第6話:最初のハメ殺し(前編)
翌朝、宿を出て街の大通りに出た瞬間、トウヤの頭の中に変化が起きていた。
昨日、部屋で独りで文字と声を結びつけた感覚が、周囲のざわめきと完全に噛み合っていく。
(聞こえる。何を話しているか、ほぼ全て分かる)
フードを深く被り、世界の底に潜むように歩を進める。
だが、大通りの中心で、その歩みが止まった。
広場が、きらびやかな鎧をまとった一団によって占拠されていたからだ。
白銀の鎧に、大袈裟な家紋の刻まれた高価な剣。
その中心に立つのは、周囲の人間から「天才」「騎士団の若き星」と崇められている、傲慢な顔つきの青年だった。
周囲の凡人たちが、その華やかな外側の肩書きに対して、下品な賞賛を送り続けている。
「さすがレオン様! その剣技はオアシス一だ!」
「次の遠征でも、必ず巨大な魔物を討ち取ってくださる!」
青年騎士――レオンは、その安っぽい賞賛を浴びて、満足げに胸を張っていた。
中身がスカスカのハリボテほど、大きな音を出して威嚇したがる。
現実世界のネトゲでイキり散らしていた、あの『レン』と何も変わらない量産型の男だ。
トウヤが視線を向けた、まさにその瞬間だった。
レオンの傲慢な瞳が、黒パーカーを着て群衆の端に佇む、モノクロの異物――トウヤを捉えた。
「おい、そこの薄汚いガキ。挨拶もせずに騎士団の進路を塞ぐとは無礼な。お前はどこの所属だ」
言葉を覚えたトウヤにとって、その威嚇はただの言葉遊びに過ぎなかった。
トウヤの視線はレオンの言葉ではなく、その『肉体の配置』へと向けられていた。
大袈裟に胸を張り、大通りを誇示するように立っているレオン。
だが、その白銀の具足の隙間、右足の甲に巻かれた革紐の歪み。
周囲の賞賛を浴びてわずかに上気した首筋の筋肉が、左側へ奇妙に引っ張られている。
引きこもり時代、画面の向こうのプロゲーマーたちの指先のミリ単位の癖や、
フレーム単位の硬直を画面に穴が開くほど解剖し、すべてのハメ殺しパターンを構築していたトウヤの数理脳。
彼にとって、目の前でイキり散らしている天才騎士の立ち姿は、隙だらけの不完全なデータコードでしかなかった。
(右足の踏み込みが、コンマ数秒遅れる立ち方)
(重心を左に預けすぎているせいで、右の死角に刃が届かない)
解剖は、一瞬で完了した。
ゆっくりとフードの隙間からレオンに目を向ける。
あるいは、喉の奥のスイッチを切り替え、昨日覚えた完璧な発音で、静かに言葉を放った。
「あなたの剣、右足の踏み込みがわずかに遅い。重心が左に偏っているせいで、実戦では右側の死角に対応できない」
「・・・あ?」
完璧な女の声音。
しかし、その中身は非情なまでの客観的な指摘。
周囲の歓声が、一瞬にして凍りついた。
一番触れられたくない内側の弱点をみんなの前で剥き出しにされたレオンの顔が、怒りでどす黒く跳ね上がる。
「貴様・・・、ただの浮浪者の分際で、俺の剣を侮辱したか・・・!」
ガキィン、と激しい音を立てて、白銀の剣が引き抜かれた。
レオンの全身から、トウヤを本気で殺害するための、圧倒的な上位の『殺気』が膨れ上がる。
(――殺意を観測)
その刹那、トウヤの脳内でガチリと世界の歯車が噛み合った。
格上の敵から明確な殺意を向けられたことで、自身の肉体に埋め込まれた戦闘中の制限が、強制的に解除される。
「死ね、無礼者が!!」
一閃。
レオンの放った最速の突きが、トウヤの喉元を正確に貫いた――。
はずだった。
「な・・・、に!」
手応えが、全くのゼロ。
白銀の剣は、ただパーカーの黒い残像をすり抜けて、空を切り裂いた。
トウヤは自身の生命力を直接燃やし、存在の気配を『0』へと透過させていた。
「どこへ消えた・・・!? どこを向いている!」
レオンがパニックになって叫ぶ。
ただターゲットを見失ったのではない。
トウヤが『0』に消えて視線が切れた瞬間、レオンの手にする巨大な大剣が、バフを剥ぎ取られたかのように、本来の不条理な超重量の鉄の塊へと姿を変えたのだ。
空を切った大剣の凄まじい慣性と重さに生身の腕が強引に引っ張られ、レオンの体勢が不自然なほど大きく前のめりに崩れる。
「ここだ」
レオンの完全な盲点――右側から、冷たい女の声が響く。
直後、トウヤの右手に握られた校則の革ベルトが、弾丸のような速度で振りぬかれた。
金属バックルが、レオンの白銀の兜の隙間、最も柔らかい顎の肉へと正確に炸裂する。
ベキィッ!!
「ぶっ──!?」
だが、これだけでは終わらない。
物理的に干渉したその一瞬、世界の因果律によって透過は強制的に解除される。
顎を弾かれ、レオンの肉体がのけ反る僅かな硬直。
その反撃のコマンドが割り込んでくるよりも早く、トウヤは自身の存在数値を再び『0』へとリセットした。
「が、あ──どこだ! どこに行ったぁ!」
自分の武器の重さに振り回され、身動きの取れない完全な硬直。
【次回予告】
透過と解除の狭間で、一方的に解体されていく天才騎士。
理不尽な因果の暴力が、さらにその速度を加速させていく──。次回、第7話「最初のハめ殺し(後編)」。
お楽しみに。




