第4話 悪事の暴露
牛女の鼻先が、賢治の耳に当たる。
賢治の顔は蝋人形のように白くなった。脂汗が滝のように流れる。
「一体、何のことだよ!」
賢治は腰を抜かして、その場にへたり込むと、そのまま失禁してしまった。牛女と繋いだ手が離れる。
すると有佳子は腕を組んで、見下すように賢治を見た。
「ふーん、トボけるのね」
有佳子の顔から笑みが消えた。
「な、何のことだよ……俺は何も……」
「賢治、あんたオレオレ詐欺の受け子なんでしょう?」
賢治の全身から血の気が引いた。
「なんでそれを!……」
「フン! 調べはついてるのよ。あなたたちのような人間が、何人、ここへ来たと思っているの?」
牛女が一歩、賢治のそばへ近づいた。その体から低い呻き声が漏れ、彼女の冷たい手の平が賢治の頬へ触れる。
「ひいいっ! わかった! わかったよ! 何でも話すから!」
「さあ、話しなさい」
賢治はそのまま、全てを吐き出した。
組織の名前は『シルバーイーター』。
被害総額は3億円を超える。構成員の数は30名ほどだが、そのほとんどは受け子などの下っ端だ。犯罪を主導しているのは5人の幹部であることがわかった。
有佳子はそれを黙って聞いていた。
「シルバー・イーターね……要するに老人を騙して食ってるわけか、お前らは」
「ひいい……」
賢治はぐったりと床に座り込んだ。それを見た有佳子は、ゆっくりと立ち上がって石造りの壁の一部を押した。すると、隠し扉がギィと開く。その中身を見た賢治は目を見張った。
「それは、金塊?」
賢治の目が釘付けになった。
「触ってもいいわよ」
賢治は立ち上がって、金塊のそばへ歩み寄る。大きさはレンガほど。それが20本ほど、無造作に積み重なっていた。有佳子が懐中電灯の光をあてると、金塊は鈍く黄色く輝いた。
「フフフ……あなたには、ひとつ仕事をしてもらうわ」
「一体、何をさせようっていうんだよ」
「その金塊をエサに、兄貴分5人をここへ呼び出して欲しいのよ」
「そ、そんなこと出来ねえよ!」
「出来なくてもやるのよ。あいつらは警戒心が強いから……賢治の協力なしに、ここへは呼び出せない」
「そんなことしたら俺……こ、殺されちまう!」
「……怖いのね?」
賢治はガクガクと頷く。
「じゃあ、しょうがないわねえ……」
すると有佳子は牛女を見た。
「姐さん……」
有佳子がそういうと、牛女は素早く動いて賢治を羽交い絞めにした。
「あああ、何をするんだ。やめて、やめてくれ!」
「言うことを聞かない役立たずはいらないってこと」
「ああーっ、何それ、その虫! それ何!」
「これのこと?」
有佳子は手の平の上に乗せた、黒い何かを差し出した。長さ10センチ。幅は2センチほどの、黒い虫である。
「これは腹中虫と言ってね。人の腹の中に棲みつき、私の霊力によってあなたの感情を操ることが出来るものよ」
それは、深海の甲殻類のような、節くれだった黒い虫だった。大王グソクムシを思わせる、丸まった体。そして、それは生きていた。足をゆっくりと動かしながら、有佳子の手のひらの上を這い始める。
「な、なんだこれ……いやだ、いやだ!」
「飲みなさい」
「そんな……飲めねえって!」
すると牛女が賢治の顎を掴んだ。万力のような力で、口をこじ開ける。
「ぐっ……げぼっ……がはあ……」
その開いた口の中へ、その黒い虫がガサガサと入っていく。
「おえええ! おううう!」
黒い虫が、喉の奥へと消えていく。
「おおおおう! ううおお!」
しばらくの間、賢治はもがいた。その様子を、二人はジッと見ている。
賢治はしばらくの間暴れていたが、やがて動かなくなった。しばらくすると、静かに立ち上がった。だが、目の焦点が、合っていない。
有佳子は賢治のスマホで金塊の画像を撮影する。そして、そのスマホを賢治に差し出した。
「……さあ、賢治。お仲間を呼んでちょうだい」
賢治はうつろな目をしながら頷くと、有佳子からスマホを受け取った。
「まかしといてください。これでも俺、結構稼ぎの良い受け子だったんすよ……」
「ほう!」
有佳子が悪魔のような微笑みで賢治を見ると、彼は嬉しそうに微笑えむ。
「それはそれは……期待できそうね」
有佳子は眉間に皺を寄せた。
◆
その頃、マサルと美希は2階の一室にいた。
部屋の中は、外から差し込む月明かりだけ。
かつては誰かが使っていたであろう木製ベッドの骨組みが、部屋の隅に転がっている。壁には落書きが無数に刻まれていた。天井の隅には蜘蛛の巣が張り、懐中電灯の光を受けて黒い影を壁に落としていた。
マサルと美希は抱き合っていた。お互いの背中へ腕を回し、目を閉じたまま唇を重ねている。
暗闇の中で、静かに蠢くシルエット。
鼻息が荒く、お互いの顔に吹きかかった。
「ふふふ、肝試しにきたんじゃなかったの?」
「あいつらが俺たちの分まで、怖がってくれるさ」
マサルはもう一度軽く美希の唇へキスをした。
「もう……真面目に肝試しをやって」
「何が真面目だよ。そもそも、肝試しなんて遊びじゃねえか」
「じゃあ、ちゃんと怖がることをしなきゃ」
「いいじゃないか、もうドキドキしてんだろ?」
「バカ……」
美希はそう言うと、マサルの胸を両手で押して離れた。美希は胃のあたりを手の平で摩った。
「何だかお腹の調子が悪いのよね」
「大丈夫か?」
美希は頷く。
「時々、頭がボーっとして……何も考えられなくなる時があるのよ」
「いつからだ、それは?」
「今日よ……今日の夕方」
「俺たちと会う前か……有佳子と何か……変なものでも食べたんじゃないか?」
「うーん、何か食べたって記憶はないんだけど……」
美希は顔を上げてマサルを見た。
「ごめんなさい……つまらないことを言ったわね」
「そんなことないって……俺は美希の体が大事だからさ……」
それを聞いた美希は微笑んで、部屋の中央にあるテーブルまで歩いた。
月明かりが入って来て、テーブルが明るい。
「……思ったより、荒れてるわね」
美希は懐中電灯を点灯させて、部屋の奥へ向けた。そして歩き回りながら、壁に書かれえている落書きなどを眺めていた。すると、一カ所……気になる書き込みを発見した。
「なにこれ」
随分と昔に書かれたものなのか、色味がかなり薄れている。美希は近づいて、懐中電灯を照らした。
――この館に迷い込んだ者へ。獣に見つかりそうになっても、決して叫んではならない。獣は叫んだ者の元へ姿を現す。声を殺し、沈黙せよ。それだけが唯一の方法である―― 森 清太郎
「なにこれ……」
美希はしばらくその文字を見つめた。背筋がざわりとする。
「どうした?」
マサルが覗き込んだ。
「決して叫ぶな、って書いてあるな」
「大きな声に反応するってことかしら?」
「そうだな……ある意味、叫びというのは限界のサインだからな。恐怖する感情のことを言ってるのかもしれない」
「怒りは? 怒りで叫ぶ人もいるわよ。それに嬉しさのあまり叫ぶことだって」
「だが獣というキーワードがある。それと関連付けるとすれば……恐怖と怒りになるのかもしれないな」
するとマサルはくるりと背を向けた。
「だが、こんなもの、ただの脅かしだろ。こういう場所によくある落書きだ」
マサルはそう言って笑った。美希はもう一度だけその字を見つめてから、懐中電灯を外した。




