守るべきもの
【前話までのあらすじ】
白い魔獣人という脅威がなくなり、ゼルド国を襲撃する魔獣人ガレムと恋人グレニィ1万匹。弱い子供や老人が犠牲になっていく。武器を手に取った老戦士とフレイディスが応戦するが、ひび割れた氷壁門から次々と恋人グレニィが侵入する。国が落ちるのは時間の問題だった。ビュルスは決心し、こう言うのだった。「俺が外へ出る」
◇◇◇
ライスは女、子供、老人を安全な場所へ誘導する。
恋人グレニィは黒いボールに変化して素早い攻撃をみせるが、上り坂になる場所では、変形を解いて、セイウチのように腹ばいになりながら巨体を移動するしかなかった。
このゼルド国で一番小高い場所は統治者ルヴァーの屋敷がある丘の上だった。
「みんな、早くルヴァーさんの屋敷へ!」
ライスの手を子供たちの小さな手がギュッと掴む。
今、ライスはその感触を胸に、自分が出来ることを精いっぱいやるしかないと思った。
一方、フレイディスは、嘗てゼルド国一番の怪力を誇っていた老戦士スタムと、瞬殺の悪魔と異名を持っていた老戦士カルドを引き連れた。
そして彼らは氷壁門へ向かった。
老戦士はそれぞれ70歳を超えていた。
ビュルスを外に出すためには、短期決戦で隙を作るしかない。
氷壁門に近づけば近づくほど、入り込んだ恋人グレニィの数は多くなる。
しかし、さすが老人となったとしても戦士だ。
彼らは常に自分を恋人グレニィよりも高い場所に身を置いて闘っていた。
そして、氷壁門の前にたどり着くと、老戦士は力を100%解放する。
カルドはその素早い動きで、自分の円周上の恋人グレニィを瞬殺。
恋人グレニィは自分が殺されたことにも気が付かず、斬られた首で自分の姿を見ることになった。
そしてスタムは金棒を手にすると、自分の両腕に覇気を集中させる。
ひと回り大きくなった腕からは蒸気のようなものが吹きだしている。
そして、氷壁門の割れ目から体をねじりこませる恋人グレニィを前に、金棒を叩きつけた。
周辺の風を巻き込む剛力が、氷壁門に近づく恋人グレニィを肉片にして吹き飛ばした。
「今よ、ビュルス!」
「ああ、フレイディス。 また会おう」
―――
・・・数分前
「俺が外に出る」
「どういうこと、ビュルス! あなたが一人で行って、どうにかなるものじゃないわ。あいつらの数は少なくとも数千匹。自殺行為よ」
「だが、入口はひとつだ。俺はあの入口さえ守ればいい」
「でも、いったいどうやって守ろうっていうの!?」
衝撃音がまた空気を揺らしていた。
「フレイディス、聞こえるだろ。今、あの門を破ろうとするのは、魔獣人ガレムの巨大な力だ。だが幸いにも、その力が向けられているのは、門だけなんだ。そこに俺が立つ」
「え.. ダメよ」
「大丈夫だ。お前も知っているだろ?俺の能力は反射だ。俺が門の前に立ちふさがれば、その攻撃は相手に反射される。門が破壊される心配はなくなる」
「だ、だけど、その巨大な力があなたの能力を上回らないという保証がないじゃない! そんなのダメ! 絶対にダメよ!」
「保証があるとか、無いとかそんな問題じゃないのは、お前にもわかるだろ? もうやるしかないんだ」
「だって..」
「それに、俺は今まで自分の能力を抑えて使っていた。その力を解放すればきっと何とかなるよ。きっと、お前を守ることができるさ」
フレイディスは涙で濡れた顔をビュルスの胸に押し付けた。ビュルスはその腕にフレイディスを抱きしめた。ぬくもりの中に伝わる命の尊さは恐怖さえも打ち払う勇気を与えてくれた。
@そして、ビュルスは感謝していた。
―ライスさん、あなたが角人たちを守ったように、俺の能力は守るためにあったんだ。やっと気が付いたよ。そして、君ら果樹園パーティのおかげで、手遅れにならずにすんだ。この能力で、この愛する女性を守ることが出来る―
・・
・・・・・
@@@老戦士たちの戦闘力は凄まじかった。迫りくる恋人グレニィをものともしなかった。しかし、それは一時的な力の解放に過ぎない。現役時代の力を出し続けることはできないのだ。老戦士の体に新たな傷跡が刻まれていく。
ビュルスは命を削りながら作ってくれた一瞬の隙を無駄にしないため、フレイディスを見ることなく壁の外へ飛び出した。
「おやおや、何か出てきましたねぇ。いったい何しに出てきたのでしょう」
「魔獣人ガレム、どんな奴かと思ったら、ただのセイウチの化け物か」
「そうですよ。私たち種族は、あなたがた風に言えば海の戦士なのです」
ビュルスは煽りのつもりで言ったが、魔獣人ガレムは自分の種族に誇りを持っていた。
「それで、あなたは何しにここに来たのですか? まさか、私を倒しに来たとか? 」
「俺が何しに来たかって? 俺はただ『守り』に来たんだ。 このゼルド国を守りに来た。 俺が来たからにはもうこの門に1mmも傷は付けさせねぇぜ」
ビュルスの言葉のあと、場が凍り付いたように静まりかえった。そして門に空いたすき間風の音を合図に、魔獣人ガレムと恋人グレニィの大合唱のような笑いが巻き起こった。
魔獣人ガレムが片手を挙げると、恋人グレニィは笑いを止めた。
「さて、さて、あなたに私のこの牙を止めることができますかねっ!?」
魔獣人ガレムが勢いよく口を開けると、悪臭を放つ涎まみれの鋭い牙が発射された。
高速の牙はヨダレを分散させながら轟音を響かせる。そしてビュルスの胸と腹に着弾した。
「串刺しになりなさいっ....ゲヘェ!!」
ビュルスに与えられたダメージが魔獣人ガレムに反射された。
魔獣人ガレムは自分の牙の威力に後ろへ弾き飛ばされた。
「げぇ.. げへ ぐぅえ..」
魔獣人ガレムは海の中で食べた大量の魚を吐き出した。そしてよろけながら立ち上がった。
「どうだ。馬鹿みたいな自分の攻撃力を喰らった感想は? ぐへっ」
ビュルスもまた口から胃液を吐き出した。
「 ..反射の能力ですね。驚きましたよ。再び胃の中の魚を味わうことになるとは.. でも、あなたも自分の血を味わっているようですね」
魔獣人ガレムはその体を覆う脂肪のおかげで、ビュルスが思うよりもダメージが少なかった。
そしてビュルスは呟いた。
「―バカ野郎が。これじゃ、本当に能力を全開にしなければ身が持たねぇじゃねぇか―」
「さて、では、ここからはあなたと私の我慢比べになるようですね」
そう言った魔獣人ガレムの口から新たな牙が剥きだしてきた。
そして、門には目もくれず、ビュルスの腹一点に4本の牙が発射された。
魔獣人ガレムは反射の力を分散するため、自ら後方に飛んだ。奴が海の戦士というのは伊達ではなかった。奴は攻略的な戦闘をする能力に長けているのだ。
牙は何度も何度も何度も発射された。
そして5度目の牙が命中すると、ビュルスは吐血した。
魔獣人ガレムの攻撃がビュルスの反射の能力を超えてきてしまったのだ。
「おや、おや、私も痛みを我慢していますが、あなたはそろそろ限界でしょうか?」
「へっ、何を言っている。お前の牙なんざ、屁ほども気かねぇよ」
「そうですか、では、あなたのその足はどういうことですかね?」
ビュルスはその指摘で初めて気が付いた。
何とビュルスの脚が服もろとも石になっていた。それは角人の角と同じ秘想石であった。
「だ、だから何だっていうんだ。俺がこの門の前をどくことはないんだ。かえって好都合ってもんだぜ」
「そうですか。 あなたの脳みそも既に石になっているのではないですか?」
6回目の牙爆撃を受けた。
その攻撃でビュルスの身体が氷壁門にめり込んだ。
すかさず7回目、8回目の牙爆撃を受ける。
既にビュルスの首から下は透明な秘想石となっていた。
「興味深いですね。実に興味深い。あなたの石となった体。そこに映し出される映像は何ですか?」
「な、何だって?」
「あなたの身体に映し出されるその女性ですよ」
不思議な光沢を放つ秘想石となったビュルスの身体。そこには、愛するフレイディスとの美しい想い出が映し出されていた。
「そうか.. お前らなどに見られたくはなかったが、これが、俺がここに立つ意味だ。この想いがある限り、この門は絶対に破壊させない」
「ならば、その想いを体ごと破壊してあげましょう」
9回目の牙爆撃がビュルスに命中した。
「愛している、フレイディス..」
自分の牙の威力に吹き飛んだ魔獣人ガレムは立ち上がると、ビュルスに近づく。
「ふふふふ。美しい。まったく美しいです」
ビュルスの身体は完全に秘想石になっていた。そればかりか、秘想石は氷壁門と融合し、ひび割れを全て塞いだ。
秘想石となったビュルスは、まるで氷壁門に施された彫刻のようであった。
そして、そこには彼が想うフレイディスの姿が映し出されている。
魔獣人ガレムは先ほどから、そのフレイディスの姿を見て『美しい』と何度も呟いていた。
「欲しい」
フレイディスの顔、体を見て、抑えることができないほどの欲望に駆られていたのだ。
そして、今、ゼルド国の崩壊を目論んでいた魔獣人ガレムの目的が少し変化した。
ゼルド国の民を恋人グレニィのおもちゃにし、自分は石となったビュルスの前でフレイディスを辱める計画を考え始めていたのである。




