6)子育て編1
20年前に書いた初作品、続きを投稿します。
すばらしい気持ちになれた事を、神々に、宇宙に感謝するアム。
天の層会談から1年後。人類育成機関に新設された肌色の建物の廊下に立ちつくすアム。その両手は固く握られ、その眼は手術中と表示された表示版にくぎ付けだった。手術と言ってもほとんどが自動化されていて、医師が手を使うのは僅かだったが。
そんな表示板がなんの前触れも無く完了の文字に変わると、アムは扉を開け急いで入っていった。
「おぎゃあ!」「おぎゃあ!」
聞いたことも無い泣き声が部屋に響いている。驚きながら見渡すと、寝台に疲れた表情のイフが横たわり、その胸元でもぞもぞと布に包まれた何かが動いている。寝台の近くに立っていた女神が微笑んで話し掛けてくる。
「知性化後の人類にとっては初の赤ちゃんね。男の子と女の子の双子よ。おめでとう。」
「・・・ありがとう。」
アムはふらふらと近づきイフの手を取る。
「お疲れさま。」
イフは力尽きたのか声は出せなかったが、やったよと笑顔で答えた。
アムはイフが抱いている布を抱き上げると、小さな小さな赤子が二人、寄り添いながら泣いている。体は洗って乾かしたのか綺麗だったが、僅かに髪が濡れていた。
「これが・・・自分達の子供・・・。」
初めてみる赤子はしわしわの顔をしており、小さな猿のようだった。しかし、本能的な喜びが体の奥から湧き上がり、心を満たしていった。
「これが、我が子か!」
感動で心が震え、視界もぼやける。
このようなすばらしい気持ちになれた事を、神々に、宇宙に感謝するアム。このような体験が生の深みを増し、愛する事を学ばせてくれるのだと実感した。突き詰めれば遺伝子を永続させる生体機構の働きかもしれないが、このような結果を生むならうまく乗せられても良いと思えた。
しかしそれと同時に疑問が沸く。神々はこのような経験をしているのか?しているにしても、1万年を余裕で超える長命でまれに子を持つとすれば、神格に与える影響は僅かだろう。冷酷な性格の神々が多いのはその為ではないだろうか。愛が”大いなる存在”に近づく為の必須要素なら、血の繋がりに係らず、子を持ち育む事が方が良いのだろう。白派が人類を育てるのも、愛以外の打算もあるのだろうか・・・。
「アム。そんなにじっと見つめてどうしたの?」
イフの涸れた声で我にかえるアム。気がつくと、赤子達もじっとアムを見つめていた。恥ずかしそうにイフを見るアム。
「いや、子を持つ事の素晴らしさを実感してね。」
手元の赤子達に目を戻して呟くアム。
「我々の子として生まれてくれて、ありがとう、我が子達よ。」
言葉など判るはずも無い子らが、その時満面の笑みを浮かべる。もう溶けてしまいそうな表情のアムを見て笑うイフと女神。この子らが、星系を揺るがす大戦争の引き金になったとアムが知るのは、ずっと先の話である。
子供が生まれて6年経ったある穏やかな午後。部屋の大きな窓は開け放たれ、暖かな日差しとそよそよとした風が入ってくるその窓際の床にアムは坐っていた。最近人類の家庭では子供が這いまわっても汚れないよう、靴は玄関で脱ぐようになっていた。アムの家も同様で、アムのいるあたりは椅子ではなくふかふかの敷布だった。
「く~。」「う~ん。」
膝の上で寛ぐ双子が、寝ぼけて声を出す。
女の子はユーン、男の子はハーンと名付け、愛情を注いで育てていた。ユーンは最初に出てきたせいもないだろうが、姉のように面倒みが良かった。茶色の髪は肩まで伸びたところで内側に巻いたように曲がっていた。目は茶色でくりっと大きく、愛らしい表情をしていた。ハーンも肩まで髪を伸ばしていたがまっすぐで、目は細めで精悍な印象を感じさせた。起きている時は騒がしい事この上ないが、今はさながら妖精のようだった。双子を眺めながら、長時間の肩車で凝った首を揉みほぐすアム。
この時代、子育ての基本も無く人類の夫婦は殆どが自らの子育で手いっぱいだったが、”白派”の神々が何かと気にかけてくれるので、決して辛くはなかった。
「お客さまですよ。」
ふいに後ろで小さな声がする。振り返るとそこにはイフ、そして”白き神”が立っている。アムが静かに頭を下げると、白き神”が頷いてから隣に腰を下す。最初の訪問は挨拶をする為に立ち上がり、驚いた双子が大泣きしてしまった。以降、家の中では簡素な挨拶が普通になった。
イフがお茶を入れに部屋を出ていくと、しばらくは静かな時が流れた。
「大きくなったな。」
双子をのぞきこんでいた”白き神”が、小さな声で呟く。
頷くアム。
「はい、この年頃は成長が早いですね。やる事は意表を突きますし、なんと言っても可愛い。毎日見ていて飽きませんよ。」
微笑む”白き神”。
「そうだろう。アムもこの頃は可愛かったぞ。」
人類教育機関での話からすれば、小さかった頃からアムとイフは”白き神”に知られていたようだ。
「覚えていただく程、自分らは目立っていたですか?何か特徴、例えば知能が高かったとか・・・。」
顎に手を充てて少し考えてから答える”白き神”。
「いつ行ってもぴったりとくっついていたな、アムとイフは。男女の区別がつかないこの年齢で、何故こうも仲睦まじいのか謎だった。当時から話題になっていたぞ。」
「そんな理由ですか・・・。」
がっくりとするアム。”白き神”は真の理由を告げてやりたかったが、それは神々と人類が共に歩む限り決して告げてはならない理由だった。
「いいじゃないか。今では”重力の倦族”と呼ばれるほど名を馳せている。きっかけはともかく、アム達に着目していて良かったと思うぞ。」
苦笑いするアム。”白き神”は子供達の方を見て続きを話す。
「今日来たのはこの子達の教育についてだ。」
不安そうな顔をするアム。
「やはりこの子達は人類育成施設で育てるのですか?現在は子育ての為にイフが家にいて神々に貢献していませんし。」
首を振る”白き神”。
「いや、子育ても将来への立派な貢献だ。”蒼き星”では夫婦のいずれか希望者が10年間子育てに専念して良い決まりにする予定だ。」
安心するアム。
「それはありがたいです。この子達と・・・離れ離れになる事を想像しただけで、気持ちが沈んでしまうのです。」
それを聞いて、ある思いが”白き神”の心に重くのしかかってきたが、首を振って振り払う。
「家族が共に過ごせるのは幸いだが、子育ては楽ではないぞ。10歳に達したら、今度はアムの弟子として持てる技術全てを伝授してもらう事になる。仕事と教育を両立するのもたやすくは無い。」
頷くアム。
「判っています。その結果が振るわないと、人類の生殖機能付与が誤りだったとされる恐れがあるんですよね。子供に無理を強いる事はできませんが、創意工夫して必ずや立派な技術者に仕上げて見せます。」
頷く”白き神”。
「そうか。期待しているぞ。」
しばらくして、後ろからイフがお茶とお菓子を載せた盆を持って近づいてくる。
「今回の焼き菓子は自信作ですよ。」
小声で説明してから、床にそっと盆を置き自分も坐るイフ。その途端、お菓子の良い香りがあたりを漂う。
「う、う~ん。おやつ食べたい~。」
「僕も~。」
もそもそと双子が起きだして来る。”白き神”が笑う。
「せっかく静かにしていたのに、香りで起こされるとはな。」
寝ぼけながらおじぎをする双子。
「あ、こんにちは。」
「こんにちは、かみさま。」
「こんにちは、ユーン、ハーン。」
”白き神”はとても嬉しそうで、めったにみせない溶けるような笑顔をしていた。アムは子供時代の自分にもこんな顔をしてくれただろうか、と少し妬けた気がした。
と、ハーンがユーンを指でつっつく。
「ユーン、神という言葉は敬称だから、様は言わなくていいんだよ。」
アムそっくりの言い方ね。そんな意思を込めた目線をイフから送られ苦笑いするアム。その下でこっそりハーンがお菓子を一枚掴み取り、丸ごと口にほおりこむ。それを見つけたユーンがハーンをたしなめる。
「お菓子はお客さまに出された物よ。勝手に食べてはいけないわ。」
言われたハーンは口にお菓子を入れたまま、不満そうな顔をする。それを見てアムがにやっと笑う。
ユーンの口調はイフそっくりだよ。と目線で訴えかける。
反論できずに苦笑いするイフ。
そんなやりとりを知ってか知らずか、”白き神”がふっと漏らした一言は絶妙だった。
「子は親の背中を見て育つ。間違い無いな。」
顔を赤らめるアムとイフ。そんなほてりをさますような気持ちの良い風が窓から流れ込む。幸せな午後の一日だった。
幸せな時はあっという間に過ぎていき、双子は19歳になっていた。
アムはハーンを弟子として重力制御を教え込み、ハーンはその期待にことごとく答えた。当初はユーンにも同じ道を歩ませようと考えていたが、”白き神”の薦めによりユーンはアムの右腕として働くイフと行動を共にし、組織運営を学んでいた。
美しい長髪をなびかせたユーンが乗る、屋根の無い一人乗りの小型移動機が森のすぐ上を飛んでいる。動物を驚かさないように静かに飛んでいたが、ごく僅かに風を切る音がしていた。
やがて広場のような場所が見えるとさらに速度を落とし、ゆっくりと広場の真ん中に着地する。
「ユーンか。」
壊れそうな、汚れた建物の2階にいたアムは、目の前の広場に降りた移動機に気づき、階段を降りていく。
1階の外壁は広場に面した1面だけ解放されており、中央に置かれた装置には壁際にある箱から配管が何本も繋がっていた。
アムの姿をみつけたユーンは駆けだし、アムの首に飛びついて抱きしめる。
「父さん、ただいま!」
転びそうになりながらも、どうにか立て直してユーンを抱きしめるアム。
「お帰り、ユーン。大きくなったな。」
「何言ってるの、離れていたのは半年よ。」
そう言って笑うユーン。
と、装置の下からガラガラと音を立てて、台車に寝転んだハーンが出てくる。
「ユーン!」
「ハーン!」
立ち上がったハーンと軽く抱き合って挨拶するユーン。
ハーンが1階にある椅子を手で勧め、二人でそこに坐る。
「”木目の輝”からいつ帰ってきたの?」
「昨日”蒼き輝き”について、今朝降りてきたとこ。」
「そっか。」
”木目の輝”へ仕事に行ったイフは、ユーンを同行させたのだった。アムが気になった事を聞く。
「その・・・母さんは元気だったか?」
ユーンが答える。
「母さんは古巣で楽しそうだったわ。”橙の神”を父のように思ってるのね。」
「そうだな。”橙の神”には昔から良くしてもらっている。でも、一緒に帰ってきて欲しかったな。」
黒派の軍備はこの20年でかなり増強され、和平を望んでいるようには見えなかったが、破壊活動は止んでいた。しかし今年に入ってから、黒派過激派は再び暗躍し、各地で施設破壊工作を始めている。
先日の事件ではとうとう白派と人類に多数の死傷者が出て、黒派との緊張状態が高まっていた。
そんな昨今ゆえイフとユーンの渡航は極秘に行われ、通信も行えず、アムは家でやきもきしているしかなかった。そんな心中を察したか、からかうようにユーンが笑う。
「大丈夫よ。お母さんは浮気なんかしてないわ。何かある度に父さんの事を話してたわ。あと半年もすれば目途が立つから、そしたら帰れるって言ってたわ。」
「そ、そうか?」
目じりを下げるアムに、揃って首を振るユーンとハーン。結婚して20年も蜜月が続く両親に、嬉しさと恥ずかしさを強く感じてしまう双子だった。
話も長くなり、外から吹き込んでくる風も涼しくなってきた。
「さて、そろそろ帰ろうか。ユーンも長旅で疲れたろう。」
と立ち上がるアム。それを見て慌てるハーン。
「待って、最後に新型装置の過負荷試験をしておかなきゃ。」
そう言ってから部屋の中央に行き、機械の制御板を操作する。
「えっと、放射範囲には生物の反応無し、と。動力良し、安全装置良し。装置、起動開始!」
「ハーン、もっとしっかり確認しないと・・・あ!」「え?」
何かに気づいたアムに怪訝な顔をするユーン。
ハーンはかまわず起動開始してしまう。
その途端、機械から風を切るような高い音がして、それはやがて低い轟音に変わった。
機械は身長の半分程の大きさだったが、信じられ無い程の出力を感じさせた。
ハーンが出力最大の操作を行うと、広場の方向に向けて細く強力な重力場が放射され、広場の反対側でばきばきと木が倒れだす。巻き込まれて行く突風が重力異常を可視化し、それはさながら水平に流れゆく竜巻であった。
唖然とするハーンを脇にのけ、アムがなんとか緊急停止の操作を行う。縦にうねりながら弱まり消える竜巻。
静寂が訪れ、アムが我に帰る。
「ハーン。十分に周囲を確認してから、徐々に出力上げなさいと何度言ったら解るんだ。いきなり全力運転したら爆発の兆候を見逃して命を落とすぞ。」
しょげながら答えるハーン。
「ごめんなさい、父さん。」
ふぅ、とため息をつくいてから、笑顔になるアム。
「判ればいい。でも最大出力に耐えたな。」
それを聞いて笑顔になるハーン。
「でしょ。今度の新型は安定してるし、筋が良いと思ってるんだ。」
しかし後ろでユーンがぐずっている。
「私の最新式移動機と荷物が~。」
どっと涙を流すユーンから目線を広場に移すと。
ユーンが乗ってきた移動機が粉々に砕けて、あたりに散らばっていた。
ユーンがハーンをにらむ。
「ハーンのお給料で弁償してもらうから!」
アムがハーンの肩に手を置いて言う。
「な、十分に確認する重要性が判ったろ。」
今度は泣きそうな顔をして頷くハーン。
「うん。身に染みて判ったよ。」
緑の星衛星都市、”緑の輝き”。その天の層では漆黒の柔らかい衣装をまとった神が、椅子に坐って果実酒を飲んでいた。眼下には夜間の”緑の星”、頭上には”黒曜月”が有り、さながら宇宙に浮かんでいるようだった。どちらも天の層からは黙視がかなわない位置にあり、高精細な映像であった。突然正面の暗闇に別の神が現れる。色は同じく漆黒であったが、がっしりとした体に固い素材の服をまとい、金色の勲章が胸に3つ飾っていた。片腕を胸の前に置き、礼をする。
「”黒威神”、ご報告に参りました。」
「”黒武神”か。」
目線を器に向けたまま答える”黒威神”。
”黒武神”は太く重い声で続ける。
「過激派は破壊活動を続けていますが、”白き神”は相変わらず静観の構えです。忍耐強いのか、無関心なのか。」
にやりと笑う”黒威神”。
「この20年間、”白き神”は白派の武力拡充を許すも、戦端開く事は許さなかった。まもなく”期限”を迎え、戦わざるを得ないのに、まだ腑抜けている。」
「”白き神”は戦端を開くでしょうか?約束を守り差し出してくるのでは?守らなければ、最高位から最下位へ位階を下げる事に。それに、”黒威神”は・・・」
首を振る”黒威神”。その目は憎しみに満ちている。
「やつは、必ず人類を優先する。約束を守れば、2度と人類の信用は得られ無いだろうし、それ以前にその結果に耐えられ無い。ならば、少しでも早く戦端開かせてやるのが私の愛だ。」
はっと何かに気づいた”黒武神”。
「もしや。」
頷く”黒威神”。
「そうだ。まずは、黒派になびかなかったあやに、思い知らせてやれ。白き神は、友を失ってもまだ、耐えられるかな?」
”黒武神”深々と頭を下げ、ふたたび闇の中に消える。
”黒威神”は”黒曜月”を見上げながら、一人呟く。
「黒派は全ての準備を終えているぞ、”白き神”よ。全て、な。」
笑う”黒威神”。しかしその目は深い憎しみと悲しみを宿していた。
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誤字ご指摘/感想は読ませていただきます。お返事はしませんが、ご容赦を。




