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第7話:最初のハメ殺し(後編)

その奇妙なフリーズの隙間へ、革ベルトが弾丸速度で襲いかかった──。


狙うのは、白銀の具足の噛み合わせ──右足の甲に巻かれた、あの革紐の歪み。


装甲の接続が浮き上がったその隙間へ、重厚な金属バックルが強烈にクサビとして打ち込まれる。


ギチィッ、と不快な金属の軋み音と共に、固定を失った右足の白銀の具足が、バチンと音を立てて無惨に弾き飛ばされた。


「なっ──あぶ、なっ──!」


再び物理が接触した刹那、透過のガワが強制的に剥がされる。


だが、トウヤは叩き込んだ衝撃の残渣(ざんさ)を置き去りにしたまま、三度目の『0』を脳内で確定させた。


視線(ヘイト)が切れる。


レオンの腕力強化(バフ)が一瞬で剥ぎ取られ、掲げようとした大剣の凄まじいリアルな重量が、再びその両腕へと容赦なくのしかかった。


「が、はっ──!?」


重い鉄の塊に下半身の軸を強引に潰され、レオンの肉体が二度目の処理落ちを起こして完全静止(フリーズ)する。


「これで三度。言ったはずだ。あなたの剣は、右からの割り込みに対応できない、と」


ここから、因果の暴力が加速する。


捉えきれない不可視の軌道から、無慈悲な追撃が滑り込んだ。


4発目、鎧のパーツが弾け飛んで剥き出しになった、右足の甲の生身へ。


グシャァッ!!


「ぎゃあああっ!」


5発目、自分の大剣の重さに引っ張られ、無防備にさらけ出されたレオンの脇腹へ。


ゴッ!!


「がはっ──ひっ──!」


見た目だけは重厚な白銀の鎧は、中身のないただの軽量なガワに過ぎなかった。


トウヤの平熱のまま振り抜いた黒革ベルトのバックルが、プラスチックのような装甲を無視して、レオンの額の生身へと容赦なくめり込んでいく。


6発目、完全に腰の砕けた天才騎士の、そのプライドの頂点へ。


バキィッ!!!


「あ、ぶ、ぶふっ──!?」


透過、解除、物理、それから再び透過。


レオンは一度の反撃のコマンドを入力することすら許されず、大通りの真ん中でただ一方的に肉体を解体されていく。


天才と謳われた騎士レオンが、白銀の剣を落として、最後はガタガタと無様に腰を抜かした。


衆人環視の大通り、水を打ったような完全な静寂。


(──バトル終了。存在コードの同期を解除します)


その無機質なシステムメッセージが脳内に響いた瞬間、トウヤの肉体に、世界で最も過酷な『等価交換デバフ』が襲いかかった。


固有スキル──視線(ヘイト)切りというバグ技乱用、絶対の代償。


心臓が、破裂しそうなほどの不快な雑音を立てて激しく脈打つ。


喉の奥から、鉄の味がする生々しい血の泡がせり上がってきた。


肉体の底が完全に抜け落ちたかのように、すべての生命力が際限なく、急速に爆下がりしていく。


圧倒的な速度での機能停止の予兆。視界の端から、光という色彩が急速に失われ、どす黒い闇が広がっていく。


(クソ、ここで意識を失ったら・・・確実に殺される)


周囲には、腰を抜かしたレオンを囲む、きらびやかな鎧の騎士団員たちがまだ大勢残っている。


彼らの瞳に浮かんでいるのは、恐怖と、それを塗りつぶそうとする明確な敵意だ。


もし、このまま生身の肉体としてその場に倒れ込めば、一瞬にして剣で細切れにされ、世界の底で本当に死ぬ。


引きこもり上がりの弱々しい肉体が、ゆっくりと、砂の地面へと傾いていく。


倒れる、その最後の瞬間の境界線。


トウヤの数理脳は、死の恐怖に負けることなく、無機質に脳内で次のコードを予約した。


(――存在の透過を、パッシブ固定せよ・・・)


どさりと、黒パーカーのフードを被った少年が、オアシスの乾いた地面に無様に崩れ落ちた。


白目を剥き、完全に呼吸を停止させて昏睡する18歳の肉体。


「おい! レオン様を侮辱したガキが倒れたぞ!」


「今のうちに捕らえろ! 剣を抜け!!」


激昂した騎士団員たちが、一斉に抜刀し、倒れたトウヤの身体へと殺到した。


しかし。


ガキィン、と乾いた金属音が響き、最前線の兵士の剣が、砂の地面を激しく叩いた。


「な・・・、に!?」


手応えが、全くのゼロだった。


倒れているトウヤの胸元を、鋭利な剣が真っ直ぐに貫いたはずだった。


だが、刃はただ無地の黒いパーカーという色彩の残像をすり抜けて、虚しく透過しただけだった。


「掴めない! こいつ、身体が、ないぞ!?」


別の兵士がトウヤの腕を掴しようと手を伸ばすが、その手のひらは、ただの空気の塊を掴むようにトウヤの肉体をすり抜けていく。


目には確かに、そこに黒いパーカーを着た中性的な少年が倒れているのが見えている。


しかし、物理的な質量も、熱量も、魔力値も、その場所からは【完全な無】として処理されていた局所的なバグ。


「化け物だ・・・! レオン様をハメ殺した、正真正銘の怪異だ・・・!」


衆人環視の中、誰も触れることすらできない、モノクロの不気味な背景オブジェクト。


兵士たちの怒りは一瞬にして狂気的な恐怖へと反転し、彼らはガタガタと震えながら、一歩、また一歩と後ずさりするしかなかった。


(日常モードの維持、残り38時間・・・。だがこれで、この街の『騎士団』という最大ヘイトの行動記述データは完全に掌握した。生存確率は──)


誰も触れられない、無地の黒パーカーの襟元。


『NIX』の白いタグだけが、狂った因果の静寂の中で、冷たく二つの太陽の光を反射していた。

【次回予告】

大通りの真ん中に置き去りにされた、触れることすらできない無敵の死体。

オアシスの安宿のベッドの上、少年は昼間の戦闘ログの逆算を始める。

そこで暴かれる、世界の管理システムが隠していた最悪のバグとは──。

次回、第8話「安宿のベッドの上(あるいは仕様の隙間)」。

お楽しみに。


***


(──日常モードの維持、残り38時間)

(等価交換ペナルティ:生命力データの自然復旧を待機中──)


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