三人の魔女
アメリカ帝国の首都、ワシントンD.C.
見上げても先が見えないほどの超高層ビルが立ち並び、魔導自動車や飛行機が飛び交っている。夜になるとこの街は、ありとあらゆる色のネオンサインが輝く近未来的な都市へとその姿を変える。
無論、ここまで繁栄している都市は世界を見てもそうない。
【魔女】の圧力を駆使した外交的圧力、勢力圏である南米の国々からの搾取の上で成り立っているのだ。イギリスの首都ロンドンや、ソビエト連邦の首都モスクワも同様である。
巨大な南米大陸に住む数億の人々から吸い上げた富が集約して出来たこの都市は、まさに、アメリカ帝国の栄華の象徴だ。
ちなみに、アメリカが合衆国である時代は終戦後すぐに終わった。州の自治権などという軟弱なものは、【魔女】の力を前になすすべが無かったのだ。
え?魔女円卓会議の目的は魔女独裁の打破だっただろ!って?
もちろんそうだし、アメリカ帝国では実に民主的な政治が行われている。
ちゃんと帝国議会が存在するし、憲法もある。
条文は一条しかないけど、そんな細かいことは気にしないでいい。
その一条も、『【魔女】オリヴィア=マッキンリーに全権を委任する』というものだけど、気にしないでいい……
そんな豪華絢爛な首都の中心には、巨大な城が建っている。
インペリアルキャッスル・オブ・ワシントン。帝国の支配者である魔女、【自由の魔女】オリヴィア=マッキンリーが暮らす白亜の巨城だ。
アメリカの中枢であり、世界の中枢でもある。
この城が存在する限り、アメリカは繁栄できる。
同時に、巨城の陥落は、帝国の終焉を意味するとも言える。
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超大国の首都の地下とは思えない場所。
鍾乳洞の最奥のような場所で、黒と緑のモヤモヤした物体がふわふわと漂っていた。
「ふわぁ~あ……暇だな。おい雑魚、なんか面白い話でもしろよ」
少し低い女性のような声で、黒いモヤモヤが緑のモヤモヤに話しかけた。
「ちょっと、いきなり雑魚呼ばわりってどういうことよ!?」
怒鳴る緑のモヤモヤは、対照的に高いキンキン声だ。日本庭園などに連れて行ったら、一発で雰囲気がぶっ壊れるだろう。
「うるさい、いいから黙って面白い話しろ」
「黙ってたら話せなくない?」
「......殺す」
「なんでぇ!?」
不思議な空間だ。
洞窟の奥深くのはずなのに、何故か真昼のように明るく、どこかを流れる静かな小川のせせらぎが、趣深く聞こえてくる。
風に乗ってほのかに香る水のにおいは、6月の小雨のように落ち着いた印象を与えてくれる。こんな空間で、椅子に座って文豪の作品をひたすら読む。
そういう人生もまた、いいかもしれない。
何が言いたいかというと、ここは、とても風情を感じられる場所だということだ。
......あのうるさい奴らさえいなければ。
「いい加減黙ってください。三枚おろしにされたいんですか?」
「「っ!?」」
少し怒気を込めただけなのに、二人……いや、二つは揃って驚いたようにこちらを向いた。
何故?もしかしてこの百年で弱体化して、この程度の怒気にすら耐えらなくなった?
いいや、そんなはずはない。この二つ、腐っても元は魔女だし。
あ、もしかして、私がここ数年喋らずに本を読み漁っていたから?それなら納得かも。
「おい」
黒い方が話しかけてきた。
「なんでしょう」
「お前、誰だ?」
「はい?」
え?噓でしょ?
私たち、ここで百年くらい一緒に過ごしてきたよね!?
何、記憶喪失とか…認知症!?魔女なのに!?
「だから、お前は誰だと言ってるんだ!!」
黒いモヤモヤは、怒鳴りながら私の顔の周りをグルグル回っている。
どうやら本当に私が誰だか分からないらしい。
「えっと......アデーレさん、本当に私が誰だか分からないんです?」
一応友達……友達?にはなれたと思っていたのに、ショック。
「あ?だから分からねぇっ.......いや、待てよ。アタシのことをアデーレさんって呼ぶのはアイツしか......え、お前、陽花......なのか?」
自問自答して勝手に納得してくれた。その聡明さに免じて許してあげよう。
「そうですけど」
この純白と真紅の綺麗な浴衣に、見惚れるような美しい黒髪、そして太陽のような紅の瞳。間違いなく、この私だ。
私以外あり得ない。
え、自画自賛だって?
魔女といえど、人並みの承認欲求はあるものなのよ。
なんて馬鹿馬鹿しいことを考えていると、黒いモヤモヤ改めアデーレさんが、心底驚いたといった風に質問してきた。
「なんでお前......元に戻ってんの?」
「え?そりゃあ、百年も魔女を封印できる術式なんて存在するわけないでしょう?」
「え、アタシら戻れないんだけど」
「え?」
確かに。
不思議には思ってた。何故封印された状態である、変なモヤモヤの塊みたいな状態のままでいるんだろうって。
まさか、この程度の封印を解けないとは......かつては世界を震撼させた総統様も、落ちぶれたものね。
「なぁお前、なんか失礼なこと考えてないか?
言っとくけど、アタシは戦闘向きじゃないんだよ。どっちかっていうと支援とか攪乱とか、そういうのが得意なわけ。だから、三枚舌のガキが本気で掛けた封印を解けとか言われても......無理なんだもん」
「あぁすみません、拗ねないで」
アデーレさん、モヤモヤ状態だとよくわからないけど、本来は勝ち気な見た目をしている。そのくせ、意外と豆腐メンタルだ。
正直言って、めんどくさい。
「だって......だってぇ......」
「はいはいよしよし、今戻してあげますからね......『妙火』」
声から推測して、恐らく半泣きになっているであろうアデーレさんを適当に撫でてから、封印の解除などの細かい作業に向いている小さな炎を生み出す中級魔法『妙火』で、アデーレさんを縛っている不可視の鎖を溶かしていく。
「…はい、出来ました」
「お、おぉぉ!?......も、戻った!!戻ったぞ陽花!!」
「良かったですね」
黒いモヤモヤは、美女へと変化した。腰まで伸びている金髪は艶やかで、青い目は何処までも澄んでいる。身長は180cmで、モデルのような体型をしている。
眼差しが冷たいのでキャリアウーマンのような印象を受けるが、その実態は世界最強の陸軍国家、泣く子も黙る神聖ドイツ帝国の総統様だ。
帝国を名乗っているにも関わらず皇帝がいないドイツでは、もちろん最高権力者だったのである。
「あ、あの…私も戻してください!」
元に戻れた喜びでハイテンションな総統様と盛り上がっていると、緑のモヤモヤが遠慮気味にそう言ってきた。
エセ魔女如きが……生意気な!
「あぁ、エセ魔女さんじゃこの封印は解けないでしょうね。今戻してあげますからね」
「酷い!?事実だから何も言い返せないけど、酷い!?」
口答えするなエセ魔女。
「はいはい行きますよー……『黒鉄の洗礼』」
「差別は良くないんじゃぁぐぇっ!?」
上級魔法『黒鉄の洗礼』。魔力を拳に限界以上にまとわせた上で相手を殴ることで、相手の体に魔力を送り込み、内部から破壊するという凶悪な魔法だ。
名前の由来は、拳が鉄のように固くなり、しかも限界以上に魔力をまとわせることで黒く輝くことから来ている。命名者?……もちろん、わ た し。
まぁそんなわけで、この強力な魔法なら、経年劣化した封印なんて一発でバラバラだ。
「痛いじゃないですか!『妙火』使ってくださいよ!?」
「嫌です、めんどくさい」
何でエセ魔女なんかにあの繊細な魔法をわざわざ使う必要が?
「酷い!アデーレ様には使ったのに!!」
「アデーレさんは【魔女】ですから」
「私だって魔法使いですよ!?そこら辺の魔法も使えない雑魚共とは違うんです!尊重してください!」
あ、差別だ。コンプライアンス違反ですねぇ、干されますよ?
「雑魚とか言っちゃいけませんよ?差別は厳禁です」
「じゃあ私にも『妙火』使ってくださいよ!!」
......謎理論すぎて理解できない、だと。
「なんでエセ魔女に使わなきゃいけないんですか?」
「やっぱり差別じゃないですか!!私やアデーレさんに言っておきながら、自分では差別してるんですね!!酷い!!」
「あぁ、そういうことでしたか。ビアンカさん、覚えておくといいですよ。差別と区別は違うんです」
「......もうヤダこの人たち」
本当のことなのに......
エセ魔女エセ魔女といっているが、これは別に差別ではない。実際、この女は【魔女】ではない。
イタリアの【灰狼の魔女】ビアンカ=ルッジェーロ。その正体は、【魔女】ではなく人間なのだ。
だから、弱い。
攻撃がまるで出来ないフランスの雑魚に首都を落とされるくらには弱い。しかも封印されたくないからと言ってこちらの情報を売って裏切ろうとしたとか………。
「防衛特化の【博愛の魔女】に攻められて負けたくせに」
「それはだって...私、【魔女】みたいな化け物じゃないし!?」
「ほら、あなただってそうやって差別するじゃないですか」
「あっ......」
はっはっは、私に弁論で勝つなど100年早いのだよ。
三人の会話が通じているのは、『翻訳』という超便利な魔法を使っているためです。ちなみに『翻訳』は初級魔法なので、魔法使いならほとんどだれでも使えます(便利な設定)




