悪魔の子
【前話までのあらすじ】
無事にラザルト国の中央都市ベルゲに到着したライスたちは、中央断罪所に引き渡される。ライスたちが留置された雑居房の扉が開くと、最高断罪人ジドが慌てて部屋に飛び込んできた。ライスたちは麗光協会本部のラザルト司教に謁見することとなった。
◇◇◇
―ラザルト国中央都市ベルゲ
麗光協会本部が置かれるパライニア聖堂は、荘厳な美しさはあったが、そこには積み重なる歴史の重厚さを感じることはなかった。建物まで続く白色の床石から銀の煌めきを秘めた外壁まで、素材が比較的新しいものであった。
時代ごとに信仰する女神が変わり、その度に建て替えられてきたからである。信仰する女神の加護を受けるには、他の女神の信仰の証を残すことが許されない。その為、古い聖堂は取り壊され、建て直されてしまうのだ。
謂わば、聖堂は宗教のシンボル的な意味合いよりも、加護を受けるための道具的な存在であった。
ライスたちがこの建物にどこか無機質な印象を覚えていたのはそのためであった。
手を拘束されたまま、馬車から降ろされたライスたちの目の前に白色の人工物が現われた。
それは指と爪だった。
人間などアリのように踏みつぶしてしまいそうな巨大な足であった。
リジはゆっくりと下から上へと見上げた。
きりりとした眉に、全てを見透かすような美しい瞳、結ばれた唇からは意志の強さを感じる。
巨像の顔はゼルド国と同じ女神ララであった。
しかし、その巨像からは、世界を包み込む暖かさよりも、女神と下界の生物との違いを知らしめているような、冷たい感情が伝わって来た。
「まるで女神ララに見下されているみたい」
リジの言葉にギガウとアシリアも女神の顔を見上げたが、ライスだけは見なかった。
「さぁ、中でラザルト司教がお待ちだ。早く行くんだ!」
聖堂に入ると、そこは外界から閉ざされた空間だった。重く冷たい空気の音が聞こえてくるようだった。
その空気が足音だけを拾い上げていく。
「凄い建物だな」
ギガウは高い天井を支える太い木柱に触れながら感嘆としていた。
「この柱は神木ね」
アシリアと木柱が森林に広がる朝霧のような淡い光に包まれていた。
「ギガウ、神木って?」
「リジ、お前らも北の山のミミス村でみたことがあるだろ? 空を覆うような巨大なあの木を」
「ああ、ミミス村に潜入するときに登った木だね」
「世界にはあの木のように長い年月を経て『神木』となった樹木が存在する。この柱のひとつひとつが、そのような神木で造られたものだ」
「聖なる建物にはそれに見合う建材を使うということね」
「そういうことだろう。木や森の言葉には関係無くな」
他の者たちが建造物について話している間、ライスだけは沈黙を貫いていた。
大きなテーブルが置かれた六角形の広間へ入ると、白い法衣を着た初老の男性が立っていた。
周りの聖兵が膝を折る様子から、この法衣の男性がラザルト司教であることがわかった。
「君たちが果樹園パーティか。剣士リジ・コーグレン、チャカス族のギガウ、氷のアシリア、そして魔法使いライス。お会いしてみたかった。ようこそラザルト国へ」
その白々しさが伝わる言葉には、さっきのララ像と同じに、他者を隔てる『壁』のような気配を感じた。
「私たちをよく知っているみたいね」
「はい。良く知っていますよ。特にそちらのライスさんはね」
ラザルト司教を凝視するライスが沈黙を破り口を開いた。
「私、あなたを知っている。私をいろいろな孤児院へ送ったひと」
ライスの声は震え、瞳には隠しきれない怯えが浮かんでいた。そして、ライスの脳裏には過去の記憶がさざ波のように少しずつ押し寄せ、心を再び苦悩と悲しみの涙で濡らし始めていた。
「ライス、ライス。大丈夫!?」
リジが声をかけたが、ライスの心はここに有らずといった感じだった。
「ラザルト司教、あなた、ライスに何をしたの!?」
リジ、ギガウ、アシリアの気が尖った。
「落ち着いてください。ライスさんは忘れていた過去を思い出しているのでしょう。何せ、私の顔はライスさんにとってはトラウマそのものでしょうから」
「お前たち、ライスにいったい何をしてきた!? 返答次第では、このアシリアが許さないぞ」
「..わかりました。まだ時間もありますし、少し私とその子の過去についてお話ししましょう―」
――
15年前、私は前ラザルト司教より42代目ラザルト司教の指名を受けました。
私はその責任ある大役を受け継ぎました。表向きは謙虚に。しかし私の本心は喜びにあふれ、ステップを踏み出したい気持ちでした。
『これで麗光協会を浄化することが出来る』
私は兼ねてから思っていたのです。各支部に蔓延る不正・汚職を一掃できないものかと。
前ラザルト司教は私に言わせてみれば、無能な司教でした。彼は調和を優先するばかりで、悪に対して自らの手で鉈を振ることができない方でした。
私は、そうではない。
私はこの手が泥や血で汚れようと、麗光協会に蔓延る不正を正すことこそが、私の使命と思っていたからです。
幸運にも、それを成す為の道具もちゃんと用意が出来ていた。いや、むしろその道具があったからこそ、私は自分の使命に目覚めたと言ってもいいのかもしれない。
あれはラザルト司教に就任する2年前のことです。当時、私はヴァン国地方の司教をしていました。
私の右腕であり、あのハスと同等の力を持つ暗部リッカが奇跡の赤子を見つけてくれたのです。
その赤子は『滅びのラクル地区』を彷徨っていました。
殺しを生業とするリッカも、無垢な赤子が醜い魔獣の餌になることは、望まなかったのでしょう。しかし、その甘い心が仇となりました。
リッカが赤子を前に警戒を解いたとき、不意を突かれ「闇の従者」の攻撃を受けてしまったのです。
受けた傷口から闇に寄生されたリッカは、残忍な心に身を委ねてしまいました。赤子を拾上げると、頭上に持ち上げ、勢いよく岩に叩きつけようとしたのです。
その時、赤子が赤黒い炎に包まれた。炎は大蛇のようにリッカに巻き付き、そして、いくつもの黒炎が大地を這うと大爆発を起こしました。
爆炎は大地に染み付いた「穢れ」とリッカの中の「闇の従者」だけを燃やし尽くしてくれたのです。
私はリッカからこの話を聞くと、その赤子を人知れず育てることにしました。
その赤子を、聖職者たちの―踏み絵―とするために。
その子が3歳になると、私は、悪い噂の絶えない麗光協会の孤児施設にその子を送り込みました。
その孤児院の責任者である神父は狡猾な男で、本部もなかなか尻尾を掴むことが出来ず、放置するほかなかった。
しかし4カ月後、その施設と神父が、見事に爆炎で吹き飛びました。
私は確信しました。
その子は思惑どおり―踏み絵―となってくれたのです。
悪意を爆炎で燃やし尽くす子。悪事をする者にとっては悪魔の子供です。
私は不正や汚職の疑いのある施設にその子を送り続けました。
そして、聖職に相応しくない者たちは、次々と白い灰になったのです。
しかし、その子は次第に心を痛め始めたのです。多くの孤児の悲しみ、苦しみが、道具には必要ない情を生み出してしまったのです。
ある施設の粛清が終わったあと「みんながお腹いっぱいご飯を食べられるように、みんなが笑顔でいられるように魔法使いになりたい」なんてことを言うようになったのです。
間もなく、その子は私たちの目の前から姿を消してしまいました。
『ライス』
それがその子の名前でした。




