第5話 黒塗りの車
部屋から立ち去る前に、美希はもう一度、壁のメッセージを振り返って見た。
「叫ぶな……か……」
その言葉が、美希の頭から離れない。
「それに獣? 獣って何よ?」
美希はマサルのそばに寄った。
「ねえマサル……ちょっと怖くなってきたんだけど」
するとマサルは優しく美希の肩に手を回す。
「そろそろあいつらを呼んで、町へ戻るか」
「そうね……家に帰ってゆっくりしたいわ」
マサルは頷いた。
「とりあえず、玄関へ向かおう……怖がりな賢治のことだ。すぐに上がってくるだろ」
2人はそう言うと、玄関へと向かった。外は月明かりで明るかった。美希はマサルに無言で寄り添うと、マサルは肩へ腕を回して美希を抱き寄せた。
しばらくの間、二人は無言で抱き合っていた。
「……それにしても遅いわね」
「……確かに遅いな」
2人は離れると、玄関から中を覗いた。
「意外と仲良くやってたりして?」
「まさか」
マサルが笑った。
「あいつは天才的な受け子だけど、リアルな人間関係はさっぱりダメなんだ」
「受け子だって? マサル……あんた、まだそんなことやってんの?」
「いや、俺はもう距離を置いてるんだ……だがな、賢治は兄貴たちが手放さねえ」
「老人を騙すのがうまくたって、良い事なんかなくない?」
「それなんだよな。結婚詐欺師だったら、女にもモテたかもしれねえけど」
「マサル……もうあの人たちと関わるのはやめて。ホントお願い。……私、嫌だよ……ある日突然、彼氏が逮捕されるなんて」
するとマサルは目を逸らした。
「心配するなって…………おいっ、これ何だ?」
「どうしたの?」
「ほら、これ見ろ……この表札」
「表札がどうしたのよ……」
美希がマサルの指さす方向を覗き込むと、そこには『森』という表札がかかっていた。
「ここは元々、森の廃洋館って呼ばれてたでしょ?」
「違げえよ。その森じゃねえ」
「じゃあ、何の森よ?」
マサルは屋敷の中に視線を走らせた。
「賢治が心配だ。 美希……お前、有佳子の苗字がなんだったか覚えているか」
「有佳子の苗字……そりゃあんた、森……あっ!」
「森有佳子だ」
「えーーっ!」
美希とマサルが顔を合わせる。
「あんた、ここが有佳子に関係のある家だっていうの?」
マサルは頷いた。
「いや……考えすぎでしょ?」
美希は目を見開いてマサルを見た。
「それに……仮に有佳子と関係があったとしても……あの子が賢治に何かする理由がない」
その時、ギャーッという叫び声が聞こえた。
2人がビクリとして、硬直する。
美希は思わずマサルにしがみついた。そして、マサルの顔を見上げた。
「……今の悲鳴、賢治のじゃない?」
美希が不安そうに眉を寄せる。
「賢治に何かあったのよ」
マサルと美希は不安気に顔を見合わせた。
するとその時、広場に黒塗りの車が三台滑り込んできた。ラップを大音量で流しながら、威圧するように洋館へ向かってくる。美希とマサルはドキリとした。
「誰? 何なの?」
美希がマサルの顔を見ると、マサルが緊張した面持ちで車を見ている。
「知ってる人?」
マサルは顔を青くして頷く。
「シルバー・イーターの兄貴たちだ」
「嘘ぉ!」
美希は不安気な顔を見せた。
黒塗りの高級車が、砂利を飛ばしながら玄関前まで走って来る。そして二人に眩しいヘッドライトを浴びせかけた。二人は思わず手の平をまぶたの上へ掲げ、目を細めた。
車が止まると、後部座席から大柄な男が降りてきた。スーツ姿。金のネックレス。目つきの鋭い40代の男だ。その後ろから、同じようなスーツ姿の男が四人続く。
「おい、マサル」
男が低い声で言った。
マサルの顔が強張った。
「……熊岡の兄貴……ご無沙汰してます」
「ホント、ご無沙汰だな……最近、お前と連絡が取れねえってみんながボヤいてるけど、まさか足を洗おうっていうんじゃねえだろうな」
「いえ……そんなことは」
すると熊岡はサングラス越しにギロリと睨みつける。
「もし、抜けようなんて考えたらタダじゃ済まないからな」
「はあ、すみません……」
熊岡は、内ポケットから煙草を取り出すと、トントンと箱を叩いて1本取り出し、それを口にくわえた。すると、すかさずマサルが火を着ける。熊岡はそのまま煙を胸一杯まで吸いこむと、マサルの顔へ煙を吐き出した。
すると後ろから大男が四人出てきて、マサルを取り囲んだ。
「熊岡の兄貴の言う通りだぞ」
「佐々木の兄貴……」
「いいか良く聞け、マサル……悪事ってもんは、一度足を踏み入れたら抜けることの出来ない地獄みたいなもんよ。抜けようだなんて考えるんじゃねえ。なあ、月山の兄貴」
すると、豹のような細身の男が頷く。空手家によくいる鞭のような男だ。
「佐々木の言うとおりだ。地獄のなかでもいい思いは出来る。金さえ稼げばな、世の中の、だいたいの問題は解決するんだ。お前ももう少し頑張ったら、幹部に取り立ててやっからよ」
すると、いつのまにか二人の男が美希のそばへ近付いて、ニヤニヤと舐めるように見ている。それを見たマサルはすぐに美希のそばへ寄った。
「倉田さん、金城さんやめてください」
二人は柔道の選手のような太い体をしている。首だって丸太みたいだ。マサルの顔が汗でびっしょりとなった。
「お前、俺たちに文句でもあんのか?」
「いえ……とんでもないっすよ……こいつ……俺の女なんで」
すると倉田はニヤリと笑った。
「お前の女なら、俺たちの女でもあるな? そうだろ、金城」
「だな。マサルひとりでこんな可愛い子……独り占めしちゃいけねえ」
倉田が美希に腕を伸ばすと、美希は身を捩りながら抵抗した。
「や、やめてくださいっ」
「なんだこの女……逆らうつもりか」
すると、マサルが倉田の前へ立ちはだかる。
「倉田さん、俺の女なんすよ! 勘弁してくださいっ!」
マサルが振り返ると、美希はブルブルと震えている。
「お前、俺を舐めてんのか!」
倉田がマサルの襟首を掴んで、喉元をギリギリと締め上げてくる。マサルは苦痛に顔をしかめながら、顔の前で手を合わせた。
「倉田さん……勘弁してくださいっ!」
すると熊岡が大声を出した。
「おい、いい加減にしろ!」
熊岡がタバコの煙を吐きながら言った。
「そんなものは後回しだ。それよりまずは金塊だろ。おい、マサル……とりあえずお前、賢治のいそうなトコ、案内せえよ」
「金塊? それが賢治と何か関係があるんすか?」
「大アリに決まっているだろ。俺たちはな、賢治に呼び出されてここに来たんだぞ」
「賢治が? 兄貴をですか!」
熊岡は頷く。
「金塊があるからすぐに来てくれって、電話があったんだ」
「え! 金塊? どこにそんなものが?」
驚くマサルを見て、熊岡は怪訝な顔をする。
「お前、何も聞かされちゃいねえのか!」
マサルが震えながら頷くと、熊岡はタバコの煙をフーッと吐き出す。
「まさか俺たち、担がれたんじゃねえだろうな」
金城がマサルを睨みつける。
「俺たちを呼びつけておきながら、悪ふざけでしたじゃ、すまねえぞ」
倉田がマサルの肩をドンと押す。すると、月山がマサルに指差しながら叫んだ。
「とにかく、お前、賢治の元へ案内しろ」
暴力の塊みたいな男に囲まれて、マサルは死んだように顔を白くしていた。
「わ、わかりました……地下へ案内しますんで……」
熊岡に命令されては断れない。マサルと美希は、生きた心地がせねまま歩きはじめた。そして、諦めたように洋館の扉を開けた




