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4)成人編9

20年前に書いた初作品、続きを投稿します。


アムは、神々が到来する前から”蒼き星”で文明を築いていた”竜人”、そして無残な試作人類を、知る。

 円形の広場には、すでに黒派の神々が来ていた。服装から判断するに、人類どころか1神の白派もいない。凍てる夜の神を中心に、左右に2神づつ立っていた。右端の1神がアムに気づき、苦い顔をする。何故人類ごときがここにいるのだ。そんなふうに思っている事が表情から見てとれた。

「晩餐会へようこそ、白き神。」

 黒派の神々が深々と礼をする。

「今晩はお招きいただき、感謝する。」

 白き神が軽く返礼すると、横に立つヨラン神が坐るように1神づつ即した。しかし、アムは放置したまま自分も席に坐ってしまう。白き神が口を開こうとすると、凍てる夜の神がすまなそうに話し掛ける。

「いや、申し訳無い。人類に合う椅子が無くて困りました。この衛星では宴席に人類を招く習慣がありませんでな。」

 白き神が立ち上がり冷たい一瞥を凍てる夜の神に向けた時、このままではまずいと思いアムが口をはさむ。

「郷に入っては郷に従えと申します。私はここで結構です」

 しばしアムをみつめてから、ふうとため息をついて席に坐る白き神。

 それと同時に浮遊した箱のような物がそれぞれの座席前に静止した。天板が開くと中から料理がでてきた。さすがに料理まで差別するのは逆鱗に触れると判断したのか、立ったままのアムにも同じ物がでてきた。

「食べずらい・・・」

 慣れ無い立ち食いに苦労しながらも、箸を進めるアム。

 宴席は和やかとは程遠いながらも、大きな波乱もなく無事に終わりを迎える。しかし、明日以降は様々な問題が予想される為、一行は部屋に戻って作戦会議を行うこととなった。


「明日の天の層訪問、軍施設、軍需構造は良いだろう。軍の威信にかけて守ってくれるだろうからな。問題は4日目以降だ。」

 オンデ神は空間に浮かぶ日程票を指さして説明する。

「特に、6日目の市内観光は危ない。訪問先に意図的なものを感じる。5日目が終わる頃に6日目の辞退を申し入れよう。いかがですか?白き神。」

「わかった。オンデ神の提案に同意する。」

「ありがとうございます、何かうまい理由を考えておいて下さい。ジョイジ、アムも4日目以降は注意して欲しい。」

「了解。」「はい。」

 アムの自由になる時間はさらに減ったようだ。この衛星で長時間の単独行動が可能なのは、おそらく明日しかない。

「あの・・・」

「なんだね、アム。」

「明日は白き神についていく事ができないので、1人でいろいろ回りたいのですが。」

 白き神が同意し頷く。オンデ神も同意のようだ。

「うん、明日なら良いだろう。買い物なら南区域の商業区、博物館見学なら東区域が良いと聞くぞ。もし夜遊びしたいなら西区域の歓楽区だ。いや、見分を広げる為に歓楽区はぜひ行って来い!」

 にやにやとするオンデ神。

「自分は用事があるからつきあえない。気をつけて行って来いよ~。」

 ジョイジ神もどこかにでかけるようだ。

「ばったり歓楽区で会うんじゃないか?」

「オンデ、やめて下さいよ~。」

 楽しげなジョイジ神。いったいどこに行くのだろう?

「アム。明日なんだが。」

「なんでしょうか、白き神?」

「この衛星にある、星系最大の”星系博物館”へ行ってみなさい。費用はこちらで負担するから。」

 白き神が余暇の過ごし方に意見するのは意外だったが、興味もあったのでアムはありがたく勧めに添うことにした。

「ありがとうございます。ぜひ行ってみます。」

 白き神の話が一段落したのを確認してから、表情を引き締め真面目な口調で話し出すオンデ神。

「では、次に3日目。ここからは毎日同じ時刻に出発し、同じ時刻に戻ることになる。注意すべき事は・・・」

 後は淡々と分析と対応策が示されるにとどまり、アムの興味を引くものではなかった。歓楽区のあれこれを想像しているうちに話が終わり、部屋に戻っていくオンデ神とジョイジ神。アムも自室に戻り明日の行き先を検討する事にした。


「ふぅ。」

 部屋に戻り寝台に腰かけると、衛星の案内情報を立体映像で見始めるアム。

「なんか、黒派の支配圏は広告もかたぐるしいなあ。真面目一徹なのかな・・・」

 そんな印象を抱きつつ、情報検索を続けていると昼間はだいたい決まってきた。

「さて、夕方はどうするかな。この様子じゃ夜遊びできる店も堅いとこばっかりだろうな。」

 空中で手を動かし、その手の店を一覧で表示させると確かに西区域の歓楽区に集中している事が分かった。さらに、神々専用をうたっている店を省いて一覧を絞り込む。

「ふむ、それでも結構あるな。順番に再生してみるか。ぽちっと。」

 目の前に、巨大かつ透け透けできわどい格好をした女性が現れ、楽しげな音楽が大音響で響き渡る。

「楽しい論陣、愉快な論陣、論陣、論陣!」

 女性が服を脱ぎながら踊る丁度その時、白き神が話しながら入ってきてた。

「どうしたんだ?表に音が漏れるくらいの・・・」

 目の前で楽しげに踊る巨大な裸体、固まる白き神。しばしの沈黙。

「まあ。その。アムも若い人類だ、色気も大いに結構。」

 くるっと振り替えって出て行こうとし、思い出したように振り返る。

「もう突然入ってきたりしないから、存分に楽しんでくれたまえ。ただ、音量だけは絞ってな。」

 それだけ言い残し、白き神は出て行った。

 女性の立体映像は音楽と共に消え、店の詳細な説明が表示される。はっと我にかえったアムは音量を下げてから、頭を抱えてうずくまる。

「誤解だ~~。」

 アムの頭上では、かわいらしい女性が微笑みながら首を傾げていた。


 翌朝。護衛神と共に白き神を見送ってから、そのまま出発するアム。肩には布製で灰色の作業鞄、厚手の青い生地でできた服を着て、頭には深緑色の帽子を深くかぶったいでたちだ。この外見なら地元の人類から浮いてしまう事はないはず・・・だ。

 摩天楼地下の下層列車中央駅から、まず東に向かった。神専用車両の比率が高く、5本くらい待たされたが、平日の為か人類の姿はほとんど見なかった。尾行の気配も無い。北は軍関係の施設が多く、1人で向かうのは危険すぎる。東南西と回るのが順当だろう。特に博物館には仲間がいるとの事前情報もあり、欠かせない。そんな事を考えているうちに西区駅に到着した。

 基本構造はどの衛星都市も同じなので迷う事はなかったが、無機質で味けない内装は好きになれなかった。地上に出てまず向かう先は 星系博物館。”辺境の白き光星系”の歴史が学べるところだ。駅を出ると目の前が博物館の建物で、一体何が入っているのかと目を疑うほど大きな四角い建物だ。その灰色の壁には緑色の文字で星系博物館と描かれており、他に間違えようも無かった。

 巨大さに圧倒されながら入り口に入ると、最初の小部屋に凛とした雰囲気を持つかわいらしい顔をした人類の受付嬢が立っていた。

「”星系博物館”へようこそおこし下さいました。当館のご案内係を担当しているヤヒヨと申します。」

「こんにちは、アムです。お世話になります。」

 お辞儀をする受付嬢にお辞儀を返すアム。

「まずはお客さまの見学ルートを考えるお手伝いをいたします。お客さまは当博物館に何日間滞在の予定ですか?」

「半日です。」

「半日だけですか!?あ、失礼しました。当博物館は全て回ると数週間かかる為に宿泊施設も併設されています。短い方でも一泊二日が多いんですよ。」

「そうなのですか。本当はそうしたいのですが、午後は別の用事があって。自分はまだまだ”雛鳥で、思い通りにいかない”のですよ。」

 アムは合言葉を言ってからじっと見つめたが、ヤヒヨは微笑むばかりで何かに気づいた様子もなかった。

「ご謙遜を。この博物館に来るためには安くは無い入館料が必要です。主である神に認められていない人類がここへ来る事はありません。ましてや1日回れる費用を払って半日で切り上げてしまうとは。それほど優秀な人類にお会いできて光栄ですわ。」

 目をキラキラさせるヤヒヨにどう答えて良いのか困るアム。私物の購入は後で給与から引かれるが、活動費用は全額白き神の口座に請求される。それなのに半日ではもったいないだろうか?しかし、本日中にできる限りの場所をまわっておきたい。

「考えすぎですよ、単に命じられた仕事が処理しきれなくて急いでいるだけです。ヤヒヨさんこそこのような立派な博物館で働けるなんて。優秀なんですね。」

 ヤヒヨは一瞬だけ寂しげな表情をしたが、すぐに笑顔をに戻って続けた。

「優秀だなんて。でも、ここの博物館を案内した方には、説明が解り易いと好評なんですよ。いけない、半日しかないのに雑談ばかりで。」

 問題無いと首を振るアムを見て安心した表情のヤヒヨ。

「では、どのような内容に興味があるかお聞かせいただけますか?それをお聞きしてから半日出回れる順路を提案させていたします。」

「そうですか。えっと・・・この博物館のお勧めな展示物を時間内に収まる範囲で見繕って下さい。昼食は遅めでいいので、午前中めいっぱいで。」

 頷いて手元の情報端末を叩くヤヒヨ。

「では、このような形でいかがですか?」

 端末を見て頷くアム。

「はい、それでお願いします。」

「解りました。では、まいりましょう。」

 端末の画面に触れてから部屋の奥にある手すり付きの小型移動機へ促すヤヒヨ。

「え?ヤヒヨさんが案内をしてくれるのですか?」

「いけませんか?基本料金には含まれているのですが・・・」

 アムが博物館に着たそもそもの目的は、”緑の星”人類組織からの接触を待つ為だ。しかしヤヒヨがいては都合が悪い。とまどっているとたたみかけるヤヒヨ。

「いけませんか~。」

 今にも泣きそうである。ここは心を鬼にして断らなければ。

「1人でじっくりまわろうかと・・・」

 ヤヒヨの目から一筋の涙が流れる。

「・・・思っていたけど、説明付きはありがたい。ぜひお願いします。」

 とたんにころっと笑顔に変わるヤヒヨ。

「はい。ではこちらに。」

 ヤヒヨの後ろでそっと長い溜息を吐くアム。まあヤヒヨがいても接触する方法はあるだろう。

 二人が小型移動機に乗ると、そっと浮かび上がって誰もいない通路を動き出した。先程の順路に添って自動で回ってくれるらしい。しかし、これに乗れば広大な博物館で迷う事無く効率的に回れるだろう。ならば何故、案内係が必要なのだろうか?

 左側に立っているヤヒヨがアムの疑問を察したらしく、自ら説明をはじめた。

「この博物館の入管料は、人類の給与では支払うのを躊躇するような金額ですが、神々ならよほどの低級神でも普通に利用できます。そのような神々は、人類を使役する事に喜びを感じるのです。そしてここ緑の星とその衛星では、人類は殺傷さえしなければ何をしても良い対象なのです。うさ晴らしに酷い事を言われるなどいつもの事、夜には部屋に連れこまれてもっと酷い・・・」

 言葉に詰まるヤヒヨの肩をそっと抱きしめるアム。

 しばらくしてから涙を拭いて笑顔を取り戻すヤヒヨ。

「ごめんなさい、アムさん。せっかくの博物館見学に。人類のお客さまが1人で来るなんて初めてだから、つい弱音をはいちゃったわ。」

 首を振るアム。

「いいんです、ヤヒヨさん。私に話す事で少しでも気が晴れるなら。」

「ありがとう。甘えついでに、また相談にのってもらえないかしら?友達になって欲しいのだけれど。」

「いいですよ。私が働いてる場所は・・・ここから遠いから、めったにお会いする事ができないですが。」

 うなづくヤヒヨ。

「では、通信文の宛先を交換しましょう。」

 お互いの情報端末を近づけてから画面をなぞると小さな音がした。

「これでお友達ね。」

 にこっと微笑むヤヒヨ。

 通路の先には真っ暗な部屋がみえつつあり、まもなく到着しそうだった。

「さて、私もお給料分の仕事をしないといけないですね。」

 表情を引き締め、口調も変わるヤヒヨ。

「では。最初の展示室の説明をさせていただきます。」

 移動機が展示室に入ると、1000人は収容できそうな天井の高い部屋いっぱいに惑星群が浮かんでいた。

「おぉ」

「これが当館自慢の超巨大立体映像装置で映写した星系です。この装置を持っている博物館はここしかありません。」

 子供の頃教育施設で見せられたものと構成は同じだったが、規模も解像度もけた違いで、本当の宇宙にいるようだった。話の内容は当時と大差なかったが、格段に上手なヤヒヨの説明を聞いて感動した。

「以上がこの星系の歴史です。なにかご質問は?」

 ヤヒヨの方を向いてアムが問いかける。

「何故、ヤヒヨさんはこんなに話し方が上手なのでしょう。感動しました。」

 真っ暗な中僅かに見えるヤヒヨの表情が赤く染まったように見えた。

「お上手ですね。でもそれは、この美しい景観が呼び起こした感動と思います。では・・・次に参りましょう。」

 ヤヒヨが情報端末に操作を加えると、移動機が通路に向かって動き始めた。廊下に入ったところで、次の説明が始まる。

「次に向かいますのは、神々が開拓した様々な惑星と生物の展示です。我々の同輩である知性化された種族もおりますよ。」

「ほぅ、それは興味深いですね。」

 情報統制により、人類が他星系の情報を知る機会は極めて少なかった。それも多くの星を知る事ができるという。

 しばし移動した後、移動機は速度を落としながら左を向き、横滑りしながら幅の広い廊下に入っていった。

 目の前の壁には、宇宙空間に浮かぶ紫と緑のまだらな惑星があった。徐々に地上の映像に切り替わると、そこは見た事の無い奇怪な植物が生い茂る星だった。植物は全て紫色で、巨木さえも紫だった。ところどころにある池は緑色の藻で覆われており、時折足のついた魚がそこから這い出していた。

「なんか、悪夢を見そうな光景ですね・・・」

 アムが素直な感想を漏らす。

「これは序の口ですよ。はい、これを念の為持っておいて下さい。」

 手渡された紙袋の内側には防水加工がしてあった。

「これは?」

「神々のお共としてまれに人類のお客さまも来ますが、そのような時はこれが役に立っていました。何故か神々は平気なんですが。」

 使い道がわからず、とりあえず手に持っておくアム。

 しかし、横滑りしながら次々と別の惑星を見せられるうちに、その意味が解った。

「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫。」

 気遣うヤヒヨに、手すりをしっかり掴みながら青い顔で答えるアム。美しい惑星、興味深い変わった惑星に混じって、恐ろしい生物や気持ちの悪い生物がひしめく惑星が多くあった。実際は、こみあげる嘔吐感を飲み下しながらなんとか持ちこたえていて、大丈夫からは程遠い状態だった。

 ここで疑問が湧き上がった。神々が気持ち悪いと感じるものは人類とずれていてもおかしくないが、ここまで異質な生物層では神々でさえその地で生きて行くのが難しいはずだ。何故ここが神々の開拓地に含まれる?その疑問をヤヒヨに伝え返ってきた答えは、恐ろしい生き物達に同情を感じるものだった。

「神々の意に反した生物層で、大気の組成が修正の範囲にある地上世界は、まず7日間炎と宇宙線で焼かれ完全に清浄化します。その後に好みの基礎生物層を散布し2千年程放置します。次の検査で狙い通りの場合は、以降2千年毎に手入れに訪れ、1万年で移住を開始します。」

 ふと、疑問に思った事を聞いてみるアム。

「もし検査で原住生物層が観察されたら?」

「居住不適切惑星として廃棄されます。」

「廃棄?放棄ではなく?」

「はい。粉々に砕いて太陽にくべてしまうんです。豪快ですね。ちなみに知性化した原住生物が反乱を起こした時も、焼いたり砕いたりするそうです。」

 ヤヒヨはさらっと言ったが、その瞬間アムの背筋は氷ついた。将来人類が主権を得るために反乱を起こす事も視野に入れていたからだ。神の要人を虜にしても、反乱を起こした人類もろとも焼いてしまうかもしれない。神々だけに有効な病原菌の”意図的な”発生で人類だけを残しても無駄だろう。本国から来る艦隊に星ごと焼かれるのがおちだ。果たして、人類が主権を得る方法などあるのだろうか?

 いつのまにか考え込んでいたアムをじっと待っているヤヒヨ。それに気づき、慌てて話し始めるアム。

「いや、破壊される情景を想像したら、怖くなっちゃって。」

「ですね。この話は人類への脅しと考える人もいますが、私は本当だと思います。アムさんは”蒼き星”が昔は”青き星”と呼ばれていたのを知っていますか?」

「ええ、惑星改造の前は空の色、地の色が違っていて今とは違う呼び名だったと。」

「それも間違ってはいませんが、もともとの原住生物がそう呼んでいたのが真の由来です。その頃は彼らがこの星の支配層だったのです。」

 目の前に広がる情景を指さすヤヒヨ。

 羊歯植物が生い茂るなか、立ち並ぶ石造りの摩天楼。乗用車のようなものが走る中、行き来する人々の群れ。そのうちの1人がこちらに近づいてくるとアムは目を見張った。

「こ、この生物はまさか・・・」

「はい。神々が到来する前から”蒼き星”で文明を築いていた生物。”恐竜類”。通称”竜人”です。」

 その恐竜類と呼ばれた種族は二足歩行をしており、遠目では人類と見間違う外観だった。大きな違いは鱗のようにも見える固い皮膚に覆われた点と、太いしっぽのみだった。

 近づいて来た竜人は楽しげにステップを踏みながら右の方へ曲がっていった。

「竜人が精密機械を扱うようになったのは神々の技術供与の後でしたが、それ以前でも文化的な都市はすでにあったと言われています。この映像は神々が設置した観測機の、実際の映像なんですよ。」

 目の前では、双子の子供を連れた中むつまじい竜人の夫婦が公園で遊んでいる。

「この平和な情景と、神々の恐ろしさはどう繋がるのですか?」

「竜人は自然と平和、仲間を愛し、闘う時にも命を取ることはまれでした。しかし神々にとっては許されない点があったのです。」

「それはなんですか?」

「独自の深い神層構造を持っていた為に神を主人とあがめることが出来ず、同じ宇宙に生きる同胞として接したのです。」

「ま、まさかそれが理由で・・・」

 突然、天にあった月から輝く何かが噴き出してくるのが見えた。目の前で遊んでいた竜人の家族は、寄り添って月を眺めている。徐々に空は暗雲が立ち込めるようになり、やがてとんでもない豪雨に変わった。家族は何が起こったのか知っており、逃げても無駄だと解っていたのだろう。抱き合い寄り添ったまま、やがて濁流に飲み込まれていった。怒りのが絶叫が遠くから聞こえていたが、やがて聞こえなくなった。

 暗転した画像をしばしみつめた後、ヤヒヨが話し始める。

「竜人達は炎ではなく水で滅ぼされました。」

 茫然とするアムに気遣いながらもヤヒヨは続ける。

「なんの予告も無く放たれた月中心部の水は”青き星”に降り注ぎ、何カ月も豪雨をもたらしました。地表のほとんどは水面下に沈み、陸上生物の大半は死滅しました。」

「・・・生き残った者は、動物はいなかったのですか?」

「唯一、神を主とする事に同意したノイアの一族は、神々の助力で避難所を造り、生き残りました。その時ノイアは多くの動植物を伴って避難したそうです。神々が滅しようと考えていた蛇や猛獣も含めて、多様な生き物達を守りました。ノイアは生き残る為に自らが属す世界を裏切ったと評す方もおられますが、私は何かを残す為に苦渋の選択をしたのではないか、と思っています。」

「ノイアの一族はその後どうなったのでしょうか?」

「いたずらに子孫を増やそうともせず、新たな神の下僕として知性化された猿類を育成する仕事をかってでて、都市建設、文化、技術の継承に務めたそうです。”蒼き星”の各都市に必ず大きな浴槽を持った神殿があるのは、竜人が余暇の大半を水中に滞在して過ごしていた当時の名残なのです。」

「竜人は人類の恩師でもあったのですね。しかし、今はおみかけしないばかりか、存在さえ広く知られているとは言い難い状態です。何故でしょう。」

 首を振って申し訳なさそうに答えるヤヒヨ。

「神々に聞きましたが、その理由はどなたも知らないのです。雪が消えてなくなるように、いつのまにか歴史の表舞台から消えてしまいました。」

「そうですか・・・いまもどこかで健やかに暮らしておられると良いですね。」

「同感です。」

 もしかしたら、なんらかの理由で粛清され、歴史から抹殺されてしまったのかもしれない。しかしその可能性については二人とも口に出したくはなかった。

「もしかしたら上位神ならご存じかもしれませんが、我々人類がそのような高貴な立場の方とお話できる機会は無いでしょう。結局知る事は叶わないのかもしれませんね。」

 この博物館に上位神が来る時は、さすがに博物館の運営神が案内するらしく、ヤヒヨは会えないらしい。宿に戻ったら白き神に聞いてみようと思ったが、ヤヒヨが腰を抜かしそうで口には出せなかった。

 第一、噂になるような事は避けねばならない。

 アムが黙っていると満足したと判断し、移動機を正面向きに戻してから移動を始めた。

「時間内でいけるのはあと1カ所なので、歴史的で貴重な芸術品の部屋を目指します。」

 笑顔のヤヒヨに、アムは思い切って一番見たい部屋を伝える事にした。

「ヤヒヨさん。最後は人類改良の歴史を見せて欲しいんですが。」

 ヤヒヨの笑顔が固まる。

「あ、アムさん。あれは見ない方が良いですよ。自分達をいじくられた歴史なんて楽しいものじゃないし、解剖結果とか結構気持ちが悪いし。」

 決心は変わらない、そんな目でヤヒヨを見つめているとヤヒヨも本音を漏らした。

「あれは神々に対し良くない感情を持ちかねないのです。せっかく神々の覚え愛でたい方が、変な方向に走るきっかけになっては・・・もったいないです。」

 心配して止めてくれているのだった。

「ヤヒヨさんありがとう。でも、大丈夫。私がお慕いする神への気持ちは変わらないから。どんな事があっても。」

 黒派への気持ちは大きく変わるだろうけどね、などと心の中で呟くも表情は微笑みで満たした。ヤヒヨもそれで安心したのか、うなづいて情報端末を操作した。

「加速しますから気をつけて。」

 ヤヒヨが言うや否や移動機は急加速を始め、かなりの速度で巡航を始めた。やがて大きな扉が見えると減速を始め、扉の前で完全に止まった。

「扉を開けます。もう戻れませんよ。」

 ここを見たら、もう元の自分には戻れないといいたいのだろう。黙って頷くアム。

 重々しい扉が左右に開き始めたが、移動機が通過すると再び閉まりはじめた。中は円形の大きな部屋だった。壁面の展示を左から見て行くと一週して元の扉にたどり着くようだ。移動機が壁面に添ってゆっくりと移動していく。壁には立体映像で森林にたむろする類人猿が映し出され、その手前の大きな台に実際の道具や猿の剥製が展示されている。

「本物の剥製を展示するなんて悪趣味な。」

 ご先祖さまを冒涜されているようで、どうにも気分が悪かった。ヤヒヨは何か言おうとしたが、しかし何も言わなかった。その隣では、画面を前にして人類の遺伝子情報について議論する白衣の神と黒衣の神が映し出されていた。

「人類知性化初期の白き神と黒威神です。人類の将来について真剣に議論をしてくださっているところです。」

 議論と言うよりは揉めているようで、つい苦笑してしまった。

「この頃にはすでに仲が悪かったのですね。」

「?」

「いや、なんでもないです。でも、人類の開発は白き神が行ってきたのでは?」

「最初は黒威神も関わっていたんですよ。自己増殖不能状態にしたのも、星系開発で使役するに感情は不要と強制言語野を組み込んだのも黒威神の意向です。そして、試作人の評価は過酷を極めたといいます。」

 移動機が次に進んで当時の映像が流れると、アムの両肩は震え出した。怒り、悲しみ、恐怖、それらが渾然一体となって溢れ出してくるのを止められなかった。

 手前の展示台には、様々な試作人の無残な標本が並べられていて、そのどれもが長生きできなかった為か子供達であった。右に行くほど毛が薄くなっていき、猿から人類への変化が見て取れる。時折、他の動物遺伝子を融合したであろう試作人もいて、翼のある者、魚の尾を持つ者、などさまざまであった。胸の前で組んだ手を見つめながら、ヤヒヨが説明を続ける。

「人類を改良し、より高い知性を与える為には、残酷と思える作業も欠かせなかったのかもしれません。しかし・・・他に方法は無かったのでしょうか?この展示を見る度にそう思います。」

 アムは頷いて答える。

「神々がどのように子孫を残すかは人類には知らされていないけれど、この星系で一度も神々の子供を見た者がいない事実からすれば、その出生頻度は極めて低いか、子供を造る星系が別にあるのか、子供を造らずに若返りを繰り返しているか。」

 ヤヒヨが答える。

「いずれにせよ、何かに愛情を注ぐ、注がれる機会が薄いのですね。人類の何倍も寿命がありながら・・・」

 うなづくアム。

「ゆえに、神々でありながら他の生物種を思いやるのは大変難しいのだろう。そのような種族の状態を世を去る前の黄昏と判じ、覚悟を持って新しい種族を育てようと思う神だけが他の種族に子と同じような愛情を持てるのかもしれない。それが実子であれ養子であれ、子を育てる事が生物に愛情をはぐくみ、その苦労が個体の成熟を即す。我々人類は将来一人立ちしても、次世代を育てる事を忘れてはならない・・・」

 展示を眺めながら話していて、はっと我にかえるアム。ここに黒派の盗聴装置があったら、危険分子と判断されかねない。ヤヒヨが黒派に通じていたら同じく危険だ。

「えっと、最後のあたりは忘れてもらえないでしょうか。」

 ヤヒヨが少しすねたように答える。

「まだ信用無いんですね。大丈夫、密告なんてしませんよ。アムさん次第ですけどね・・・」

 ヤヒヨが悪戯が成功した子供のような表情で微笑む。

 アムは少し冷や汗が出る。

「そ。それはどんな次第で・・・」

「そうね・・・お昼に博物館を出た後も、街を案内するように上司に要求してもらえないかしら。アムさんがお昼でいなくなると、午後は倉庫の掃除とかに回されるの。」

 ようはヤヒヨの遊べる時間をつくれば許してくれるらしい。

「はは。そのようにしますのでなにとぞご勘弁を。」

 にこっと笑ってヤヒヨがうなずく。

「忘れました。」

 アムが苦笑しながらヤヒヨの端末に要請文を書き込み、署名をする。それを受け取ってヤヒヨが送信処理をすると、間をおかずに上司の返事が返ってきた。

「許可が出ました。明日の朝まで帰ってこなくて良いそうです。」

 アムはその期限を聞いて一瞬どきっとした。しかし外に出たら仕事を忘れ別行動にするつもりだろうし、変な期待はしないことにした。

「それは良かった。」

 目の前の展示はいつのまにか現在の人類を通り過ぎ、数カ所にわたって空いた場所に達していた。ここに書き込まれるのは一体何か?人類にとって良い事ならいいのだが。

 考え込むアムに、情報端末を操作しながらヤヒヨが話しかける。

「余白の後は扉です。博物館のお土産屋に案内するので、そこで待っていていただけますか?」

「了解。」

 お土産屋の入り口でアムを降ろすと、ヤヒヨは私服に着替えるために移動機で去っていった。


 部屋の中に入ると、奇妙で興味深い土産物が大量に飾ってあった。これから訪問する友人達のお土産を買おうと見て回ったが、なんとも自己主張が強い物ばかりで、買う気にはなれなかった。猿人の芸術と名づけられた奇怪な等身大の木彫り人形を間近で見ていると、その向うから桃色の服を着た若い女性が、裾をはためかせながら走ってくる。

「はぁ、はぁ。お待たせしました。」

 声を聞いてようやくその女性がヤヒヨであると解った。

 先ほどよりも格段に可愛らしい化粧と服に変えてきたのだった。

「いや、大丈夫。」

「ですか。では、早速行きましょう!」

 手を引かれながら表に向かうアム。

「元気だ・・・」

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

誤字ご指摘/感想は読ませていただきます。

お返事はしませんが、ご容赦を。

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