日の出、三日前
イタリアの【魔女】、ビアンカ=ルッジェーロは【魔女】ではなく、ただの人間である。
この事実は、ビアンカ本人と私、そしてアデーレさんしか知らない。
なぜ、ただの人間であるビアンカが【魔女】を名乗り、イタリアの独裁者として君臨し、恐れられていたのか。なぜそんなことができたのか。
その理由は、ビアンカが得意とする魔法にある。
人間の中でも特に魔法に優れた者を【賢者】という。ビアンカは、【賢者】の中では最強だった。そして彼女は、幻惑魔法のスペシャリストでもあった。
ご理解いただけただろうか。
ビアンカは、幻惑魔法という一点だけでは、【魔女】をも凌ぐ鬼才だったのである。自分自身に幻惑魔法を使い、【魔女】レベルの力があると偽装して、見事にイタリアの【魔女】になってみせたのだ。
ビアンカは幻惑魔法以外に関してはからっきしであり、そこら辺の魔法使いに辛うじて勝てるくらいだ。
もし戦闘になったら、ビアンカが取れる方法は威圧しかない。
彼女のオリジナルの上級幻惑魔法『虚構の威圧』は、その名の通り、自分自身から強者のオーラを出すだけの魔法であるが、非常に便利だった。
幻惑魔法に関しては突出した才能を持つ彼女は、自分を【魔女】レベルにまで強いと見せかけることができたのだ。この威圧を駆使して、ビアンカはついに【魔女】としてイタリアの独裁者になった。
だが、この魔法には欠点がある。それは、本物の【魔女】相手には大して意味がないということだ。
そもそも、【魔女】同士が直接戦うことは無い。負けたらどうなるか分からないし、仮に勝てたとしても被害が大きすぎるからだ。逆に言うと、【魔女】に【魔女】が戦いを仕掛けたということは、それ相応の覚悟をしているということであり、戦いを仕掛けた方の【魔女】が諦めることはまずないだろう。
だから、ビアンカがいくら威圧したとしても、【魔女】には意味がない。常人のように威圧で動けなくなることもないし、相手はビアンカのことを本当の【魔女】だと知った上で挑んできているので、逃げたりもしない。
つまり、1942年、自暴自棄になった【博愛の魔女】マリアンヌ=ヴァリエがローマに捨て身で攻撃しに来た時点で、ビアンカは逆に詰みだったというわけだ。
当然このエセ魔女は、防御特化でロクに攻撃出来ないマリアンヌ=ヴァリエに負けた……というか、戦わずして逃げようとして捕まったのだ。ダサい。
ちなみに、ビアンカが幻惑魔法以外をロクに扱えないのは、才能が無いからではない。単に努力をしないからだ。
【魔女】が相手でもない限り、大抵の相手は幻惑魔法でどうにかなる。そのことに味を占めたビアンカは、天性の才能で一瞬のうちに幻惑魔法を極めた後、それを使って【魔女】を名乗り、その権威でもって贅沢三昧をしていたのである。
エチオピアを侵略したのも、贅沢し過ぎて金がなくなったのでエチオピアの帝室の財宝を略奪しようとしていたんだとか。
日独伊の三国の中で侵略の動機が最も不純なのは、間違いなくイタリアだ。しかも、あっさりマリアンヌに負けた......ダサい。だから私たちのビアンカに対する当たりはキツイのだ。
「......ちょっと、本人の前で色々と悪口言い過ぎですよ!?」
封印が解除されて元に戻ったばっかりなのに、何故かお腹の部分の衣装がボロボロのビアンカが、文句を言ってきた。
「すみません、まさか声に出ているとは」
クソッ......大失態だ、エセ魔女に謝るハメになるなんて…。
「まぁ全部事実だから何も言い返せないんですけどね、ハハッ......」
「なにこいつ、情緒こわ」
ビアンカは急に地面を向いて黄昏始めた。
まぁいい、放っておこう。どうせいつもの演技だろうし。
ああやって悲しむフリをして、こちらが謝罪をすると、急に元に戻って死ぬほどバカにしてくるのだ。同じ手にはもう二度と乗らない。
それより、今は急いだ方がいい。
いつ封印が解けているのがバレてもおかしくないからだ。
とりあえず、封印が解けて喜びの舞をしているアデーレさんを止めよう。あのままじゃ魔法を乱射し始めかねない。
「アデーレさん、アデーレさん」
「何だ?」
「そろそろ行きますよ」
「どこに?」
アデーレさんは、首を傾げてキョトンとしている。クール系美女の見た目なのにあどけない仕草をするそのギャップに鼻血が出そうになるが、必死にこらえた。
「地上です」
「え?」
「だから、地上ですって」
「......出れるの?」
「余裕です、絶対バレません」
私とアデーレさんの二人だったら、魔力反応が大きすぎて一瞬でバレるだろうが、幸いこの場にはエセ魔女さんがいる。幻惑魔法は、隠密行動にも役立つのだ。
「ほら、エセ魔女もそんなところでウジウジしてないで、行きますよ。というか、あなたがいないとバレます」
「えー?でも私、悪口言われて傷ついちゃったな......」
全く傷ついてなんかいないくせに......傷ついている人間はそうやってニヤニヤ笑ったりしないでしょ。
私が謝るまで動かないつもりだろう。謝りたくないけど、どうしようかと悩んでいると、アデーレさんがスタスタと歩いて行って、どこからともなく拳銃を取り出してビアンカの後頭部に突きつけた。
「おい雑魚、早くしろ」
「マジすんませんでした」
流れるように土下座したビアンカは、その後すぐさま立ち上がってこちらに走ってきた。
「では、行きましょう。私たちの国を取り返しに」
そう言って私が2人に微笑みかけると、2人は神妙な面持ちで頷いた。
こうして私たちは、100年間過ごした不思議な洞窟を後にした。
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1945年9月23日。
それは、戦争が終わった日。世界に平和が訪れた日。
そして、2500年以上もの歳月に渡り東亜に君臨し続けた太陽が、沈んだ日でもある。
極東列島特別管理区域。それが、かつては日本魔導帝国と名乗った列強国家の成れの果てである。
「はぁ......」
その実質的な首都である東京で、管理官の安田 京史は深いため息をついた。執務室の椅子に座る彼の眉間には、深いしわが刻まれている。
それもそのはず。彼は今、三日後に迫った終戦記念日の準備という激務に追われているのだから。
しかも、今は2045年。終戦100周年の年であり、とりわけ大々的な式典が行われることになっていた。式典といっても、別に日本人にとって嬉しいものではない。
アメリカ、イギリス、ソ連の三カ国による合同軍事パレードが開かれ、安田の上司にあたるアメリカから派遣されてきた行政長官が演説をする。
このような催しは、別に終戦記念日ではなくとも定期的に行われている。軍事パレードによって日本人の戦意を削ぎ、二度と歯向かわないようにするためだ。
終戦直後は多発していた反米、反ソ、反英のデモやレジスタンスも、今や見る影もない。
”日輪”を失った日本には、暗く陰鬱な空気が漂っている。
「......」
日本人としてはトップレベルの権力を持つ安田も、例外ではない。米英ソから来る監察官や行政長官から向けられる暴言、侮蔑にしばしば晒されており、そのストレスは一般人とは比べ物にならないだろう。
そこで監察官や行政長官に媚びを売れば話は違ったかもしれないが、安田には少なからず愛国心があった。だから、何を言われても耐え忍ぶしかない。
歯向かえば、日本列島ごと消されてしまうかもしれないからだ。
「......?」
窓を開けていないはずなのに、風が吹いた。どこか懐かしい匂いがほのかに漂ってくる。
何か起こったのかと部屋の中に視線を巡らせた安田は、一人の少女が来客用のソファーに座っていることに気が付いた。
そして同時に、その少女がただものではないことも理解する。
「.......ど、どちらさまで?」
恐る恐る問いかけると、少女は非人間的な、この世のものを超越した神聖さのある紅の瞳で、安田をじっと見つめてきた。
「......」
コイツは......絶対ヤバイ!!俺のカンがそう言っている!常軌を逸した魔力量、それでいて全く気配を感じさせない異常さ......まさかコイツ、【魔女】なのか!?
少女は安田から視線を外すと、ゆったりと窓の方に向かい、外を眺めながら言った。
「これが今の日本......なんですよね」
どうにもならなかった悔しさ、そんな感情が滲み出る震えた声だった。
今の日本......どういうことだ?もし仮にコイツが【魔女】だとして、日本に同情を抱くような【魔女】はいるはずが…...
いや、待て。この紅の瞳、そして白と赤の浴衣……
いや、噓だろ!?噓だよな!?だってあのお方は封印されたはずじゃ……
「ねぇ、安田さん。あなたは、今の日本をどう思いますか?今の日本に、私は必要でしょうか?」
少し不安そうに、少女が尋ねてきた。
私は必要でしょうか?って………やっぱりコイツは、
いや、この方は……
仮にそうだとして、いやほぼ確実にそうだが、答えは決まっている。今の日本には、いや、日本という国にはいつまでも、支柱が必要だ。
神にも等しい、圧倒的な力を持つ支柱が。
「もちろんです。どうか、我々に力を貸してください。旭 陽花様」
安田がその見た目に合わない恭しい礼をすると、少女はホッとしたような顔をした後、クスクスと笑って言った。
「分かりました。では、安田さん、早速ですが、アメリカ側にコンタクトを取ることは可能ですか?」
「それは可能ですが……」
いきなりアメリカとは、どういうことだ?
一体何を……
間違っても失礼がないように、細心の注意を払って安田が質問をする前に、旭が口を開いた。
「それでは、アメリカの代表者にこうお伝えください。日本魔導帝国は、アメリカに宣戦を布告する……と」
2045年9月20日。
東亜に、再び”日輪”が昇ろうとしていた。




