表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/7

第2話:夜の戦場、ハリボテの解体

【前回までの同期(第1話)】

夜間定時制高校の最底辺として、クラスのリーダー格であるレンに炭酸ジュースを買いに行かされるパシリを演じていたトウヤ。

しかし、誰の記憶にも残らないためのモノクロのパーカー『NIX』のフードの奥で、彼の瞳からすべての温度が引き算されていた――。

第2話をお読みいただきありがとうございます、NOVUCIノブシです。

トウヤの夜の反撃をお楽しみください!

夜間定時制高校からの帰り道、世界は静かに反転する。


街灯の届かない薄暗い夜道を、トウヤは独りで歩いていた。


教室を出た瞬間に消したへらへらとした笑みは、もう二度と顔に浮かばない。


築年数の古いボロアパートの自室に帰り、建付けの(ゆが)んだドアを閉める。


ガチャリ、と鍵が閉まった瞬間、ようやく世界の底のノイズが完全に遮断された。


部屋の片隅に鎮座する、純白の超ハイエンドPC。


これだけが、彼の唯一の武装だ。


電源を入れると、駆動音(くどうおん)の代わりに液晶モニターの鋭い光が立ち上がり、トウヤの中性的な顔を白く照らし出した。


画面の向こうでは、昼間学校でトウヤをパシったクラスのリーダー格――『レン』が、いつも通り得意げにゲームの生配信を行っている。


対戦相手を倒すたびに、レンはマイクに向かって大声をあげていた。


『はい余裕〜! マジでこの(サーバー)の奴ら雑魚しかいねえわ!』


スピーカーから漏れる、頭の悪そうな笑い声。


『レンくんリアルでもボスだけどゲームでも最強すぎ!』


という、クラスの女子からの痛いコメントが、画面の右側を次々と流れていく。


視聴者数は、わずか30人。


その小さな狭い世界の中で、レンは王様気取りで虚勢(マウント)を張り、イキり散らしていた。


(中身がスカスカのハリボテほど、大きな音を出して威嚇(いかく)したがる)


(レンの画面内の動き、手癖、索敵(さくてき)の甘さ、すべていつも通りのパターンだ)


(今夜、その安っぽいメッキを一枚ずつ、ただ淡々と剥ぎ取ってやる)


トウヤは、手慣れた動作でヘッドセットを装着した。


画面上のアカウント名は、ただの三文字。


『Nix』


一切の無駄な感情を排除した、勝率100%のステルス野良プレイヤーが、データの海で起動する。


レンが設定した対戦部屋の暗い隙間に、初期アバターの『Nix』が静かに滑り込んだ。


「あ、新規入ってきたわ」


レンの配信音声がスピーカーから漏れる。


「アカウント名、ニックス? 何これ、無課金初期アバターじゃん。おいおい、カモが来たわww 泣かすなよ?」


ゲームが開始された。


その直後、配信画面の向こうで、レンの息が完全に止まる。


トウヤの手が、寸分の狂いもなくキーボードとマウスを正確に叩く。


画面の中の『Nix』は、一切の感情や無駄な動きを排したプレイで、レンのキャラクターを圧倒した。


攻撃を当てるどころか、近づくことすら許さない。


ただ一方的に、淡々と、レンを画面の端へとハメ続ける。


「は!? 待て待て待て! 今のズルだろ! なんで俺の動き全部読まれてんの!?」


レンの声が、余裕のない怒声に変わる。


「おい、ニックス! ボイスチャット聞こえてんだろ、なんか言えよ!」


トウヤは口元にマイクを引き寄せ、喉の奥のスイッチを切り替えた。


彼の中性的な肉体から発せられたのは、ゾクッとするほど綺麗な、透き通った『女の声』だった。


中性的な見た目だからこそ、理不尽に使い分けられる完璧な女性の声音。


「ズルではありません。あなたのプレイ、右側に逃げる癖が強すぎる。配信のカメラ位置を気にして、画面の右上が完全に見えていない」


ヘッドセットから響いた見知らぬ女の声に、レンの動揺が跳ね上がる。


ネットの怪物の正体が『女』であることに、彼の歪んだ自尊心が一瞬で別の方向へと向いた。


「あ?・・・女かよ。何ミステリアス気取ってんだお前、誰だよ。たまたま一回勝ったくらいで調子乗んな」


「それと」


女の声は、温度を完全に引き算したまま、ただ事実を語るように続けた。


「さっきから身内に『リアルでもボス』と煽られて調子に乗っていますが、あなたのプレイ、クラスのパシリに買いに行かせた炭酸のジュースくらい、中身がスカスカで泡立っているだけですよ」


「・・・っ!?」


画面の向こうで、レンの顔が完全に凍りつくのが分かった。


「お前、なんでそれ・・・。パシリって、炭酸って・・・え? なんでお前がそれを知って・・・」


データの海の裏側に潜む怪物と、昼間教室で見下していた最底辺のパシリ。


二つのコードが、レンの脳内で火花を散らして直結していく。


「まさか、お前・・・誰だよ・・・」


一瞬の静寂。


トウヤは喉のスイッチを元の位置へと戻した。


「――チェックメイト」


ヘッドセットから流れた、最後の一言。


それは、それまでの女の声ではない。


温度を完全に失った、聞き覚えのある『いつもの男の声』


昼間の教室で、自分の前で「僕バカなんでぇ」とへらへら笑っていた、あのパシリのトウヤの声そのものだった。


「嘘、だろ・・・お前があの、トウヤ・・・トウヤァァァァ!!」


昼間の優位性が完全に(ゼロ)になり、現実のカーストすらも一瞬でひっくり返されたレンの精神は、強烈なショックで完全崩壊した。


その絶叫がヘッドセットを震わせた、まさにその瞬間だった。


トウヤの純白のPCモニターが、突如として激しく点滅を始める。


画面から溢れ出した漆黒の幾何学模様(きかがくもよう)が、ガラスが割れるような音と共に、トウヤの視界を完全に呑み込んでいく。


「な・・・んだ、これ」


勝利の余韻(よいん)に浸る間もなく、空間そのものが歪んでいく。


トウヤの身体は一人、自室の画面前から、強烈な光の中へと引きずり込まれていった――。

【次回予告】

レンを完璧にハメ殺し、現実のカーストすらも一瞬でひっくり返した完全勝利の刹那(せつな)

トウヤの純白のモニターから突如として溢れ出した、ガラスが割れるような音と漆黒の幾何学模様。

勝利の余韻をかき消して歪む空間の果て、トウヤがドロップされたのは、生命の存在を一切許さない完全なる渇きの世界だった。

次回、第3話『乾いた世界の絶対安全圏』。

お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ