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第4話:因果律の空白

【前回までの同期(第3話)】

二つの太陽が輝く灼熱の砂漠『トゥバ・ウヨイ』へ転移したトウヤは、巨大な多足の魔物に襲われる。

死線の拒絶から固有スキル【隠密】を覚醒させたトウヤは、学校指定の頑丈な黒革ベルトのバックルで魔物をノーダメ完封するハメ殺しループを執行。

しかし戦闘終了と同時に、全能力値が1割に爆下がりする衰弱デバフが執行されてしまう――。

続けて第4話をお読みいただきありがとうございます。

意識を失っているはずのトウヤが引き起こす、不気味なバグの結末をどうぞ。

世界から、音が消えていた。


意識の底に沈みながら、トウヤはただ、己の肉体が壊れていく感覚だけを淡々と感知していた。


砂漠の魔物を学校の革ベルトでハメ殺した、その直後のことだ。


戦闘状態が解除された瞬間に襲ってきた、全ステータス爆下がりという等価交換のデバフ。


全身の毛穴から冷や汗が噴き出し、心臓の鼓動が、1分間に数回という停止寸前の領域まで遅くなっていく。


息を吸う権利すら奪われ、灼熱の砂の上で、トウヤの意識は昏睡の闇へと完全に沈んだ。


だが、彼の脳細胞が完全にシャットダウンする、瞬間のことだ。


トウヤの数理脳は、死にゆく意識の残骸で、システムへ「予約命令」を刻み込んでいた。


(日常スキルとしての、存在の0化を維持せよ・・・)


この世界のシステムにおいて、非戦闘時の隠密モードは、ただスタミナを微量に消費し続けるだけのパッシブ状態だ。


臨終の寸前であっても、トウヤ自身が脳内で明確に「解除」を念じるまで、仕様上そのまま空間に残り続ける。


トウヤが完全に機能停止して砂漠の真ん中で横倒しになっている間も、世界は彼の命令を愚直に実行し続けていた。


熱量、気配、ステータス。


トウヤの肉体から、周囲の空間へ発せられるすべての数値が、完全に『0』のまま固定される。


生きているのか死んでいるのかすら判定できない、ただの背景オブジェクト。


それこそが、この不条理な渇きの世界における、トウヤの導き出した『絶対の安全圏』だった。


ザザ、ザザ、と乾いた砂を踏みしめる不快な足音が近づいてきたのは、それからどれほど時間が経った頃だろうか。


「おい、見ろよ。あんなところにガキが倒れてるぞ」


澱んだ、生々しい悪意の混ざった声。


黄金の砂丘の向こうから姿を現したのは、ラクダのような獣を連れた、3人の略奪者――ならず者たちだった。


日に焼けた汚い皮膚に、錆びついた短剣を腰に帯びた、この世界の底辺に這い回る捕食者。


ならず者のリーダー格の男が、下品な薄笑いを浮かべて、倒れているトウヤの元へと歩み寄る。


だが、トウヤへと手を伸ばしようとした男の足が、不自然にピタリと止まった。


「死体か?・・・いや、まだ(かす)かに胸が動いてるな」


「中性的なツラしたガキだ。見たことねえ上等な仕立ての服を着てやがる」


彼らの脳内に、下卑た下心が浮かぶ。


身ぐるみを剥ぎ取り、奴隷市場にでも売り払えば、上等な金になる。


「へへ、運が向いてきた。剥ぎ取るぞ」


リーダー格の汚い手が、仰向けに倒れたトウヤの胸元へ伸ばされた。


黒パーカーの襟元、誰の目にも触れない「NIX」のタグに、ならず者の指先が触れる。


その、刹那(せつな)だった。


「――っ!? ひ、ひっ・・・!!」


リーダーのならず者が、短い悲鳴を上げて飛び退いた。


「どうした、(かしら)?」


「な、何なんだこれ・・・! 触ったのに、何も感じねえ・・・!」


「あんだって?」


もう一人のならず者が、不審に思ってトウヤの腕を掴もうとする。


だが、掴めない。


目の前には、確かに無地の黒パーカーを被ったトウヤの肉体が転がっている。


それなのに、どれだけ目を凝らしても「そこに生命が存在している」という感覚が、全くない。


脳内に返ってくるのは、ただ【対象:存在しません】という不条理な通知だけだ。


ただの、虚無。風景のシミ。


空間にぽっかりと開いた、色のない空白を見つめているかのような、脳を揺るがす強烈な違和感。


「――・・・!?おい小型探知機で調べてみろ!!」


リーダーの鋭い怒声に、取り巻きが慌てて手元のデバイスを起動させる。


スキャンはするものの、【対象:存在しません(完全な0)】と表示されるだけ。


「ば、化け物だァ・・・!!」


ならず者たちは、恐怖のあまり砂の上に尻餅をついた。


目に見えるのに、世界には『存在していない』。


触ることすらできない、モノクロの不気味な少年。


「何言ってんだ、化け物なわけねえだろ。俺がやるわ」


痺れを切らした大柄な取り巻きが、腰の短剣を抜いてトウヤの胸元へと突き立てた。


だが、鋭利な鉄の刃は、トウヤの心臓の位置を何の抵抗もなく静かにすり抜け、ただ下の砂床へと突き刺さっただけだった。


「うわあああ!? 刃が・・・刃が通らねえ!!」


「ひっ・・・!?」


リーダーの男も、おそるおそるトウヤの肩へと手を伸ばすが、彼の分厚い手のひらは、まるで実体のない霧の塊を掴むかのようにトウヤの黒パーカーをすり抜けた。


自分から「攻撃」という解除トリガーを引かない限り、この透過現象は100%持続する。


物理攻撃すら一切が透過する、触れることすら叶わない無敵の怪異。


トウヤ自身はただ白目を剥いて寝ているだけだというのに、因果律の空白に直面したならず者たちは、底知れない恐怖に震え上がり、その場にへたり込んでガタガタと歯を鳴らし始めた。


その、絶対の安置の静寂の中で。


トウヤの意識の最深部、シャットダウンしかけていた数理脳だけが、無機質に再起動を開始していた。


非戦闘時の、この透過パッシブの維持。


スタミナの微量な消費速度から、トウヤは脳内で、現在の己の残弾数を淡々と逆算していく。


(・・・日常モードの消費効率から計算すれば、このまま解除を念じずに維持できる時間は、残り約42時間・・・)


(これを超えれば、スタミナの枯渇が肉体の崩壊へと直結する)


(非戦闘時とはいえ、乱発すれば本当に寿命が尽きて死ぬ。回数の制限を完全に見極めなければならない・・・)


そこまで思考を組み立てた瞬間。


トウヤの脳細胞に、心臓が凍りつくような最悪の仮説が閃いた。


(――待てよ)


(非戦闘時の、ただ隠れるだけの日常スキルでさえ、これだけの明確な回数制限とリターンが存在しているんだ)


(だったら・・・あの生命力を直接燃焼させて駆動させる、過酷な戦闘時の『0化ループ』は・・・一体どうなっている?)


(攻撃の瞬間に強制解除され、ヘイトを稼ぎ、また命を削って0を念じる、あの極限の引き狩り・・・)


(あれをあと何回、あの戦闘モードを駆動させたら――僕の心臓は、二度と動かなくなる?)


日常の残弾数を見極めたからこそ浮かび上がる、戦闘時の本当の限界値。


トウヤの脳裏を、底なしの暗い戦慄(せんりつ)が駆け抜けていく。


自分の手にある無敵のハメ技は、使えば使うほど、自身の死の確定へとカウントダウンを進める、最凶の呪いのコードだったのだ。


(計算が、足りない。世界の仕様の隙(バグ)を、もっと徹底的に解剖しなければ、次の盤面で確実に詰む・・・)


脳内で恐ろしい考察が始まる中、誰の目にも触れない無地の黒パーカーの襟元。


『NIX』の白いタグが、狂った因果の静寂の中で、冷たく二つの太陽の光を反射していた。


「おい、どうすんだよこれ!? このまま放置するか!?」


ならず者たちが未知の恐怖に怒鳴り合い、パニックに陥った、その時だった。


「・・・うるさいな」


砂の上に倒れていた、黒パーカーのフードが、わずかに動いた。


「――っ!?」


ならず者たちの息が、恐怖で一瞬にして止まる。


ゆっくりと、トウヤの意識が闇の底から浮上し、その瞳が開かれた。


そこに精神的な動揺はない。ただの、温度の消え失せた瞳だ。


(・・・水分を失って、数時間か)


トウヤは、目の前で腰を抜かしているならず者たちの汚い顔を、冷たく見つめた。


彼らが口々に叫んでいる言葉は、ただの聞き慣れないノイズ。


異世界の言語だ。


全く意味は分からない。


だが、彼らの引きつった顔、ガタガタと震える指先、そして自分を見る絶望的な視線。


それだけで、十分だった。


(言葉は分からない。だが――こいつらが僕に『恐怖』を抱いていることだけは、100%理解できる)


トウヤの意識が完全に覚醒したことで、脳内のスキルが通常モードへと移行する。


それと同時に、ならず者たちの視界に、生々しい肉体の質量感が不意に戻ってきた。


「あ・・・、あ・・・」


触れなかったはずの少年の、瑞々(みずみず)しくも不気味な肉体が、目の前で静かに呼吸している。


その圧倒的な非対称。


トウヤは一切、声を発しなかった。


ただ、ならず者たちを冷たく見据えたまま、無言で右手を動かす。


ならず者の腰元にぶら下がっている、一番上等な革の水筒。


それを白い細い指先で、ただ静かに真っ直ぐに指差した。


「ひ、ひぃっ・・・!」


言葉などなくても、その行動だけで相手には絶対的な命令として伝わった。


「は、はいぃぃっ! すぐに! すぐに差し上げます!!」


ならず者は涙目で水筒を引っぺがし、神様を崇めるようにブルブル震えながら、トウヤの前に差し出した。


受け取った水筒から、冷たい水を喉に流し込む。


(生存確率は、これで100%に確定された)


トウヤは、残りの水を飲み干すと、今度はならず者たちが乗ってきたラクダのような獣を無言で指差した。


「乗れ」という行動の提示。


「あ、案内します! オアシスまで、俺たちが責任を持って案内します!!」


言葉の通じないモノクロの怪物に、行動だけで完全に脳を支配されたならず者たち。


彼らはブルブルと震えながら、トウヤを一番上等な席へと案内し、オアシスへの道を急ぎ始めた。ていた。

【次回予告】

言葉の通じないならず者たちを、無言の恐怖とジェスチャーだけで完璧なパシリとしてハッキングしたトウヤ。

水分を確保し、ラクダの背に揺られながら、一行は防衛ギルドの巨大な石壁がそびえ立つオアシスの街へと足を踏み入れる。

未知の世界の物理法則とデータを全解剖するため、トウヤの数理脳が街の喧騒の中で静かに駆動を始める。

次回、第5話『虚飾のカウンター』。

お楽しみに!

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