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廃洋館で笑う女  作者: 平ミノル


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2/10

第2話 森の廃洋館


車は町を離れて、暗い山の中へと向かっていく。


周囲に灯りが少なくなってきた頃、1件のコンビニエンスストアが目に入った。


「賢治、コンビニに寄ってくれ」


「ん? ああ、わかった」


左ウインカーが点滅して、車が減速する。賢治は明るい店先へ車を停車させた。するとマサルがシートベルトを外して助手席のドアを開けた。


「ちょっと待っててくれ。懐中電灯買って来るわ」


マサルはそう言うと、美希にウインクを飛ばしてそのまま店内へ入って行った。それを見送った賢治は、シートにもたれかかって頭の上で手を組んだ。


「あーっ、マサルのやつ懐中電灯なんか買って……ホントに行くのかよ……」


すると美希が目を輝かせながら、賢治の顔を見てくる。


「なんだかドキドキして来たわね!」


すると賢治は顔を青くしながら美希の顔を見た。


「はぁ……実は俺……怖いの苦手なんだよ」


「えーっ! もしかして見えちゃう系?」


「いや、見えたことはないんだけど、そういう未知のものって何だか怖いんだよね」


「そこはあんた、俺に任せとけって感じでドッシリ構えないと……頼りなく見えちゃうわよ? ねえ、有佳子」


賢治が体ごと振り返って有佳子を見つめると、返事代わりに有佳子は微笑む。前髪の隙間から覗く切れ長の瞳と目が合った。


「ところで、ゆかちゃんと美希ちゃんはどういった関係?」


「え、私たち?」


有佳子と美希が顔を見合わせる。そして大きな声で笑った。


それを見て、賢治もつられて小さく笑う。


「もしかして、友だちとかじゃないの?」


「ははは、実はね、あなた達と合流するちょっと前に知り合ったのよ」


「それマジの話?」


「マジの話」


「何があったらそんな急に仲良くなれるわけ?」


「なんか意気投合しちゃってー」


美希がそう言った瞬間、目が一瞬だけ遠くなった。


虚ろというか、焦点が合っていないというか……。


賢治はその仕草がなんとなく気になってジッと見ていた。すると有佳子がさらりと遮った。


「縁があったのよ」


「縁?」


「そう、縁」


有佳子はそれ以上は何も言わなかった。


賢治が有佳子を見つめると、彼女はただ微笑んだまま、賢治を見つめ返した。彼女は静かな美しさを持っている。そして底の深い湖のように静かだ。神秘的で青く、深い。賢治は吸いこまれそうな瞳だと思った。


「今さら何でそんなこと言ってるのよ。有佳子は良い子でしょ?」


美希が悪戯っぽく賢治を見ると、彼は顔を赤くしながら目を逸らした。美希は微笑んだ。


「フフフ、わかりやすっ……」


するとその時、マサルがコンビニから出てきた。美希が顔を上げると、助手席のドアが開いて、マサルが車に乗り込んできた。


「おかえり」


「ただいまっ」


マサルは美希に中身の詰まったレジ袋を渡した。


「飲み物と懐中電灯を買って来たぜ」


「わー、先に選んじゃおう。有佳子、どれ飲む?」


「えー決めらんない」


その時、賢治が静かにため息をつきながら、車のギアをドライブに入れた。


「じゃ、出発するぞ……マサル……ナビ頼むわ」


賢治はそう言うと、車を静かに発車させた。


そして、街灯一つない暗い山へ向かっていく。車が道路に落ちたコンビニの光が届かない闇へ入り込んだ時、賢治は人里と森との境界線を越えたような気がした。


◆


森の廃洋館は、結構な山奥にあった。


県道から外れて細い道をしばらく走ると、右斜めに登っていく未舗装路があった。


「賢治……そこ入って」


「え? この砂利道に入るの?」


「心配すんな賢治。ゆっくり走りゃ、石とか飛ばないって」


「いや、車が傷付くとか、そんなの気にしてるんじゃなくてよ……ほら、あの上がった先……なんだか不気味な木があるから……」


すると美希とマサルが笑った。


「馬鹿、まだ始まってもいねえよ」


そう言われると、賢治は乾いた唾を呑み込んで、車のアクセルを踏むしかなかった。金髪の頭は虚勢なのか。賢治のその様子は、その外見とはうらはらに頼りなく見えた。


斜面を上ると、雑草が生い茂った広場に出た。ヘッドライトの光の中に、少しずつ洋館の輪郭が浮かび上がってくる。


最初は木々の間に見える黒い影だったが、近づくにつれてそれが建物だとわかった。それは西洋風の造りで二階建てだ。かつては白かったであろう外壁は、長い年月の中で黒ずんでいた。


蔦が壁を這い上がり、建物全体を絡め取るように覆っている。窓ガラスはほとんど割れていた。まばらに残ったガラスが、車のヘッドライトに反射して、まるで牙が光っているように見えた。


マサルが建物を眺めながらフーンと言った。


「……思ったより、でかいな」


「気味が悪いわ、ほら」


美希が指差す方向へ目を走らせると、屋根の上には避雷針が一本、夜空に向かって突き刺さっていて、そこに鳥の死骸のようなものが突き刺さっていた。風もないのに、どこかで木の枝が折れる音がした。


「ただの避雷針だろ」


マサルは頷いた。


「鳥が避雷針に止まって休んでいる時に……雷に当てられたんだ。運悪くね」


それを聞いた賢治は背筋をゾワゾワさせた。そして、エンジンを切る。途端に静寂が押し寄せてきた。虫の声すら聞こえない。4人は車のドアを開けた。


「わあ……静かすぎて不気味ね……」


「ああ……ほんと、森の廃洋館って感じだな」


賢治はそれに返事をせず、車のドアを閉めた。すると、後ろから有佳子が近付いて来る。


そこへ美希が寄ってきて、懐中電灯を差し出してきた。


「はい、これ有佳子の懐中電灯ね」


「ありがと」


「これは賢治の……ちょっとあんた、しっかりしなさいよ! そんな髪型してんのに」


「あ、頭は関係ないだろ……」


すると美希はニコリと微笑みながら、賢治から離れた。そしてマサルの腕にしがみつく。


「怖くなって来たわね!」


美希が覗き込むように見上げると、マサルは自信満々に微笑みを返した。


「じゃあ行こうぜ、美希」


マサルと美希が背中を向けて歩きはじめた。


「お、おい待てよ……」


賢治は振り返って有佳子を見る。有佳子は静かに賢治を見つめていた。


「俺たちも、行こうか……」


「うん」


2人は静かに頷き合うと、マサルたちの背中を追った。洋館の玄関はすでに開いている。だが賢治の足が、洋館の入口で止まった。


「どうしたの?」


「ああ……表札があるんだ」


マサルが呟いた。


懐中電灯で照らすと、古びた木の表札に「森」と彫られていた。賢治はなんとなくその文字を見つめた。


(森の中だから、森……なのか)


だがそれ以上は考えなかった。有佳子に手を引かれて、扉の中へ足を踏み入れた。


目の前に広がったのは、とても広いエントランスだった。


正面には、階段が曲線を描きながら伸びていた。


階段の下と左右に部屋の扉がある。その脇には、地下へと続く階段が見えた。


賢治たちが入って来たのを見て、美希が振り返った。


「二人とも見てよ。すごい落書きじゃない?」


「ずいぶんと多くの人が訪れているんだな」


だが、有佳子は返事をしなかった。代わりに有佳子は賢治の服を手の平で握った。


それを見た美希は、微笑みながらマサルの腕に抱きつく。


「キャアん、怖いっ」


「馬鹿言ってんじゃねえぞ。全然怖がっているように見えねえ」


「あー、女の子が必死でアプローチしているのに、そんなこと言うわけ?」


美希が悪戯っぽくマサルの顔を覗き込むと、マサルはニヤついた顔をしながら美希の顔を見下ろした。


その時である。


美希が突然「いやああっ!」と大声を上げたのである。


それに驚いたマサルは、大きな肩をビクリとさせた。


「どうしたっ!」


美希が懐中電灯を落としてマサルに抱き着く。有佳子も小さく悲鳴を上げながら賢治の背中に身を寄せた。賢治は有佳子の手をギュッと握りしめる。


真っ暗な中で……4人の間に沈黙が流れる。


すると美希が「ゴメン」とつぶやいた。するとマサルが美希の顔をジッと見た。


「何が見えたんだ?」


「ああ、うん……えーと、ゴメン」


「ゴメンって何だよ」


「ああんもう……何で私が謝らなきゃならないの! マサルのせいなのに」


「なんで俺のせいなんだよ」


すると美希はマサルの足元を指差す。するとマサルも「うわっ!」と声をあげた。それを聞いた賢治が顔を青くした。


「お、おい……どうしたんだよ」


すると美希とマサルが真剣な顔でこちらを見た。そして次の瞬間、爆笑する。


「ワハハハハ!」


「あははは!」


その二人の姿を見て、賢治と有佳子は困惑する。


「おいおい、一体何なんだよ」


するとマサルは涙を拭きながら賢治の顔を見た。そして足首を見せながら、懐中電灯を当てた。


「俺さあ……ボーリングシューズ、履いてたんだ」


賢治と有佳子がマサルの足元を見る。すると、青と赤のツートンカラー。つま先に番号シール。「27.0」と書いてある。


沈黙の後、賢治と有佳子も大笑いした。


「あははは!」


「……返し忘れてたんだ」


「おいおい」


「やめてよもう!」


「ごめん」とマサルが笑いを堪えながら言った。


美希がしゃがみながら、懐中電灯を拾い上げた。


「あーあ。緊張感が一気に吹っ飛んじゃったじゃない! どうしてくれるの?」


するとマサルはニヤニヤしながら


「じゃあ、せっかくだから、男女ペア二組に分かれて探索しない?」


「私はいいけど……あんたたちはどうなの?」


すると賢治と有佳子は顔を見合わせた。


「私は……賢治と二人でもいいけど」


それを聞いた賢治は顔が熱くなった。


「俺ももちろん……ゆかちゃんと行きたいなあ」


賢治はそう言うと、無理に笑ってみせた。


「じゃあ、私たちは2階に行ってみるから、賢治と有佳子は地下へ行ってみてよ」


有佳子と賢治は頷いた。


「わかった……じゃあ、ゆかちゃん行こうか」


「うん」


賢治は思い切って手を伸ばした。すると、有佳子はその手を握ってくれた。


柔らかい、有佳子の手。


賢治の心臓が跳ねあがった。そして、心の中でガッツポーズを取る。それを見ていた美希は微笑む。


「それじゃ、お二人さん……少し探検したら、玄関前で集合ね」


「ああ、わかった」


「あまり遅くなっちゃ駄目だよ!」


「わかってるよ!」

 

賢治は顔を真っ赤にしながら、下りの階段へ足を踏み入れた。




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