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針の先の会話


 翌日も、同じ道を歩いていた。

 理由はない。

 ただ、足がそっちに向く。

 曲がる角も、信号のタイミングも、ほとんど同じだ。

 一度だけ、足が止まる。

 ——ここじゃない。

 そう思ったのに、進んだ。

 店の前に立つ。

 曇ったガラス。

 中が見えるようで、見えない。

 ドアを開ける。

 音が消える。

 水の中に入ったみたいに、外の気配だけが遅れてくる。

 奥にいる。

 昨日と同じ場所。

 ヘッドホンをつけたまま、動かない。

 明は何も言わず、レコード棚に手を伸ばす。

 指先が、一枚の縁に触れる。

「聴いたでしょ」

 振り向く。

 少女はこっちを見ていない。

「……昨日のやつ?」

「最後までいった?」

 同じ調子で言う。

 明は手を離す。

「途中で——」

「止めてない」

 間がない。

 明は黙る。

「止めなかったでしょ」

 今度は、わずかに間がある。

 否定しない。

「……なんなんだよ、あれ」

 少女は少しだけ首を傾ける。

「繰り返してない」

「は?」

「同じに聞こえるだけ」

 指先が、空中をなぞる。

「少しずつズレてる」

 明は眉を寄せる。

「でも、揃ってた」

「揃うよ」

「全部?」

 間。

「そのうち」

 店の奥で、小さな軋みが鳴る。

「お前、知ってるのか」

 少女はヘッドホンを少しずらす。

「聴いたことある」

「……最後まで?」

 指が止まる。

「一回だけ」

 それ以上は言わない。

「……どうなった」

「戻れた」

 間。

「ぎりぎり」

 その言葉だけ、少し柔らかい。

「戻れなくなる」

「何が」

「分からなくなる」

 明はカウンターを見る。

 店主は動かない。

「……なんで止めないんだよ」

「止めてる」

「いや——」

「止められない」

 言い直す。

 少女が机を叩く。

 トン。

 少し置いて。

 トン。

 同じようで、ズレている。

 明も叩く。

 トン。

 合わない。

 少女の指が止まる。

「……いい」

 明は手を止める。

「一人だと無理」

「何が」

「止めるの」

 短い。

「どうやって」

 少女は少し考える。

「ズラす」

 それだけ言う。

 明は繰り返す。

「……ズラす」

「揃えない」

 店の空気が、わずかに緩む。

 明はポケットの中で小銭を弾く。

 ばらばらの音。

「また来るでしょ」

「……わかんない」

 少女は初めてこっちを見る。

「来るよ」

 断定。

 明は何も言わない。

 店を出る。

 外の音が戻る。

 車。

 声。

 風。

 全部、少し揃っている。

 振り返らない。

 来ない理由が、思いつかなかった。


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