10
学園の女子寮は三つの棟からできている。後ろの壁を合わせた四角く囲まれた場所に中庭がある。外から見えず、危険もない場所で寮生たちが思い思いに過ごせる場所だ。明るいうちは賑やかな声が響いているそこも、消灯を過ぎてしばらく経ったこの時間には人影もなく静まり返っている。
リチャードと会ったその日、なかなか眠れなかった私は、ベッドに横になっているのを諦めて、その中庭のベンチで一人夜風に吹かれていた。
「ここだと思った」
「クレア」
突然の声に振り返ると、そこには夜着に上着を羽織ったクレアが立っていた。
寮に帰ってからは、部屋に閉じこもっていたから、今日クレアに会うのは初めてだ。
「ちゃんと話せた?」
私の隣に腰掛けたクレアは、私の目を覗き込むようにそう言った。
「そうでもないか」
「……まだ何も言ってない」
不満げに口を尖らせてみたがうまくいかなかった。
「……リチャードは、話してくれた。あの頃のこと」
「うん」
「私、リチャードにも事情があるなんて思ってなかったの。なんでそっち側にいるの? なんで助けてくれないのって、ずっと思ってた」
「うん」
「私、助けてって言ってなかったけど、それでもリチャードに助けて欲しかったの」
いつの間にか涙声になった私の頭をクレアがそっと抱き寄せた。
「ベルにとってアシュフォードさんは、そういう人だったのね」
震えながら頷く私の頭をクレアが優しく撫でる。
「……でもね」
私は、今日、リチャードの話を聞いていて気付いたことがある。
「リチャードも私に助けてほしかったのかも」
「まあ」
ふふふっとクレアが笑った。
「そうね。好きな女の子をいじめないといけないなんて辛いわよね」
「でも、悲しかった気持ちは消えないの。頭ではわかってる。でも心がついていかない」
「そうね。そう簡単に割り切れるものじゃないわよね。今、どんな気持ち?」
「正直、混乱してる.二人で過ごしてすごく懐かしかったの。幼い頃のことを思い出した。……でもあの頃のことも忘れられない。あの男と一緒に立っていたリチャードだどうしても浮かんじゃうの」
「二人とも幼かったんだもんね。あちらに事情があってもベルが傷ついたのは事実だし。別に無理に許さなくてもいいんじゃない? まずは剣術大会を見てみたら? 幼い頃から一緒にいたベルなら、どのくらい真剣かわかるんじゃない?」
「――どんな気持ちで、出るんだろう」
「パトリックが言うのには、ベルが許せない以上に彼は自分のことを許してない。剣術大会に死ぬ気で挑むことで少しでもベルの横に立てる自分になりたいみたいよ」
「……意味わかんない」
「そうよね。何の関係があるのって感じよね。でも、そう言う不器用なところが彼なんじゃないの?」
そうだった。学園での彼は別人みたいだけれど、そうだ。少し不器用で優しくて、それが幼い頃のリチャードだ。あの端っこで俯いていたリチャードは何を思っていたんだろう。私はレノックスから助けてくれるリチャードを期待してた。でもそうじゃなかった。でもきっとそれは私の独りよがりな怒りなのだ。勝手に期待して失望したのだ。昔のリチャードは、おとなしく遊ぶ私とも気が合うような、少し恥ずかしがり屋な男の子だった。お兄様がいるからかもしれないけれど、どちらかと言うと控えめで人の後ろにいるようなタイプだった。だからこそ、レノックスにも強く出られなかったのかもしれない。
「人って完璧じゃないじゃない? ましてや初等学校のほんの子どもの頃だもの。いろいろ間違えたりもするんじゃない? それをベルがどうするかを決めるのに剣術大会は案外役に立つかもしれないわ」
「もう。無理矢理ね」
私は苦笑いしたけれど、クレアの言っていることは案外的を射ている気がする。
剣術大会で戦うリチャードを見たときに、私はどんな気持ちになるんだろうか。
「じゃあ、そんなベルに特別プレゼント」
クレアが差し出したそれは剣術大会の貴賓席のチケットだった。
「私なんかが入っていいの?」
「私とパトリックも一緒だけれど、我慢してね」
クレアの心遣いに私はなんだか泣けてきて、でもちょっと呆れて――、おかしな顔でチケットを受け取ったのだった。




