積土成山
79話
~ラッシュ家の庭・ミュール視点~
「ハアアアアア…………!!」
私は目の前の下衆を倒すべく、新たな技の予備動作
に入った。
「お? 回転してスピードを付けても当たらねーぞww。
俺様はテメェの速度にもう慣れたからなぁ」
重心を軸に回転する私を見て、奴は馬鹿にした様子
で回避宣言をした。確かに、こんな予備動作を行う
ような攻撃、バルディには絶対避けられるわね。けど、
この予備動作から違和感を感じ取れていない時点で、
お前は絶対に避けられないんだよ。
「ふんっっっ!!!」
私は、戦槌に纏った岩に魔力を込め、全速力で奴へ
放った。…………そう、バフがかかっていた時の、半分
程度の速度でね!
(…………ん?)
狙い通り、奴は飛岩の"遅さ"に反応が遅れ、目前まで
接近を許したわ。
よく、格闘家の試合で、長時間速いパンチを打った
後に、突然遅いパンチを打つと当たることがあるけど、
同じ原理で、高速の私に慣れたタイミングで、遅い
攻撃を叩き込んだのよ。
「うo…」
けど、万が一反応されたら、ガードによってノー
ダメージ同然の結果になりかねないわ。だから、
「ハアッ!」
追加の飛ぶ打撃を早打ちし、
「ガッッ!?」
岩に当てることで、急に尖った岩槍による突き攻撃
を奴のひび割れた頭蓋骨に直撃させ、
「余所見か!」
「ぐあああっ!?」
更に、怨恨の気合いを込めた直接打撃を、落下始め
の岩に当てることで、先程より太い槍を折れた肋骨に
直撃させたわ。
「クソォ!!」
「随分と」
奴は相変わらず学ばず、山勘で岩を蹴ってきたので、
私は横移動しつつ、戦槌をわざと岩に押させることで、
奴の力を利用して攻撃の予備動作を行う。
「余裕ね!!!」
「ガフゥ!?」
そして反対の肋骨に、奴自身のパワーごと叩き
込んでやったわ!
「雑魚がぁ!!」
けど、とても人間とは思えないしぶとさで耐えきり、
両手斧の横薙ぎで反撃してきたわ。やはりバフ切れで
反応速度が落ちたからか、随分と速く感じてしまう。
「どっちだよ!!」
とはいえ、音速のバルディと比べたら遅く、私は
余裕をもって屈み、回避しながら戦槌を鋭角気味に
土に潜らせ、魔力を発したわ。
「ああ!?」
結果、奴の地面が"超低速"で隆起し、滑稽な姿で浮遊
を開始したわ。
「ダサいわね!」
勿論、その姿を指を咥えて嘲笑うだけじゃなく、
攻撃を継続するわ。
「んだゴラァア!!」
まずは、戦槌の振り下ろし途中で、徐々に進行方向
に垂直な円上に広がる飛ぶ打撃を放ちつつ、叩きつけ
で金的土槍串刺しを発動するわ。
この飛ぶ打撃、視覚以外が鈍い相手の目潰しには
有効なのだけど、以前バルディとの実戦練習で放った
時は、彼に叩き斬られたから、敵に命中する直前の
挙動が不明なのよね。
「クッソガァア!!!」
けど、視覚封殺からの金的攻撃は、尊厳破壊の恐怖
を植え付けた奴の隙を作るのに、ベーシックな攻撃
方法と化しており、飛ぶ打撃と合わせてガードによる
両腕の硬直に成功したわ。
そして好都合なことに、飛ぶ打撃は空気抵抗で下に
逸れ始めたわ。だから、的確に頭蓋骨に飛ぶ魔硬岩を
命中させれるわ。
「おおっ!!」
「グゥウゥゥ!?」
『ビキビキ…………』
しかし、本当に想像力が足りないのか、私が速度
格上の荒くれに慣れすぎたのか、面白いくらい命中
するわね。
ステータスの敏捷性なら、この下衆も私以上だと
思うのだけど。
(クソガァ! クソガァ! クソガァアァアアアアッッ!!)
追撃動作中に見た奴の表情は、憎悪一色だったわ。
だけど、憎しみたいのは、
「はっ!!」
「ガアアッ!!」
『ビキィ…………!!』
私達の方だよ!! 一月前の私を、その他多くの善良
な冒険者達を、善良な市民達を、そして、何の罪も
ないハルちゃんとお父さんを、よくも害したな!!
(…………似てやがるんだよ)
追撃の飛ぶ打撃で、更に頭蓋骨が割れた奴は、私の
知るよしのない前世での記憶を、辿っていたみたい。
(小5の時の、無敵の俺様をボロクソにしやがった
学級委員長のクソ女にィイ!!)
奴の脳裏には、グラウンドに汗だくで伏せる自身と、
それを見下ろす私に似た髪型の黒髪少女が浮かんで
いた。
「死ねぇえ!!」
奴は怒り任せに、私の頭へ飛ぶ斬撃を放ってきた。
けど、そんなもの、
「拙劣!!」
腰を落としてゴルフのフォームを取れば、お前の
斬撃を利用して、飛ぶ斬撃の威力を上げられるに
決まっているだろう!
「フンッ!!」
強化斬撃の切り返しで防ごうとする辺り、少しは
学習した…………と、言いたいところだけど、私は先程
打撃を飛ばした時、"土を掬い上げた"ぞ。
『ボゴフッッッッ!!!』
「ざけんなぁ!!」
結果、土は砂煙と化して軽度の目眩ましとなり、
互いに影だけ見えるようになった。
「ふんっ! 狡すいんだよ!! クソアマ!!!」
直後に放った飛ぶ打撃2発を食らいながら、奴は
相変わらず私を侮辱しつつ、飛ぶ斬撃を放ってきた。
『ザクッ!』
「ウッシャアアッッ!!」
上下に別れた影と、"硬いもの"が斬れた音を聞き、
奴は私の死を確信した。
「(ん? 動いt…)ゴハァ!?」
だが次の瞬間、魔力を帯びた飛岩が激突し、着地に
失敗して後方へと転げ回った。
「チイッ!! また小学生の図工か!」
次々と飛来する打撃や土槍から、急所だけ回避
しながら、私が居る位置の影が5体増えたことで、
土人形を作ったことを見抜いたようだ。
「はい瞬殺~~!! ヒャッハァーー!!」
その為、広範囲の飛ぶ斬撃で、人形ごと私を上下に
両断した。…………だけどさ、普通、5つの影の内、1つ
だけ"高く跳ね飛んだ"ら、不自然に思うよね。
なのに、奴は倒れ行く5つの下半身に注目して、
高く跳ね飛んだ1つが、徐々に近づいている事に
気づいていなかった。
「だりゃああああっっ!!」
『バキバキィッッッ!!!』
「ウガアアアアッッッ!?」
私が無機物をイメージして気配を消していたのも
あるけど、これで奴は3度のみならず、4度も同じ
手に引っかかって、攻撃を食らったわ。
「だぁからぁっ!」
頭蓋骨を砕かれた奴は、反動で宙に浮いた私に向け
て、斜め上に弧を描く斬撃を放った。
「雑!!」
だけど、筋トレ同士1の柔軟性を持つ私は、全身を
反らして丸くなることで回避しつつ、同時に戦槌を
両手斧の鈍角に衝突させることで、反動を獲得。
私自身のパワーも加えて、飛ぶ打撃のカウンターを
至近距離で、強烈に食らわせてやったわ!
「効くかa…」
『バキィ……!!!』
「ぐぅうぅぅ…………!!!!」
強がってはいるが、蓄積した骨のヒビは、奴の物理
防御力を激減させ、弱点部位を作り出していた。
「ププッ、女に痛打を与えられてイマスネー!」
…………こんな性悪な姿、仲間の誰にも見せたことが
無いけど、奴の精神を揺さぶる為なら、どれだけでも
見せつけてやる!
だけど、流石に気づかれてしまった。
「…………頭は兎も角、他の部位に効くわけねぇだろ!」
「!、金的も効くでしょww」
私の、
「後、ぜってぇトロくなってるなぁww、今からお前を
無惨な姿にして、実家に送ってやるぜwwwww」
「えー、未だに一撃も与えられていないくせに、無理
でしょwww」
パワーとスピードが減っている事に。
~辺境の大地~
「くっ、アーロンさんの斬撃が効かないなんて!」
「厄災…………恐るべきタフさだ…………!!」
厄災・シルバードラゴンに、アースヒーローズ所属・
アーロンの斬撃すら効かない様を見て、司令塔の名を
借りた監視員達は、戦慄していた。
「ん!? 消えた!?」
次の瞬間、1人がアーロンの周囲の瞬間的な発光を
目にし、直後に彼が消えている事に気づいた。
そして、後になって、
「俺の斬撃効かない! つまり誰も倒せない! そして
何もかもが無に帰す!! 故に逃げるが勝ちぃ!!!
去らばッッ!!」
彼の、こんな声が小さく木霊した。
「「「………………」」」
当然、監視員達の表情は絶望の一色に染まる。
『ゴルルルルルルルルッッッ!!』
そして、怒りの対象を見失ったシルバードラゴンは、
当然その矛先を集落と彼らに向ける。
「…………ざっけんなよ、あのナルシスト」
「何1人で逃げてんだよ…………!!」
「これ、俺らが死ぬこと見越して逃げたよな…………!!」
彼らの表情には、絶望の他に憎悪が宿る。
「こんな死に方、あんまりだろ…………」
(確かアーロン・スパークマンの光速移動って、味方を
引き連れても使えた筈。俺ら連れて逃げろよ!!!)
「何が人類の希望だよ、臆病者めぇ!!」
絶望と憎悪が混ざり、それは怨恨と化した。しかし、
こちらに狙いを定める厄災に、死は免れない。
その時だった、
「うわっ!?」
「何だこの光!?」
「眩しいッッ!!」
突如、上空に薄ら赤を宿す閃光が発生した。
『ゴルルルルルル…………』
千年単位で生きてきたシルバードラゴンも、"この
ような光"は初めて見るため、閃光に注意を向けた。
『上空に隕石を確認! 伏せてください!!』
全体俯瞰、司令役のワイルドから、このような指示
が届いた。
最後までご覧下さりありがとうございます。




