留置所
【前話までのあらすじ】
ライスたち果樹園パーティは山麓の守護者スワップが用意したラザルト聖戒兵隊の護送馬車に乗り、ラザルト国へ目指す。そんな中、リヴェヴァリオ国においては、遠征管理部隊のランパチア隊長をはじめ20名が斬首刑に処せられ、河原に晒されていた。心無い処罰を命令した王妃ミライヤに、ヴァレノールは言い知れぬ不安を感じるのだった。
◇◇◇
果樹園パーティが護送馬車に揺られて10日が過ぎた。
護送には3人の聖兵しか同行していないが、一見どこにでもいる平凡な男に見える。しかしながら、彼らは、ひとりひとりが優秀な神聖魔法の使い手でもあった。
何よりも彼らは、どんなに警戒心の強い村や町であっても即座に馴染むことができた。まるで何年もその場所で暮らしていたかのように溶け込んでしまうのである。それはカメレオンのような擬態と言ってもいいほどだ。それも彼らの神聖魔法の効果によるものだった。
その為、宿や食料などは事欠かなかった。すべて村の住人たちが自ら提供してくれるのだった。
その礼として聖兵は治癒魔法を使い、住人の病気やケガの治療をするのだった。しかも、ちゃっかり旅路に必要なお金を得ることも忘れない周到さだ。
600年前の冒険者の全盛期に、僧侶枠が必須とされていた理由はここにあったのは間違いない。
十分な食事に、夜はふかふかの布団、今までの冒険で最も快適な旅だとリジが断言するほどの10日間であった。
そして、護送馬車はいよいよラザルト国に入るのだった。
―聖国ラザルト 中央都市ベルゲ―
ラザルト国は国全体がお香の香りに包まれている。その心を洗うような清らかな香りが国の気高さを物語っているようであった。
ここ中央都市ベルゲには、そこかしこに宗教的な建物が点在する。だが、必ずしも女神崇拝をする麗光協会の施設だけではなかった。僻地に存在する万神を信仰する宗教施設などもあった。
「なんか、意外ね。いろいろな宗教があるんだね」
ライスがもらした言葉にこそ、リジは意外な顔をして覗き込んだ。
「ライス、もしかして『麗光協会』が何なのか知らないの?」
「私、麗光協会の孤児院に居たんだよ。当然、知ってるよ。女神を崇拝する宗教だよ 」
「そうだけど、麗光協会っていうのは、宗教の保存協会のことなんだよ。つまり麗光協会とは様々な宗教が加入する団体名なんだよ」
「えっ! そうなの!? でもさ、麗光協会は自分で教会を持ってるじゃん」
「そうね。麗光協会は『麗光の女神』を信仰する宗教。でもその信仰する女神は時代と共に変化するのよ。時には他宗教の女神を信仰する事さえあるんだってさ。大昔は女神リヴァーナを信仰して、今は主に女神ララを信仰しているらしいよ」
「女神ララってゼルド国の氷像の?」
「うん、そうだよ。あまりいい印象ないけどね」
「 ..そうだね」
ライスは自分が女神ララに対して叫んだ言葉を忘れてはいなかった。穢れに支配され始めたライスは女神ララに『邪魔ばかりするな』と叫んだのだ。
その自分の言葉にライスはひっかかりを覚えていた。
ひと際、大きな建物の前で馬車が停まった。
『さ、着いたぞ。降りるんだ』
聖兵の言葉に、馬車から降り、目の前にある建物に視線を移すと、そこは脚組を立てて大規模な工事をしている最中だった。外観は幻想的な模様、女神、天使、精霊などが精巧に彫られている。
「すごい工事ね」
『そうであろ。これはわが国で最も古い建造物だ。そしてどんな建物よりも素晴らしい』
めずらしく聖兵は、誇らしげな想いを顔にあらわしていた。
「改修工事もひと苦労ね」
『改修工事ではない。まだ完成していないのだ』
「え? でも今、もっとも古い建造物だって言ったでしょ?」
『この建物は神聖魔法の術式を組み込んだ複雑なものなのだ。それに闇の覇王の配下だった龍族に一部破壊されてしまったからな。工事の再開も300年前にされたばかりだ』
「なんか年数の感覚が変になりそう」
『無駄話は終わりだ。お前らはこれから最高断罪人ジド様によって断罪される』
聖兵は受付にて引き渡しの手続きをした。
果樹園パーティが断罪所の詰め兵に引き取られると、聖戒兵隊の3人は目的を果たし終え、満足した表情をしていた。
「ありがとう」
ライスは聖兵の手を握ってお礼を言った。その言葉に聖兵は戸惑いを隠せないでいた。
「馬鹿ね、ライス。普通、犯罪者が護送兵にお礼何て言わないよ」
「え、でも、ほら」
戸惑っていた聖兵は、馬車に乗り込むと笑顔で手を振っていた。それはスワップに掛けられた目的の達成感からなのか、それともライスの素直な心に応えたものかはわからなかった。それでもライスは嬉しそうに手を振り返していた。
そんなライスを見るリジの頬も自然とほころび始めていた。
・・・・・・・
・・
果樹園パーティは守衛兵によって、一般囚人が入る大きな留置所に入れられた。
厳重な鍵には神聖魔法が掛けられている。鍵一つ一つが弾ける光に包まれていた。おそらくギガウの力でも開けることは困難を極めるものだ。
ライスたちを遠くから見ていた、軽薄そうな顔をした囚人が近づいてきた。
「よう兄弟! まるでハーレムだな。ん~、ここだけは、いい匂いがするぜ。俺もこの花園にいてもいいだろ?」
男は馴れ馴れしくギガウの肩に腕を絡ませてきた。ギガウが男の顔を見ずにボキボキと指を鳴らし始めた。
「ギガウ、放っておけ」
アシリアが冷静に制止した。
「いいねぇ。おねぇちゃん。クールなエルフだね。ん~、こりゃまた、いい匂いがするぜ」
男はアシリアの胸元に鼻を近づけていた。
「 ....」
ギガウのこめかみに、くっきりと血管が浮きだった。
ライスとリジは、この場所が溶岩になってしまうかもしれないと、ハラハラしはじめていた。
「なぁ、無視するなよ、エルフのおねえちゃん。なんならさ、俺が助けてやってもいいぜ。俺は、ここの職員と馴染みだからよ。もしおねえちゃんが、いろいろしてくれたら罪も軽くなるぜ。えっと、名前なんていうんだ。あっ、待て、待て。当ててやるよ。エルフだから.. ラルアノ、それともリアンナちゃんかな」
「アシリア。 氷のアシリアだ」
男の顔が文字通り氷づいた。男の脳内で『氷のアシリア』という名が、永遠のリフレインを始めていることは想像に難くなかった。
「氷の..アシリア.. アシリアね.. は、ははは。俺がいると、ちょっと狭いかな。 悪いんで、あっちに戻りまぁす」
ギガウは尚も憤慨していたが、ライスとリジは笑いをこらえるのに必死だった。
ガガンと部屋中に響く音を立てて扉が開いた。
すると慌てふためいたように顎髭を蓄えた大男が飛び込んできた。手にした書類をもう一度確認すると言った。
『お、お前ら、果樹園パーティか! 私はここの責任者のジドだ。今すぐここを出るのだ。麗光協会本部でラザルト司教がお待ちだ!』




