返さなきゃなんねえ。」
「分かってますよ、皆同じ気持ちです。」
「いそいで下さい。」
神々が頷く。”橙の神”の座席を包むように円形の壁がゆっくりとせりだしてくる。イフは上位神だけを守る緊急防護装置が動作始めたのを見て、生き残れる可能性が低い事を悟った。
「”橙の神”、アムに心から愛していた、と伝えていただけますか?私は十分に幸せだった、と。お願いします。」
そう笑顔で言ったイフに、歩み寄ってくる”橙の神”。イフの体を持ち上げて、自席に向かう。
「え、え?!」
と、とわかうイフを自分の席に坐らせ、笑う”橙の神”。
「その台詞は直接奴に言うんだな。あとな。生きろ、どんなに苦しくとも、できる限り長く、な。わが娘よ。」
目の前で分厚い扉が締まる寸前、笑顔の”橙の神”と、笑顔で手を振る神々の姿が見えた。返さなきゃならないものとは、イフの事だったのだ。
「お父さぁん!」
イフの叫びは隔壁の中から出る事はなかった。
機械の腕が鼻と口を塞ぐ覆いを被せ、それと同時に粘度の高い液体が滝のように流れ込んでくる。それが空間をすべて埋めた頃。激しい振動が始まり、振り回されるような衝撃が繰り返し起きたところでイフは意識を失った。
意識を取り戻したのは、衛星都市の港にある待合室だった。服は寝巻に変わっていたが、直前まで体を洗っていたかのように、全身水がしたたっていた。
窓の外には港まで曳航されてきたイフ達の採取船があったが、外装は激しい凹凸と穴が開き、原型を留めていなかった。イフが寝かされていた移動寝台を起き上がろうとすると、それに気づいた医療神が駆けよって来る。
「そのまま寝ていて下さい。洗浄が終わったので、今から医療室へ運び込むところです。」
言われた通り体を横たわると、イフは一番聞きたくない話をすぐする事にした。
「”橙の神”は・・・乗船していた神々はどうなりましたか?」
移動を始めた移動寝台に付き添いながら、医療神が答える。
「私は全体の状況を判っていないんだ。後で教えてあげるから、今はゆっくりお休みなさい。」
手首に軽い違和感を感じた途端、イフは再び眠くなった。
あの破損の仕方で生き残った神がいるなんてあり得るのかしら。そんな不安を眠気が押し流していく。
寝台でぐっすりと眠っているイフと、その手を握っているアム。目覚め、ゆっくりとまぶたを開けるイフ。
「アム。どうして貴方が”木目の輝き”にいるの?」
アムは首を振る。
「”木目の輝き”はもう出発した。”蒼き星”に向かっているところだよ。白派上層部には、イフを迎えに行く最低限の時間しか許可をもらえなかったんだ。」
イフは怪訝に思い、そして明るい気持ちになった。
「私の事故報告無で出発したと言う事は、報告できた神ががいたのね?!」
アムが悲しげな顔をする。
「強固な操舵室の密閉も破れていた。残念ながら・・・あの船から帰ってきたのはイフだけだよ。いつ戦端が開かれるか判らないから、意識の回復を待たずに出発したんだ。」
茫然とするイフを、抱きしめるアム。
「共に採取船を改良した神々が、亡くなってしまった。悲しい・・・ね。」
思い出すように小さな声で、イフが話し出す。
「隕石弾から逃れ得ないと判った時、”橙の神”は1神しか入れない強化退避隔壁に私を坐らせたの。私をアムに返さなきゃって。たとえ苦しくても、生きろって。」
号泣するイフ。アムはそっとイフを抱きしめ、共に泣く事しかできなかった。
帰路は黒軍の軍艦を避けるように進み、時間はかかったが、無事に”蒼の星”衛星、”白曜月”上空に到着した。衛星軌道には数えきれない程の武装船が警備についていたが、その武装では黒軍に勝てるとは思えなかった。
操舵室でアムに寄りそうようにして船外を見ていたイフは、不安げな顔をしていた。
「私の報告によってあれが事故で無いとなれば、この武装船で軍と闘う事になるのかしら・・・。」
月面に降下していく景色を眺めながら、アム力強く答える。
「確かにこれでは黒軍に勝てない。でも大丈夫。白派は勝てるよ。」
高度が下がり、衛星”白曜月”の月面にある技術研究所分室の港が見えてくると、操舵室の神々は慌ただしくなった。宇宙船を整備する建物の天井が左右に開き、そこへ降下していく。天井が閉まって停泊すると思いきや、今度は床が左右に開き、宇宙船はそのまま地中に降下していく。いったいどこまで降りるのか、イフが不安に思ったその時。巨大な球状の空洞が目の前に広がった。
「うわぁ!」
アムは誇らしげに話す。
「これだけ備えがあれば、勝てる。」
空洞を埋め尽くすように、いつでも出発可能な軍艦や建造中の軍艦があった。良く見ると、様々な形があり、武装も多種多様だった。アムが指を指しながら説明を始める。
「黒軍は大型艦、中型艦、小型艦、小型偵察艦の4種しか種類が無く、武装は強力だけれど意外性は無い。それに対して、白派は新しい試みを次々と取り込んでいる。黒軍が対策を打つまでにはかなりの戦果も期待できる!」
意気揚揚と説明するアムにイフが言った言葉はきつかった。
「これだけ種類が増えると、生産性は悪いわね。故障や破損が起きた時に部品がなかなか届かなかったり。」
指さした格好で固まるアム。
「だ、大丈夫さ。重要部分は共通化してるし。」
「そう?それに新基軸の武装って実戦で通用しなかったり欠陥がみつかったり。黒軍は合理的だから軍艦が4種類だけじゃ・・・。」
イフが思索から我に帰って操舵室を見回すと、アムだけでなく神々や人類の男性が愕然とした顔でイフを見ていた。
「これだから、男の子はダメね。」
やれやれと言った顔で首を振るイフ。
空洞の中央には、巨大な輝く玉が浮かんでいた。どうやら巨大空洞を照明する役割を担っているようだった。
アム達の船が接近すると、壁の一部から柱が伸びて、船の出入り口に繋がる。
アムとイフは小型移動機で、玉の中央に向かっていた。立方体内部の構造は星系の標準的なそれではなく、神々が持つ技術の中でも、より高度な技術を使っているようだった。イフがそれに気づいて驚く。
「ここは一体なんなの?アム。」
「”白き神”が造られた人口太陽さ。今は光量を落として照明として用いているけど、月の中を気体で満たせば農業が可能な空間にできるんだ。」
「そう。施設をただの戦争用として造りたくなかったのかしらね。」
「そうかもね。」
なるほど”白き神”ならあり得る考え方だ、そんな風にアムは思った。そんな雑談をしているうちに、移動機は目的地である中央制御室に到着した。
移動機を降りて、扉を開けるとそこは球状の空間だった。
壁面には”蒼き星”周辺の宙域が表示されており、宇宙空間と見間違う程の美しい景色だった。それがゆっくりと回転しながら表示されていた。アムが目をこらすと、中央最下部から太い柱が中心まで伸びており、その頂上が管制室のように見えた。無重力の中を泳ぎながら管制室にたどり着き、中に入るアムとイフ。
個室に見えた管制室は、壁と天井に様々な情報が表示されつつも透けており、壁面の宇宙が見渡せた。10神が円形に外側を向いて坐っており、その手はせわしなく操作板の上で動いていた。中心部には座席が3つ有ったが誰も坐っておらず、その近くで”白き神”が天を仰いで立っていた。その表情は深い苦悩を感じさせ、アム達は声をかける事ができなかった。ふいに”白き神”がアム達に気づき、柔らかい表情に変わる。
「二人とも、お帰り。」
”白き神”に歩み寄る二人。すると、”白き神”がイフをそっと抱きしめる。
「無事で良かった、イフ。あやつの最後がどうだったか、聞かせてくれるかな。」
”白き神”と二人は席に坐り、採取船がどのような事態に遭遇し、”橙の神”が何をしたのかをイフが説明した。
「・・・以上が事の顛末です。皆が死んだのは、事故ではなく、攻撃を受けた結果です。」
”白き神”はイフの話を聞いた後、目を閉じてしばらく沈黙した。やがてイフが涙を流す。
「申し訳ありませんでした。本来はここで報告するのは”橙の神”であったはずです。申し訳・・・ありませんでした。」
やがて号泣するイフの手を握り微笑む”白き神”。
「イフよ、泣かないでおくれ。やつは私が一番望む事をしてくれた。おまえ達優秀な人類が、生み、育て、地に満ち、宙に満ちる。そんな私の夢をやつは判っていてくれた。
そんな親友を死地に追いやったのは、決断できなかった私なのだよ。」
そして”白き神”はアムに向く。
「明後日、我々白派は黒派に決闘を申し込む。開戦は1カ月後となろう。それまでに子供、親しい者達と共に、”蒼き星”の地下退避壕に避難しなさい。」
アムが首を振る。
「ありがたい申し出ですが、私は”白き神”と共に戦地に残ります。この多様な軍艦の修理を効率良く行うには、私のような経験者が必須のはず。妻子だけ避難させます。」
小さくため息をつく”白き神”。
「お前は昔から頑固だった、説得は聞かんだろうな。」
イフがアムを見て、”白き神”を見る。
「避難は子供達だけにします。私はアムの活動を維持するのにお役に立てます。アムと共に行動しますわ。」
「イフ?!」
「だって、アムの居ない世界に未練はありませんもの。共に役立ち、共に死にましょう。もっとも、孫が出来るまでは死ぬつもりはありませんけど。」
「イフ・・・。」
手を握って見つめ合う二人。
「相変わらず仲が良いの。」
”白き神”の一言で管制室の注目を浴びている異に気がつき、赤くなって手を離す。
”白き神”は二人の肩に手を置く。
「お前達には後に来る新世界を担って欲しい、だからいよいよとなった時はお前達の意思にかかわらず脱出させる。それで良いなら残留を認めよう。」
「はい。」「解りました。」
満足げにうなずく”白き神”。
「よし。遠路はるばる疲れたろう、今日明日はゆっくり休んでくれ。復帰後は休む暇なぞ無いからな。」
「はい。」「はぃ。」
笑顔で立ち去るアムとイフ。壁際に坐っていた側近が”白き神”に近づきそっと耳元でささやく。
「とうとう決心されて、白派一同大変嬉しく思います。しかし・・・本当によろしいのですか?」
「良い。」
明快に言い切った”白き神”の表情は、言葉とは裏腹に苦悩に満ちていた。
ほの暗い会議室に、黒い外套を羽織った神々が10神、向かい合うように坐っている。
厚い板硝子の床下には”緑の星”地表が広がって見え、薄緑色に室内を照らしていた。
不意に壁が開き、漆黒の衣装に金の装飾がついた杖を持って”黒威神”が歩いてくる。神々は立ち上がり、”黒威新”が上座に坐るのに合わせ、一斉に坐る。
「今日皆に集まってもらったのは、他でもない、白派からの申し入れを伝えるためだ。」
神妙な面持ちで次の言葉を待っている神々を見回してから、”黒威神”は続ける。
「本国圏から、”緑の星”から、逃げてばかりのあの腰抜けどもも、ようやく決闘の覚悟を決めたらしい。黒派は決闘の申し入れを受け、1カ月後に戦端を開こうと思う。」
その瞬間、会議室は歓声につつまれた。喜ぶ神々を満足げに見回す”黒威神”。片手をそっと挙げると神々は再び神妙な面持ちに戻る。”黒威神”が軽く机上に触れると、
立体映像の”緑の星”と”蒼き星”が表示される。
「勝利条件は各派閥存命の最高責任者に敗北を認めさせる事。弱腰の上位神にあの艦隊なら、開始後まもなく膝を屈するだろうがな。」
破顔して笑う神々。軟弱な白派に負ける事などあり得ない、と誰もが確信していた。
末席の壁際に立つ警備責任者のガザン神は、そんな神々を見て不安を感じた。
「白派を侮って良いのでしょうか。先日”白曜月”に不審な侵入口が見つかりました。まだ宙域に展開していない宇宙船があるのでは・・・。」
”黒武神”が立ち上がって怒りの目を向ける。
「本来同席も許されない身分で、無許可で発言して良いと思っているのか!」
”黒威神”も気分を害したのか、不機嫌な顔でカザン神を見ている。
「”黒部神”、その辺にしておけ。カザン神も分をわきまえよ。」
この報告は、自分の後継者と目していた部下が潜入調査し、命と引き換えにもたらした情報だった。カザン神は釈然としないながらも頭を下げる。
「差し出がましい真似をして、申し訳ありませんでした。」
それだけなら後で報告もしただろう、しかし歴史を変える一言が、その時発せられてしまった。
「弱い犬ほどよく吠える。この臆病者が。」
”黒武神”が坐る間際に言った一言は、”黒威神”に怒りを感じたカザン神を真に怒らせた。その結果”白曜月”の調査報告は2度と行われる事は無く、開戦を迎える事になる。
会議は開戦後の行動と日程を説明し、異論を挟まれる事無く終わった。”黒威神”は神々に見送られ一番に部屋を出る。ふとカザン神が気になって振り返ると、カザン神はいつも通り氷の微笑を浮かべている。どうやらあの冷静な神はそれほど気分を害していなそうだ、そう判断し、”黒威神”は部屋を出て行った。しかし、”黒武神”を見つめるカザン神の目は、何かを決意したように揺るがなかった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
誤字ご指摘/感想は読ませていただきます。お返事はしませんが、ご容赦を。




