第3話 地下室の怪
地下へ下る階段は埃っぽく、とても狭かった。
木製の古い階段は、一段、一段降りていくたびにギシギシと軋む音を立てた。賢治の服を掴む有佳子の手に、力が入って来る。
「ゆかちゃん大丈夫?」
賢治が声をかけると、有佳子は不安気な顔を見せた。
「少し怖いわ……腕を掴んでもいいかしら……」
「もちろんだよ、ゆかちゃん……」
そう言って優しい言葉をかける賢治だが、帰ろうとは言わない。美女が自分の腕にしがみついているのだ。柔らかく暖かな感触が、賢治の腕全体を包み込んだ。
「実は私の懐中電灯が……急に点かなくなったの」
それを聞いた賢治は、有佳子の懐中電灯を手に取って確認する。どこにも壊れた様子はなかったが、不規則に明滅するのだ。
「接触不良かな……」
有佳子が不安気に眉を寄せる。賢治は有佳子の顔をジッと見つめた。
「ゆかちゃんは俺から離れないで……。地下をチラリと確認したら、すぐに上へ戻ろう」
賢治はそう言いながら、地下室の扉を開けた。
その先に広がっていたのは、石造りの空間だった。カビと湿気の匂いが鼻をつく。
「なんだここ……薄ぼんやり明るいな」
「誰かいるんじゃない?」
有佳子がそう言うと、賢治は怯えたように眉をハの字に寄せた。
「ちょっと、脅かさないでよ……」
「だって、今は真夜中なのよ? どうして灯りなんか……」
「誰か別のグループが、探索でもしてるのか……」
賢治がそう言いかけた時、有佳子がシッ!と人差し指を立てた。
「何か聞こえない?」
有佳子にそう言われて、賢治は耳を澄ませた。
「何も聞こえないけど……」
「嘘……」
有佳子はそう言うと、通路の奥へと歩いていく。
「ほら……あっちから聞こえる」
「あっ、ちょっと待ってよ」
賢治が有佳子の後を追うと、彼女は薄暗い石造りの廊下を迷いのない足取りで進んでいった。
「ねえ待ってよ……なんだかとっても暗くなって来たんだけど」
さっきまで薄暗かった部屋も、この廊下に入って来てから真っ暗な闇へと変わっていた。それなのに、今度は賢治の懐中電灯が明滅を始めた。
「あっ! 俺の懐中電灯もだめだ」
賢治は顔を上げて有佳子を見た。すると有佳子はチカチカと明滅する懐中電灯を照らしながら先を進んでいく。
「ゆかちゃん! 俺の懐中電灯も接触不良だ」
すると部屋の奥から「ヒタヒタ」という、濡れた何かが床を這うような音が聞こえて来た。
その時、賢治が有佳子の背中に追いついた。賢治の気配を感じたのか、有佳子は振り返った。
「……ねえ、賢治。あなたの懐中電灯を、ちょっと貸しなさい」
「え?……」
すると有佳子は奪い取るように懐中電灯を掴むと、彼女は懐中電灯の電源を切った。
「ちょっと、なんで切るの……!」
周囲は真っ暗になった。物音一つしない静寂の中で、賢治は立ちつくす。
「お、おい……」
賢治が短い悲鳴を上げる。
だが、暗闇の中、すぐ隣にいたはずの有佳子が、賢治の脇をするりと抜けて、なぜか急速に遠ざかっていくような気がした。
「ゆかちゃん? どこに行ったんだ?」
賢治は腕を伸ばして有佳子を探した。必死に手を振り回した賢治の指先に、冷たい、驚くほど冷たい女の手が触れた。
「ああ、よかった……見つけた」
賢治は安堵して、その「腕」を強く握りしめる。だが、先ほどの柔らかく温かなものとは程遠く、まるで凍りついた丸太のように硬く、無機質だった。
賢治は目を見開いた。脂汗が、額から噴き出してくる。
「ゆかちゃん……どうしてそんなに冷たいんだ?」
冷たい指先が動いて、賢治の指に絡みつく。そしてしっかりと手の平を掴んだ。
「……ねえ、賢治」
背後から、有佳子の声がした。
フフフフ……
震えるような、笑い声。
「あなたが今掴んでいるの、私の手じゃないわよ?」
「えええ?」
賢治は驚いて手を振り払った。だが、指までしっかりと絡んでいて離れない。賢治の心臓が跳ねあがった。
「じゃあ何! この冷たい手は!」
賢治は目を凝らすが何も見えない。顔の上に荒い鼻息がかかる。そして、ねっとりとした液体が、ボタボタと賢治の顔の上に落ちてきた。
その時、薄ぼんやりとした光が、部屋全体を包み始めた。青白い光が、冷たい冷気とともに部屋の隅を照らし出す。
するとそこに現れたのは、牛の頭をした少女の姿だった。
賢治の息が止まった。
「う、牛女だ!」
それは赤い着物を着ていて、ただならぬ妖気を放っていた。
賢治は振り返って有佳子を見た。すると有佳子は恐ろしい笑みを浮かべながら賢治を見ていた。
「う、うわああああああ!! ゆかちゃん助けて!」
「ハハハハハ!」
「ゆ、ゆか……あああ!」
賢治の首に、牛女が噛みついた。賢治は海老のように体を反らせながら悲鳴をあげた。
「ぎやあああ!! 死ぬ!」
「ハハハハ、バカね、甘噛みじゃないの。死にやしないわ」
「あーーっ! やめてくれ、お願いだ!」
パニックに陥る賢治の横で、有佳子は満足気にフンと鼻を鳴らした。
「さてと。賢治……そろそろ聞かせてもらおうかしら?」
「え……何を?」
「あなたのしてきた悪事についてね」
有佳子の顔から笑みが消えた。




