第5話:虚飾のカウンター
【前回までの同期(第4話)】
心臓停止寸前の極限衰弱の中、トウヤが仕掛けた透過死体パッシブの無敵現象に直面し、魔力探知機のエラー数値に腰を抜かす略奪者たち。
覚醒したトウヤは無言の威圧だけで彼らの脳を完全に支配し、革の水筒を差し出させて生存確率を100%に確定。
オアシスの街への案内役として略奪者たちをハッキングした――。
初日一気投下のラスト、第5話をお読みいただきありがとうございます。
トウヤの数理脳が、異世界の言語データを全解剖します!
ラクダに似た巨大な獣の背に揺られ、一行はオアシスの街へと足を踏み入れた。
黄金の砂漠の果てに現れたのは、巨大な石壁に囲まれた、信じられないほど広大な文明の街だった。
行き交う人々は、中世の異国を思わせる奇妙な衣服をまとっている。
当然、彼らが話している言葉は、トウヤにとってただの無機質なノイズでしかなかった。
(意味は全く分からない。だが、それでいい)
トウヤは黒パーカーのフードを深く被ったまま、横目で自分の周囲を見つめた。
ラクダを引く三人のならず者たちは、街に入った今も、ブルブルと小刻みに震え続けている。
彼らの引きつった顔、額に浮かぶ冷たい汗。
言葉は分からずとも、彼らが自分に対して抱いている『狂気的な恐怖』だけは、100%理解できた。
(言葉を交わす必要すらない。恐怖している奴は、行動だけでコントロールできる)
トウヤは無言のまま、長い馬車の列が並ぶ、街の大きな広場を指差した。
「そこへ行け」という、視線と指先だけのジェスチャー。
「ひ、はいぃっ・・・! 案内します、ギルドの広場ですね!」
ならず者のリーダーは涙目で何度も頷き、怯えた手つきで獣の手綱を引いた。
彼らが向かったのは、換金所を併設した防衛ギルドの巨大な建物だった。
ならず者たちは、砂漠でトウヤがベルトの引き狩りでハメ殺した、あの巨大な魔物の死体から、
高価な甲殻や素材をちゃっかり剥ぎ取って馬車に積んでいた。
本来なら自分たちでは絶対に倒せない、上位の原生生物の素材。
それをギルドの窓口に提出したならず者たちは、思わぬ大金を手に入れた。
窓口の奥にある、通過する者の生命力や魔力を読み取る巨大な『探知水晶』が、緑色に輝く。
トウヤは今、意識がはっきりしている。
致命傷を喰らいそうになった時しか発動しない固有スキルは、今は駆動していない。
だから、ただの言葉の通じない生身の人間として、トウヤは静かに壁に背を預けて待っていた。
しかし、バグが起きたのは、換金を終えたその直後だった。
恐怖で頭がおかしくなりかけていたならず者たちが、自分たちの小型探知機に残った砂漠での記録を、
ギルドの中央システムに報告・同期させようとしたのだ。
彼らの探知機に刻まれていたのは、トウヤが気絶していた時のデータ。
【対象:存在しません(完全な0)】という、この世界にはあり得ないバグコード。
ギルドの職員が不審に思い、ならず者の端末と、中央データベースを無理やり直結させた、その瞬間。
世界のシステム内で、本来両立しえない二つの矛盾したデータが正面衝突した。
さっきゲートを通った、生身のトウヤの正常な数値。
ならず者が持ち込んだ、完全な0の数値。
「エラー、データが、一致しな――」
ギルドの受付に並んでいた魔力水晶の端末が、突然、聴いたこともない不快な警告音を鳴らし始めた。
ピキピキピキ、と激しいヒビが端末に走り、ギラギラとした不自然な幾何学模様の光が画面に乱舞する。
「な、なんだこれ!? 端末がバグリ散らかしやがった・・・!?」
「データベースが無限ループを起こしてる! 遮断しろ!!」
騒然となるギルドのロビー。
システムがゼロ除算のエラーを起こし、防衛ギルドの端末が、次々と煙を吹いて粉々に砕け散っていく。
中央の兵士や職員たちが大パニックになり、そちらへ一斉に駆け出していく。
そのドサクサの最中、ならず者のリーダーが、青い顔のままトウヤにすり寄ってきた。
彼は、手に入れたばかりの金貨の革袋を、両手で、恭しくトウヤの前に差し出した。
言葉は分からない。
だが、その必死な拒絶のポーズと怯えた視線で、トウヤは全てを察した。
(なるほど。あの魔物の素材の換金代か。自分の命の保証として、分け前を置いていく、と)
本来なら自分を襲うはずだった略奪者たちが、勝手に恐怖し、勝手に正当な等価交換を捧げてくる。
トウヤは無言のまま、金貨の袋を真っ直ぐに受け取った。
ならず者たちは、自分たちが「存在を0にされずに済んだ」ことに涙を流して安堵し、
街の兵士に怪しまれないよう静かに頭を下げると、雑踏の彼方へと蜘蛛の子を散らすように消え去っていった。
トウヤは金貨の袋をポケットに押し込み、フードを深く被り直す。
言葉の通じない街の喧騒の中、モノクロのパーカーをなびかせ、トウヤは世界の底を歩き出す――。
手に入れた金貨の袋は、想像以上に重かった。
オアシスの街の片隅にある、窓もない安宿のベッドにトウヤは腰掛けていた。
完全に独りだけの空間。
言葉の通じない未知の世界に、ただ独り。
普通なら絶望するその状況で、トウヤの頭脳は冷静に稼働を始めていた。
(いつまでも無言で隠れるだけで、全ての状況を支配できるわけがない)
(この世界で生き残るための、最低限の道具――言葉を手に入れる)
トウヤはベッドの上に、ギルドの広場で拾い集めておいた「あるもの」を並べた。
それは、中央の魔力端末が大きな爆発を起こした際、床に飛び散った「破棄された書類の断片」だった。
兵士たちが大パニックで走り回るドサクサの最中、トウヤは無言のまま、それらをただの記録サンプルとして回収していたのだ。
紙クズにインクで刻まれた、この世界の無機質な文字。
さらに、宿の窓からかすかに聞こえてくる、階下の住人や市場の商人たちの「話し声」
引きこもり時代、ネットの海であらゆる海外の論文を文字の法則から読み解いていたトウヤにとって、この作業はただのパズルに過ぎなかった。
紙クズに書かれた文字の、並びの周期。外から聞こえる、人間が発する声の、特有の波長。
二つの異なる情報を頭の中で直結させ、矛盾のない規則性を力技で導き出していく。
(この文字の形状に対して、あの音声の波長が対応している)
(動きを表す言葉の変化、予測に合致)
トウヤは無言のまま、ベッドの上で紙クズのパズルを解き続けた。
他人の承認を求めず、下心も持たず、ただ生存のために頭脳を駆動させる。
「――アクア」
数時間後。
トウヤの口から、温度のない声で、この世界の完璧な発音が漏れた。
自分の喉の奥のスイッチを切り替え、現地の人間と全く同じ響きで言葉を発してみせる。
(日常会話の仕組み、解読成功)
トウヤの瞳には、一切の感情がなかった。
(あとは実践で微調整するだけだ。生存確率は、さらに跳ね上がる)
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
ならず者たちのバグデータをきっかけに、ギルドの魔力端末をゼロ除算エラーで物理破壊させ、そのドサクサで拾い集めた書類のログから数時間で言語コードを完全ハックしてみせたトウヤ。
これで異世界をハメ殺す最低限のパーツが揃いました。
ここからは毎日20時頃に、最新の生存ログを同期(投稿)していく予定です。
トウヤの温度ゼロの快進撃をこれからも見守っていただける方は、ぜひ下のレビューからのポイント評価や、ブックマークでのロックオンをよろしくお願いいたします! 執筆の最大の励みになります!




