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ソウル ロンダリング2(裏導師) 饒舌な鏡 ~南大阪御伽草子~(仮)  作者: 富田林 浩二
第五章 饒舌な鏡

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エピローグ

 

 令和七年 五月二十一日(水曜日)


 お酒を飲まなくなった般若さんは、以前より時間の余裕がかなりできた。

 その日は何となく、天美 圭吾が残した呪い解除のための日記や書付けを、パラパラと流し読みしていると、呪いの解除に関係が無く読み飛ばしていたところで手が止まる。



 *



 廃寺の本堂に上がる木製の階段に、茂吉と弓弦斎が腰かけている。

 本来ならば以前のように、大掛かりな仕掛けの儀式終えて、お互いを、気遣ったり、労ったり、称えたり、する時間のはずである。

 だがこの時は非常に後味が悪かった。

 二人は何か『気の利いたこと』を言おうと、頭の中を隅から隅までさらうようにして、言葉を探した。

 だが、身体の疲れ、気の疲れ、心の疲れからか、何も見つけることはできなかった。

 お互いを思いやる気持ちが強いからこそ、かける言葉を二人とも持ち合わせていなかったのであろうか。

「 ……さぁ、夜ももう遅い。帰って身体を休めましょうか」

 弓弦斎が優しく言った。

 茂吉は、

「 ……うん、そうですね……」とだけ静かに言った。

 廃寺を出て月のない夜道を二人は、明かりも持たず足元だけ見て歩く。

 茂吉が、

「そういえば、あの千葉によく似た『かく』って、どこの若い衆ですか?」ぼそりと言った。

「茂吉さんのお知り合いじゃなかったんですか? ……私はてっきり……」

 湯弦斎の言葉に茂吉は、

「先生のお知り合いだとばっかり……」そう言った。

「私が書付け一式を、この寺の裏手の庫裏の方で書き終わってこっちに来たら忽然と、まるで消えたかのようにいなくなって……。磐城さんを一人置いておけなかったので、探せませんでしたけど、すぐに茂吉さんが帰って来たから、茂吉さんが先に帰らせたのかと思っていましたよ……」

「こっちは、先生が帰らせたのかと思ってやした……」

『ふ~~む…………』

 二人は腕組をし、その後は言葉もなく夜道を歩いた。

 千葉圭吾の書付けは、

『私に似ているという『かく』という若い男の人が誰だったのか、気になったのでその人の事を探して廻ったが、結局わからず仕舞いだった』と、そこで途切れていた。


 そして般若さんは、ソファに座り読んでいたが、和綴じの書付けと白い猫を抱いたまま眠ってしまう。


 弓弦斎が妻と角火鉢をはさんで座っている。

 妻は子供の着物だろうか、行燈を手元に引き寄せ、繕い物をしている。

 蔵を作った時に余った長い釘二本を、大工さんに言って分けてもらい、火箸として使っていた。

 その、箸どうし当たったり五徳に当たると、良い音がする火箸で、弓弦斎は灰と炭を突ついている。

「また茂吉さんの事、考えているんですか?」

「うん、……まぁ、……そうなんだ」

 弓弦斎のうつむき気味に一点を見つめる仕草を見て、

「そのお顔では、良い思い出……、ではないようですね。……茂吉さんとは良い思い出しかないと思ってました」妻はそう言った。

「これは誰にも言ってはならない事で、本来なら家族にも言えないことなんですが……」

 そう前置きして、弓弦斎は『南蛮渡来のキメラの秘術』という儀式、詳しい経緯や儀式を抜きにして、ただ行ったことがある、ということだけ妻に話した。

「そうなんですか。……色々ご存じですもんね」

 そう言われて弓弦斎は、

「 ……興味本位で、私の興味、読み物として、それだけで終わらせておけばよかった。……あんなものを、大切な人に教えるんじゃなかった」消え入りそうな小さな声で言った。

「きめら、ってなんですか?」

「『キメラ』って、二種類以上の生き物を合わせて、新たな生き物を作ることなんですよ。……なのに……」

「はい……」

「合わせるもんだから、分けるもんじゃないから、離れたくない人、……茂吉さんに話をしたんです……。なのに……」

 妻は何も言わず、裁縫の手を動かしている。

 弓弦斎は押し黙ったままで、火箸を持つ手も動かない。

 鉄瓶からは音もなく、湯気が薄っすら昇る。

 裁縫の衣擦れの音が、忙しなく、うるさく感じるほどの静寂。

 しばらくして、

「二つ合わせて、それがうまくいけば、それまで通りの我々の良好な関係が、更に盤石なものになる。……そう思ったんですが。……我々が作り出したのは、所詮バケモノ。……私と、……私と茂吉さんが……」弓弦斎が火鉢の炭をじっと見ている。

「それがきっかけ、だったんですか……。どこへ行ってしまわれたんでしょうね。茂吉さん」

 妻がそう言うと、

「あいつが、……バケモノが、……私と茂吉さんの、絆を食いちぎりやがったんですよ……」そう言って立ち上がる。

 灰に刺す時火箸が五徳に当たり、ちりんと高い音がした。

 行方知れずの茂吉に手紙を書くために、弓弦斎は悲しげな顔のまま隣室に行く。



 黒い猫が般若さんの顔を覗き込むと同時に目が覚め、膝の上から白い猫をそっとソファに降ろす。

 時計を見ると、五分も寝ていなかった。

 何か飲もうとキッチンに行き、習慣から冷蔵庫に手をかけようとしたが、その向こうの瞬間湯沸しポットに手を伸ばす。

 その時おきくさんと目が合った。

「おやつか何か出しましょうか?」

「そうね。白い子と黒い子にもなにかお願いできる?」

「はい。それじゃぁ、用意しますね」

 スティックタイプの猫用のおやつを、白い猫とおきくさんはお皿に、黒い猫はそのまま食べる。

 それぞれ皆が食べ終わり、般若さんが片付けていると、

「変な事聞いていい?」とおきくさんが言った

「はい」

「追っ払ったキメラ、名前あったの?」

「えっ? 名前? んっ? キメラの? 名前? ……考えた事も無かった。聞いてみよぉ~」

 そう言って般若さんはまず玄宗さんに電話をした。

 帰ってきた答えは、

「俺は聞いてないわぁ~」だった。

 次に角成に電話をかけたが、答えは同様に、

「かえでちゃんからも、葛葉おばあちゃんからも、聞いてません」だった。

 最初からかえでに聞けばよかったのだが、何となく聞きづらかったのと、連絡先を交換するのを忘れていたため、角成にかえでの連絡先を聞こうか迷ったが、なにぶん個人情報保護遵守な時代であることを考え『次会った時直接聞けばいい』と考えた。

「無かったの? 名前」

 おきくさんが聞く。

「うん、まだかえでちゃんに聞いてないけど」

「 ……そう」

 なぜかおきくさんは、残念そうに下を向いた。

 その姿を見て般若さんは、

「キメラが帰って来ないようにするには『○○さん出禁です』みたいな貼り紙するために名前が必要だった、とか?」そう真顔で聞いた。

「全然必要ない。もうあの一族にとり憑いたキメラは絶対に帰って来れない。大丈夫よ」

「それじゃぁおきくさん、なんで名前聞いたん?」

 おきくさんは少しためらうようにした後、

「弔うなら名前くらい必要かな、って……」と言った。

「忘れてた……。私らで退治した、で完結、……じゃなかった。これで完結させたらあかんかった」

「う~ん、……別に、弔わなくってもいいんだけど……。一応のけじめではあるけれども、無くってもいい。そんな感じ。これは無理すべきことじゃないよ」

「そうやった。……でも、この件に関しては、そうすべきやよね。ありがとう、おきくさん。大切な事、飛ばすとこやった」

「そんなに言うほどの事でもないよ。……でも、どうして、弔うべき、って思ってるの?」

「かえでちゃん、……『キメラ退治出来へんかったら、自分の中で飼うって、キメラと一緒に暮らす』って、そんなこと言う子でね。そういう子やから、今後絶対に気にする時が来る、と思う」

「そういう子なのね……」

 おきくさんがじっと考える。

「ねぇ般若さん。……これは相談なんだけどね。その子が良ければ、の話だけど……。玄ちゃんやかっくんみたいに、この家に出入りしてもらうのはどうなの?」

 おきくさんの提案に、

「私も今、同んなじこと考えてた。……破魔子さん来るまで私と嘉介さんだけやった。破魔子さん来たら、源蔵さんもこっち入って来て、そしたら、おきくさんが来て、白と黒の猫ちゃんも来て。……破魔子さんと源蔵さんおらんようになったから、かえでちゃん来てくれたら……」

「かえで、って子が来たらどうなるの?」

「かわいいから、絶っっっっ対に、楽しくなる……、から、おきくさん、あかんかなぁ……」

「私が決めるこっちゃないでしょうに。それに、私からの提案だからこれ。……申請通りそうなの?」

「玄ちゃんは嘉介さんのお弟子さんやし、かっくんは破魔子さんの孫やから、二人ともすんなり申請通ったけど、……かえでちゃんは、う~~~ん」

 般若さんは考え込み、電話をかける。

「玄ちゃん、ちょっとご相談が……。あっ、今こっち向かってるの? んじゃぁ、来たら話す、……うん、気ぃ付けて来てね……」


「それで、俺は何したらええの? あっちの人ら騙くらかすために」

「騙くらかさんでええから、何か知恵貸して」

 玄宗さんが『う~~ん』と一つ唸り、

四神相応しじんそうおうは? かっくんの大神様白いから白虎で、かえでちゃんの隼の神様鳥やから朱雀にして、青龍はうちの宇賀神様で、玄武は亀と蛇……」

「う~~ん、亀どこから連れてくるん? 四天王寺さんにいっぱいいてるけど、生の亀さんあかんしなぁ」

「俺も、亀の神様知らんからあかんなぁ……。おキツネ様に亀の甲羅のリュック背負わせたら、絶っっっ対に『舐めとんか!』言われて却下やし……」

「んじゃぁ、陰陽五行説の五色は?」

「赤はおキツネ様、青はアオダイショウの宇賀神様、黄色に隼神様、白は大神様、あと、黒、もしくは紫……」

「玄ちゃん今日から腹黒くなって。頑張ってなって。なられへんのなら、今からその辺のチンピラに喧嘩吹っ掛けて、殴られまくって顔中紫のアザだらけなって」

「腹黒なっても顔が紫に変色しても、俺飛ばれへんから、魂送る乗り物の護衛でけへんよ。……カイツブリの神様黒やったのに、あっちで監視キメラしてるかぁ~。惜しいなぁ……」

「監視カメラみたいに言うんじゃないの、紛らわしい。それよか、アンタら、黒いお方いるじゃんか、仲良しの」

 おきくさんが、思わず口をはさむ。

「「あっ!」」

 玄宗さんと般若さんが、顔を見合わせて言った。


「急ぎの用やって呼び出されたかと思たら、なんでっ? なん~で私が、どういう理由経緯であんたらに協力せなあかんの? チッ」

 ヤタガラス様は、あきらかに怒っている。

 般若さんと玄宗さんと、ヤタガラス様がいる裏庭に、角成が現れ、

「あっ、なんとなく来てみたら、ラッキー! ヤタガラス様ぁ、その節はお世話になり、ありがとうございましたぁ~。今日もお美しいですねっ」と、ニコニコ顔でヤタガラス様にだけ挨拶した。

「おっと、これはこれはお久しぶり。元気そうやね、良かったっ」

 ヤタガラス様の機嫌が一瞬で直った。

「何か大事なお話してらしたのなら、僕は席を外しますよ」

「大丈夫よ、今日『も』この二人から訳のわからん事言われてるだけやから」

「そう言うてても、結局お願い聞き届けてくれはるねん。優しいし、俺にたくさん借りのあるヤタガラス様はっ」

 玄宗さんの言葉に、

「わかったよ、もぉ。あっちまでの往復はあんたらの神様に任せるから、名前貸すだけでいい?」とヤタガラス様が折れた。

「えっ? ホンマにええの? よっしゃそしたら……」

 ヤタガラス様は玄宗さんの発言を遮るようにかぶせて、

「そっちのお姉さんが申請行って、偽造書類挟んで窓口でモメてるのすぐ想像できるから、私が手続きしとく。私があの子、かえでって子の連帯保証人になっとくから、悪させぇへんように言うといてや。それに私、道案内が本業やから、その業務内容やったら、多分あっさり通ると思う。……それと、……かえでって子、あの時の、呪いで命落としそうになってた女の子やんね、翼の無い隼の神様連れた。……わかった、すぐにでも手続きしとくわ。どうせすぐにでも彼女ここに呼ぶんやろ? またあの子専用に結界開けとくわ。……ホン~マに、あんたらの事、ちょっとでもキライになっといたらよかったぁ~」一方的にそう言って、飛び去った。

「このまま会話続けたら、また俺に無理難題押し付けられて『無理や』って言うたらそれを貸しにする、恩着せ無限ループから抜け出されへん事に気付いたかして、早々に逃げたな」

 玄宗さんは笑っている。

「どうします? かえでちゃん、呼んできますか?」

「善は急げ、今から一緒に迎えに行こか」

 般若さんは嬉しそうな顔で、角成と玄宗さん、二人の間に入り腕を絡ませた。


「行きません私」

「えっ? なんで? かえでちゃん、どうして?」

 かえでの自宅マンションの一階エントランスで、かえでの答えに角成が戸惑う。

「なんで私が、コイツんち行かなあかんの? 婿殿のとこやったらいつでも喜んで行くけど、コイツんちはイヤ!」

「玄ちゃん、キラウェア火山くらいキラワレタ火山噴火してるよ。どうする?」

 般若さんが追い打ちをかける。

『 …………』

 玄宗さんは下を向いて、悲愴な顔をしている。

「かえでちゃん、玄宗さんは僕のすごく大切な人だから、そういう言い方はやめて!」

 角成がつい強い口調になる。

「……でも、婿殿はそうかも知れんけど、私には……。どうしよう……」

 かえでも困り顔になる。

 般若さんが玄宗さんとかえでの顔を見て、

「う~~~ん、これは、……ちょとマズイかも……」と言った。

「そうですよね。……かえでちゃん、何度も言わない。僕たちと一緒に来るか、来ないか。来ないなら、これからずっと、裏導師できないけど、それでいい? 今ここで選択して」

 角成にしては珍しく、語気強く言った。

「 ……行きます。行きますけど、私、コイツ、……玄宗さんと二人になる時は行きません。……これは絶対です」

 この言葉に、

「それがかえでちゃんの希望やったら、そうしよう。俺はそれで大丈夫やよ」と、玄宗さんは少し寂しそうな微笑みで、優しく言った。

「玄ちゃんがそれでええんやったら……。かっくんもそれでいい?」

「なんか納得し難いですが、僕はいいですよ、はい」

「じゃ、決まりね。今から来る?」

「今から? ……どうしよう……」

「かえでちゃん、何か用事あるなら後日でもいいけど、あそこは用事無いと辿り着けないから、行ける時に行っといた方がいいよ」

「……あと腹筋五百回以上残ってるし、スクワットもまだやし……」

 般若さんが、

「ちなみに、スクワットは何回残ってるの?」と聞き、かえでが、

「今日全然してないから、千回くらい……」と言った。

「私と向こうで一緒にしよか。……私はレスラーじゃないから、そんなたくさんできへんけど……」

 その言葉にかえでが嬉しそうに、

「うん……」と頷いた。


 玄宗さんと般若さんと角成、そこにかえでが加わり、夕焼け空の下、徒歩で言葉少なに玄宗邸に向かう。

 四人で駄菓子屋と薬局の間の路地を歩く。

「かえでちゃん、ココの路地ね、用事が無いと開いてないから」

 角成の言葉に、

「は~い」かえでは何となくで返事した。

 玄宗邸の大きな門は、満月と新月の日だけ開くことなども説明し、中に入って行く。

 待合室や、満月の日に思いを遂げた魂、思いを遂げることを、完全にあきらめた魂は新月の日にそれぞれ送り出す、など、ざっくり説明しながら、皆リビングに入る。

 おきくさんが、

「あなたがかえでさん? 初めまして、ごきげんよう」挨拶した。

 かえではキョロキョロしている。

 玄宗さん般若さん角成は何も言わない。

「般若さん、これはあれ? 磐城 かえでさんの手鏡に、CV天美 かえで、をしたことを咎めている、とか?」

 般若さんが

「かえでちゃん、突然何の話?」と言った。

 その問いに角成が、

「天美さんたち男性陣のキメラのもと? みたいのを追っ払った時、鏡から『これでいい、……これでいいんです』って聞こえたの、……あれ、かえでちゃんの腹話術でしょ?」と言った。

「あっ、やっぱし婿殿はわかってた?」

「えっ、嘘やろ? ……あれって、そうやったん?」

 玄宗さんが本気で驚いている。

「僕はかえでちゃんの真横で聞いていましたから。あれは鏡からじゃなくって、かえでちゃんから聞こえました」

「あの時、かっくん涙目で喜んでたやん」

 般若さんの問いに、

「ああしたら、かえでちゃんの迫真の腹話術が真価を発揮すると思って、でも、あの場にいた人たちをオカルトで騙すことになったから、ひょっとしてマズかったですか」と言った。

 その言葉を聞いたかえでは、黙って角成を惚れ惚れ見つめた。

 般若さんはその二人を抱きしめ、

「二人とも、サイコーやん。エライっ! 玄ちゃんは抱きつきに来んでもええよ。っていうか、来るなよ」と言った。

 ソファから立ち上がり、両手を広げようとしていた玄宗さんが、残念そうに手を下ろす。

「そうなんだぁ。かえでちゃんは腹話術が得意なのね」

「得意ってわけじゃないけど。…………でもなんで? なんで私の顔の横にある般若さんからじゃなくって、あの美しいネコさんから声が聞こえてくるのは、 なんで?」

 その質問に、

「おきくさんはお喋りだから」と角成は言った。

「女子ってだいたい、お喋り好きでしょ?」

 そう言ったおきくさんの方を、じっと見ていたかえでが、

「かわいい、なにこの子、めっちゃかわいい」そう言っておきくさんを抱きしめる。

「今度、今みたいに了承なしに抱きついてきたら、あんたのその可愛い顔に、一生消えない引っ掻き傷つけるから、そのつもりでいてね」

「いやで~す。こんなに、かわいいのに、私、顔中傷だらけくらいで、この衝動押さえられませ~ん」

 その言葉におきくさんは、

「う~ん、人引っ掻くの嫌いだから、……まっ、いいか。いいけど、早く慣れて、抱きしめるのに飽きてね」と言ったおきくさんをかえでが見て、

「抱きしめられたから実在する、ということは、3Dホログラムじゃ無い。んじゃぁ、般若さんがリモコン操作かAIで受け答えしてる、アニマトロニクス、とか?」と聞いた。

 その言葉に対して般若さんは

「かえでちゃん、おきくさんは自分の意志で、自分の言葉で喋ってるんよ。……それと、ここではおきくさんは絶対やから」と言った。

「なにそれ? おきくさんの可愛さは、絶対的な正義?」

「それもあるけど、おきくさんには絶対にっ、逆らったらあかんよ。多分、一生モンの後悔すると思う」

「えっ、そんな? おきくさん三毛やから、どこからどう見ても招き猫、福の神やのに?」

「百聞は一見に如かず」

 おきくさんはそう言って、角成を操り、かえでの正面に立つ。

「あっ、おきくさん。やめて」

「婿殿どうしたの?」

「僕おきくさんに操られて、今からすることは僕の意志じゃないから……」

 角成の顔が苦痛に歪む。

「えっ、どういうこと、婿殿大丈夫?」

 かえでが心配顔で角成の顔を覗き込む。

 その瞬間、角成がかえでの顔を、両手で優しく挟む。

「これは違う、違うから」

 している動作はロマンチックな動きなのに、表情は苦痛に満ちていた。

 その動きに合わせるように、

「ラッキー、このままキスしたろ……」

 かえでが顔を近付ける。

 その時、フッと腕の力が抜け、角成が仰け反る。

「なんで拒むん? 婿殿のケチぃ~」

「なっ、かえでちゃん傷付いたやろ? なんか微妙~な感じやけど。しかも方向も違うし。というか、おきくさん。今ので一番傷付いてるんはかっくんやんか」

 般若さんはそう言って、困り顔の角成を見て笑った。

「何言うてるんですか! 婿殿とキスできると思ったのに、まさか拒否されるとか、めっちゃ後悔してますよ。なんでもっと速攻で唇いただかへんかったのか、って。 おきくさんおきくさん、もう一回お願いしまっす!」

「なんか調子狂うわ、なにこの子? 恥ずかしがらせようとしたのに、アンコールしてくるとか……」

「あっ、そうか! 私が操られてるふりして、婿殿に襲いかかったら……」

「かえでちゃん、心の声漏れてる漏れてる」

 シャイな角成が、両手を前に突き出して言った。

「そういう訳で、おきくさんには絶対に逆らわない。いい? かえでちゃん」

 般若さんの言葉に、

「うん、まぁ……。おきくさん、改めて、これからよろしくお願いいたします」かえでが深く頭を下げた。


 イレギュラー体験『人語を扱い、人を操る猫』おきくさんに瞬時に慣れたかえでに、

「かえでさん、あなたに聞きたい事があるの」おきくさんが言った。

「はい、何でも聞いてください」

「あなたのところにいた、キメラ。名前付けたりしてた?」

 かえでは一瞬だけ何かを考えたように、目だけ上を向けたあと、

「『きめらん』って、勝手に呼んでました。……恥ずかしいから誰にも言うてないけど。……自分を殺そうとしてた怪物に名前付けるとか、……やっぱり駄目でしたか?」

「大丈夫、問題ない。……それどころか、よくぞ名前を付けて……。これで『きめらん』の供養ができる。かえでちゃんありがとう」

 般若さんが言った。

「キメラの供養? なんで必要なんですか? あいつ……、あいつの供養なんか……」

 この角成の発言に対して、それまでソファに座り、黙って聞いていた玄宗さんが、

「あいつがおったから俺らの結束がある。……そう思わへん?」と言った。

「結束より……。あいつひとごろしですよ。なんで供養するんですか……」

「そう、あいつは純然たる加害者、嫌がる気持ちはじゅうぶん理解できる。……ただね、生きとし生けるもの、死ねば皆仏。仏教ではそういう考え方やねん。だから、生前の行いも大切やけど、これまでのことを、やった行いは悪いかもしれへんけど、一旦労ってそこで一区切りの線を引く、っていう考え方やねん。それにあいつ、きめらんは、自分を生み出した人らの言いつけ、……それを守りよっただけや。きめらんだけの罪やない。だからこそ、弔って、一区切りつけるべきなんよ。でも、納得できへんかったら、弔わんでええよ。弔いとか供養って、人に強制されてすることではないから。……乗りかかった船やから、俺はやるけど」

 玄宗さんが、誰とも目を合わさず言った。

 皆、じっと黙ったままになる。

「 ……わたし、……」

 そっと置くような声音でかえでが、

「 ……私は、やるよ、弔い。……肉体的にも精神的にも、辛く苦しく、嫌な思いもたくさんしたけど、それでも、……葛葉さんと婿殿に出会えたし、今こうして婿殿と一緒にいてるのも、きめらんおったからやもん。……だから、私は弔うよ。……絶っっっ対にきめらんに感謝はせぇへんけど」と、最後だけ少し語気強めに言った。

 角成は不満そうに黙っている。


「私からかえでさんにお願いがあるんだけど……」

 おきくさんが言った。

「何でも言ってください、おきくさんっ」

「優しいかえでさんへのお願い。……名前、付けてあげてくれないかな、この子たちに」

 ソファの玄宗さんの横で眠る白い猫と、部屋の片隅で座っている黒の猫を見て言った」

「おっとぉ、そういえばこの子らの名前……、無かった……」

 玄宗さんがそう言い、般若さんは、

「気にはしててん。けど、……破魔子さんと源蔵さんが泣きながら連れて来て、おきくさんが大事に大事に面倒見てたから、……私が名前付けるとか、なんかおこがましくって……」と言った。

「かえでちゃん、ひょっとして、この子たち名前、もうあなたの中では決まってるんじゃない?」

 おきくさんの問いに、かえでが、

「一応、候補は……。一応……」と言った。

「言ってみて」

 おきくさんがそう言うと、

「黒い子をこの前おじいちゃんちで見た時『筋肉質で硬質な感じがして、なんてカッコいい』って思って。だから、黒い鉄って書いて『くろがね』さん。白い子は『優しい繊細な感じ。でもこの子って以外にもいぶし銀な感じもあるから、白い銀って書いて『しろがね』さん。って、私勝手に考えて、……ごめんなさい。きめらんは私の中におったから誰の目にも触れへんし誰も呼ばへん名前やったけど、この子たちは……』かえでが恥ずかしそうにそこまで言うと、

「天才現る!」と玄宗さんが言い、

「かえでちゃん、すごい!」角成が感心し、

「さすが……」と言って、般若さんがかえでを抱きしめた。

「あとは、この子たちに聞いてみようか……」

 そう言っておきくさんが、黒い猫に、

「あなたは、黒鉄さんでいい?」と聞く。

 黒い猫は居住まいを正し、

「フンッ!」と鼻を鳴らした後、

「にゃぁ……」と、小さな声で鳴いた。

「嬉しいって」

 おきくさんの通訳に、

「えっ? 今のが? わっかり難くい、嬉しいんかい。良かったなぁ」と、玄宗さんが笑い、

「フンッ!」と黒鉄さんが鼻を鳴らし、玄宗さんを睨む。

 そしておきくさんは、

「あんたは、白銀さん。それでいい?」と聞くと、

「にゅぁ~~~ん」とあくびとまばたきで白い猫は返事した。

「この子はわかりやすく喜んでますね」

 角成がおきくさんに聞くと。

「うん。この子、白銀さんはいつも機嫌いいけど、今はすっごい上機嫌。黒い子、黒鉄さんは、いっつも不機嫌だけど、私が見たことないくらい、過去イチ機嫌良いよ、今。……かえでさん、わたしからも、ありがとう」

「えっ……。私が名付け親って、本当に良いんですか?」

 黒鉄さんがかえでに駆け寄り、かえでの脛にスリっと身体を押し付け、

「にゃぁ」と、かえでの顔を見上げて大きな声で一つだけ鳴いた。

 その姿を見た玄宗さんが大きな声で、

「嘘っ! この子、黒鉄さんが誰かに懐くの初めて見た!」と言った。

「玄ちゃん、実はこの子、黒鉄さんって、破魔子さん出てて、待合室で暇そうにしてる源蔵さんの膝の上、しか乗れへんかったんよ。知らんかった? 私でも、いっつもこの家に一緒におるのに、最近やっと、やっとこさ、横までは来るようになった・それくらい気難しいんよ。……名付けのセンスもなかなかやけど、この子らに気に入られるのは、かえでちゃん、かなりなかなかやね」

「ほんと~、うれし~~~っ」

 そう言ってかえでがしゃがみ、

「この子、黒鉄さんって、可愛い~~~っ」と言って、顔を近付ける。

「あぶないっ!」

「あかん、かえでちゃん噛まれるっ!」

 玄宗さんと般若さんが同時に、立ち上がりながら両手を伸ばして言った。

 黒鉄さんは素早い動きで、かえでの鼻に……。

 ……自分の鼻をそっとくっ付けた。

「「えっ? うそぉ~……」」

 般若さんと玄宗さんは驚き、膝から崩れ落ちる。

「黒鉄さんはかわいいねぇ」

 抱き上げられた黒鉄さんは、ごろごろ喉を鳴らしている。

「鳴らせるんや、喉。…………初めて聞いた。……これも、たぶん、源蔵さんしか聞いたことなかったんやろな」

 玄宗さんが驚きながら言った。

「『フンッ』って鼻鳴らすんは、いつでも誰でも聞いてるのにね」

 般若さんが嬉しそうに言う。

 角成がかえでの近くに来て、黒鉄さんの頭を撫でようとすると、

「シャァァァァァッ!」と、黒鉄さんは左手を上げて爪を出して威嚇した。

「やめて! 黒鉄さん。婿殿は私の大切な人っ!」

 かえでの言葉に、

「フンッ!」と、角成を見ていつも通り鼻を鳴らし、爪を引っ込めた。

「う、うん、やっぱり、……こわいっ…………」

 角成が静かに言って、降参の姿勢で後ずさる。


 角成の提案で、かえでが番茶を煎りほうじ茶を淹れて、マグカップで乾杯をする。

 こうしてこの四人で、様々な魂を送ることになった。

 玄宗さんが、

「かえでちゃん、嫌やったら別に無理せんでいいんやけどぉ、満月の夜と新月の夜に、来れたらでええからここに来て、我々の仕事を手伝ってくれる?」

 かえでが真顔で少し考えるように下を向き、

「あなたと二人っきりになることが無いなら、ここに来ても……、かまいません」なんとなく歯切れ悪く言った。

「じゃ決まりね。これからもよろしくっ」

 般若さんがそう言って、握手しようと手を出す。

 かえではその手を両手でぎゅっと握るが、その隣に座る玄宗さんが出した手には、そっと手を触れただけだった。

「そこで、二人にお願いがあってぇ……」

 玄宗さんが遠慮がちに、

「次の土曜日、……かっくんに言うてた除霊の仕事、段取りできたんやけど、二人とも来れる?」と言った。

「えっ! 次の土曜日……。嫌です」

「あっ、かえでちゃん、予定は日曜日に変更して……」

「私はイヤっ!」

「二人とも無理せんでもええよ。難しかったら他に誰か頼むから」

 玄宗さんが顔を引きつらせながら言った。

「あちゃ~、そうなんやぁ~。……かえでちゃんのメイドさん姿見たかったぁ~」

 般若さんが本当に残念そうに言った。

「えっ? マヂ? マヂ? ……えっとぉ、婿殿は、見たいよね? 見たいはず、絶対に見たいよね、私のメイド姿……」

 かえでがメイド服という釣り針に、がっつりフッキングされる。

「えっとぉ、こういう場合、……『見たい』って言うべきなんですよね?」

「土曜日行く、行きます。メイドさんします。他に誰か手配したら、金輪際あなたと口ききません! 婿殿っ、デートは日曜日で! よ~~~~ぉし、祓うぞ~。とりあえず、前日にヘアカット行きますね」

「それじゃぁ、二十四日の土曜日、朝早いけど六時頃にかえでちゃんちに迎えに行くから、かっくんちに五時四十五分頃行くわな。般若の姉ちゃんは、ここの近くで五時半頃ね」

 皆がそれぞれ頷く。

 かえでが自分のスマホを出し、予定を打ち込んでいる。

 般若さんが、

「大切な事思い出した。かえでちゃんに、これだけは言うとかんとあかんかった」と言った。

「はい、なんですか?」

 かえでが顔を上げずに言う。

「ここの、電子機器とか機械類持ち込んだら、自分ちに持って帰られへんねん」

「電子機器って、このスマホも含まれます?」

「うん、そのまま持って帰ったら、家に着くまでに故障してる、っていうか、即アウト」

「えっ、そうなんですか? まぁ、別に壊れても、家族の電話番号一人覚えてたら連絡先全て復活する程度やから、別にいいですけど」

「かえでちゃん、男前やなぁ……」

 玄宗さんがボソリと言った。

「かえでちゃん、そのスマホ般若さんに少し預けたら、バックアップ取ってくれるし、ここから持って帰れる用の何かアイテム渡してくれるから、そこは安心して」

「そうなんですね、じゃ、お願いします」

 そう言ってかえでがスマホを般若さんに渡し、

「僕もお願いします」と角成も出した。

 般若さんが別室からノートPCを持って来て、バックアップを取り、二人にエコバッグを渡す。

「これ、通い袋ね。今度ここに来る時に持って来て。で、また電子機器持ち込んでしもたら、それに入れて持って帰って。それに入れへんもんは、私に要相談で。でも、極力持ってこんといてね。もしも壊れたらもったいないから」

「般若さんありがとう。……ちなみに、ここに入れへんものって?」

「僕の自転車は見事に崩壊したよ。けれども、この前、ここからバイクをどうやったのか、運び出してましたね。だから、どうにかしようと思えば、どうにか出来るから、要相談なんですよね?」

 角成の言葉に、

「単車なぁ……。前後輪、フロントフォーク、スイングアーム、ハンドル、ガソリンタンク、ミッションとエンジン、フレーム、電装部品、その他もろもろをバラシて、大きな袋に入れて、車にバラバラのまま積み込んで、単車屋さんで組み直してもらった」

「ものごっつい手間だったんですね、あれって」

「うん、夜中に単車屋さんに電話で聞きながらバラして運んで、順次組んでもらった。だから、あの単車、各所オーバーホールとグリスアップ済やから、意外と調子よかったと思う」

「ありがとうございます。調子良かったです。今後、できるだけ何も持ち込みません」

 そこに般若さんが、

「だから、私がおらん時は、この通い袋何枚かリビングに吊るしとくんで、勝手に持って行って、次回必ず持って来てね。で、これに入らんもんは、基本的に持ってこない、と」そう言って、テーブルに、エコバッグを置いた。


「出がらしやけど、もう一回このおいしいお茶で乾杯しよ」

 般若さんがお湯を注ぎ直したほうじ茶を、皆のカップに注いで、

「じゃ、かえでちゃんの加入と、二人の未来に」と言い、

「んじゃ、僕は、この四人の明るい未来に」と、角成が言い、

「じゃ、俺も四人の明るい未来にっ」と玄宗さんが言い、

「私は、みんなの明日にっ!」とかえでが言い、そして、

「かんぱ~~~い」と、四人はマグカップをそっと合わせた。


 一口お茶を飲んだかえでが、

「私への気遣いとか説明で、今日はいっぱい話ししてくれてありがとう」微笑みながら言った。

 照れながら、

(『人は自分を移す鏡』って言うけど、僕があんまし喋らんから、周りはみ~んなおしゃべりで、……なんか楽しぃ~)と角成は、三人を眺め、歯を見せて笑った。



 エピローグ  終

 裏導師 第二部 饒舌な鏡 完


 おまけに続く


このあと、玄宗さんが言っていた『メイド喫茶』に少~しだけ、ご案内いたします。

 という訳で、おまけに続きます。

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