第6話 血塗れの斧
地下への階段は、上から見ると漆黒の闇だった。
それを見た熊岡は、美希の懐中電灯をひったくった。そしてたばこの煙を吐き出すと、火のついたタバコを消さずに床へ投げた。
「マサル、先に行け」
熊岡が顎をしゃくった。
マサルは美希の手を握ると、一歩、また一歩と階段を降りていった。後ろから熊岡たち5人が続く。懐中電灯の光が、石造りの壁を照らし出す。
「臭えな」
佐々木が鼻を押さえた。
「カビの匂いですよ」とマサルが答える。
階段を降りきると、石造りの空間が広がっていた。
「妙に薄明るいな」
熊岡が懐中電灯を振り回しながら言った。
「おいマサル……賢治はどこだ」
「いえ……この時は別行動だったので……ちょっと探してきましょうか」
「ああ、じゃあ倉田と一緒に行け」
すると、熊のように大きな体の男が肩をいからせて前へ出てきた。縦じまの、白いスーツを着ている。マサルは上目遣いに倉田を見た。
「倉田さん……こっちです」
「おう」
マサルの先導で、2人は奥の通路へと歩いて行った。
通路の奥に入ると、急に真っ暗となった。マサルの懐中電灯だけが頼りなのだが、調子が悪いのか、チカチカと明滅していた。
「あ……くそ」
「どうした?」
「懐中電灯がおかしいんです」
「ふざけてんのかお前」
「いえ、ふざけてません」
「じゃあ、なんでそんなボロ使ってんだ!」
「今日買ったばかりなんですよ、これ」
そんな話をしていると、少し広い10畳間くらいの部屋に出た。マサルは部屋のあちこちへ、懐中電灯を照らして回った。
「倉田さん、賢治の奴……本当に金塊があるって言ってたんすか?」
「ああ……あいつが金塊の写メを送って来たんだぜ」
「賢治がですか?」
「ああ、そうだ。ここはその写真の場所と良く似ている」
「本当ですか?」
「ああ……だからお前もしっかり探せ」
するとその時、壁のどこかでキラリと輝くものがあった。
「お、ちょっと待て、そこを照らせ!」
「え、どこですか?」
'
「お前の正面から少し左だ!」
マサルが言われた通りに照らすと、そこには、金塊が山のように積まれていた。それを見た倉田が笑顔になる。
「これだぜ。さっき、賢治が送ってきた画像だ」
「賢治が?」
マサルは周囲を見渡した。
「賢治のやつ、一体どこ行ったんだ?」
「まあ、いい。こいつは俺たちがもらっていくぜ」
倉田は金塊へ駆け寄ると、その重さを確かめるように一つ持ち上げた。そして興奮を抑えられなくなったのか、暗がりに向かって大声で叫んだ。
「おい! 金城ぉ! 月山の兄貴ぃ! ちょっと来てくれ! 金塊があったぞ!」
倉田の大声が、石造りの壁に反響した。
マサルの背筋が凍った。
――決して叫んではならない。――
2階で見たあの謎の手記のことを思い出したからだ。
「倉田さん、あんまり大きな声は――」
マサルがそう声をかけた時、息を切らした金城がそこへ飛び込んできた。
「おう金城! 来たか!」
倉田は嬉しそうに声をかけたが、金城は顔面蒼白で、目は大きく見開かれていた。
「どうしたんだ、金城……そんな青い顔して…‥」
「ぐぎぎ、ぐぐがっ!」
金城は仰け反るように首を曲げると、苦しげに胸を掻きむしった。それを見た倉田は驚愕した。
「おい、金城! どうした!」
倉田がそう言った瞬間、金城は目を剥きながら倉田を睨みつけた。すると次の瞬間、金城の背後で金属の煌めきが見えたかと思うと、首が根元からスパッと切れ飛んだ。
彼の生首が、ゴロゴロと倉田の足元へ転がった。
「ヒッ! なんだこりゃあ!」
倉田が青ざめながら、金城の首と胴体とを交互に目を走らす。すると金城の体がドウと倒れた。首から大量の血が噴出する。
倉田は大きな口を開けながら絶句した。
その時、薄ぼんやりとした光が、部屋全体を包み始めた。青白い光が、冷たい冷気とともに部屋の四隅を照らし出す。
「お、おい……なんだよ急に明るくなって……」
倉田が青い顔をしながら周囲を見渡す。マサルは壁際にしゃがみ込んで、両手で口を塞いでいた。
すると闇の中から、牛の頭がゆっくりと浮かび上がった。
「何だお前は!」
その牛の体は若い女の体だった。赤い着物を着て、なまめかしい白い太腿。それに裸足である。
倉田が恐怖に震えていると、牛の首がニヤリと口を開いて黄色い歯を見せた。
「ハハハハハハ! 良く来たな……エサに釣られてノコノコと」
その牛女は返り血に濡れた斧を握っていて、引きずるように、コン、コン、と床を叩きながら近づいてくる。
マサルの息が止まった。倉田は普段の偉そうな態度が嘘のように取り乱している。
「お、お前! さては賢治の仕業だな? 何の冗談だ! もうやめろ!」
だが、牛女は虚ろな目をしながら倉田を見ている。大きく突き出た鼻と口。頭に生えた鋭い角。牛女は黄色い歯を剥きだしにしながら笑っていた。
マサルは両手で口をふさぐと、壁に背中を付けてプルプル震えていた。牛女はマサルの前をスーッと通り過ぎて、一直線に倉田の元へ向かった。
倉田は顔を青くしながら腕を振り上げ、殴りかかった。
「おりゃああ!」
だが突き出した右腕は、牛女の斧によってスッパリと斬り落とされ、倉田の足元へボトリと落ちた。倉田の目は、落ちそうなほど見開いた。
「あーっ!」
マサルの喉の奥から悲鳴が迫り上がって来た。マサルは目を閉じながらその恐怖を飲み込んだ。
「おい! マサル! 俺を助けろ! おい! オイッ!! あああーっ!」
「ハハハハハハ!」
牛女の斧が、下からすくい上げるように倉田の首へと向かった。だが、倉田が土壇場で体を反らした結果、顔面だけが綺麗に切り取られた。顎に突き刺さった斧の刃は、唇や鼻の内側を切り裂き、額を割いて飛ぶ。
そしてそれはマサルの腕の中へ飛んだ。
「ンンーーッ! いいいーーっ!」
マサルは涙を流しながら叫ぶのをこらえた。そして、手に持っているデスマスクを床へ投げ捨て、腰を抜かしながら床へへたり込んだ。




