表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

114/177

114話 ごめんなさい。外交合戦を招いたのは……です

 私の現在地は、財務大臣室の隣。王宮勤めの会計員が仕事をしている部屋です。

 目の前で、王太子のレオナール王子が、側近から責められていました。

 机の上に詰まれた、書類の山を指差しながら、王宮騎士団長の子息殿は怒鳴ります。


「レオ様が、いつまで経っても帰ってこなかったから、書類がたまってるっす!」

「そんなに怒るな。きちんと仕事すると言っただろう?」

「きちんと仕事する? あの書類の山を見て、それを言うっすか!?」


 ドスの効いた声を出す、騎士団長の子息殿。先ほど、タイミングを見計らったかのように、医者伯爵家までレオ様を呼びに来ました。

 王太子が悪どい笑顔を浮かべて、西の公爵の捨て駒たちに死の二択を迫っている最中に。

 騎士団長の子息殿の登場のタイミングは、軍師の家系の王族か関与したとしか思えないくらい、鮮やかでした。


 子息殿は西の公爵の捨て手駒たちの前で、「雪の天使が屋敷に滞在してから、祖母の体調は劇的に良くなった」「国に仕える騎士として、西の公爵家の行いを許せない」などなど、王太子の味方をする発言をしてくれましたよ。

 西の公爵を信じようとしていた男性使用人も、夫が戦死して未亡人になった母親が先代騎士団長の屋敷でお世話になっていたこともあり、とうとう忠誠心が折れたようです。

 捨て駒たちは、家族だけは助けて欲しいと、レオ様に泣きつきました。

 難しい顔をする王太子に、騎士団長の息子殿も一緒に頭をさげて、慈悲をこいます。


 その結果、レオ様は、雪の王女である私の妹に話をふりました。さすがに春の王太子の提案は、無下にできません。

 婚約者からのお願いの言葉もあり、妹は渋々、私に毒を飲ませていた者たちを『一度だけ』助けることにしましたよ。

 雪の国の秘薬「クスグー」の謎は、うちの母に話してくれるように、妹の婚約者にお願いしておきました。


 ……将来の義弟は、一気に顔色を悪くしたのが、気になりましたけど。

 それでも、「婚約発表衣装の相談」と言う名目で、うちの母を尋ねると約束してくれました。


 安心した私は、王太子のレオ様と一緒に医者伯爵家から出ました。

 騎士団長の子息殿の先導で、会計員たちの部屋に入り、山積みの書類の前に案内されます。

 この瞬間、悟りました。


 レオ様は、また仕事を後回しにして、ため込んでいたようです。

 懲りない上司を、ジト目で、見上げましたよ!


 私の言いたいことは、親友でもある、騎士団長の子息殿が代弁してくれました。


「視察の最終確認があるから、仕分けしておいてくれって、自分(じぶん)たちを先に王宮へ帰らせたくせに……。

雪花旅一座の即興劇を見たあげく、医者伯爵家で遊んでいたなんて、あんまりっすよ!」

「ふぅ。歌劇好きと公務サボり癖は、相変わらずでしたね。

四年ぶりに王宮に戻ってきて、昔よりマシになっていると思っていたのに……また、やらかしてくれましたか!」


 神経質そうに目を閉じて、右手でこめかみをマッサージしているのは、私の後輩になる新米秘書官殿です。


「レオ王子。遊びを優先して、公務を後回しにした罰に、秋の雪花旅一座の王立劇場公演は、王族で一人だけ鑑賞できないよう、王妃様に進言しておきます」

「それが良いっす。大賛成っす♪」

「なんだと!? 止めてくれ、僕の楽しみを奪うな!」

「文句言う前に、さっさと仕事するっす!」

「レオ王子の働き方次第では……王立劇場に出入り禁止の命令を、国王様から出してもらわねばなりませんね」

「くっ……する、仕事をすれば良いんだろう!」


 年上の新米秘書官殿の発案に、騎士団長の子息殿は力強く頷きました。

 レオ様は抗議しましたが、二人からにらまれ、多勢に無勢でしたよ。

 すごすごと、書類の山の前に座りました。


 新米秘書官殿は、レオ様の親戚です。 王妃様の実家、南の侯爵の分家次期当主。

 そして、騎士団長殿の奥方は、南の侯爵分家の出身。つまり、秘書官殿の父親と、騎士団長殿の奥方は、兄妹。その息子たちは、いとこ同士と。

 王太子の側近二人は親戚でもあるので、王太子にキツい言葉を投げつけても不敬罪と受け取られない、数少ない人物なんですよ。


 ……私の宿敵である西の公爵が、先代騎士団長の奥方に毒を飲ませて、人質にとっていたのは、西の辺境伯が国王派になるのを防ぐためだったようですね。

 西の公爵派の代表格である西地方の辺境伯……先代騎士団長殿が、急に国王派に寝返ったと母から聞かされたときは驚きましたが……。

 先ほど、医者伯爵の家で、うちの弟が、偶然解毒の薬草を与えて、奥方の命を助けたと知ったので、寝返りの謎がとけましたよ。

 雪の王子によって人質を助けられたので、雪の国の後ろ楯を得たと、西の辺境伯は安心したんでしょうね。

 騎士の誇りを踏みにじった相手に、剣先を突き付けて、宣戦布告したと。


 そんなことを考えながら、レオ様を見上げていたら、別の所から声が聞こえました。


「レオ様を見張るなら、ボクも協力するよ?

いくら、南地方の貴族が外交に強いからって……急に決まった東国との非公式会談の準備を丸投げされたんじゃ、敵わないよ!」


 王太子の側近の一人、外交官の子息も、怒りの声をあげました。人前で見せる、丁寧口調はどこへやら。

 王太子の執務室で見せる、王太子への不敬満載の態度です。

 外交官の子息殿と騎士団長の子息殿は、レオ様の唯一無二の親友なのも、大きく影響していますけど。


「……東国との非公式会談は、今日の午前中に使者が来て、突然決まったことだよな?

さすがに、僕が文句を言われるのは、お門違いだ。

僕の視察ついでに、東国との国境まで赴いてこいと言ったのは、父上だぞ? 父上に文句を言ってくれ!」

「国王陛下に言えないから、レオ様に言ってるんだよ!

アンジェが秘書業務を休んでから、仕事が増えて忙しくなったのに……レオ様が思い付きで色々やらかすから、余計な仕事が増えるの!」

「……すみません。その急な非公式会談は、私のせいです。

東の倭の国の王都で公演中のおじい様が、『春の国の孫が、「雪の恋歌」全幕公演をやる。春の王族に望まれて特別公演をするなんて、祖父として誇らしい♪』と、自慢していたのが原因のようでして。

その噂が回り回って、倭の国王に聞こえたらしく、突然の使節団派遣に繋がったようです」

「アンジェは、悪くないよ。そもそも特別公演は、レオ様の思い付きのせいだからね!

まさか、倭の王族が、特別公演を見るためだけにお忍びで訪問すると言い出すなんて……東国の貴族たちも予想してなかったんじゃないかな?

わざわざ外務大臣の補佐官が先触れの使者で来たくらいだから、向こうも非常識なお願いとは、思ってるみたいだよ」


 ……ごめん。

 春と倭の国の外交官の皆さん、本当にごめんなさい。

 東国の王家を動かしたのは、『私』です。


 宿敵を確実に王宮に留めておくために、東の倭の国から使者が春の国へ来るように仕向けました。

 私が西国へ、歌劇の特別公演に赴いている間に、逃げられてはたまりませんので。


 母方のおじい様は、国内外で有名な巡業旅一座の座長。演劇文化の花開く東国では、大歓迎で迎えられる存在です。

 今回は、東国で巡業中に倭の王太子の正室が決まったので、倭の国王から直々に招かれ、東の王都で公演中でした。

 そこで、雪の国の間者経由で、おじい様に手紙を送ったんですよね。

 私の意図を組んだおじい様は、「春の国で行われる雪花旅一座の特別公演」を、自慢しまくってくれたようです。 


 歌劇が大好きな東国の王族たちは、見事に噂に釣られました。

 そして、歌劇「雪の恋歌」の主役を演じるのは、東国が欲しくてたまらない、二つの陸の塩の採掘権を持つ、私たち姉弟です。

 『私自身を餌にした作戦』は成功し、使者を春の国へ寄越すように動いてくれましたよ。 


「ともかく。レオ様、東地方の領地収支を確認したら、国賓のおもてなしの手配書に目を通して!」

「ちょっと待て。おもてなしは、ライの仕事だよな?

おじ上の後を継いで、将来の宰相になるのは、ライだぞ?」

「ラインハルト様は、里帰りする王弟妃様のお供で、夏休みは西国へ行くのに?

留守にするのに、おもてなしの準備をしろって!?」

「うっ……分かった。僕が書類を見とけば良いんだろう」


 レオ様は、外交官の子息殿に怒鳴られ、背中を丸めながら書類の山に向き合いました。


「あーあ、東国のボクの知り合いって、王立学園に留学中の子だけだからなぁ。

東国の王族が何を好むか、父上に聞いてこないと」


 おもてなし計画の草案を手に、深いため息をつく、私の親友。

 王太子の側近仲間でもある、外交官の子息殿には、将来の外務大臣としての試練がおそいかかっていました。


 私の外交戦術は、雪の国の王族の権力を使ったものが多いです。

 よって、雪の間者を動かせば、東の王家の好むものも、詳しく知ることができます。

 目の前の親友が喉から手が出るほど、欲しい情報を。


 まあ、春の国の貴族である外交官の子息殿には、絶対にマネできない方法による情報収集ばかりですからね。

 後で、こっそり情報提供をしておきましょう。

 私の王家の血筋を知らない会計員たちが多くいる前で聞かせて、なぜ知っているか追及されると面倒なので。


 それから、将来の外務大臣殿には、この機会に、東の王族とのツテを作って欲しいとも思います。


「ちょっと、父上の所に言って、相談してくるよ」


 外務大臣の部屋に旅立つ、王太子の側近。

 すぐさま、死にそうな顔で、帰って来ましたけど。


「東の王族をおもてなしするのは、王族の仕事だから、宰相様と副宰相様が取り仕切ってくれるって言ったよ」

「おお、おじ上たちが引き受けてくれるのか。良かったぞ♪」

「良くない。全然良くないよ、レオ様!

さっき、雪の国の王弟一家と西の公爵が、アンジェの特別公演を見に来たいってお願いの手紙を持った使者がきたって、父上が青ざめてた!

だから、雪の国のことは、関係者のいる王太子に任せるって」

「はあ? 雪の国が!? おい、アンジェ、どういうことだ!」

「……そうですね……。あ、一つ、心当たりがあります」

「早く言え!」

「うちの末っ子のエルが婚約者の王子様に、『お姉様とお兄様が、「雪の恋歌」のお芝居を見せてくれる』って、手紙に書いていました。

特に『雪の恋歌』は、両親の名前が出てくる、特別な歌劇なので、熱く熱く思いをつづっていましたね。

それから、ものすごく嬉しそうに、私と弟の練習風景をお絵描きして、雪の王子様に送った記憶があります」

「……エルが、原因だと? おい、六才児の手紙一つで、雪の国の王族たちが動くなんて思えんぞ!?

それも、歌劇を見るためだけに、遊びにくるなんて、絶対にありえん!」

「うん。『東国が使節団を送ることを知り、北国も歌劇見物と見せ掛けて、内情を調べるつもりなのだろう』って、ボクの父上も推理していたよ」


 いや、本当に遊びにくるだけだと思いますよ?

 真剣に相談している親友たちに、心の中で突っ込みました。


 雪の王弟殿下は、私の下の妹エルの婚約者の父親。

 そして、雪の西の公爵当主は、私のはとこ、ジャックのひいおじい様。


 親戚や、親戚予定者たちが、隣の国へ遊びに来ようとしているだけですって。

 たまたま、私たち一家が、ちょうど春の王宮に滞在中なので、王宮にくることにしたと。

 春の国の内情視察より、現在の雪花旅一座では見ることができない、貴重な歌劇公演を目当てに訪問するはずです。


 だって、春の国の内情は、王太子の秘書官である私に。

 倭の国の内情は、滞在中のうちのおじい様に聞けば、簡単に手に入りますからね。


「レオ様、どうしようか? レオ様の判断に従って返事するって、父上は言っていたよ」

「くっ……今、雪の国との関係を損なうのはマズイ。

東国の王族を招き入れるのに、北国の王族の願いを断るなんて、絶対にできん!」

「そうだよね。分かった。喜んでお迎えするって、父上に伝えておくよ」


 とっくに返事を予想していた、将来の外務大臣殿は、足取り重く父親の所へ向かいました。

 その背中に向かって、心の中で、平謝りしました。


 ……ごめん。外交の常識が通用しない親戚たちで、本当にごめんなさい。

 まさか、雪の国の守護神が遊び目的で国外に出るなんて、私も予想の斜め上だったんです!


 側近が部屋から出ていくのを見送り、レオ様は指示を飛ばします。


「おい、事務官見習いたち。おもてなしを二か国同時に行うと仮定して、必要時間や使用する場所の計画を練り直してくれ」


 内務大臣の所から、会計員の手伝いに回されていた、事務官見習いたち。

 突然、降ってわいた災難に、絶望の表情をしました。


「会計員見習いは、見直しのできた部分から計算して、外務大臣の息子に渡してくれ。あと、アンジェにも」

「……アンジェリーク秘書官にもですか?」

「うむ。雪の国がらみの外交関連は、北地方の辺境伯でもある、アンジェに任せた方が勝負が早い」


 ここ数日で、レオ様の性格を思い知った、会計員見習いたち。

 顔を見合せると、諦めの表情になり、そろってため息をつきます。


「緊急事態だ。秘書官業務に復帰するよな、アンジェ?」


 ギロリと睨む、王太子。有無を言わさぬ口調です。

 この顔は、「雪の国の行動は、絶対に私が裏で操っている」と思っていますよ。


 だ、か、ら。

 東の倭の国は動かした覚えはあっても、北の雪の国は動かしていませんって!



会計員見習いたちは、67~71話に登場していた、独身貴族四人組です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ