第2話:夜の戦場、ハリボテの解体
【前回までの同期(第1話)】
夜間定時制高校の最底辺として、クラスのリーダー格であるレンに炭酸ジュースを買いに行かされるパシリを演じていたトウヤ。
しかし、誰の記憶にも残らないためのモノクロのパーカー『NIX』のフードの奥で、彼の瞳からすべての温度が引き算されていた――。
第2話をお読みいただきありがとうございます、NOVUCIです。
トウヤの夜の反撃をお楽しみください!
夜間定時制高校からの帰り道、世界は静かに反転する。
街灯の届かない薄暗い夜道を、トウヤは独りで歩いていた。
教室を出た瞬間に消したへらへらとした笑みは、もう二度と顔に浮かばない。
築年数の古いボロアパートの自室に帰り、建付けの歪んだドアを閉める。
ガチャリ、と鍵が閉まった瞬間、ようやく世界の底のノイズが完全に遮断された。
部屋の片隅に鎮座する、純白の超ハイエンドPC。
これだけが、彼の唯一の武装だ。
電源を入れると、駆動音の代わりに液晶モニターの鋭い光が立ち上がり、トウヤの中性的な顔を白く照らし出した。
画面の向こうでは、昼間学校でトウヤをパシったクラスのリーダー格――『レン』が、いつも通り得意げにゲームの生配信を行っている。
対戦相手を倒すたびに、レンはマイクに向かって大声をあげていた。
『はい余裕〜! マジでこの鯖の奴ら雑魚しかいねえわ!』
スピーカーから漏れる、頭の悪そうな笑い声。
『レンくんリアルでもボスだけどゲームでも最強すぎ!』
という、クラスの女子からの痛いコメントが、画面の右側を次々と流れていく。
視聴者数は、わずか30人。
その小さな狭い世界の中で、レンは王様気取りで虚勢を張り、イキり散らしていた。
(中身がスカスカのハリボテほど、大きな音を出して威嚇したがる)
(レンの画面内の動き、手癖、索敵の甘さ、すべていつも通りのパターンだ)
(今夜、その安っぽいメッキを一枚ずつ、ただ淡々と剥ぎ取ってやる)
トウヤは、手慣れた動作でヘッドセットを装着した。
画面上のアカウント名は、ただの三文字。
『Nix』
一切の無駄な感情を排除した、勝率100%のステルス野良プレイヤーが、データの海で起動する。
レンが設定した対戦部屋の暗い隙間に、初期アバターの『Nix』が静かに滑り込んだ。
「あ、新規入ってきたわ」
レンの配信音声がスピーカーから漏れる。
「アカウント名、ニックス? 何これ、無課金初期アバターじゃん。おいおい、カモが来たわww 泣かすなよ?」
ゲームが開始された。
その直後、配信画面の向こうで、レンの息が完全に止まる。
トウヤの手が、寸分の狂いもなくキーボードとマウスを正確に叩く。
画面の中の『Nix』は、一切の感情や無駄な動きを排したプレイで、レンのキャラクターを圧倒した。
攻撃を当てるどころか、近づくことすら許さない。
ただ一方的に、淡々と、レンを画面の端へとハメ続ける。
「は!? 待て待て待て! 今のズルだろ! なんで俺の動き全部読まれてんの!?」
レンの声が、余裕のない怒声に変わる。
「おい、ニックス! ボイスチャット聞こえてんだろ、なんか言えよ!」
トウヤは口元にマイクを引き寄せ、喉の奥のスイッチを切り替えた。
彼の中性的な肉体から発せられたのは、ゾクッとするほど綺麗な、透き通った『女の声』だった。
中性的な見た目だからこそ、理不尽に使い分けられる完璧な女性の声音。
「ズルではありません。あなたのプレイ、右側に逃げる癖が強すぎる。配信のカメラ位置を気にして、画面の右上が完全に見えていない」
ヘッドセットから響いた見知らぬ女の声に、レンの動揺が跳ね上がる。
ネットの怪物の正体が『女』であることに、彼の歪んだ自尊心が一瞬で別の方向へと向いた。
「あ?・・・女かよ。何ミステリアス気取ってんだお前、誰だよ。たまたま一回勝ったくらいで調子乗んな」
「それと」
女の声は、温度を完全に引き算したまま、ただ事実を語るように続けた。
「さっきから身内に『リアルでもボス』と煽られて調子に乗っていますが、あなたのプレイ、クラスのパシリに買いに行かせた炭酸のジュースくらい、中身がスカスカで泡立っているだけですよ」
「・・・っ!?」
画面の向こうで、レンの顔が完全に凍りつくのが分かった。
「お前、なんでそれ・・・。パシリって、炭酸って・・・え? なんでお前がそれを知って・・・」
データの海の裏側に潜む怪物と、昼間教室で見下していた最底辺のパシリ。
二つのコードが、レンの脳内で火花を散らして直結していく。
「まさか、お前・・・誰だよ・・・」
一瞬の静寂。
トウヤは喉のスイッチを元の位置へと戻した。
「――チェックメイト」
ヘッドセットから流れた、最後の一言。
それは、それまでの女の声ではない。
温度を完全に失った、聞き覚えのある『いつもの男の声』
昼間の教室で、自分の前で「僕バカなんでぇ」とへらへら笑っていた、あのパシリのトウヤの声そのものだった。
「嘘、だろ・・・お前があの、トウヤ・・・トウヤァァァァ!!」
昼間の優位性が完全に0になり、現実のカーストすらも一瞬でひっくり返されたレンの精神は、強烈なショックで完全崩壊した。
その絶叫がヘッドセットを震わせた、まさにその瞬間だった。
トウヤの純白のPCモニターが、突如として激しく点滅を始める。
画面から溢れ出した漆黒の幾何学模様が、ガラスが割れるような音と共に、トウヤの視界を完全に呑み込んでいく。
「な・・・んだ、これ」
勝利の余韻に浸る間もなく、空間そのものが歪んでいく。
トウヤの身体は一人、自室の画面前から、強烈な光の中へと引きずり込まれていった――。
【次回予告】
レンを完璧にハメ殺し、現実のカーストすらも一瞬でひっくり返した完全勝利の刹那。
トウヤの純白のモニターから突如として溢れ出した、ガラスが割れるような音と漆黒の幾何学模様。
勝利の余韻をかき消して歪む空間の果て、トウヤがドロップされたのは、生命の存在を一切許さない完全なる渇きの世界だった。
次回、第3話『乾いた世界の絶対安全圏』。
お楽しみに!




