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嗚呼、夢か  作者: 真月 一蓮


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3/3

後編

 「おつかれ」


 会社の最寄駅ではなくて、一駅分だけ歩いた居酒屋に莉羅とイロハは入った。一駅分と言っても歩いたのは十五分も掛かってない。


 「久し振りに来たわ」


 莉羅は温かいおしぼりで指先を丁寧に拭う。子供は近くに住んでる母親が面倒をみてくれているらしい。


 「子供が出来ても飲みに付き合ってって結婚式で言ってたよね」


 裏切り者。と目で訴える。


 「だから来たじゃない?」


 こっちは気軽に誘えなくなってるのよ!


 「それで、どうしたの」


 狛江の話を再現すると、莉羅は顎を一度だけ動かした。


 「どうしたいか迷ってるっていうのは。二択でいいのよね? 仕事か、結婚か」


 


 仕事に打ち込んで子供を持つのが遅くなるのは嫌だ。私は二人産みたいし、できれば三人育ててみたい。


 でも実現するかは分からない。目の前にある仕事に打ち込むのも悪くないと思えてきた。


 


 「そう。伊達くんが早くプロポーズしてくれたらいいんだけど」


 「付き合ってすらないのに怖いわよ。でも私としては良かったわ。地元に帰る選択肢は有力じゃないのよね。話せる相手が居なくなっちゃうの寂しいもの」


 「莉羅……」


 何よもうそんなに抱きしめられたいの。ちょっと母親のことは考えたけどさ。


 イロハが広げた両手を莉羅は無視した。




 「決断できそう? こればかりは話を聞いてあげることしかできないわ」


 「取り敢えず、私から告白するしかないよね」


 「そりゃあね」


 「なるべく簡単で、断られてもまだ言い訳が残る感じにしたいんだけど、なんかない?」


 「告白する気ある?」


 こりゃ無理ね。莉羅の予想とは違い、起こり得ないことが起こるのが世の中というものだ。はたまた神のいたずらか。




 夢みたいなことが起きた。




 「どうですかね。こんなこと、おかしいですかね」


 伊達司令さんが、いや司令くんが言った。お付き合いしてくださいと。


 打ち合わせを終え、ランチでもとカフェに入った時だった。


 「……」


 言葉は咄嗟に出てこない。恥ずかしながら、動揺してる。こんなにうまくいくことなんてなかった人生だから。


 「すいません。忘れてください」


 「宜しく。お願いします」


 追いかけるように言うと、安心したようにほっと笑う。




 翌日はもちろん莉羅と緊急会議だ。いつもの自販機前で。


 「付き合えた?」


 「そう」


 「勘違いじゃないのよね」


 「はっきり付き合ってって言われた。その後、名前で呼んでくれたし」


 「良かったね」


 「どうしよう。部屋のソファで起き上がったら。それだけが怖いわ」


 「全部夢かもよ」


 「嫌だぁ。立ち直れないかも」


 「何の話すか」


 後藤がやってきた。莉羅がこっちを見る。私は小さく頷いた。


 「イロハが手塚さんと付き合えたんだって。企画展の人」


 小さな声で耳打ちする。背の高い後藤はその為に背中を丸めた。なんか絵になる仕草ね。


 「ああ。あの顔が良い人ですよね」


 なんていうドストレートな感想よ。魅力は他にもいっぱいあるんだから。たぶん。


 「おめでとうございます」




 後藤と目が合う。




 「うん」


 素直に言われるとこれはこれでなんかなあ。いつもみたく憎まれ口の方がいい。


 「偉いじゃん」


 莉羅がなぜか後藤を褒めている。頭を撫でようとしてきた手をふんぞり返ることで回避していた。


 「とにかく、これ見て」


 スマホを操作してギャラリーを開く。


 「おお?」


 「先輩料理できたのですね」


 四角いグリーンの平皿に盛られたのはラザニアだ。断面が綺麗な層になっていて、ミートソースとホワイトソースが垂れている。


 隣にはガラス製の耐熱皿があり、そこに大本のラザニアがあった。焼きすぎて一部が黒く焦げたチーズからは香りが立ち上ってきそうだ。


 「鮭とほうれん草のラザニア。美味しそうでしょ?」


 料理名を聞いて、後藤が写真と私の顔を往復する。


 「二度見しました」


 これほど失礼な二度見があろうか。


 「私もたまにするけど、等間隔で層にするのって難しいのよね。というか告白されたの昨日で、凄い行動力だわ」


 「というか暴走ですよね」


 


 安心して、そこまで手間は掛かってないの。とイロハは余裕の表情で指を振る。




 「これね。デパートで買ったやつを手料理風に直したの。私は上にチーズを乗せてオーブンで焼いただけ」


 一瞬だけ時が止まったみたいに、二人が固まる。


 「二度見した分だけ二倍失望しました」


 後藤が冷たい目で見下ろす。


 「なんでよっ。これからおうちデートするかもしれないでしょ。その時に普通ご飯より綺麗なご飯振る舞ってあげたいじゃない」


 「普通ご飯でもいいじゃない」


 「男は肉の量と酒の種類しか興味ないですよ。あとはビールが冷えてるか」




 当の男からの意見がまっすぐ突き刺さる。




 「くらっときた。じゃあ私の努力はなんだったの」


 「イロハはチーズ焦がしただけじゃない」


 「努力に力でぶん殴られてください」


 小鳥のようにぎゃあぎゃあと喚く二人を後にしてデスクへ戻る。


 ふむ。


 でも二人は騙せたな……。






 起きた。


 いや、瞼を開けるのが怖くて。目を開けてはいないけど起きてる。そんな宿題はまだしてないけど、やり方は理解してるから終わってるみたいな。


 って自分にツッコミ入れてどうする。


 ――どうしよう?


 昨夜のことが夢だったら。おうちデートして、泊まってそれから。


 やばい。やばいなあ。


 昇進だってそうだ。現実がこんなに望み通りになるわけがない。


 恐る恐る手を動かす。肌触りは、うちの布団?


 嗚呼、夢か。


 でも分からない。布だけじゃ分からない。手を横にするするっと動かすと、なにかにぶつかった。


 


 怖くても、見たくなくても、理想と現実が違っても目は開けていたい。


 だって幸福は現実にしかないから。幸せは妄想では味わえなくて、だからこそ私は辛い思いをしているわけだけど。


 仄暗い瞼の裏を押し上げ、世界におはようと言って一日を始める。


 今にカーテンを開けるのだ。



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