感謝の走馬灯
【前話までのあらすじ】
傷ついたライスは3日経っても目を覚ますことはなかった。彼女の傷を癒すためアシリアが森の巫女として寄り添ったとしても.. 一方、ゼルド国ではリュキュエスについて話し合いが行われた。王家の宝(武具)がリュキュエスの腕と同化した事実に、彼女こそ王の生まれ変わりだと認められた。そしてリュキュエスの拳が天を貫いた時、ゼルド国の民に力がみなぎるのであった。
◇◇◇
それはリュキュエス王女誕生の式典の最中であった。
治癒力を高めるため、傷ついたライスに添い寝をする森の巫女アシリア。
そのアシリアの胸に、ライスが顔をうずめたのだ。
「お母さん..」
この4日間、ただ眠り続けていたライスが、自ら体を動かし、寝言を言ったのだ。
アシリアはライスを優しく包みこむと、語り掛けた。
「ライス.. ライス」
「う.. う..ん」
返事をしたライスがゆっくりと目を開けた。
「ライス、おはよう」
「あ、アシリア.. おはよう」
アシリアはライスに体調を訪ねた。
それに対してライスは『わるくないよ』とひとこと返事をした。
アシリアは部屋の外にいるリジにライスが目覚めたことを伝えた。
リジは今にも抱きしめたい気持ちでいっぱいであったが、その朗報をギガウ、そしてフレイディスへと知らせに走った。
・・・・・・
・・
部屋の外にギガウ、フレイディス、ルヴァー、そしてリュキュエスが集まった。
「まだなのか? なぁ、リジ!」
馳せる思いにギガウが扉の外から大きな声で尋ねる。
扉から顔だけ出したリジが言った。
「ちょっと、ギガウ。ライスは女の子なの。いま、綺麗にしているんだから、ちょっと待ってなさいよ!」
ギガウはシュンとした。
やがて、扉が開くとそこにはベッドの縁に腰かけたライスがいた。
「ライス、心配したぞ」
「ごめんね」
「馬鹿、謝ることなんてないぞ」
ギガウはライスを抱きしめたかったが、包帯がまかれ吊り下げられた腕を見て、ライスの腕が重傷だったことを思い出した。
それと部屋の中の今まで感じたことのない感覚に気が付いた。
「アシリア、これは?」
「やはり、あなたも気が付いたわね」
「ああ。これはこの世界のものではないな」
「なに? どうしたの?」
「リジ、この部屋はやたらと澄んだ香りがするとは思わないか?」
「ん? そうかな? でも言われてみればそんな気も」
アシリアは、夢を見た。それは『一粒の種から顔を出した芽が、背丈も超えて、大木となっていく』というシンプルな夢だ。
しかし、その時から寝室の中が清涼感のある香りに包まれた。
夢で見た木はエルフのアシリアでも初めて見る木だった。
「これは静謐の魔人ダリとライスを守護する炎光の魔人ルカが起こした奇跡じゃないかしら」
ズタボロになって今にも千切れそうだったライスの腕が、ちゃんと腕として形成されているのを見た3人は納得した。
「でも、よかった。本当に良かった。ライスさんが無事で」
ライスを見て抑えていた気持ちがあふれ出し、フレイディスはその場にくずれた。
「フレイディスさん。私の方こそフレイディスさんが無事でよかった。もし万が一のことがあったら、ビュルスさんに顔向けできないもの」
「ライスさん、この国を守ってくれてありがとう。きっと父・ビュルスも感謝しているよ」
リュキュエスの身なりや発言にライスは驚いていた。
「あの、リュキュエス.. だよね」
「リュキュエスはこの国の王女になったんだよ」
「え? 私、違う世界に飛んだ?」
「あははは。俺たちは宝物庫に行っただろ。そこにいた白い魔獣人が全てを教えてくれたんだよ。実はな――」
ギガウは宝物庫で起きた出来事、真実をライスに説明した。
ライスは、第2世界アーロスの存在、受け継がれた王の魂、そして乳母ローレイが『形のない宝石』によって守護魔獣人となっていた事実に、目を白黒させながら聞いていた。
「なるほど、それでリュキュエスが王女になったんだね。よかったね」
リュキュエスはビュルスによって孤児院から連れ出された。そして今、ビュルスが大切に想う国を担っていく覚悟をしたのだ。
同じように孤児院出身のライスはリュキュエスを自分と重ね合わせた。ロス・ルーラに出会い、人の温かさを知り、そしてあの人は逝ってしまった。
ライスはロスが禁忌を犯しながらも生きた600年間を意味のあることにするため、全てを受け継いだのだ。
それがライスの生きる意味にもなったのだ。
ライスがリュキュエスに言った『良かったね』には、そのような意味が含まれていた。
ライスはビュルスに会いたくなった。
ベッドから立ち上がろうとしてふらつくライスにギガウが背中をさしだした。
ギガウにおぶられ氷壁門に着くころ、陽が傾き始めていた。
門と同化したビュルスに向き合うと、ライスはリュキュエスが王女になったことに対して『おめでとう』の言葉を贈った。
それと自分が魔法を使えなかったために、このような姿にしてしまったことを謝った。
ライスはひと粒涙を落とした。
「ライスさん、どうか泣かないで。ビュルスは誇りをもって私やライスさん、そして国を守ってくれたのだから、ほめてあげてください」
「うん、フレイディスさん、そうだね。ビュルスさん、ありがとう」
ライスは秘想石になったビュルスに抱き着いた。
氷壁内に戻ると、ライスはアシリアを呼んだ。
木の葉が舞い降りるとアシリアが姿を見せた。
「どうした、ライス?」
「あのね、アシリア。私も見たよ、夢のあの樹を」
ライスはアシリアの手の上に式紙を置き、息を吹きかけた。
式紙はアシリアの手の平にひと粒の種となった。
アシリアがそれを大地に植えると、続いてギガウが精霊の力をそそいだ。
芽は若樹となり、やがて大木となった。
大きな葉からは寝室で嗅いだ清涼感のある香りが広がっていた。
「この樹は生命の樹。私の腕がここにあるのもこの樹のおかげ..リュキュエス、傷ついた人たちにこの樹の葉を与えてあげて」
「うん、ありがとう、ライスさん。ところでこの樹の名前は何ていうの?」
「サイフォージュ。生命の樹サイフォージュだよ」
この生命の樹は、魔法が使えない戦士の国ゼルドの固有種となった。そして、この先、多くの人々の体と心の傷を癒してくれるだろう。
―それから2日後、ライスたちはゼルド国を出発する。
『形のない宝石』は、20戦士たちが宝物庫より回収してくれていた。
宝石はツルツル岩と同じ性質を持つ箱の中に納められていた。
ライスは箱を受け取り鞄の中にしまった。
そして、果樹園パーティを乗せた馬車は、ゆっくりと出発した。
「ライスさん!! 待って!」
馬車が動き出して間もなく、後ろからリュキュエスが走って追いかけて来た。
「どうしたの、リュキュエス」
「ライスさん、あれを見て!」
リュキュエスはライスたちを氷壁門に連れて行った。
「これを見て」
リュキュエスは秘想石となったビュルスを指さした。
そこにはビュルスが見たライス、リジ、アシリア、ギガウ、そしてリュキュエスの姿が走馬灯のように映し出されていた。
[―秘想石はその者の想い そして もっとも愛おしいと思った記憶を映し出す―]
それは、ビュルスから果樹園パーティへの感謝の想いだった。
ビュルスの想いを受け止めた果樹園パーティの馬車は、再び動き出し、聖地カンザギアへと向かった。




