第8話 眷属の儀式
牛女が月山の後を追って、階段を上がって行った。それを見た美希は、部屋を飛び出た。そして、マサルのいるだろう奥の部屋へと走った。
だが、その途中で急に肩の服を掴んで引っ張られた。
美希が引っ張られるまま倒れ込むと、すぐに口をふさがれる。その、大きな手の感触から、美希にはそれが誰なのか、すぐにわかった。
「マサル!」
「しぃーっ!」
マサルは唇に人差し指を突き立てた。
「絶対に叫んじゃだめだ!」
美希は頷いた。
「一緒に行った人達はどうなったの?」
するとマサルは首を振った。
「あいつら、いちいち声が大きいだろう? 牛女に殺されたよ」
それを聞いた美希の顔は、驚きと恐怖で硬直した。
「やっぱり、あの壁の書き込みは本当だったのね……」
美希とマサルは顔を見合わせた。
「クソぉ……どうすりゃいいんだ……このまま朝まで黙ってりゃ助かるのか?」
マサルは頭を抱えた。その時、美希がマサルの腕を揺すった。
「マサル……奴らが来るわ!」
すると階段の上から牛女と馬女が降りてくる。
そして、馬女の後ろから、うつろな目をした賢治がついて来ているのだ。
(賢治!)
マサルは思わず声が出そうになるのを飲み込んだ。
声を潜める美希とマサルのすぐ頭の上で、牛女と馬女……そして賢治が集結する。
賢治はうつろな目をしながら二人を眺めていた。
美希とマサルは目を合わせる。美希は唇に人差し指を当てて、マサルをジッと見た。
「賢治ィ……今日はいい働きだったねェ……感心したよ」
牛女はそういうと、腕を組んで賢治を見た。落ち着いていて、堂々とした声だ。
「このまま殺してしまうのが惜しいくらいだ……なあ賢治……お前、私たちの眷属になれよ」
その言葉を、賢治は身を低くして聞いている。
「じゃあ、助けてくださるんで? 殺さないでくれるんでしたら……俺はなんだってします!」
「ハハハハ!」
賢治の怯えようを見た牛女が笑う。
「何を怯えているんだい。私はね、お前が気に入ったのさ。お前のその話術……人の欲望や誤解につけ入る物言いは、悪者たちをここへ呼び込み続けるだろうさ」
「た、助けてくれるなら、なんでもやりますんで……」
すると牛女が微笑みながら賢治を見た。
「賢治……お前は誤解しているのかもしれないが……私たちはお前に、奴隷になれと言っているのではない。眷属というものは、奴隷ではないのだぞ。強大な力を与えられる存在なのだ」
「力ですか……」
牛女は頷く。
「もちろん不老不死とか不死身の体というわけではない。だが、その力は強大だ。私たちは、己の力を誰かに分け与えることが出来るのだ」
「それで……俺にもその力を分けてもらえると……」
牛女は頷く。
「良いか……我らはただの異形ではない。牛頭馬頭と言ってな……閻魔大王の使いなのだぞ」
「ええ、あの有名な閻魔大王の!」
「そうだ」
馬女も頷く。
「我らは地獄の番人。この世で生きる悪人をこの手で懲らしめ、そのまま地獄へ連行することを目的にしておるのだ」
「ですが、その地獄の番人様がどうしてこんな廃墟へ?」
「そう思うのも無理はあるまい。実は昔、ここで凄惨な殺人事件があってな……それは押し込み強盗だった。一家皆殺しが行われた時、主人の清太郎の深い恨みから強烈な霊道が開いてな。それが地獄の門へと繋がったのだ」
「ここはそんな恐ろしい場所なんですか!」
牛女は頷く。
「その通りだ。ちなみに、この馬頭はその時の被害者のひとり、森有佳子なのだ」
(森有佳子!)
美希が声を出しそうになるのを、マサルが必死に止めた。
「それからあと一人……あと一人いたな」
「ああ、マサルっすか……」
「あいつもお前と同じ受け子なのだろう?」
すると賢治は首を振った。
「いえ、あいつは足を洗っています」
だが、牛女は首を振った。
「今は足を洗っているとしても、過去に犯した罪を消すことはできぬ」
「そこをなんとか助けてやってくれませんかね?」
それを聞いたマサルは目を閉じて泣きそうになった。
「そうしてやりたいのは山々だが、この地に足を踏み入れた悪人を生かして帰すわけには行かない」
牛女と馬女が、賢治の両脇に立った。
「選べ賢治。あのマサルとかいう男と共に地獄へ落ちるか、我らの眷属となって生きながらえるか」
その様子を見ていたマサルは、額から脂汗を流した。牛女は続ける。
「もし、我らの眷属となるなら、その場で膝立ちとなれ。今すぐお前を眷属にする儀式を執り行う!」
それを聞いた賢治は牛女と馬女の顔を交互に見ていた。マサルと美希は目を大きく見開いてその様子を見守る。マサルは乾いた唾を呑み込んだ。
しばらくすると、賢治は床に膝をついた。そして頭を下げて膝立ちとなる。それを見たマサルは思わず目をギュッと閉じた。
それを見た牛女は満足気に鼻を鳴らした。
「では行くぞ賢治! 目を閉じよ!」
すると牛女は、斧を振り上げて、そのままズバッと賢治の首を切り飛ばしてしまったのだ。その衝撃的な急展開に、美希は思わず腰を浮かせて叫び声を上げた。
「キャアア!」
美希の悲鳴を聞いたマサルは青ざめながら立ち上がった。
「ああーっ! 美希、叫んじゃ駄目だ!」
すぐさま、牛頭馬頭がマサルと美希の方を向く。
「そこにいるのは誰だ!」
マサルは美希の手を引いて立たせると、美希の腕を引いて階段へと走った。
「美希! 先に階段を掛け上がれ!」
美希は全身の力が抜けそうになりながら、必死に階段を駆け上がった。それを見た牛女は、二人の背中を指を刺しながら叫んだ。
「有佳子! 賢治にやらせるんだ! 逃すんじゃないよ!」
すると馬女が振り返って賢治を見た。そして床に落ちていた賢治の首を掴むと、元あった場所へ置いた。
すると、一瞬で切れた首が繋がって、鼻のあたりからボコボコと肉の塊が生え始めた。そして徐々に鼻面が肥大し、口が前へせり出して行く。前歯が前へ突き出すにつれて、賢治は牛男と化した。
賢治は黄色い歯を剥いて涎を飛ばした。
「ブモオオオ!」
賢治の服を着た、牛の首を持つ化け物。
馬女・有佳子は、彼女が使っていた、返り血に濡れた斧を賢治に渡す。彼はその斧を掴むと、引きずりながら、コン、コン、と床を叩いた。それを見た馬女がニヤリと笑った。
「早く追うんだ! あの二人をここへ引きずって来い!」
「ブモオオオ!」
化け物となった賢治は、二人を追って階段を駆け上がって行った。
それを見たマサルは、美希の背中を押しながら階段を急いてあがった。
背中から、人のものではない、湿った呼吸音が聞こえてくる。
マサルが振り返ると、背後にはすでに怪物と化した賢治が、意思を失った瞳で斧を構えながら階段を上がって来ていた。
「……来るな! 助けてくれ!」
獣臭が鼻を刺す。マサルは悲痛な叫び声を上げながら、1階のフロアへ飛び出た。
すると、玄関先で美希が立ち止まっている。
「どうした美希!」
「ああ……マサル……あれ……」
美希が力無く前を指差す。
すると玄関の外には、無数の鳥の死骸がボトボトと落ちて、洋館の庭を埋め尽くしていた。それを見たマサルは顔を青ざめさせた。
「一体、何が起きているんだ!」
「地獄の門が開いたのさ」
振り返ると、そこには牛の頭をした賢治が立っていた。




