↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/86

終わりゆく世界の中で終わる世界

【===日後 ? 】



 ――――――辛かった。悲しかった。苦しかった。


 ――――――憎んだ。血反吐を吐いた。追いかけた。


 ――――――手を伸ばせば届きそうで、追いかけ続けた。でも。


 ――――――その生き方は、間違っていたと思い知らされた。



 ひたすら泣いている幼い頃の俺。

 無力で、無価値で、ちっぽけだったあの頃の俺と、今の俺は何も変わっていない。

 手を伸ばそうとしたところで、幼い俺がこちらを向いた。


「ッ……」


 凄まじい憎悪で支配されたその目は、他でもない俺に向けられていた。


「……お前のせいだ」

「……ぇ」

「お前が弱いせいだ。お前が何もしなかったせいだ。お前が生まれたせいだ。全部全部、お前のせいだ」


 ぽた、と額に赤い血が滴れ落ちてくる――――――。


 恐る恐る見上げた先にあったのは、血まみれで動かなくなったじいちゃんだった。


「……じいちゃんも」

「あ……ああああああああっ!!!」

「とうちゃんも、かあちゃんも、みんな死んだ」

「うっ、うあああああああっ!! もう……やめてくれぇ!!」

「お前のせいで」


 ――――――死んだ。死んだ。死んだ。


 頭の中で声が繰り返される。

 無力な自分が嫌だった。恐ろしかった。もう二度と、誰も(・・)失いたくなかった。だから復讐という硬い殻を被せ、ひたすら強くなろうと試みた。でもそれは、本質から目を背けただけだったのかもしれない。

 遠くから、俺を見つめていたじいちゃんを、見て見ぬふりしてた。

 じいちゃんは、俺に戦い方を教えてなどくれなかった。

 じいちゃんの心など、一切わからなかった。なんであんなことをしたのかも、なんで腹を切って死んだのかも。


 ――――――わからない。わからない。わからない。


 何も、守れなかった。

 浄霊院家の人たちも、家族も、全て守れなかった。


 もう、自分に価値などない。

 厳夜のじいさんが命を懸けて守ってくれた俺には、何の価値もなかったのだ。


 ――――――死ね。死ねよ。死んでくれ。死ねばいい。お前なんて。


 闇の中から無数の手が伸び、闇に引きずり込まれていく。その手が、俺とそっくりなあの死体の手だと気づいた時、自然と抵抗するのを止めた。


 寒気が止まらない。胸が張り裂けそうなほど動悸がする。

 巨大な自己否定と、誰かの死に挟まれている――――――俺の心はとっくに限界を超えていた。



 溢れた涙が布団に落ちる――――――。


「……」


 布団。布団を、俺はぼんやりと見ている。


「……がさん」


 誰かが泣いている。誰かが、俺の横で泣いている。


「……ねがい……て!!」


 悲痛な叫びが。温かく強い命の熱が、俺の腕にぽとりと落ちた――――――。


「……あ」


 意識を取り戻した俺は、五感を取り戻した。

 周囲が暑い。まるで炎に巻かれているようだった。


 ――――――俺の手がそっと握られる。


「咲夜……」

「風牙さん……!! うっ……よかった……よかったよぉ……」


 咲夜が顔を真っ赤にして泣いている。

 咲夜は俺を抱きしめ、ひたすら謝り続けた。


「私ッ……何もできなかった……風牙さんと代わってあげたかった。でも、もうできない……」

「俺……今まで」

「私に……もっと力があったらって……そう思い続けてた。そうすれば、貴方の苦しみを分かち合えるのかもって」


 ――――――違う。

 咲夜は幼いころの俺と同じことを考えている。自分を責め、力を求めている。

 でも――――――その末路に、失敗した(・・・・)今の俺がある。

 だから、それは間違っているのだと、そう口にしたかった。

 でも、目の前で弱弱しく泣いている咲夜を見たら、どうしても言い出せなかった。

 代わりに、俺の目から、大粒の涙が零れ落ちた。心の中から溢れてくる後悔が、俺の心を締め付ける。


「咲夜……俺、やっぱ間違ってたんだ。本当は強くなんてなりたくなかったんだ。とうちゃんと、かあちゃんと、じいちゃんと、街のみんなと……ずっと一緒にいたかったんだって。寂しかったんだって。一人じゃ生きていけなかった。だから復讐を選んじまった。一人で何とかできるって、強く生きて行かなきゃって、そう勘違いして」

「ッ……」

「でもそれは間違ってた……! とうちゃんもかあちゃんもそれは望んでなかったんだ。俺はずっと、たくさんの人たちに生かされてた(・・・・・・)んだ。厳夜のじいさんも、俺のじいちゃんも、みんな俺を守ってくれてたんだって……そんなことに……なんで気づかなかったんだろう……ッ!」


 咲夜は黙って、俺の話に耳を傾けていた。

 まっすぐな瞳が、俺をじっと見つめている。


 咲夜はにっこりと笑う。そうして返された咲夜の言葉は、


「でもね、私は風牙さんに(・・・・・)助けられたんだよ」

「……ッ」


 ただひたすらに、心に突き刺さる言葉だった。


「体調が悪くて、私の傀朧が原因で友だちを傷つけて、消えてしまいたいって思った。おじいさまが記憶を消してくれなければ、私は絶望に押しつぶされていた。その代わりに、あの離れでずっと一人ぼっち。私の世界には何もなかった。無機質で価値なんてないって、そう思ってた。

でも、貴方が助けてくれた時、世界が大きく変わったの。他でもない、貴方が変えてくれた。私は貴方がいたから、大きく一歩踏み出せたの。


 咲夜は心の底から嬉しそうに笑っていた。その笑顔が、暗く沈んでいた俺の心に光を差し込む。


「だから……一緒だね、私たち」


 呼吸が浅くなる。嗚咽が止まらない。

 暑くて息苦しくても、俺は泣き続けた。


「守られるのってちょっと辛いよね。私も恩返ししたいって、させてくれって強く思ってる。他でもない風牙さんに対して。貴方みたいになりたいって、前にも言ったっけ」

「俺は……お前が思ってるような人間じゃねえって……」

「そう言った。でもね、どれだけ風牙さんが自分を否定しても、それ以上に私は貴方を肯定する。貴方がどんなに傷ついたって、絶対に傍にいるんだから。私は……」


 咲夜は俺の口にキスをした。


「貴方が好き。大好きだから」


 震えていた唇同士がそっと触れ、離れていく――――――よく見ると、咲夜の目は真っ赤だった。


 ――――――ああ。


 死を願っていた頑なな気持ちが、自然と意識から消えた。代わりに、温かい感情が湧き上がってくる。


 ――――――俺はなんて、幸せものなんだろうって。


 俺は体を起こし、咲夜を優しく抱きしめ返す。

 そして正直な俺の気持ちを、咲夜に伝える。


「俺も、お前のことが好きだ」


「……えっ」


 俺は咲夜の頬に右手を添えた。

 咲夜の頬は、周囲の状況と正反対に、冷たくなっていた。


 咲夜は緊張の糸がほどけたように破顔すると、


「ありがとう」


 ぐったりと俺に全体重を預けた。



= = = = = =



「……ぇ」


 ――――――流血。


 咲夜の背中から、大量の血が流れている。

 それは周囲の業火と混ざり合うように、床を赤く染め上げていた。


 咲夜の背後に、長槍を片手で抱えた小さな少年が立っている。

 邪悪に口元を歪ませた少年は、風牙たちを見下すように嘲笑っていた。


「さく、や……? どうしたんだ? おい咲夜?」


 咲夜の体はすでに冷たくなっていた。目を見開いたまま、頬に残った涙の跡だけが、くっきりと残されている。


「よかったなァ兄弟(・・)。最後に憂世で、愛する女と一緒になれるなんてさ」


 少年は長槍で貫いた咲夜を持ち上げると、そのまま外へ放り投げた。

 咲夜の小さな体は襖を突き破り、ごろごろと芝生を転がると、うつ伏せの状態で動かなくなる。


「ま、一時でもオレの器だったよしみだ。最後にいいこと教えてやるよ」


 風牙はただ茫然と、少年の顔を見つめていた。


 もう、心はどこにもなかった。虚ろで暗い双眸が、少年の姿を映しているだけだ。


 そんな風牙を見た少年は、険しい表情で風牙を蹴り飛ばした。


「テメエは……負け犬の風上にも置けねえな」


 少年は、転がる風牙に馬乗りになり、首を掴むと、ぎりぎりと締めつけていく。

 僅かに残った痛みの感覚が、風牙の意識を現実に引き戻す。

 風牙の瞳に映ったのは、よく見知った少年の顔だった。


「……かげと?」


「まだ意識が残ってやがったのか。そりゃ結構だなァ」


 咲夜を殺したのは、影斗の姿をした少年――――――。


「だったらよォ……見てみろよこの美しい世界を」


 影斗のような少年に引きずられた風牙は、無理やり外の世界を見させられる。

 炎柱があちらこちらから上がり、屋梁落月(おくりょうらくげつ)の街が燃えていた。


 ――――――それはあの日と同じ光景。いや、あの日よりも酷い光景だった。


「最高の景色だろ? 人間どもの悲鳴、怨嗟の声、復讐を叫ぶ者どもの血反吐が、争いを呼び続ける……!! これぞ、オレが望んだ世界。オレの世界だ!」


「ぁ……」


「なあ兄弟(ふうが)。オレは復讐が大好きだ(・・・・・・・)。人間どもは何時の時代も、人間を虐げる力を求め続ける。復讐ってのは、その大義名分として優秀だ。見ろよ、みんなテメエとおんなじになったぞ」


 燃える世界の中で、優しかった街の人たちが殺しあっている。

 大人も、子供も、老若男女問わず、恐ろしいまでの純粋な殺意が、全ての人間に向けられている。

 その地獄絵図が、風牙のくすんだ青い瞳に映し出されていた。


「愛だの正義だの結構だ。そいつらも結局、力を求めるからな。でも人間の本質は他者を虐げることだ。綺麗で澄み切ったお題目を雁首揃えたとて、本質(ほんしつ)を曲げることはできねえ。人間は滅びるんだ。復讐(ぼうりょく)によってな」


 風牙は、全ての感覚を閉じた。

 願っていた死(・)が、もう間もなく訪れる。

 世界の滅亡は避けられなかった。これは夢ではない。影斗の姿をした佗汰羅(・・・)が、世界を壊してしまったのだ。


 もう、全てが終わる――――――。


 それでも、たった一つだけ、風牙は考えた。

 影斗。

 どうして、佗汰羅が影斗の姿をしているのか――――――そんなことを考えた。

 最後に残された風牙の意識が、小さく言葉を吐き出させる。


「……ごめんな(・・・・)、影斗」

「!!」


 その言葉を聞いた佗汰羅は、首を押さえて苦しみ始める。

 影斗の目から涙が零れ落ちる。縁側に倒れた風牙の目に、苦しそうに涙を流す影斗が映る。


「な、なんだァ……憑依は完璧なはずだ。影斗の心は完璧に沈んでる……!」


 影斗は右手に短刀を召喚すると、首に突き立てた。

 それを、左手が必死に止めている。


 ――――――押す力は強く、短刀の切っ先が、影斗の首元に当たる。


「ククク……ぶははははっ!!」


 焦る素振りを見せていた佗汰羅は、突如豪快に笑った。


「いいぜ、好きにしな。褒美は取らせてやる」


 そして、短刀が、影斗の首を切り裂いた――――――。


 影斗は倒れていた風牙の上にのしかかるように倒れる。

 温かい血だまりが、風牙の体まで届く。


 ――――――もう、風牙はそれを認識することができなかった。


 深淵に沈んだ風牙の意識が、確かな死を告げた。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆


END 1

復讐は夜明けと共に


☆ ☆ ☆ ☆ ☆





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。