第1話 肝試しの夜
その女の名は、森有佳子と言った。
彼女は長い黒髪を揺らしながら、大きな樹脂製の重い球に触れる。すると、後ろから髪を金色に染めた男がニヤニヤしながら声をかけた。
「ゆかちゃーん、ストライク狙ってこ!」
有佳子は振り返ると、その切れ長の瞳を細めて笑った。
「賢治、プレッシャーかけないでよ」
彼女はそういうと、ボーリングの球に開けられた三つの穴に指を突っ込み、それを両手で持ち上げた。そして、2、3歩前へ歩み出すと、綺麗なフォームでレーンに球を落とした。
「おおっ!いいんじゃない?」
「ホント、いい感じじゃん!」
パーマをあてた茶髪の男が声をあげると、彼の側に座っていたショートカットの女の子が球を目で追う。
するとボーリングの球はレーンを滑るように走って、その先に立ち並ぶ細身のマトリョーシカみたいなピンをバラバラに吹き飛ばした。
パッカーン!
「おお!」
三人は立ち上がって、帰ってくる有佳子をハイタッチで迎える。金髪の賢治は笑顔で有佳子の手を握ってブンブンと振った。
「イヤッホー! ゆかちゃん、やったね! 俺たちの勝ちだ」
「あちゃー、あそこでストライク出すか?」
「もー! マサルがスペア取り損なうから」
「美希さぁ、スコア80のお前がそれを言う?」
「その不利を覆して勝ちを掴んでいたらカッコ良かったのに!」
賢治が嬉しそうに飛び跳ねると、美希とマサルはガックリと肩を落とす。
有佳子は賢治の目を覗き込むように見ると、握られた手をそっと振り解いた。そして微笑みながらスコアボードへ顔を向ける。
「5点差だったのね? ギリギリじゃない」
「ゆかちゃんのストライクが無かったら負けてたな」
するとマサルが腰を屈めて伝票を手に取った。
「じゃ、マサルチームの責任をとって、支払って来るよ」
すると美希が振り返ってマサルを見つめた。
「あ!私も半分出すから!」
するとマサルは伝票を振りながらニコリと微笑んだ。
「ここは俺にいいカッコさせてよ! 美希ちゃん達は、ボーリングシューズを履き替えて来て」
すると賢治が口笛を吹く。
「ヒュー、羽振りいいね~!」
「まあな!」
マサルはそう言うと、分厚い財布を取り出してレジへと向かった。
◆
支払いが終わって、みんなで車に向かった。
自動ドアが開いて建物から出ると、外はもう真っ暗だった。虫の声が聞こえる。
「暑っつ!」
「まだ6月なのに! 何この暑さ!」
「早く車に入ろうぜ」
男2人はブツブツ言いながら、運転席と助手席の扉を開けた。それに続くように、女の子2人が後部座席に座り込む。
「おい賢治、暑いわ! 早くエンジンかけろよ」
「うるせー、今かけるって!」
ブルルルン!
エンジンが始動すると、メーター類が輝き始め、スピーカーからノリの良い洋楽が流れ始めた。ヘッドライトが点灯して、前方の車を明るく照らす。エアコンの吹き出し口から冷たい風が吹き始めると、マサルはエアコンの風量を最大にした。
「ふうう!生き返るわ!」
「まだ冷えてねえだろ」
「ないよりマシさ」
賢治はギアをドライブに入れて、ゆっくりと車を走らせ始めた。
「そんなことより、これからどこに行こうか」
「ドライブでいいんじゃね? 車の中は涼しいし」
すると賢治は後部座席を振り返った。
「ゆかちゃんはどっか行きたいとこある?」
すると有佳子はウーンと唸った。
「どこでも良いわよ」
「どこでも良いが一番困るんだよ」
「そんなこと言ったって!」
有佳子は笑った。
「じゃあ、どっか怖い所へ行こうよ」
「怖い所?」
「心霊スポットとか行って……ひんやりするとか?」
有佳子がそう言っていたずらっぽく笑うと、賢治は前を向いて運転しながら少し考えた。
「おい、美希、お前怖いとこ知ってるか?」
「えー、なんで私よ?」
「だってお前、この辺に住んでるんだろ?」
「住んでるけど、そんな心霊スポットなんか知らないって……あ、待って、一コあるわ」
「どこよ、それ?」
「この先に岩谷峠ってあるじゃん? そこを過ぎたあたりに古い洋館があるって聞いたことがあるわ。ねえ、マサル……前にカラオケ行った時、誰か言ってたよね?」
するとマサルはパーマ頭を揺らしながら頷いた。
「森の廃洋館か! そういや、そんな話してたな」
「知ってるのか?」
「まあな。ツレが行ったらしいんだよ。なんでも、明治時代に建てられた古い洋館で、昔大金持ちが住んでいたらしいんだ。だけど15年ほど前……押し込み強盗が入ってね。一家皆殺しにあったんだと」
「マジかよ!」
賢治は顔を青ざめさせた。それを見た美希は大声でわらった。
「賢治、あんた怖いんじゃないの?」
「バカ言え、怖くなんかねーよ」
「ビビってんじゃね?」
「ビビってねーよ」
すると車内が笑いに包まれた。
「ハハハ、おかしい! 有佳子は怖くないの?」
「え? 私? 私はほどほどに怖いかな?……だって私、霊感とかないから」
そして、少し微笑みながら美希の顔を見た。
「……でも、暗い中歩くとドキドキするのよ」
すると美希は大きな声で笑った。
「ギャーって悲鳴上げながら隣の人にしがみつくの、結構ストレス発散になるのよねー!」
すると、それを聞いた賢治は振り返って有佳子を見た。その賢治のしぐさでピンときたマサルは、ニヤニヤと笑った。
「よし、じゃあ決まりだ。森の廃洋館に行こう」
「イエーイ! 廃洋館で決まりィ!」
「えーっ、マジで?」
その時、信号が赤になって止まった。
少し不安げに前を見つめる賢治に、マサルはニヤニヤしながら小声で囁いた。
「何も悪いことばかりじゃないさ……ほら、有佳子ちゃんが怖いって、抱きついてくるかもしれねえんだぜ?」
賢治は無言で唾を呑み込んだ。
信号が、青に変わった。




