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嗚呼、夢か  作者: 真月 一蓮


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中編

狛江のデスクに向かうと彼は難しい顔をしてパソコンを睨んでいる。


 「お待たせしました」


 「ああ。ちょっと待ってくれ。――いや、行くか」


 なんだ?


 狛江は仕事ができる。だからこそ課長なのだ。処理能力の他に目立つ長所として人遣いが荒い。じゃなくて、人の活用が得意だった。総務だった私を営業に引き抜き、絵が上手な石川さんをデザイン担当にした。


 そんな狛江が悩むのだから相当難しいことなのだろう。万が一にでも手伝わされないよう、忙しい振りをしないと。


 「そっち持ってくれ。後で戻すからな」


 狛江が用意したデータと同じ内容を紙でも用意しておく。四人だから机を二つ合わせて椅子を用意したら終わりだ。


 後はコーヒーがあれば完璧だと思ったけど、受付が案内と同時に持ってきてくれた。狛江の指示だろう。






 「初めまして田中太陽と申します」


 いろはの目にハートが浮かぶ。まばたきするのすら惜しい。


 「わたしは」


 田中がぺちりと頭を叩く。そこだけプラスチックで作られたみたいに毛が一本もなかった。


 「名前の通り、輝いていますので覚えやすいかと」


 ああもう。彼が話そうとしてたじゃん。


 田中は黙っていなさいっ!


 「わたしは伊達司令と申します」




 伊達 司令、さん。




 今日の運勢なんだった?


 自分の目がキュンとしたのが分かる。




 「あの?」


 「ゴホン」


 名刺を渡した狛江が横目でこちらを見ている。余計なことはするなよと目が言っていた。


 「あ、申し遅れました。押木五郎八です」


 イロハも二人に名刺を差し出す。


 「可愛らしい名前してますな。いろは歌からですか」


 田中は髪の毛を代償に知識を得たらしい。


 「そうなんです。苗字も少し変なので、名前は普通なのが良かったのですけれど」


 「そうですか。素敵だと思いますよ」


 ニコリ。前髪からすぅっとした目元がこんにちはしてきた。うわ睫毛なげー。


 「あ、はは。それは、その、どうもです」


 あっぶない。天に召されるところだった。


 「取り敢えず、先に共有しておきたいところから」


 狛江が進めていく。




 今回は顔合わせということで、取引先の方針とこちらからの情報共有という簡単な話し合いで終わった。


 私はパソコンを閉じたら、いち早く立ち上がりドアを開く。


 「どうぞ」


 上司である田中さんを先に通す。丁寧な性格なのか、私みたいな下っ端社員にも頭を下げてくれた。


 「これはどうもご丁寧に」


 でもいいから早く行け田中。


 「これ。もしかして同じ内容ですか?」


 伊達さんが聞いた。全員がパソコンを開いたので余ってた机にぽいっとした紙の資料を見ている。


 「はい。紙の方が見やすい方も居ると思いまして」


 「そうでしたか。お気遣いありがとうございました」


 「いえいえそんな」


 顔の前で両手をぶんぶん振る。


 「押木。伊達さんもお忙しいのだから。さっさとお見送りしてあげなさい」


 ぎろりと狛江が視線を送る。イケメンに私がはしゃいでいるのが分かっているのだろう。




 怖いですって。




 有頂天になるのはその翌日だった。パソコンを開いてメールチェックをした時だ。


 ――先日はお世話になりました。夏企画も成功させましょう。これからよろしくお願いします。


 「こちらこそだよぉ」


 家だったら正座してメールを読んでたわ。




 こうなっちゃいられない。絶対に企画展は成功させないと。売上目標の達成は絶対条件ね。二度とうちに依頼してくれないもの。


 「後藤くん。棚卸後の在庫売上高を計算してくれる」


 「……はい」


 「あと新商品の布当たり利益もね。あれ原価高かったし。去年と比較したいの」


 「……じゃあ去年のも必要ですね」


 後輩の後藤をこれでもかとこき使う。


 低血圧の彼は午前中の動きが鈍い。デスクの引き出しからチョコレートのお菓子を口に突っ込んでやった。すると徐々に手の動きが早くなる。


 すまぬ。


 私と伊達さんの共同作業の為だから。




 ぺぇん。


 「頑張ってるらしいじゃない」


 コーヒーが出来上がるのを待っているとちょうど莉羅が歩いて来た。


 「こちとら必死なの。拳銃を頭に突きつけられてるイメージね」


 「誰かその引き金弾いてくれませんかね」


 後藤がやってくる。こいつは最近、私と莉羅が話していると決まって茶化しにくる。


 「仕事してる先輩を助けるのは後輩の仕事じゃない」


 莉羅がフォローした。


 「イケメンに浮足立つのはいいですけど周りを振り回さないでくださいよ」


 「しょうがないじゃない。展示用のカーテンの一枚や二枚でも作るの大変なんだから」


 ぴくりと後藤のこめかみが動く。




 しまった地雷だ。




 「一枚や二枚? 一点物のカーテンはもう芸術作品ですよ。先輩は画家に絵を一枚二枚ちょちょっと書いてなんて言うんですか。カーテンが身近なのはいいですが舐めるのは社員としてもどうかと思います。タペストリーは芸術作品ですよね。掛け軸は落書きですか。ご存知でしょうが、カーテンは部屋の顔です。


 起きて最初に見るのも窓を開ける前のカーテンですよ。そこから一日が始まるわけです。僕はね、戦国時代にもっと広まっていればカーテンは茶室にも影響していたと思うんですよ。千利休なら絶対に気付きます。それくらい」云々かんぬん。




 後藤は製造部を希望している根っからのカーテンオタクだった。その前に顧客と直に会話しておけと狛江に言われ、営業部に配属されたのだ。


 途切れたところで、莉羅があやすように言う。


 「まあまあ。頑張ってあげて、後藤くん。このお茶あげるから」


 「藍田さん、先輩に甘過ぎませんか?」


 後藤がデスクに帰っていく。それを見届けた莉羅が顔を寄せてきた。修学旅行の夜に先生をやり過ごした後の顔みたいだった。




 「カフェで打ち合わせしたって?」


 「ああ。それ聞いちゃう?」


 聞かれ待ちをするイロハに、莉羅は聞いてあげる。


 「本当なの?」


 「まあ。誘われちゃって?」


 仕方ないわよね。とイロハは眉根を寄せる。口は反比例して緩んでいた。


 下手くそなネクタイか、と莉羅は心の中だけで突っ込んだ。


 「私はさ、ビルの共有会議室がありますよって教えたんだけど。やっぱり機密性がちょっとねって。やばいこのままデートに誘われちゃったらどうしよ?」


 夢想が爆走するイロハが不憫に見えて、莉羅はさっさと自分の仕事に戻る。今日も総務は平和だ。




 「狛江さん。あとでちょっといいですか。企画展のことで」


 また梅干しみたいな表情でむつかしい顔をしている。こういう時は声を掛けたくはないけど仕方ない。さっさとやらないと、仕事は山積みだ。どうしてこんなに小さい会社で、ただカーテン売るだけなのに毎日する仕事があるんだろう。


 「今でいいぞ」


 「え。あ、はい」


 そう言われると思ってなかった。慌ててタブレットを取りに戻る。




 「あの、いま中東で戦争中じゃないですか。その影響で生糸の生産と輸出が遅れてるんです。この調子ですと価格の圧迫が予想されます。在庫も怖いです」


 「うむ」


 日本全体の輸入量とだいたいの消費量、在庫量は正確な数値が分からないので憶測だけどそれらをグラフ化している。


 「うちは確保できてますけど、他社がどうなるかは」


 「そうなると企画展を辞退するところもでてくるか。なら参加企業に問い合わせを入れておいてくれ。注意喚起も、余計なお世話だから軽くな」


 「在庫状況どうですかってそのまま過ぎですか?」


 「もう少しやんわりした表現があるだろ」


 むむむ。頭を悩ませる私にちょっといいか、と狛江が席を立つ。




 「……押木は、ここのコーヒー好きだよな」


 自動販売機前に移動した。


 コーヒーでも奢ってくれるのかな。それ無料だけど。


 「まあ。はい」


 話の先が見えないまま、狛江は自動販売機の前へ進む。直感が、言いづらいことを切り出そうとしていることに気付いた。


 「年度明け、昇進することになった」




 そう来たか。


 これは間違いなく告白ね。




 「おめでとうございます」


 誰かが置き忘れたボールペンがあったので、さっと手に取る。壁ドンされないように位置関係も注意した。


 「――押木」


 「はい?」


 「お前はどう考えているかをまず聞きたい。そもそも興味はあるか」


 「ありますよ。でも時期と人は選びますけど」


 


 狛江の目がグリンと上を向く。どういう表情よ。両目で万歳してるの?


 


 「俺が聞きたいこと、分かってるよな?」


 「分かってますよ。要は告白ですよね」


 「違うに決まってるだろ」怒るのも馬鹿らしいとばかりに狛江は首を振る。「考えろ、俺が昇進する。そうなったら――?」


 「ようやく告白できる。伊達さんの存在が焦らせたんですよね」


 「ここは学校じゃないんだ。頼むぞ」


 「もう面倒なので教えてください」


 「俺の席が空くだろうが。そしたら誰かが昇進するだろ」


 「ああ!」


 「最近、仕事頑張ってるからな。押木を推薦しようと俺は考えている。だがその前にだ。脳内お花畑の人間にその意思を確かめたかったんだ。だけどどうもな。仕事に花丸をあげようとしたら既に自分で頭に巻いてやがったわけだ」




 最初からそう聞けばいいのに。


 「私は――」


 母親は近くに住んで欲しそうにしている。


 もし伊達さんと付き合えたら、寿退職とかするのかな。そうしたらせっかく信頼してくれた会社の迷惑になるかもしれない。


 いやいや。そんな付き合ってもないのに結婚とか。


 そこまで馬鹿になれない。




 「正直、自分がどうしたいか決めきれていないです」




 「そうだな。よく考えておけ。夏の企画展が終わる頃にまた聞くぞ」


 「時間制限けっこうあるんですね」


 「いきなり聞かれたって困るだろうが」


 事前に聞いてくれたらしい。それに、狛江に評価されたのも悪い気はしない。


 礼を言うと狛江はデスクに戻った。


 ここまで来たならコーヒーでも淹れよう。ぺシリと叩いたスイッチ音も覇気がない。デスクに戻ると莉羅にメッセージを送った。



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