ラザルト聖戒兵隊
【前話までのあらすじ】
ゼルド国から聖地カンザギアに戻ると、待ち受けていたのは山麓の守護人スワップだった。スワップはライスたちに「このまま道を行き、カンザギアから出て行って欲しい」と言うのだった。その真意は衝撃的なものであった。ライスはスワップの覚悟を察し、カンザギアを通り抜けることに同意した。
◇◇◇
リラルゾ山脈へ向かう馬車の中、リジは不機嫌にぶすっとしていた。
リジはどうしても今回のライスの判断に納得することが出来なかった。
ゾクス山の山道に入ったところで、馬車の中にアシリアが入って来た。彼女は森の中、馬車を襲う者がいないか見廻っていたのだ。
ルレラ山に入ると道が細くなり馬車が使えなくなった。馬を解き放つと、一行は往路で使ったミツメ樹の中で一夜を過ごすことにした。ミツメ樹は地中に大きく育ち、中は2人で過ごせるくらいの大きさに成長していた。
「ミツメ樹って不思議よね。でも、これって一年樹なんだってね」
「 ..」
ライスの呼びかけにリジは拗ねた子供のように無言を貫いていた。
「ねぇ、リジ、いったいどうしたの?」
「ライスは平気なの? あんな悪いことをした奴が今も平然と暮らしているんだよ」
「スワップのことね」
「そうだよ。私はどうしても納得がいかない。ゼルド国はあのセイウチの魔獣に襲われて、子供まで殺された。そしてビュルスは石像に、ライスだって瀕死の状態になったんだ。そんなことをしておいて、あいつは今も普通に暮らしている」
リジは、憤りを隠せず両手を振りながらライスに訴えかけた。
「普通かな.. きっとスワップはこの先、その罪を背負っていくと思うよ。私は逆にスワップには残酷な道を選ばせたと思っている。スワップは、あの山麓でこの先ずっとカンザギアを守ることを、贖罪として生きていかなきゃいけないんだ。それってとても悲しいことだよ。だってスワップもきっとスレイと同じように世界を見るために、『最果ての森』を出たに違いないんだ。それなのに、スワップはもうあのカンザギアから出ることは許されなくなった」
ライスの言葉にリジは気づかされた。
「そっか。スワップは自分を閉じ込める牢獄を守るために生きることになるのか.. それは辛いね」
エルフと同じように精霊から獣人へとなったオレブランは何百年という寿命がある。スワップがこの先どれほど生きていくのかはわからないが、その長い人生に罪を背負っていくことを考えると、リジはそれ以上不満を口にすることはなかった。
それから2日後、ライスたちはリラルゾ山脈の山越え道を抜けた。
「ところで、スワップは『王の帰還する森』にラザルト聖戒兵隊を待機させているといっていたけど、大丈夫なのだろうか?」
「そうだよね、ギガウも気になるでしょ。だって、誰かさんが襲ってきた亜人を撃退するのに、森ごと消滅させちゃったんだもんね」
リジはライスの顔を覗き込んでからかうと、ライスは苦笑いをするばかりだった。
「それなら大丈夫だ。『王の帰還する森』は消えることはない。その場所には私が森の巫女として祈りを捧げてきた」
「ほんと? よかったぁ」
「まったく、誰かさんの無茶の後始末にアシリアも大変だよねぇ」
さらにリジの追撃はとまらなかった。
「へへへへ、申し訳ない」
「気にすることはない。私はお前の友だ」
言いなれないセリフにアシリアの声は、少しうわずっているようだった。そして、言い終えると、すぐにその身を風に舞う木の葉に隠してしまった。
「アシリア、ありがと」
・・・・・・
・・
『王の帰還する森』へ向かう間、ライスとギガウはラザルト聖戒兵隊についてリジから教えてもらうことにした。
「私も文献を読んだだけなんだけど、ラザルト聖戒兵隊は、6王国6領主国すべての国において、特別な権限を持つ組織だったらしいよ」
「6王国というと、まだルメーラ国が滅亡する前か」
「そうだよ。その起源は、ラザルト国がまだリヴェヴァリオ国の聖都であった頃にまで遡るの。もともと聖戒兵隊は国の兵ではなく、神職者の集まりだったんだって。だから、今も聖戒兵隊は『神の僕』として考えられているんだよ」
「まさにラザルト国の兵だね」
「ライス、それはちょっと違うんだ。彼らはラザルト国から派生したけど、どこの国の兵でもないんだ。さっきも言った通り彼らは『神の僕』として存在している。だからどこの国の権力にも従う必要はないんだよ。どこの国へも自由に入ることも出ることもできる」
「しかし兵にそんな特権与えてもいいのか?」
「まぁ、特権と言っても、その特権は彼らのたったひとつの使命にだけ許されたものだからね」
「使命?」
「うん、それが犯罪人の護送。彼らが運ぶのは神を冒涜した最も罪が重い犯罪人。その重犯罪人をラザルト国の中央断罪所まで運ぶのが彼らの使命。もちろん、そんな重犯罪人だから仲間が襲って来ることもある。そのため、昔は強力な神聖魔法の使い手がいたらしいよ」
「今はいないのか?」
「たぶん今もそんな強力な神聖魔法の使い手がいたら、スワップの術にはかからないんじゃないかな。文献では、600年前の闇の覇王と闘いに消えた僧侶ブイを最後に、強力な神聖魔法の使い手は現れていないと書いてあったよ」
「だが、それでは護送車を襲う者を排除するのは苦労するだろう?」
「うん、だから今では、ラザルト聖戒兵隊にあだなす者には、5王国6領主国の連合兵団によって容赦のない鉄槌がくだされる。世界中に狙われてまでラザルト聖戒兵隊を襲おうとする者なんていないよ」
「なるほど、俺たちは重犯罪人としてラザルト国に送られるが、これほど保証された旅はないということだな」
「そういうことだね。私は、スワップは嫌いだけど、この特権を利用するなんて、頭の良さだけは認めざるを得ないわ。だから余計に大嫌い」
政治的交渉に一部の隙もない知略。どれもが一流であるがゆえに、情さえも切り捨ててしまうスワップにリジは嫌悪感を抱いていた。
「しかし、そんな特別な隊であるのに、あまり知られていないのはなぜなんだ? 聖戒兵隊が動くことはそんなに珍しいことなのか?」
「それに関しては、思うところがあるんだ。私、小さい頃に一度だけその隊を見たことがあるの。あれは中央裁定所の北庁舎が爆破された事件よ。捕まった犯人は、ラザルト国中央断罪所に送られることになった。その時にその犯人を護送したのが聖戒兵隊だった。でもね、おじいさまに言われるまで、その事件も護送兵のことも忘れていたわ。おじいさまは『それは神聖魔法の力によるものだ』と言っていたわ」
「なるほど、目立たず、記憶にも残らない。護送にはうってつけの魔法だね」
「きっとスワップなどの超感覚を持つオレブラン(獣人)には、その魔法は効かないのかもしれないな」
『王の帰還する森』に着くと、やはり大きな森はさっぱりと無くなっていた。しかし、驚いたことに若樹がすでに腰の高さにまで成長していた。
「これは、アシリアが祈りを捧げてくれたおかげだろう。そのことで土に残った種が急成長したに違いない。どれ、それなら俺も」
ギガウは手を大地に着け祈りを捧げた。古代精霊である精霊フラカの力を森に分け与えたことで、森がより神聖な場所となった。
『お前たちは果樹園パーティか?』
後ろから低く、それでいてどこまでも澄み切った声がした。それはまるで森の中を流れる川のせせらぎのように、その場にあるべきものとして存在する声だった。
ライスたちは咄嗟に構えた。
「何者だ? 」
「そいつらは例の聖戒兵隊よ」
ギガウの問いにアシリアが答えた。
「あいつら、いつの間に現れたんだ。しかも馬車ごと俺たちに悟られずに近づくなんて..」
「違うわ、ギガウ。そいつらは最初からその場所に居たわよ。あなたたちは馬車の横を通り過ぎながらも、その存在に気が付かなかったのよ」
「驚いた。そんなことがあるの?」
リジは自ら説明した聖戒兵隊の力に改めて驚いていた。
「この馬車は特別な加護にあるみたいだわ。あなたたちが素通りする様は、とっても滑稽だったわ」
アシリアはそういうとくすりと笑みをこぼした。
「なるほど、指摘されたから、存在に気が付いたのか。確かにこれならばラザルト国まで誰にも邪魔されずに行くことができそうだ」
「そうね。でも用心に越したことはないわ。敵にハスのようなダークエルフがいないとも限らない。当然、この神聖魔法は見破られるわ。ま、それでも私だったら、こんな護送車を襲うことなどしないけど。世界中に指名手配されるなんて恥ずかしくて殺し屋稼業なんてできないもの」
『話は済んだか? 早く乗れ』
一見、行商人に見間違えるような服をきた兵は、ぶっきらぼうに言った。
ギガウ、ライス、リジ、そして今回はアシリアも馬車に乗り込むことにした。この先、どんな罠があるかもわからない。護送車内に居たほうが安全だからだ。
馬車の荷台には幌が掛けてあるが、幌の裏は白銀の鉄格子となっていた。鉄格子の中に入ると、出入口が仄かに光り消えてしまった。
「ねぇ、出入り口が消えたけど、到着したらどうやって出るの?」
『安心しろ。中央断罪所の責任者ジド様が鍵を持っている』
運転席の聖兵が応えた。
「なるほどね、そのジドってひと以外は門を開けられないということなのね」
馬車は音もなく、土煙も出さないまま、ラザルト国へ向かっていく。




