第2話 森の廃洋館
車は町を離れて、暗い山の中へと向かっていく。
周囲に灯りが少なくなってきた頃、1件のコンビニエンスストアが目に入った。
「賢治、コンビニに寄ってくれ」
「ん? ああ、わかった」
左ウインカーが点滅して、車が減速する。賢治は明るい店先へ車を停車させた。するとマサルがシートベルトを外して助手席のドアを開けた。
「ちょっと待っててくれ。懐中電灯買って来るわ」
マサルはそう言うと、美希にウインクを飛ばしてそのまま店内へ入って行った。それを見送った賢治は、シートにもたれかかって頭の上で手を組んだ。
「あーっ、マサルのやつ懐中電灯なんか買って……ホントに行くのかよ……」
すると美希が目を輝かせながら、賢治の顔を見てくる。
「なんだかドキドキして来たわね!」
すると賢治は顔を青くしながら美希の顔を見た。
「はぁ……実は俺……怖いの苦手なんだよ」
「えーっ! もしかして見えちゃう系?」
「いや、見えたことはないんだけど、そういう未知のものって何だか怖いんだよね」
「そこはあんた、俺に任せとけって感じでドッシリ構えないと……頼りなく見えちゃうわよ? ねえ、有佳子」
賢治が体ごと振り返って有佳子を見つめると、返事代わりに有佳子は微笑む。前髪の隙間から覗く切れ長の瞳と目が合った。
「ところで、ゆかちゃんと美希ちゃんはどういった関係?」
「え、私たち?」
有佳子と美希が顔を見合わせる。そして大きな声で笑った。
それを見て、賢治もつられて小さく笑う。
「もしかして、友だちとかじゃないの?」
「ははは、実はね、あなた達と合流するちょっと前に知り合ったのよ」
「それマジの話?」
「マジの話」
「何があったらそんな急に仲良くなれるわけ?」
「なんか意気投合しちゃってー」
美希がそう言った瞬間、目が一瞬だけ遠くなった。
虚ろというか、焦点が合っていないというか……。
賢治はその仕草がなんとなく気になってジッと見ていた。すると有佳子がさらりと遮った。
「縁があったのよ」
「縁?」
「そう、縁」
有佳子はそれ以上は何も言わなかった。
賢治が有佳子を見つめると、彼女はただ微笑んだまま、賢治を見つめ返した。彼女は静かな美しさを持っている。そして底の深い湖のように静かだ。神秘的で青く、深い。賢治は吸いこまれそうな瞳だと思った。
「今さら何でそんなこと言ってるのよ。有佳子は良い子でしょ?」
美希が悪戯っぽく賢治を見ると、彼は顔を赤くしながら目を逸らした。美希は微笑んだ。
「フフフ、わかりやすっ……」
するとその時、マサルがコンビニから出てきた。美希が顔を上げると、助手席のドアが開いて、マサルが車に乗り込んできた。
「おかえり」
「ただいまっ」
マサルは美希に中身の詰まったレジ袋を渡した。
「飲み物と懐中電灯を買って来たぜ」
「わー、先に選んじゃおう。有佳子、どれ飲む?」
「えー決めらんない」
その時、賢治が静かにため息をつきながら、車のギアをドライブに入れた。
「じゃ、出発するぞ……マサル……ナビ頼むわ」
賢治はそう言うと、車を静かに発車させた。
そして、街灯一つない暗い山へ向かっていく。車が道路に落ちたコンビニの光が届かない闇へ入り込んだ時、賢治は人里と森との境界線を越えたような気がした。
◆
森の廃洋館は、結構な山奥にあった。
県道から外れて細い道をしばらく走ると、右斜めに登っていく未舗装路があった。
「賢治……そこ入って」
「え? この砂利道に入るの?」
「心配すんな賢治。ゆっくり走りゃ、石とか飛ばないって」
「いや、車が傷付くとか、そんなの気にしてるんじゃなくてよ……ほら、あの上がった先……なんだか不気味な木があるから……」
すると美希とマサルが笑った。
「馬鹿、まだ始まってもいねえよ」
そう言われると、賢治は乾いた唾を呑み込んで、車のアクセルを踏むしかなかった。金髪の頭は虚勢なのか。賢治のその様子は、その外見とはうらはらに頼りなく見えた。
斜面を上ると、雑草が生い茂った広場に出た。ヘッドライトの光の中に、少しずつ洋館の輪郭が浮かび上がってくる。
最初は木々の間に見える黒い影だったが、近づくにつれてそれが建物だとわかった。それは西洋風の造りで二階建てだ。かつては白かったであろう外壁は、長い年月の中で黒ずんでいた。
蔦が壁を這い上がり、建物全体を絡め取るように覆っている。窓ガラスはほとんど割れていた。まばらに残ったガラスが、車のヘッドライトに反射して、まるで牙が光っているように見えた。
マサルが建物を眺めながらフーンと言った。
「……思ったより、でかいな」
「気味が悪いわ、ほら」
美希が指差す方向へ目を走らせると、屋根の上には避雷針が一本、夜空に向かって突き刺さっていて、そこに鳥の死骸のようなものが突き刺さっていた。風もないのに、どこかで木の枝が折れる音がした。
「ただの避雷針だろ」
マサルは頷いた。
「鳥が避雷針に止まって休んでいる時に……雷に当てられたんだ。運悪くね」
それを聞いた賢治は背筋をゾワゾワさせた。そして、エンジンを切る。途端に静寂が押し寄せてきた。虫の声すら聞こえない。4人は車のドアを開けた。
「わあ……静かすぎて不気味ね……」
「ああ……ほんと、森の廃洋館って感じだな」
賢治はそれに返事をせず、車のドアを閉めた。すると、後ろから有佳子が近付いて来る。
そこへ美希が寄ってきて、懐中電灯を差し出してきた。
「はい、これ有佳子の懐中電灯ね」
「ありがと」
「これは賢治の……ちょっとあんた、しっかりしなさいよ! そんな髪型してんのに」
「あ、頭は関係ないだろ……」
すると美希はニコリと微笑みながら、賢治から離れた。そしてマサルの腕にしがみつく。
「怖くなって来たわね!」
美希が覗き込むように見上げると、マサルは自信満々に微笑みを返した。
「じゃあ行こうぜ、美希」
マサルと美希が背中を向けて歩きはじめた。
「お、おい待てよ……」
賢治は振り返って有佳子を見る。有佳子は静かに賢治を見つめていた。
「俺たちも、行こうか……」
「うん」
2人は静かに頷き合うと、マサルたちの背中を追った。洋館の玄関はすでに開いている。だが賢治の足が、洋館の入口で止まった。
「どうしたの?」
「ああ……表札があるんだ」
マサルが呟いた。
懐中電灯で照らすと、古びた木の表札に「森」と彫られていた。賢治はなんとなくその文字を見つめた。
(森の中だから、森……なのか)
だがそれ以上は考えなかった。有佳子に手を引かれて、扉の中へ足を踏み入れた。
目の前に広がったのは、とても広いエントランスだった。
正面には、階段が曲線を描きながら伸びていた。
階段の下と左右に部屋の扉がある。その脇には、地下へと続く階段が見えた。
賢治たちが入って来たのを見て、美希が振り返った。
「二人とも見てよ。すごい落書きじゃない?」
「ずいぶんと多くの人が訪れているんだな」
だが、有佳子は返事をしなかった。代わりに有佳子は賢治の服を手の平で握った。
それを見た美希は、微笑みながらマサルの腕に抱きつく。
「キャアん、怖いっ」
「馬鹿言ってんじゃねえぞ。全然怖がっているように見えねえ」
「あー、女の子が必死でアプローチしているのに、そんなこと言うわけ?」
美希が悪戯っぽくマサルの顔を覗き込むと、マサルはニヤついた顔をしながら美希の顔を見下ろした。
その時である。
美希が突然「いやああっ!」と大声を上げたのである。
それに驚いたマサルは、大きな肩をビクリとさせた。
「どうしたっ!」
美希が懐中電灯を落としてマサルに抱き着く。有佳子も小さく悲鳴を上げながら賢治の背中に身を寄せた。賢治は有佳子の手をギュッと握りしめる。
真っ暗な中で……4人の間に沈黙が流れる。
すると美希が「ゴメン」とつぶやいた。するとマサルが美希の顔をジッと見た。
「何が見えたんだ?」
「ああ、うん……えーと、ゴメン」
「ゴメンって何だよ」
「ああんもう……何で私が謝らなきゃならないの! マサルのせいなのに」
「なんで俺のせいなんだよ」
すると美希はマサルの足元を指差す。するとマサルも「うわっ!」と声をあげた。それを聞いた賢治が顔を青くした。
「お、おい……どうしたんだよ」
すると美希とマサルが真剣な顔でこちらを見た。そして次の瞬間、爆笑する。
「ワハハハハ!」
「あははは!」
その二人の姿を見て、賢治と有佳子は困惑する。
「おいおい、一体何なんだよ」
するとマサルは涙を拭きながら賢治の顔を見た。そして足首を見せながら、懐中電灯を当てた。
「俺さあ……ボーリングシューズ、履いてたんだ」
賢治と有佳子がマサルの足元を見る。すると、青と赤のツートンカラー。つま先に番号シール。「27.0」と書いてある。
沈黙の後、賢治と有佳子も大笑いした。
「あははは!」
「……返し忘れてたんだ」
「おいおい」
「やめてよもう!」
「ごめん」とマサルが笑いを堪えながら言った。
美希がしゃがみながら、懐中電灯を拾い上げた。
「あーあ。緊張感が一気に吹っ飛んじゃったじゃない! どうしてくれるの?」
するとマサルはニヤニヤしながら
「じゃあ、せっかくだから、男女ペア二組に分かれて探索しない?」
「私はいいけど……あんたたちはどうなの?」
すると賢治と有佳子は顔を見合わせた。
「私は……賢治と二人でもいいけど」
それを聞いた賢治は顔が熱くなった。
「俺ももちろん……ゆかちゃんと行きたいなあ」
賢治はそう言うと、無理に笑ってみせた。
「じゃあ、私たちは2階に行ってみるから、賢治と有佳子は地下へ行ってみてよ」
有佳子と賢治は頷いた。
「わかった……じゃあ、ゆかちゃん行こうか」
「うん」
賢治は思い切って手を伸ばした。すると、有佳子はその手を握ってくれた。
柔らかい、有佳子の手。
賢治の心臓が跳ねあがった。そして、心の中でガッツポーズを取る。それを見ていた美希は微笑む。
「それじゃ、お二人さん……少し探検したら、玄関前で集合ね」
「ああ、わかった」
「あまり遅くなっちゃ駄目だよ!」
「わかってるよ!」
賢治は顔を真っ赤にしながら、下りの階段へ足を踏み入れた。




