愛と忠誠の誓い
【前話までのあらすじ】
黒い魔獣人ガレムの罠にかかったフレイディスとライス。フレイディスはビュルスの愛に応え、ガレムに屈することはなかった。魔法を封じられているライスはフレイディスの危機に意味のない詠唱を唱えるしかなかった。卑劣なガレムと自分の不甲斐なさに暴走すると、穢れの炎がライスの姿を変えようとした。その穢れた炎を天に持ち去ったのは式紙のルシャラだった。
◇◇◇
「リジさん、ライスさんの様子はどうですか?」
「はい。今日もアシリアが添い寝していますが、未だに..」
重傷を負ったライスの寝室に、フレイディスが訪れた。
魔獣人に傷つけられた国の修復、被害者へのケアに20戦士は寝る間もないほど忙しい状態だ。
自分を助けるために力を暴走させ、心身ともに傷ついたライス。その近くに居たい。彼女の為に祈りを捧げたい。
フレイディスはそんな思いに蓋をして、復興の仕事をしている。そして自分に与えられたわずかな休憩時間を使って、ライスの様子を伺いに来ていたのだ。
戦闘から3日。
ライスは眠ったままだった。
冷たい海の水で身体を清めたアシリアが『森の巫女』として、ライスに寄り添っていた。
森の巫女の神秘的な力は患者の治癒力を高める。何よりも心に癒しを与えるのだ。
ライスと一緒に居たい気持ちはリジも強かったが、その効力を最大限に発揮させるためには、ライスとアシリア2人きりになるのが一番だった。
しかし、3日も目を覚まさないライスを前に、アシリアは姉エレンフェのような巫女としての高みに立っていない自分を悔いていた。
国の惨状とボロボロになったライスを目撃した時、ギガウの怒りは頂点に達した。しかし、皮肉なことにギガウはその怒りを自制することに成功した。憤怒により地面を溶岩に変える能力を抑えたのだ。おそらく、氷の世界という状況が、否応なく彼を自制させたのだろう。
ギガウはこの怒りを僻地の巣に残る恋人グレニィの討伐に向けることにした。同行したのはリュキュエスだった。
彼女も父として慕っていたビュルスをあのような姿にした魔獣人ガレムを自分の手で葬ることができなかった無念を感じていた。その無念を、彼女は恋人グレニィ退治に向けていた。
ギガウとリュキュエスの残党退治はわずか2日で終えた。恋人グレニィの生き残りは20匹ほどしか残っていなかったからだ。
恋人グレニィと取り巻きの魔獣を退治すると、ギガウは憤怒の怒りを解放し、巣から半径500mの地氷を浄化した。
統治者ルヴァーと20戦士幹部、そして老戦士を招いてリュキュエスについての話し合いが行われたのが4日目のことだった。
「何だと! では、あの金色の髪の少女が、ゼルド国の初代王ルイの生まれ変わりだというのか!?」
驚きを代表して声にしたのは、怪力の老戦士スタムだった。
「はい、そして白い魔獣人ロレイスは、ゼルド国王の再来まで王家の宝を守っていたのです」
ルヴァーは白い魔獣人ロレイスがルイの乳母であることを伏せた。彼女は確かに『王家の宝』を守ることを誓った。しかし、若く美しい彼女が恐ろしい魔獣人になることを望んでいたとは思えなかったからだ。
彼女の本当の望みは、ルイが大人になるまで見守ることだったはず。
それを想うと、白い魔獣人の正体をさらすような真似をしたくはなかったのだ。
「ルヴァー、俺たち20戦士は全てを目撃した。だからリュキュエスが初代王ルイの生まれ変わりなのだと思える。しかし、ゼルド国の民は納得できるのか? ついこの前訪れた少女が王の座につくことを」
この難しい問いかけに、場にいる者が口を閉ざした。老戦士瞬殺の悪魔カルド以外は。
「俺は信じることが出来る。リュキュエスが王の生まれ変わりであることを。お前たち、自分の魂に何か感じることはないか? スタム、お前はなぜ怪力を持って生まれた?」
「そ、それは鍛えたからだろ?」
「確かにそれはある。だがな、お前のその力は尋常ではない。 この俺もなぜ瞬殺の悪魔と呼ばれるほどの剣速を持つことができたのか? 俺は常々考えていた。そして、白い魔獣人が王の生まれ変わりを待っていたことを聞いて、淀んでいた川が一気に流れ出た思いになったよ。 ゼルドの民は前世を受け継いでいる」
「なるほど。だからローレイはルイが再び生まれ変わることに確信を持っていたのか」
「ローレイ? ルヴァー、誰だ、そのローレイとは」
「いえ、スタムさん、ゆ、夢に出てきた占い師です」
「お前の夢の話はどうでもいい。それで、王家の宝は、今はどこにあるのだ?」
「はい、それが.. リュキュエスの腕に同化しました」
「なんだと! それを早く言え、馬鹿者! それならば間違いないではないか! 直ぐにでもリュキュエス、いや、リュキュエス様をお呼びして、国民に姿を見せるのだ」
「今ですか?」
「馬鹿もの! 今だ! 早くしろ!」
話し合いの場は、老戦士にルヴァーが叱られ閉会した。
・・・・・・
・・
フレイディスはリュキュエスを探していた。まだ14歳のリュキュエスは落ち着きがなく建物の中で静かにしているタイプでもない。
それでも、彼女がいつも行く場所は決まっていた。ギガウのところだ。彼女は絶えず、ギガウとの闘いを熱望しているからだ。
「ギガウさん、リュキュエスを知らない?」
ギガウは魔獣に荒らされた畑仕事の手伝いをしていた。
「ああ、あいつ、ずっと『闘おう! 闘おう!』ってうるさいんだ。俺は手が離せないからランドの所へ行かせたよ。あいつら年も近いしお似合いだろ」
フレイディスはランドがいつも練習をしている西の広場に向かった。近づくと空気が震えるほどの打撃音が聞こえてきた。
「へへへ、これで5勝だな」
「何言ってるのよ。今のは、私の突きが当たってからの打撃でしょ。5勝したのは私よ。ランドは4勝5敗」
「何寝ぼけてるんだ。俺の打撃の方がわずかに速かった」
「負けず嫌いを相手にすると大変ね。いいわ、じゃ、今のは、あなたの勝ちでいい。譲ってあげる」
「な、なんだと! そんな譲ってもらう勝ちなんかいらねぇ!」
「やれやれ.. わかったわ。じゃ、間を取って『引き分け』でどう?」
そう言いながら、リュキュエスはランドの額の汗を拭いてあげた。
「ああ.. ま、引き分けならいいか」
その様子を見ていたフレイディスは堪えきれず吹きだしてしまった。
「あっ、フレイディス! い、今の見てたのかよ」
「うん。見てた。ランド、汗がまた出てるよ。拭いてもらったら?」
ランドは自分の顔が火山のように熱くなるのを感じていた。
「何の用だよ!?」
「うん、実はリュキュエスに用があるの」
「私に? もしかしたらライスが目覚めたの!?」
「ううん。残念だけど違うわ。でも、あなたにとっても私たちゼルド国にとっても大切なことよ」
その言葉を聞くとリュキュエスの顔つきが変わった。
「今なの?」
「ええ、今よ。そして、今こそ、みんながあなたを必要とするとき。ローレイならきっとそう言うわ」
リュキュエスは大きくうなずいた。
「な、なんだよ。急じゃねぇか」
「ランド、あなたも汗を洗い流して正装していらっしゃい。場所は統治者ルヴァーの屋敷.. いいえ、王の宮殿よ」
フレイディスと一緒に力強く歩むリュキュエスを見て、ランドは彼女が遠くに行ってしまう気がした。
「リュキュエス!」
「ん? どうしたの、ランド」
「ま、またな」
「うん、またあとでね」
ランドが20戦士の正装をし、統治者ルヴァーの屋敷に訪れると、すでに多くの国民が広場に集まっていた。
ケガをして杖を突く者、家族が亡くなり意気消沈するもの、再建に励むことで気持ちを保とうとする者。それぞれがあの襲撃の傷を負っていた。
「遅いぞ、ランド」
20戦士のリーダーであるエイクに窘められると、ランドは慌てて隊列に加わった。
本当ならばランドの右隣には通信係のオルファの姿があるはずだった。だが、今は空席となったままだ。
20戦士も深い傷を負っているのだ。
やがて、屋敷の中よりルヴァー、フレイディス、そしてティアラを付けたリュキュエスが出てくると、壇上にあがった。
その様子に国民はざわめき始めた。
「ゼルド国の民よ。我らの祖先は第2世界にあるアーロス国の王家とその側近であった。この地に移り、間もなく初代王ルイがお亡くなりになり、玉座は冷たいままだった。しかし、王の魂は絶えなかった。今、再び王はこの地に帰った。ここにいるリュキュエスこそ王の魂を継ぐものだ」
その言葉に国民のざわめきは大きくなった。
「皆は知っているはずだ。『王家の宝』の存在を。我らが何度も宝物庫に行こうとも白い魔獣人に阻まれた.. しかし、今、ここにある。あの王だけが持つことが許された武具だ。いま、それを見せよう! 皆の者よ。 希望を感じるのだ!」
ルヴァーは言葉少なにリュキュエスに託した。
「私が、何者であるかは私にもわからない。でも、私がみんなの希望になるのなら、私はそうなることを望んでいる。だって、ここは父さんが守る国だから」
そういうとリュキュエスは王家の宝が同化した腕を高々と上げた。
「今こそ、全開だぁああ!」
リュキュエスが叫ぶと、腕の光が天を貫いた。
それと同時に、ゼルド国の民の胸が熱くなった。
『な、なんということだ。力が.. 力がみなぎるようだ!』
足に負った大怪我のため杖なしでは立つこともできなくなった農夫は、その杖を手放すと両足で地面をしっかりと踏みしめた。
夫を亡くし、気力なく下を向いていた婦人は顔を上げ天にいる夫に感謝し、強く生きていくことを誓った。
「これは人々だけではない。この地、そのものがリュキュエスの力に呼応している」
ギガウが地に手をついて言った。
『リュキュエス!リュキュエス!』という掛け声が何処からか発せられると、それは希望の声となった。
今、ゼルド国に新たな女王リュキュエスが誕生したのだ。
式典が終わると王の宮殿前では国民が酒や食べ物を持ち寄り、宴が始まっていた。
その時、ランドは宴から離れ、見晴らしの良い場所で国全体を眺めていた。
「ここにいたのね」
後ろから声をかけてきたのはフレイディスだった。
「ああ..」
「この場所からだとビュルスの門も見えるから、私も時々来るのよ」
「あの人は凄い人だ。愛する人を守り、そして今もこの国を守っている。リュキュエスに生き様を見せ、それはしっかりと受け継がれた」
「うん、ありがとう。あなたにそう言ってもらえてビュルスも喜んでると思うわ」
うれしそうなフレイディスをひと目見ると、ランドは話を続けた。
「昼にさ、リュキュエスの後ろ姿を見た時、俺はリュキュエスが遠くに行くように見えたんだ。だから、呼び止めちまった」
「寂しかった?」
「ああ、ちょっとね。でもさ、さっきのあいつを見た時、俺は考えを改めたんだ。もしも、あいつが遠くにいるように感じるなら、俺が近づけばいい。だって、俺の家系は王家を守る家系だ。俺だってビュルスさんに負けないぜ。リュキュエスを守るんだ」
「 ..」
ランドがフレイディスを見ると、瞳から流れた涙が頬を伝い、柔らかな芝の上にこぼれ落ちた。
「ご、ごめん、俺、何か―」
「ううん。うれしいの。うれしいのよ。ランド、あなた、とても素敵よ」
今もほのかに光る門にはビュルスの想いが映し出されている。
その小さな光は、大きな光となり国民の希望となった。そしてこの少年にも大きな希望と愛を教えたのだ。
それがフレイディスには誇らしく、この上なく嬉しかったのである。




