13
負けた。
息が上がって体を起こしていられない。俺は地面に大の字に寝転がった。
目を閉じると大歓声が遠く、小さくなっていく。
だめだったか…。
まぶたの裏に幼い頃の故郷の情景が浮かんだ。
あの頃、家の裏庭でベルとよく遊んだ。俺はベルといるとなんだか気持ちが落ち着かなくなって、そこら中を走り回ったり、剣を振る真似事をしてごまかしていたが、意識はいつもベルに向いていた。
「リチャード」
可愛らしい声で名前を呼ばれると、何をやっていようと放り出してベルに駆け寄った。
「はい」
そんな俺にベルは、お手製の花冠をかけてくれた。俺は気分が最高に高揚して、この間大人同士の会話で聞きかじったことを、言ってみたくなった。
「ベル、大きくなったらけっこんしよう」
「けっこん? うん、いいよ!」
俺はベルが笑顔で頷いてくれたのが嬉しくて、それで――。
「大丈夫か?」
突然の野太い声に目を開けると俺にゴーンが手を差し出している。試合中とは異なり、その表情は、もういつものゴーンだった。
お互いの実力は知り尽くしている。試合中に俺がとっくに限界を超えていることもわかっているだろう。
俺が手を取るとゴーンにしては珍しく一言も言わずに俺を引き上げて立たせた。
「――ありがとう」
「ああ」
この後に及んで、おめでとうと言えない俺だから、勝てなかったのかもしれないな、と思う。
ゴーンの方が俺を気遣ってくれて、こういう奴こそ優勝者に相応しい。
――わかっていた。厳しい戦いになることは。
「こっち見てるぞ」
ゴーンの声に観客席を見上げる。
ベルと真っ直ぐ目が合う
それだけでもここで戦った意味はあったのかな。
やはり卑怯なことをした自分では優勝できなかったけど。
「行こうぜ」
ゴーンはそう言って俺の肩を抱くとベルの方に歩き出した。
なぜお前も? と思ったが、よく見るとベルはパトリックやアルヴェール嬢と一緒に観戦していたらしい。パトリックが軽く手を振っていた。
「お前、優勝者なのにいいのか?」
後ろでは表彰式の準備が始まっている。普通ならここで優勝者が周りに挨拶をしたり、恋人に花を捧げたりするところだ。
「だから、俺、花を捧げたい相手がいないんだよな。アルヴェール嬢にあげたらパトリックに殺されそうだしな」
「ベルもダメだぞ」
表彰式の準備に背を向けて呑気に歩くゴーンに釘を刺す。
「わかってるって!」
「お疲れ様」
客席の最前列まで出てきてくれたパトリックが俺たちを労う。
「ゴーン、さすがだな。これ優勝祝いだ。花をやってもあげる相手がいないんだろう?」
そう言って、パトリックが差し出したのは、魔法効果が付与された魔石だった。ゴーンは物理攻撃は無双だが、魔法と絡めての魔法剣法はめっぽう苦手だ。剣に付与して出したい技の術式をこめた魔石を使うのだが、普通は自分が一番自分に会う術式がわかるから自分で術式を組む。だがゴーンは術式の形成が壊滅的に苦手なのだ。
「俺がお前に合った術式で魔力を込めておいたから、これを剣に結びつけておけば、だいぶ技が出しやすくなるぞ」
「本当か! やった! 次の授業が楽しみだ! パトリック、愛してる!!」
「やめろ」
ゴーンが抱き付かんばかりに喜んでいるのを、心底嫌そうに避けたパトリックは後ろにいたベルに場所を譲った。
それを見たゴーンも横にずれたから、必然的に俺とベルが向かい合う形となった。
ベルはおずおずと両手を差し出した。
そこには、見たことのある花冠が握られていた。
「これ……」
「オルディスさんが魔法で出してくれたの。すごいわよね」
驚く俺に少し苦笑しながらベルが言う。花はよくわからないが、あの頃ベルが作ってくれた花冠にそっくりだった。
「……オルディスの魔法は桁違いだかららな」
うん、と呟いたベルは、真剣な顔になって俺に向き合った。
「ごめん。私、今、リチャードの気持ちにちゃんと応える自信がない。正直、準優勝でちょっとホッとした」
そう言いながら、俺の頭に花冠を載せる。
「でも、このまま初等学校のことを引きずったまま気まずいのも嫌なの。私、もっと前に戻りたい。あの庭で花冠を作っていた頃に」
「それって…。あの時、――ベルが俺に花冠をかけてくれて、その時?」
俺の胸は高鳴った。それはもう一度結婚の約束をすると言うことか。でも――。
「俺があの時なんて言ったか覚えてるのか?」
「……それがあまり覚えてないのよね。リチャードが何か言っていたのは覚えているんだけど。小さい頃だったし、意味がわかっていなかったのかもしれない」
「――あ、なるほど」
やっぱり。力が抜ける。そうか、まあ、そうだよな。一瞬期待した。すごく期待した。
でも、そうはうまくいかないよな。
まあいい。臆病で卑怯な俺は、優勝できる実力もまだない俺は、ここから勝ち取っていくしかない。
「でも、気軽に話したり、みんなでも遊んだり、そういう関係に戻りたい。もう知らない人みたいに過ごしたくない」
ベルは真剣だった。俺だって、欲を言えばキリはないけど、気まずいままは嫌だ。
「しかたねえよ、リチャード。まあ、優勝できなかったしな。今はこれで仕方ない」
急にパトリックが俺の肩に腕を回しながら話に入ってきた。
「お前が言うなよ!」
怒鳴る俺の肩をゴーンがさする。やめろ!
「でも仲良くしてくれるって言うんだからよかったじゃんか」
「じゃあ次の登校日は皆でお昼を食べましょうよ」
「お! 楽しそう!」
アルヴェール嬢の言葉にゴーンも乗ってくる。
「でもベルは目立つのは嫌よね」
心配そうに、そう言われたベルは俯いて少し考えてから顔を上げた。
「もういいかな」
「え?」
「レノックスにされたことを引きずるのは、もうやめたい。リチャードと仲直りしたように、少しくらい目立っても気にしないようになりたいの」
そう言ってベルは笑った。
「じゃあ、決まりね!」
「ほら、表彰式が始まるぞ」
アルヴェール嬢の嬉しそうな声と冷静なパトリック。
手を振るベルに手を振り返して表彰式に向かう。
表彰台には花冠をつけたまま上がった。観客席に妙などよめきが起こったような気がするけど、俺は気にしない。ベルの方を見ると目が合って、小さく手を振ってくれた。今はそれで十分だ。
うそだ。
こんなことで満足しない。
もっともっと迫ってやる。ベルが俺の方を向くまで。
本当にあの時の花冠の頃の関係に戻るまで――。
俺は決意と共に準優勝の盾を受け取った。




