日の出、一日前
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〈御前会議のお知らせ〉
ー【省略】ー
9月22日の午前X時より、御前会議を開催いたします。
この手紙を受け取った方は、必ず、指定時間までに都内某所へお越しください。
(安田 京史)
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「さて、安田くん。そろそろ目的を話してもいいんじゃない?それと、御前会議の招待にしては文書が仰々しく無さすぎだと思うんだけど?」
コンコンと机を叩きながら、向かい側に座っている男に問いかける。
「申し訳ございません、三条様。私はその権利を与えられておりませんので……あと、文書については本当に申し訳ないとしか……」
「それについてはもういいわ。で、言わないように命令されている……ってことかしら?」
「そうとも言えます」
へぇ。
安田くんは管理官で、表舞台に出ている日本人の中ではトップの地位にいるはず。それに指図できる人間となると……アメリカか?
いいや、安田くんがアメリカに従うとは考えにくい。
安田くんは侯爵だから、私以外の公爵が命令した可能性はあるけれども、近年はこれといって新しいことは起きていないし、会議がしたいならわざわざ目的を秘密にする必要はない。
それに、手紙にあった”御前会議”という言葉。これが問題だ。
御前会議とは皇帝の同席のもとで行われる会議である。皇帝はもうとっくに死んでいるというのに、何故今さらこのような古臭い名称を使ったのだろうか。
『誠に不本意ながら、我々の先祖は、陛下をお守りすることが出来なかった。陛下の尊き命は、50年前、異国の地で消されてしまった。陛下に跡取りはおらず、あの時点で幾千年にもわたって続いた皇族の血統は途絶えてしまっている。しかし、我々は陛下のご意志を引継ぎ、再び日本に日の目を見させなければならない。』
これが、一条から四条まで、この国で四つのみ存在する公爵家に課せられた使命だ。
愛国心の高い者なら、この崇高な使命を与えられたことを感謝し、身を捧げてでも実現しようとするだろう。
が、あいにく私は、そんなものは持ち合わせていない。
陛下のご意志を引継ぐ?実にくだらない。
皇帝は死んだ。皇帝なのに、死んだ。国家元首であり、日本の支柱であるにも関わらず、死んだ。死んではいけないはずなのに、死んだ。
それは何故か?そりゃあ戦争に負けたからだと言う人がいるかもしれないが、では何故そもそも戦争に負けたのか。
皇帝が、その器ではなかったからだ。
だいたい、未知の【魔女】などという化け物を皇帝に据えるなど、愚か極まりない。そもそも【魔女】は魔力の塊から生まれる化け物で、皇家の血など一滴も持っていないはずだ。
それに、化け物というのは、権力者が手綱を持っておかないと暴走して酷いことになる。なのに、自らその手綱を化け物へ献上し、その上化け物を神として崇めるとは、何たることか。
日本は戦争に負けて良かった。負けたことで、旭 陽花という化け物から解放されたのだから。
だというのに、公爵家を含めた旧貴族や国民でさえもが、未だに皇帝の死を引きずっている。国を滅ぼしかけた化け物を崇拝し、その再臨を企てている。
そのような愚行は、三条公爵家の当主たるこの私、三条 暦が絶対に許さない。私は化け物に未練を抱く民衆を正しい方向に導き、日本の統治者としていずれこの国に君臨するのだ。
この計画も、そろそろ大詰めになってきている。核となる宗教団体の設立は済ませたし、既に4万人の信者を確保している。対アメリカの魔導兵器も秘密裏に開発し、一昨日に完成した。もう少し信者を増やしたら、アメリカに戦いを挑み、日本の独立を取り戻す。
これで晴れて私も日本魔導帝国の皇帝だ。
もう少し、もう少しのところまで来ている。
だというのに、御前会議などという化け物の遺産のような言葉を見る羽目になり、私は今、非常に不快だ。私が皇帝になった暁には、安田くんには相応の罰を受けてもらわねばならない。
ここまで考えたところで、何やら準備が整ったらしい。
安田くんが立ち上がり、誰もいない壁の方向に向かって恭しく礼をして言った。
「皇帝陛下のご入場です」
一体何を言っているのだろうか。冗談もいい加減にして欲しい。
怒りを我慢できなくなった私がそう怒鳴りかけた次の瞬間、空気が震えた。
これは別に比喩表現ではなく、実際に空気中を魔力の波動が伝わってきたのである。
そして、安田くんが礼をした先に、無骨な様相の会議室には似合わない古代ローマの石門のようなものが現れた。尋常じゃない魔力が込められていることからも分かるが、あれは上級魔法『転移』のゲートだろう。
「「「「…ッ!?」」」」
石門の先に広がる暗闇の中から現れた一人の女性を見て、私を含めた四人の公爵は息を吞んだ。
奈良の墨汁のように美しく、艶やかな黒髪。皇族のみがまとうことを許されている、赤と白の着物。そして、天高く昇る日輪のように気高く、麗しい紅の瞳。
魔力の膨大さや、圧倒的なプレッシャーといった要素を抜きにして、支配者としての格が違う。私は自然と跪かされた。
最重要機密として僅かに残っている写真や、伝承で聞いたものとは違うが……間違いない。コイツは……魔女だ。
「日本魔導帝国皇帝、旭 陽花。只今戻りました。留守の間に我が国を守って下さっていたこと、誠に感謝いたします」
上品で静謐でありながら、不思議と通る声だ。
「へ、陛下!?いけません、私どもに頭をお下げになるなど………」
「いえ、これは必要なことなのです。100年前、私はこの国の皇帝でありながら、無様にも敵の手に落ちました。皆さんも、皆さんのご両親も、終戦後に大変な苦労をされたことでしょう。それらはすべて、私が負けたせいなのです。だから私は、皆さんに謝罪をしなければなりません」
「陛下…………………」
一条公爵が何やらわめいていたが、全く耳に入って来なかった。
おかしい!絶対におかしい!!
奴は化け物だ、間違いない。魔力の塊が物質化してうごめいているだけの化け物のはずだ。日中戦争を引き起こして諸外国と対立関係を作った挙句、ソ連を信用して米英に挑戦し、結果的に全世界を敵に回した知性なき愚者だ!!
それでいて、今なお人々の心をむしばみ、進歩を拒む癌だ。
そのはずだ………………。
癌を駆除し、私の下で新しい日本魔導帝国を作り上げる。
私は皇帝となり、絶対的な支配者として君臨し、この国を栄華へと導く。
そのために、目の前のこの化け物は、最も障害となる悪だ。日本の発展を阻害する、醜い化け物だ。
醜い化け物のはずなのに……………………………
「…………………美しい」
あぁ、なぜ私は、この化け物を美しいと感じるのだろう。
110年前。
日本軍は、中国北部を狙っていた。
しかし、攻め込めるような口実がなかった。そこで、中国からの自立を願っていた現地の民族運動家を支援し、自治政府を作らせた。
自治政府が中国からの独立を宣言すると、日本軍は民族自決支援を名目に自治政府の領域に進軍し、指導者を殺して実効支配した。
当時の中華民国の指導者は、日本によるこのような工作を止めるために、警戒を呼びかける声明を発表した。
「太陽に近づいても、焼け死ぬ以外に未来はない」
昔、この話を文献で読んだ時には、特に印象には残らなかった言葉が、何故だか今頭に浮かんできた。
確かにそうだ。太陽に近づくのは愚策だ。
脳は沸騰し、思考がままならなくなる。そしてついには、焼け死んでしまう。
どうやら私には、警戒心とやらが足りなかったらしい。
私は、太陽に近づき過ぎてしまった。
後に戻ろうにも、正常な判断がままならないため、どんどん吸い寄せられてしまう。
もう、逃げられない。
私は立ち上がって皇帝のもとへ赴き、再び跪いた。
「謝罪は受け取りました。陛下、失礼を承知の上でお願いがあるのですが、良いでしょうか?」
「はい、なんなりと」
一条公爵が不敬だなんだと騒いでいるが、私の五感の全ては目の前の太陽に奪われているため、気にも留めなかった。
「我々は相当な苦労をしました。諸外国に蔑まれ、搾取され、尊厳を踏みにじられました。なので、謝罪だけでは足りません」
そう言うと、陛下は少し戸惑ったようで、言葉に詰まった。
「…………で、では、何をご所望で?」
不安そうにこちらを見ている。
まさか、私が陛下に不利になるようなことを言うと思っているのだろうか。
少し前の私ならそうしていただろうが、今はやろうと思っても出来そうもない。
私は既に、太陽に飲み込まれてしまったのだ。
「陛下に、我々を…いや、この国を導いて頂きたいのです。日本魔導帝国を、地球の覇者にする。このことを、この場で確約して頂きたい」




