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果樹園の魔法使い~形のない宝石を求めて  作者: こんぎつね
8章 聖地カンザギアとゼルド国
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天に還る羽

【前話までのあらすじ】


ビュルスは氷壁門を守るために黒い魔獣人ガレムの前に立った。ガレムの牙爆撃は反射の能力を上回り、ビュルスの体は秘想石となってしまった。しかし秘想石は氷壁門と融合し破損部分を完璧に修復した。ビュルスの体に映し出されるフレイディスの姿を見ると、その美しさに魔獣人ガレムの欲望は膨れ上がったのであった。

◇◇◇

 氷壁内に入り込んだ恋人グレニィもフレイディスや老戦士の活躍で退治することができた。


 しかし、被害者が出たことは悲痛の極みであった。


 ビュルスが外に出て半時。


 ようやく衝撃音が鳴りやんだ。


 空気が振動する衝撃が走るたびに、フレイディスはビュルスのことが心配で胸が張り裂ける思いであった。


 フレイディスは楽しかった頃のビュルスよりも、最後に見せた優しくも寂しい彼の笑顔が脳裏から離れずにいた。



 ―なぜ自分はもっと彼に優しく接してあげられなかったのだろうか..


 ビュルスの想いはわかっていたのに、素直になれなかった自分を後悔するばかりであった。


 「何しに来た?」などの冷たい言葉ではなく、再び会えた喜びや、彼が去ってしまった時の悲しみ、そして近くに居て欲しい想いを、なぜ伝えることが出来なかったのだろうか..


 フレイディスは再びビュルスに会ったら、嫌われてもいい、笑われてもいい、ただ自分の想いの全てを伝えようと思っていた。


 「フレイディスさん、音が鳴り止みました」


 避難所から降りてきたライスがフレイディスに声をかけた。


 ライスとフレイディス、そして老戦士2人は外の様子を見るために、氷壁門に近づいた。


 フレイディスが手のひらを門に触れると、門が上へあがる。


 4人は魔獣人ガレムに警戒しながら外へ踏み出す。


 「ビュルスの姿が見当たらないぞ」


 「あいつも、どこかに避難していればいいのだが..」


 同行した老戦士の言葉にフレイディスの心配は尽きなかった。


 その時、ライスは信じられないものを見た。そして指をさした。


 フレイディスは脚の力が抜け、その場に泣き崩れた。


 頭上に上がった氷壁門に秘想石と化したビュルスの姿があったからだ。


 氷壁門を降ろした。


 門と同化した秘想石のビュルスは透明で、昔、フレイディスに愛を告げた後に見せた照れ隠しの微笑みをしていた。


 「ビュルス..」


 フレイディスはビュルスを抱きしめた。


 「ねぇ、見て、フレイディスさん」


 ビュルスの秘想石にはフレイディスとの想い出の日々が映し出されていた。


 「ビュルス、こんなに冷たくなっても、あなたの温かい想いが伝わってくる」


 フレイディスは再びビュルスの胸に顔をうずめる。


 「ビュルスさんは前に言ってた。秘想石は自分たち角人の想いそのものだって。全身が秘想石になったビュルスさんが映すのは、フレイディスさんの想い出。きっと、そういうことなんだと思います」


 「ライスさん、ありがとう」


 その時、大きな轟音と共に巨大な牙が老戦士2人の頭を貫いた。


 「グエ、グエ、ふふふふ。狙い通りですね。待っていれば、ビュルスを心配したあなたが出てくると思いましたよ。フレイディス」


 「フレイディスさん、逃げ.. 」


 ライスの肩を牙が貫いた。


 「小娘は静かにしていなさい。あなたは前菜として楽しんであげますから」


 醜悪な口からよだれを垂らしながら魔獣人ガレムはライスの耳元に顔を寄せてささやくように言った。生臭い息がライスの全身を嘗め回すようにまとわりついた。そして最後にライスの肩を貫く牙を手で捻じり込んだ。叫びをあげるライスにうっとりと光悦の表情を浮かべるのだった。


 「―ぞくぞくしますねぇ。もうイってしまい..そうです」


 独り言をほざくガレムは、いきり立つモノをまたぐらにしまうと、フレイディスへと振り返った。


 「さて、さて、フレイディスさん、あなたにとって、とても有益な話がありますが、聞きますか?」


 フレイディスは返事をせずに刀を抜いていた。そして憎き仇を睨みつけた。


 「まぁ、ワタクシの独り言と思ってくれてもいい。能力者の中には、その能力の上限以上の力を出すと休眠する者がいます。その眠りが1週間になるか1年になるのかはわかりません。これがどういうことか理解できますか?」


 フレイディスは後ろを振り返りビュルスを見た。


 「そうです。彼が生きている可能性。それは十分あります。しかし、休眠している間は、その者はとても無防備になる」


 そういうと魔獣人ガレムはツララを手にしてポキンと音を鳴らして折った。


 「あなたがワタクシと一緒に来るのであれば、もうゼルド国を襲いません。もちろん、その門を未だ守るビュルスさんにも手を出しません。しかし..ワタクシの提案を断れば..」


 魔獣人ガレムはさっき折ったツララをバリバリと足で踏み砕いた。


 「どうします?」


 「 ..本当に、もう国にもビュルスにも何もしないのか?」


 「ダメ!! フレイディスさん、そんな言葉に乗ったらダメ!」


 引き留めようとしたライスを魔獣人ガレムは殴りつけ吹き飛ばした。


 「はい。わたくしも海の戦士と呼ばれます。戦士に二言はありません。なぁに、悪い思いはさせませんよ」


 よだれを垂らしながら舌を伸ばす魔獣人ガレム。


 しかし、その舌半分がポトリと氷の上に落ちた。


 「ぎゃぁああぁああ」


 フレイディスは剣を振り、汚らわしい血を払った。


 「誰が貴様のようなケダモノの言いなりになるか。ビュルスが私に示した愛の尊さなど貴様などにはわかるまい!」


 「おのれぇ!!このぉおクソ人間がぁ!」


 魔獣人ガレムはフレイディスを思いきり殴ると、気を失ったフレイディスを恋人グレニィの中へ放った。


 「その女をぐちゃぐちゃの肉片にしてしまえ。その門のビュルスに内臓をぶちまけてやる」


 恋人グレニィたちは低く唸るような笑い声と共に黒いボールに変化した。ビュンビュンと嬉しそうに跳ね上がり、フレイディスの周りを何かの儀式のように回り始めた。


 その光景を見るライス。


 視界にある自分の腕はぐしゃぐしゃに折れている。それでもライスは立ち上がろうとする。


 「た、 助けなきゃ.. フレイディスさんが.. ビュルスさんの想いが踏みにじられる」


 しかし助けようにもライスには魔法を使うしか術がない。


 立ち上がり、よろけながらもライスは魔法を唱える。


 [ ―ハリュフレシオ― ]


 しかし、マッチ棒ほどの火も付かない。


 [ ―ハリュフレシオ― ][ ―ハリュフレシオ― ][―メドレス―][―メドレスラン]


 役に立たない詠唱をライスは何度も唱える。


 「何で.. 何で私の邪魔をするの!!」


 ライスはゼルド国の前、氷結の盾に彫られた女神ララに向かって叫んだ。


 その女神ララの眼が開きライスを見ると、うすら笑いを浮かべていた。


 「もう私の邪魔をしないで! クソ女神!!」


 ライスの全身から飛び出した黒い炎が女神ララの頭を消滅させた。


 今にも千切れ落ちてしまいそうな腕。殴られて骨折した頬骨。いくつか体の骨も折れている。


 そんな状態でも、ライスはフレイディスを庇うために恋人グレニィの前に立ち塞がった。


 ― フゥー、フゥー


 生臭い恋人グレニィの息が白く立ち昇る。


 恋人グレニィの固く黒いボールが高く跳ね上がると、一斉にライスとフレイディスに降り注いだ。


 「愛を愚弄するお前らは消えてしまえ」


 黒い光がゆっくりと大きく弾けた。流氷が浮いていた海も1万匹いた恋人グレニィも一瞬で消え去った。


 「貴様ぁ!!何をしてくれた!! 俺のハーレムを」


 激昂した魔獣人ガレムが牙を飛ばす。


 ライスはゆっくりと流れる時間の中で、牙に指先をあてた。牙は砂のように分解した。


 そして地氷を脚で踏み鳴らすと、鋭く固い氷槍が凄まじい勢いで魔獣人ガレムを串刺しにした。

 

 氷は天に届くほど伸び、引き千切れた魔獣人ガレムは地氷に落ちた。


 「 ..グェ ..グエ..」


 ライスの追撃はそれだけではとどまらなかった。ライスは無残に落ちたガレムの肉体から魂を引きずり出すと握り潰した。潰された魂は腐った果物のようにベチャリと音を鳴らして地氷に落とされた。


 「悪い奴は...で当然だ.. 悪い奴は...で当然だ.. 愛を踏みにじる奴は...で当然だ..」


 涙を流しながら呟くライスは、大きな声で叫びをあげるとその場にうずくまった。


 「ごめんなさい.. ごめんなさい.. 私が弱いから、みんなを傷つけた。ロスさんが死んでしまった.. ごめんなさい」


 ライスから黒い炎が噴き出すとライス自身を燃やし始めていた。


 [ ライス! ライス! 起きるんだ! 目を覚ませ! ]


 [ ―誰 ? ]


 [ ルカだ! 魔人ルカだよ]


 [ ―どこにいるの? わからない!]


 [ 僕の手を取れ! そうしないと君は穢れに飲まれてしまう。君が闇の使者になってしまうぞ]


 [ ―わからない。もう何がいいのかわからない。私はリベイルへの愛を守りたかっただけだった。その想いさえもみんなが邪魔をするというのなら.. もうわからない。私は何を信じればいいのだ。そ、それならば、私の存在は無意味だ。すべてが無意味.. 私など影にも劣る存在なのだ..]


 ぐしゃぐしゃになったライスの腕が闇色に変化していく。


 [ ライス。ライス。あなたが闇になる必要はないわ]


 ライスに穏やかな女性の声が聞こえた。その声はライスを柔らかく包み込んだ。まるで無償の愛を注ぐ母親のように。


 [ ―ああ、なんて温かいの..]


 安心するライスをその胸に見つめるのは、リベイル・シャルト(ロス・ルーラ)の母親ルシャラ・シャルトであった。


 [ライス、リベイルを愛してくれてありがとう。リベイルもあなたを大切に想っていました。その想いの為にも闇になんてならないで。リベイルが命をかけて守ったことを無駄にしないで]


 その言葉にライスの視界が開けた。


 「せ..先生。ルシャラ先生」


 「目覚めてくれたのね、ライス」


 抱きしめるルシャラの身体には黒い炎がまとわりついていた。


 「先生、離れて。私から離れなきゃ燃えてしまう」


 「いいのよ、このままで。あなたの黒い炎は私が持って行くわ」


 「だめだよ、先生。私のせいで..先生まで」


 「気にしないで。私はただの式紙。リベイルの記憶から作られた産物にすぎない。だけど、そんな式紙の私にあなたは懐かしい想いをたくさんくれたわ。今の私にはわかる。息子リベイルがあなたを助けた想いが。あなたはひとりではない。仲間を信じるのです。そして息子の愛を信じてほしい」


 ルシャラはライスに絡みつく黒い炎を手繰り寄せると、燃え尽きた。


 「先生..」


 天に上る白い式紙の灰。ライスにはそれが天使の羽根のように見えた。


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