同時再生
昼休みのチャイムが鳴る。
一回。
ちょうどいい長さで、きれいに終わる。
「はい、お昼ー」
村雨唯が立ち上がる。
その一言で、周りが動く。
椅子が引かれて、弁当が開いて、笑い声が重なる。
全部、自然に揃う。
「明、今日パン?」
振り返りもせずに言う。
「……ああ」
「やっぱり。顔で分かる」
軽く笑って、こっちを見る。
タイミングがちょうどいい。
「なんだよ、顔って」
「なんかこう、やる気ない感じ」
言いながら、机に腰を預ける。
距離が近い。
当たり前みたいに。
「それいつもだろ」
「今日はちょっと多め」
すぐ返ってくる。
間がない。
唯はストローをくわえて、ジュースを吸う。
氷が鳴る。
その音に、誰かの笑いが重なる。
「ねえ聞いた?昨日の放送」
話題が変わる。
自然に。
「あー、あれ変だったよね」
「なんか同じとこぐるぐるしてる感じ」
「でもさ、ちょっと気持ちよくなかった?」
会話が広がる。
止まらない。
唯は頷く。
「分かる。なんか揃ってる感じ」
その言葉が、ぴったりはまる。
明は何も言わない。
「明は?」
視線がくる。
逃げ場がないほど自然に。
「……別に」
「え、嘘。絶対なんか思ってるでしょ」
少しだけ身を乗り出す。
距離がさらに近くなる。
「いや、別に」
「はいはい、そういうやつね」
笑って流す。
深追いしない。
それで会話が途切れない。
「でさ、今度の文化祭どうする?」
もう次の話題に移っている。
「バンドやろうよ、バンド」
誰かが言う。
「いいじゃん。明ギターできるでしょ」
唯が言う。
間がない。
「……ちょっとだけな」
「じゃあ決まりじゃん」
決まる。
何も考えなくても。
その流れに、誰も逆らわない。
唯が手を叩く。
「はい、じゃあ軽音で一枠取るってことで」
誰かが笑う。
誰かが頷く。
全部、ちょうどいい。
明は、パンの袋を開ける。
音がする。
少しだけ、遅れる。
誰も気にしない。
「曲どうする?」
「流行ってるやつでいいんじゃない?」
「コピーでいいよね最初は」
話がまとまっていく。
唯は頷く。
「うん、それでいいと思う」
正解みたいに響く。
そのとき。
明が口を開く。
「……オリジナルは?」
一瞬だけ、間が空く。
ほんの、わずか。
すぐに埋まる。
「最初はきつくない?」
「まず合わせるのが大事でしょ」
「形にしてからでも遅くないって」
全部、正しい。
唯も頷く。
「うん、その方がいい」
明は何も言わない。
ポケットの中で、小銭を弾く。
ばらばらの音。
誰にも聞こえていない。
「じゃあさ、放課後軽音室見に行こ」
唯が言う。
もう決まっているみたいに。
「明も来るでしょ?」
視線がくる。
断る理由がない。
「……まあ」
「よし、決まり」
笑う。
ちょうどいいタイミングで。
チャイムが鳴る。
一回。
きれいに終わる。
誰も数えない。
唯はもう席に戻っている。
動きに迷いがない。
全部、揃っている。
明だけが、少し遅れる。
それでも、問題はない。
問題がないことが、少しだけ気持ち悪い。
唯が振り返る。
「ほら、次始まるよ」
昼休みのチャイムが鳴る。
一回。
わずかに長い。
それから、もう一回。
誰も気にしない。
「はい、本日もお昼の校内放送、始まりました」
「暑いね」
「テープ伸びるね」
「伸びた方がいい時もある」
「ないでしょ」
(無音)
「木曜日。珍盤奇盤です」
「今日は例のやつ」
「まだ回ってる」
カチ。
ベースが鳴る。
教室の空気が、ひとつに折りたたまれる。
笑いが起きる。
別の場所でも、同時に起きる。
箸。椅子。ページ。
音が同じ位置に収まる。
明は、パンの袋を持ったまま止まる。
来た。
昨日より、はっきりしている。
「なんか今日、いい感じじゃない?」
唯の声。
振り向く。
笑っている。
——合いすぎている。
「ね、リズム取りやすくない?」
指で机を叩く。
トン。トン。トン。
ベースと重なる。
周りもつられる。
足。指。肩。
ばらばらだった動きが、自然に一つへ寄る。
唯が、さりげなく手を打つ。
パン、という軽い音。
その一拍で、教室のリズムが揃う。
誰も気づかない。
明だけが見る。
「明?」
覗き込まれる。
「乗れてないよ?」
笑う。
正しすぎるタイミングで。
明はポケットの中で小銭を弾く。
ばらばらの音。
一瞬、表面が波打つ。
——戻る。
吸い込まれる。
逃げ場がない。
放送は続く。
進んでいるのかも分からないまま、続く。
唯の動きが速くなる。
言葉も、笑いも、無駄がない。
明は呼吸を合わせられない。
そのとき。
別の音が入る。
トン。
違う位置。
もう一度。
トン。
外れている。
空気に細い亀裂が走る。
視線が動く。
教室の後ろ。
逢坂美遊。
机に指を置いたまま、動かない。
もう一度だけ叩く。
トン。
合わない。
それでいいみたいに。
何人かの手が止まる。
笑いが途切れる。
呼吸が戻る。
唯の指が、止まる。
ほんの一瞬。
「……あれ?」
小さく漏れる。
美遊は何も言わない。
ただ、音を置く。
トン。
揃わない。
放送が、切れる。
唐突に。
チャイムが鳴る。
一回。
今度は、それだけ。
ざわめきが戻る。
「今のなに?」
「途中で切れた?」
声がばらける。
唯が周りを見る。
「……まあ、いいか」
笑う。
——一拍だけ遅れる。
明はそれを見る。
見てしまう。
放課後。
廊下の空気は軽い。
でも、さっきの名残が薄く残っている。
前から唯が来る。
「さっきの、ちょっと変じゃなかった?」
先に言う。
「……気づいたのか」
「うん。途中で外れたよね」
軽い。
「でもああいうのもアリかも」
あっさり言う。
足を止める。
廊下の端。
壁にもたれている影。
美遊。
視線だけが動く。
「初めてだよね?」
唯。
間がない。
「……うん」
美遊。
「明の知り合い?」
明が詰まる。
「同じの、聴いた人」
美遊。
「同じの?」
「さっきの」
間。
「揃いすぎてる」
断定。
唯は笑う。
「そう?」
軽い。
「やりやすかったけど」
ずれている。
美遊は何も言わない。
明は二人を見る。
噛み合わないまま、続いている。
「で、どうする?」
唯。
「文化祭のやつ」
自然に繋げる。
「バンドやるんでしょ?」
美遊を見る。
「合わせればいいじゃん」
軽い提案。
でも逃げていない。
美遊の指がわずかに動く。
「……一人だと無理」
小さい声。
「止めるの、だろ」
明。
唯が眉を上げる。
「止める?」
「揃うのを」
明は言いながら理解していく。
唯は一瞬だけ考える。
すぐに笑う。
「じゃあ、ズラせばいいじゃん」
あっさり。
美遊が顔を上げる。
初めて視線がぶつかる。
間。
「……できる?」
美遊。
「やってみれば?」
唯。
軽い。
でも引かない。
明はその間にいる。
「三人でやる?」
唯が言う。
決定の形で。
美遊は目を伏せる。
それから。
「……いいよ」
短い。
明は気づいたら頷いている。
揃えないために、合わせることになった。
笑う。
正しい顔で。




