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177話 西地方の没落劇、その7 ついに参上、謎の新興貴族、フリードリヒ三世!

 女騎士の伯爵令嬢の眼差しは、春の貴族の誰よりも強いです。

 没落させられた武官の世襲貴族を救う。医者伯爵家から枝分かれした分家たちを、貴族として生き残れた自分の家が救う!


 そんな決意を秘めて、将来の春の王妃の側近を目指していたようです。


「北地方の貴族の味方をするのか? 西地方の裏切り者め!」


 医者伯爵家当主命令で、席から引きずりだされ、罪人扱いされた子爵当主は、女騎士に暴言をはきました。


 親友を侮辱された私が、黙って見過ごすわけないでしょう?


「うるさいですね。裏切り者は、どちらですか?

去年の夏、親戚になるそこの西の侯爵と子爵と結託して、西地方の貴族たちを、まとめて暗殺しようとしたくせに!」


 仲間を助けるならまだしも、仲間を見捨てて自分だけ助かろうとする卑怯者は、私の大嫌いな人物に入ります!


 しかも、私や親友たちに毒を飲ませた、殺人未遂犯の一人らしいですからね。

 やられたら、やり返す。倍返し!


「西地方の貴族を殺そうとした?」


 女騎士の親友が、片眉を動かしました。


「はい。西地方の貴族が亡くなれば、領地は西の公爵家に没収されますよね?

没落した武官の世襲貴族や、王族になった医者伯爵家の領地は、ネロ公爵閣下の采配で動かせるようになったでしょう?」

「……ああ」

「没収された領地は、サビナ夫人が助言すると言う形でネロ公爵閣下を操って、商務大臣の都合のよいように、西地方の貴族に分配することができます」

「子供は、妄想力がたくましいようだな。アンジェリーク王女よ」

「ネロ公爵閣下。商務大臣主催のお茶会、あなたは参加してなかったですよね?

水面下で進みだした、ファム嬢の後任になる、王太子の婚約者候補を選ぶため、春の王宮に残り、サビナ夫人だけお茶会に参加したと記憶しております。

それから、あの時点では、後任の話は内密に進められており、王妃教育責任者の私や、当事者の王太子のレオナール様ですら、全然知りませんでした。

ですが、フリードリヒ二世殿から、お茶会のときに『もうすぐ王子妃候補選びが始まる。娘を王子妃や、王太子妃にしてやるから、支度金を出すが良い』と、商務大臣から賄賂を請求されたと聞かされております。

当事者の王太子が知らないことを、フリードリヒ二世殿が知っているのは、おかしくありませんか? サビナ夫人が情報漏洩したとしか、考えられませんよね!」


 ネロ公爵当主が口を挟んできたので、倍以上の発言量で、一気に押しきりました。

 話し相手をさっさと変えて、口出しできないようにします。


「女騎士のご令嬢。去年の夏、まだ西地方の騎士団に所属されていたあなたも、西地方で行われた、商務大臣主催のお茶会に参加しておられましたよね?

そこで、食中毒になられた人々を見ましたよね?

医者伯爵家の孫王子とフリードリヒ二世殿の準備した薬で、全員回復に向かい、事なきを得たと記憶しておりますけど」


 ぴょーんと大跳躍した、私の話。軍師の家系の医者伯爵家なら、都合の良いように利用してくれましょう。

 というか、王妃候補たちが私の巻き添えで毒を飲まされていたなんて、知りませんでしたよ?

 昨日、医者伯爵家に遊びに言っていたときに暴露するまで、当事者の私にすら黙っていたのが、医者伯爵家ですからね。


 突発的な事態が起こっても、冷静に対応できなくては、王族はつとまりません。

 つじつまが合わない部分は、軍師たちが何とかしてくれるはずので、私は自分の得意分野で頑張りましょう。民衆心理を操り、数の暴力で敵を追い詰めてやります!


 私の意思を汲み取り気難しい顔をした、医者伯爵家の当主が口を開いてくれます。

 眉間にシワを刻み込み、お茶会に参加していた甥っ子王子に詳しくしゃべれと合図しました。


「我が甥よ。去年のお茶会のこと、この場で説明せよ」

「はいはい。おじ上、怒鳴らないで。ちゃんと答えるよ」


 戦争というのは、相手の心と考えの読み合いの上で、勝負が決まります。

 ゆえに、心理学を知り尽くした軍師たちは、敵の心の隙をついて、戦局を有利にし、自分たちが完全勝利する作戦を実行していくのです。


「食中毒の原因は、『毒を持つヒメザゼンソウを、食用植物のウルイと間違えて採取し、料理の材料に使ったため』と、診断した。

春先の若い葉っぱは、ウルイと似てるから、間違えて摘み取る者もいて、たまに食中毒患者がでるんだ。

昔から、ときどき起こる食中毒だから、すぐに解毒薬を準備し、その場で食中毒患者全員に飲みこませた」


 医者伯爵家の孫王子は言葉を切って、おじの命令で引きずり出された子爵当主を見ます。

 それから、西の侯爵家の現当主や、現当主夫人の実家の子爵家に視線を移しました。


「ただ……野草を採って調理し、食卓に並べるのは、農家くらいだと思う。

突っ込んで言えば、平民から貴族になった、西地方の新興貴族のお茶会や夜会で、食材を間違えた食べ物が出されて、食中毒患者が発生するのは、まだ理解できる。

高位貴族の西の侯爵家のお茶会で、軽食の材料として出されていたのは、理解不能だ!」

「えー、我が家では、普通に食卓に並びますよ?

野外での長期戦に備えて、食べられる野草と食べられない野草の勉強しましたから。ウルイ、美味しいと思います!」

「……では、アンジェリーク姫が食べたウルイは、どこで仕入れた?」

「えーと、雪の国へ遊びに行ったときですかね?

ちょっと国境を越えて、山の中で野宿の練習したときだったと思います」

「雪の国で仕入れた。間違いないか?」

「お父様につれられて、国境近くにある、山の塩の採掘場を行きも帰りも見せてくれた記憶があるので、雪の国だと思いますよ」


 私がツッコミを入れると、孫王子は、軽い口調で返答してきました。

 のらりくらりと話す辺り、いとこ王子のローエングリン様に似て、交渉に強い相手だと感じました。


「春の国では、医者伯爵家の名の元に、毒の野草は駆除して、国民が安全に過ごせるようにしている。

すなわち、ヒメザゼンソウも駆除対象で、春の国内で野草として育つことは無い。

春先の葉っぱが似ているウルイも、間違えて駆除されてしまう事が多い」

「駆除? えーと……駆除されて、どこにも生えていないから、お父様は、わざわざ雪の国まで、私を連れて行ったと言うことですか?」

「そうだ。春の国内、それも医者伯爵の庭に等しい西地方で、野生のウルイやヒメザゼンソウが発見される可能性は、どれくらいだと思う?

春先に芽生えたばかりの若い葉っぱを見て、真っ先に抜かれて処分されるはずの野草が夏まで生存できたり、摘み取った葉っぱが乾燥されて保存される可能性は、どれくらいだと思う?」

「えーと……鍋一杯のスープから、ゴマを一粒見つけるより、厳しいかもしれませんね……」


 思いっきり考え込む表情をして、言いよどみながら、質問に答える演技をしました。

 頭の回転が早くて口達者な私を手玉にとり、流れるように説明した医者伯爵の王子様に、ほおーっと、会議室の貴族たちが感心していました。

 女帝様は、よくできた孫王子に、満足そうに微笑みます。


「あの食中毒騒ぎのあと、医者業界では、蜂の巣をつついた騒ぎになった。

西地方で、何十年も起こらなかった食中毒が起こったゆえ、戦の医者王族まで、わざわざ春の国に出向いて、原因究明に協力してくれた。

そして、西地方にある、二つの子爵家の屋敷で育てられているのを、やっと見つけた!」


 二つの子爵家が、どの貴族を指すかなんて、誰でも分かりますよね。

 疑惑の視線が、中央広場にいる罪人たちに注がれました。


「……あのときの食中毒騒ぎは、単なる山菜の採り間違えかと思ったけど……殺人目的だったなんて……」

「女騎士のご令嬢。同じように食中毒にかかった被害者の中に、そこの二つの子爵家と侯爵家は居なかったですよね?」

「……分からない。急に人々が苦しみだして、私は苦しむ人々を運ぶ役目を買ってでたから」

「運んだのは、見慣れた人々でした? ご令嬢が参加するような、世襲貴族のお茶会や夜会の参加者?」

「いや……見たことないから、新興貴族が多かったんだと思う。

……あ、さっきアンジェ姫と話していた、そこの振興貴族の男爵家の跡取り息子が苦しんでいた記憶がある。

跡取り息子は、金髪のフリードリヒの娘たちが両側から支えて、二人で力を合わせて運んでいたよ」


 会議室を見渡し、名指しで農家の家系の新興貴族を指差す、女騎士の伯爵令嬢。


 ……ここまで詳細に覚えていて、なんで、気づかないんですかね?

 か弱い娘が二人で、年上の男性に肩を貸しながら運ぶのって、大変だと思いますよ。


「女騎士のご令嬢。新興貴族が狙われた理由、分かります?

世襲貴族のご令嬢のお家と違って、とにかく親戚の数が少ないんですよ。

現当主や跡取りが亡くなれば、簡単にお家断絶になる一族もあります。

例えば、そこで泣いている王妃候補の子爵家。新興貴族で一人娘しかいないお家とかね」

「そこは、遠縁の親戚が……」

「サビナ夫人がネロ公爵閣下に、『当主の出身である海洋連合諸国から平民の親戚を呼んできて、春の貴族にしよう』と提案すると思いますか?」

「……思えない」

「ですよねぇ。サビナ夫人の普段の言動を見ていたら……こう言いそうですね。

『豪商に領地を授けて、新しい貴族にしましょう。新しい貴族には、商務大臣であるお兄様が高い税率をかけても、分かりませんわ。

税率を高くして、春の国の税収を増やした方が国庫も潤い、王族であるわたくしたちの生活も豊かになりますもの。

ああ、西地方の復興資金の寄付を受け取り、私たちの個人的な資産を増やすのも、忘れてはなりませんわね。

王宮に寄付されて、にっくき北地方へ復興資金を渡してたまるもんですか!』って、新たな賄賂の入手先を提案すると思いますよ」


 サビナ夫人が言いそうなことを、具体的に言葉にしてあげると、女騎士は顔を歪めはじめました。


 いやー、腹芸が苦手な親友は、丸め込みやすいですね♪

 このまま、最後まで突っ走りましょう。


「なんといっても、サビナ夫人は、あの裏切り王子のいとこの娘ですからねぇ。

残虐王の子孫の立場からすれば、善良王の直系子孫の私なんて、自分の正義を邪魔する悪魔そのもの!

どうにかして、この世から消しさり、悪魔退治をしようと考えましょう」

「善良王の直系子孫が悪魔だと!? あり得ない!」

「サビナ夫人をはじめとする、残虐王の信奉者からすれば、自分たちこそ神に使わされた正義の使者!

残虐王を自害に追いやった、善良王の革命は、国家転覆させた反逆者たちの反乱が成功しただけ。

反逆者の子孫は……悪魔は一人残さず殺し、この世から排除しなければならない

自分たちの正義を貫き、偉大なる大王、残虐王の治世を復活させるのだ!

という、理論が成り立つのでしょうね」

「狂ってる! そんな理論、おかしい!」

「残虐王の血を受け継ぐ、女騎士のご令嬢から見ても、西の侯爵家は狂っていると見えるのですか?

まあ、西の侯爵家は、ネロ公爵閣下を利用して、残虐王の治世復活に、あと一歩まで迫っておりますけど」

「なに? どういうことっ!?」

「四年前、ネロ公爵閣下を利用して、西地方の貴族を扇動。善良王の次男の血を受け継ぐ、北地方の貴族たちを見殺しにするように仕向けました。

見事に、我が家以外の北地方の貴族はケガが原因で死に絶え、この世から排除されたでしょう?

彼らにとって最後の悪魔である、湖の塩伯爵と本家王族を排除できれば、残虐王の国を復活させることができます。

残虐王の血が最も濃いファム嬢と、西の侯爵家の跡取り息子との間に生まれた子供を、春の次期国王として即位させた段階で」

「……なんてことを!」

「まだ続きがありますよ? 残虐王の国を、永遠のものとするための秘策が。

新たな春の本家王族と分家王族を、残虐王の血筋で固めるのですよ。

残虐王の孫の世代で別れた血筋、医者伯爵家を使って」

「どのように使うの?」

「医者伯爵本家の跡取りローエングリン様と、西の侯爵令嬢との間に生まれた子供。

それから、西の侯爵の跡取り息子とファム嬢の間に生まれた子供。この二人を結婚させるのです。

商務大臣の孫の代で、ファム嬢以上に残虐王の血が濃い、春の王族が誕生しますからね。

医者伯爵家の医学を持ってしても、この残虐王の血を薄める方法は無いでしょう。

唯一薄められる善良王の直系子孫は、この世から消し去られた後なのですから」


 私に丸め込まれた、親友の女騎士は、鋭い騎士の眼差しで、西の侯爵一家を睨み付けました。

 騎士の訓練で培った大声で、罵倒します。


「……この外道! 野蛮な獣! 悪魔! 西地方の恥さらし!」


 女騎士と私の話を聞いていた貴族の何割かは、女騎士の真似をして、罵詈雑言をぶつけました。

 ……ふっ、作戦通り!


「それにしても、私が雪の王女で、本当に良かったですよ。解毒薬を、毎日、飲めましたからね。

こちらの女騎士の伯爵令嬢や、クレア候補令嬢をはじめとした、命を狙われた王妃候補や王妃の側近候補たちにも、王妃教育の休憩時間に、解毒薬の入ったお茶やお菓子を提供できました。

ただ……表だって医者伯爵家に、毒殺疑惑を確認することは、私の事情でできず、このような場での暴露になってしまいましたけど」


 チラッと医者伯爵家の当主を見やり、協力してと、視線でお願いします。

 私の視線を受け止めた、妹の婚約者の父親は、ますます眉間のシワを濃くしました。


「……確かに雪の王女の立場では、我らにたずねることは、できぬよな?

ネロの妾であるサビナが、『雪の王女を毒薬で暗殺しようとしている』疑惑ゆえ。

アンジェリーナ王女が確認した時点で、王女を影から守っている、雪の国王直属の騎士が動き、サビナの母親の実家や、兄嫁の実家で毒草が育てられている事実を突き止めようぞ。

そして、雪の国王が『毒草栽培』という動かぬ証拠と共に、サビナの雪の王女毒殺未遂罪を、国際社会に向けて暴露するのが目に見えている」

「ええ、春と雪の国の軍事同盟は、破綻しますね。

私の属する軍神一族が怒り狂い、軍隊を派遣しましょう。

それも、大陸最強の軍隊と呼ばれる、ウィリアムおじ様の騎馬隊がね」

「紅蓮将軍率いる軍事国家の軍勢に攻められては、さすがに勝ち目が無い。春の国は滅亡確定。

医者伯爵家も、戦の国に亡命し、医者王族の一員として生き長らえるしかあるまい」


 気難しい顔つきで、あっさり春の国を見捨てる発言をする、軍師の王子様。

 さりげなく、軍事国家の恐怖を、春の貴族に植え付けていきます。


「あっ、サビナ夫人や西の侯爵家を、なかなか止められなかった医者伯爵家の立場も、心得ておりますよ?

なんといっても、ネロ公爵閣下が平民の妾でありながら、王家の公式行事や他国の王族の参加する宴に、正室のごとく伴い、雪の王女の私に対して、わざわざ『妻』と紹介して、大事にしている人物ですからね。

医者伯爵家が確たる証拠を出しても、なーんにも知らないネロ公爵閣下が絶対に罪を認めさせず、サビナ夫人をかばい、なーんにも知らない西地方の貴族たちをあおって、医者伯爵を攻め立て、春の国から追い出ましょう。残虐王の国家を復活させる未来が見えています。

地獄の未来を阻止するためにも沈黙し、水面下で対処し、残虐王の信奉者をこの世から排除する機会を狙うしか無いでしょうね」

「……アンジェリーナ王女よ。そなたは、末恐ろしい子供だ。

幼い身で、そこまで考えられる神童など、世界中を見ても、稀であろうな」


 気難しい顔つきで、ぼそりと感想をもらす、軍師の王子様。

 軍神一族の跡取り娘の私を、ようやく『対等に会話できる、一人前の王女』と認めてくれたようですね♪


「神童に、いくつか聞きたい。フリードリヒは、去年のお茶会で、大量殺人が行われるのを察していたのか?

あの者が使った解毒薬は、甥から聞いた特徴から察するに、『まーち』としか、考えられぬ!

あれは、東の倭の王家の秘薬。『一杯の飲むだけで、あらゆる毒や病気を退ける不老長寿の薬』と言われて……」

「ええ、倭の秘薬『抹茶』です。春の国では『まーち』と呼ばれていましたね。

それに加えて、医者伯爵家の万能薬『うめ』を、食中毒患者は摂取したのでしょう?

うめも、元々は倭の王家の秘薬で、医者伯爵家が研究し、春の国でも作れるようになったと、記憶しております。

倭の薬の相乗効果で、毒の後遺症を残すことなく、全快しましょうね」


 眉間のシワを際立たせる、王宮医師長。ちょっと、ご不満なのかもしれません。

 医者のウンチクが始まり、話が長引きそうだったので、強制終了させましたからね。


「……倭の秘薬『まーち』は、まだ研究段階だ。相乗効果があるかは、断言できぬ」

「効果は保証します。実は二年前、商務大臣が、姪っ子のファム嬢を利用して、フリードリヒ一家を殺そうとしたことがありましてね。

お忍び旅の道中で、フリードリヒ一家と共に襲われ、傷を負った先代国王陛下が、なんとかお命をとりとめる事ができたのは、先ほどの二つの薬を使った、おかげらしいので」

「……今、なんと申した? おじ上が、命を狙われた!?」


 沈着冷静な王宮医師長が、珍しく声をあらげました。

 ほら、驚いた、驚いた♪ ドッキリ大成功!

 いくら軍師様でも、解毒薬の話題から、こんな話が飛び出るなんて、思わないでしょうね。


「……ちっこいアンジェちゃん。わしは、一切、明かす予定は無かったのじゃが」

「先代国王陛下。切り札は、的確に使ってこそ、切り札になり得えるのですよ? 使わず仕舞いでは、単なる宝の持ち腐れです!

今使わなければ、何も知らないネロ公爵閣下が、残虐王の信奉者どもをかばい、助けてしまいましょう」


 ずっと沈黙して、傍観者に徹していた春の王族の重鎮、先代国王陛下を舞台上に引っ張り出しました。

 渋い顔で、私を見つめる、ご隠居王族。「最凶の姉や妻」を持つためか、春の王族の重鎮の中では、滅多に発言しない好好爺なんですよね。


「善良王の直系子孫が、悪魔を見逃すおつもりですか?

ここで、西の侯爵家の罪を明らかにしなければ、今後もフリードリヒ一家は狙われ、やがて殺されますね。

先代国王の暗殺未遂を目撃した、唯一の証人は消され、(おおやけ)の場で裁く機会は、永遠に来ませんよ!」


 切り札は、使用価値があるから、切り札なのです。

 価値を失えば、切り札の意味は無いですよ? 国王経験者なら、わかるはず。


「……わしは、老い先短い。命を失ったところで、息子や孫に後を託せるから、問題はあらぬよ。

それより、『フリードリヒ三世』は、まだ子供じゃ。アンジェちゃんより年下の子供。

将来ある若者を、表舞台に引っ張りだし、危険にさらすのは……」

「元国王のじーちゃん、最後に笑うのは、正義だ。善良王の子孫の俺たちだぜ!」


 子供の命を心配する先代国王陛下の声に重なり、やんちゃな少年の声が響きます。


「よう、久しぶりだな? 去年の夏、西地方で大量殺人しようとした悪党ども!

俺は、東地方のキハダ染めの領地、最後の相続者、ジャック・フレデリック三世だ。

またの名は、西地方の新興貴族、ヨハネ・フリードリヒ三世!」


 お行儀悪く、机に片足を乗っけて立ち上がり、自己紹介する父方のはとこ。


「テメェらは、ファムとか言う、春の国のニセモノ姫を操って、東地方のキハダ染め産地を乗っ取ろうとしたよな?

キハダ染め領地の正統な相続者が居なくなれば、ニセモノ姫が堂々と領主になれるからって、悪巧みしやがって!」


 はとこは、軍事国家の王子の殺気を振り撒きながら、商務大臣を睨み付けました。


「二年前、副宰相が海の国に行った隙に、東地方までわざわざやってきて、紅花領地の紅花染め工房を取り上げた、西の公爵家のニセモノ姫と妾夫人の話は、東地方のやつらは知ってるよな?

んで、バカ親子を取っ捕まえて説教するために、元国王のじーちゃんが、お忍び視察に出るはめになったのは、王宮のやつらも知ってるよな?」


 怒鳴りながら、会議室を見渡す、はとこ。勢いにおされ、何人かの貴族がコクコク頷きます。


「こいつら、副宰相の親戚権限使って、元国王のじーちゃんの護衛に、残虐王の信奉者である、西地方の騎士を護衛につけやがった。

道中で元国王のじーちゃん殺して、紅花染め工房の関係者として同行していた俺と親父を捕らえて、元々国王殺しの殺人犯として、処刑する作戦立ててやがった。

こいつらは、金儲けできる、紅花染めとキハダ染め領地を手に入れるためだけに、善良王の子孫である俺と親父と元国王のじーちゃんを、殺そうとしやがったんだぜ!」


 怒りに満ちた、ジャックの叫びが、会議室にこだまします。

 やんちゃ坊主の突然の主張について行けず、ほとんどの春の貴族は、あっけにとられていました。


●ジャック


アンジェリーク秘書官を姉と慕う、父方のはとこ。

北の名君の弟「フレデリック」の孫。

モチーフは、悪の組織の追加戦士。


父方の祖母は、湖の塩伯爵家の養女となった、春の東地方にある、キハダ染め産地の正統な領主の血筋。

祖母は、父親の弟に祖父母と両親を殺され、年寄りの商人に売り飛ばされる寸前で、北の名君夫妻に保護された経験を持つ。

ジャックが生まれた直後に、乗っ取りしたおじ一家が脱税し、春の王家が調べる課程で、『親兄弟を殺す大罪を犯して、お家乗っとりした』ことが判明して、一族全員が処刑された。

ゆえに、ジャックの祖母が、キハダ染め産地の領主一族の最後の一人で、唯一の孫のジャックが『最後の相続者』となる。


ジャックの母親は、雪の国の分家王族、西の公爵家の末端になる分家出身。

アンジェリーク秘書官の母親、アンジェリーク王女を守るために、雪の国から派遣された女騎士の一人だった。

藍染工房が珍しくて出入りするうちに、ジャックの父親と恋に落ち、恋愛結婚する。

ジャックが生まれたとき、アンジェリーク秘書官の母親の口利きで、『ヨハネ・フリードリヒ』として、ジャックは、雪の西の公爵家の王子の戸籍を得ることになる。


※小説内で書けませんでしたが……

春の国の名前『ジャック』は、キハダ染め産地の領主だった、ひいおじいさんの名前。

雪の国の名前『ヨハネ』は、ジャックの母方のひいおじいさん、西の公爵家の現当主の名前。という、設定です。



・名前の元ネタ

ドイツで生まれ、フランスで有名になった作曲者で、チェロの演奏者、ジャック・オッフェンバック。

本名はヤーコプ・エーベルス。

父親につられてフランスに渡ったとき、ヤーコプのフランスの発音、「ジャック」で呼ばれたらしいです。

これが小説内で「ジャック・フレデリック」「ヨハネ・フリードリヒ」の二つの名前を持つ、元ネタとなりました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章が読みやすくて、尊敬致します。 展開の仕方、アンジェちゃんの心情の表現がとても好きです。 アンジェちゃんの心情も、まさに悪の組織の一員のような、でも可愛い感じに心の中でつぶやいていて、…
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