凄惨
【前話までのあらすじ】
白い魔獣人ロレイスとの闘い、秘宝が眠る宝物庫の様子を伝える通信係のオルファが突然消滅した。原因を推察する間もなく、ゼルド国に空気を震わすほどの衝撃音が鳴り響いた。黒い魔獣人ガレムと恋人グレニィが襲撃してきたのだった。
◇◇◇
悲鳴!
穏やかな世界を切り裂く冷たい空気が、甲高く叫ぶ人々の悲鳴を運んできた。
続いて生ぬるい空気に混じり押し寄せる錆のような血の匂いが、人々の心を恐怖に潰していく。
まさか! 奴ら、入りやがったか!?」
「そんなはずないわ。この壁は完璧な結界で守られているはずよ?」
「完璧な結界.. 違う、違うのよ、フレイディスさん。私は魔法使いだからわかるの。この結界は完璧じゃない。たった1つだけ結界が開いている箇所があるのよ」
「ああ、そうだ。ライスさんの言う通りだ。それはこの壁の唯一の入り口」
気候までも立ち入らせないゼルド国の結界。
しかし、この結界を完璧にする必要はなく、また、してはならなかった。
結界を誰が敷いたのかはわからないが、その魔法使いは知っていたのだ。
完璧な結界は時間の差異を生じさせてしまうことを。
また、闘う術を知っているゼルドの民に、全てを閉ざす結界を張る必要はなかった。
魔法使いは氷壁の門を結界の通風口としたのだ。
そして、それは魔獣人ガレムも鋭い探知能力によって、昔から見抜いていた。
魔獣人ガレムの巨大な牙が、氷壁の門へ発射される。
壁全体が揺れるほどの衝撃がゼルド国を揺るがした。
そして、ひときわ大きな衝撃音の後、不自然な静寂に包まれた。
沸き立つような低いうめき声が徐々に大きく地面を震わした。
一匹、そして二匹、三匹とガレムの恋人グレニィが次々と壁内に入り込む。
恋人グレニィは畑で呆然とする老婆を見つけた。歪んだ笑みを見せると身体をゴムボールのように丸め、地面を跳ね上がり、一撃で老婆を踏みつぶした。
そして、公園では子供と子を庇う母親が犠牲になった。
―グェグェ。
グチャグチャする感触が楽しく、体を前後に揺らしながら愉悦の表情を浮かべる恋人グレニィ。泡となる血の海が広がっていく。
惨たらしい遺体を目の前に、失禁する子供たち。
『い、いやだ.. 20戦士.. た、たすけ―』
恋人グレニィは再び黒く固いゴムボールとなり子供の頭上に舞い上がった。
―ピンッ
疾風と共にゴムボールは半分に斬られた。
フレイディスは剣をおさめると、子供を抱きしめた。
「ごめん、ごめんね」
これは落ち度であった。
まさか、白い魔獣人が魔獣人ガレムの脅威から国を守っていたなど、誰もが考えもしなかったのだ。
その為、通信係のオルファとフレイディス以外の20戦士を遠い宝物庫へ送り出してしまった。
また、果樹園パーティにしても、今は魔法を封じられたライスだけが残るのみだった。
未だに続く衝撃音に空気が震える。
「見ろ! フレイディス」
ビュルスの言葉に氷壁門を見ると、さらに氷のひび割れが大きくなった。
そこからまるで軟体生物のように次々と恋人グレニィが入り込む。
そして黒いボールとなって民を襲い始めた。
その一体が子供を避難させているライスの頭上に飛んできた。
魔法も使えず、式紙も使えないライスは、地面に落ちていた木の棒を拾った。
「ただじゃ殺られないから!」
そう叫んだ時、巨大な斧が恋人グレニィの脳天を打ち砕いた。
それは、老人だった。
嘗ては、戦士と言われた老人が、各々、家の飾りとなった自分の武器を手にしたのだ。
背中は丸くなり、腕は細くなっていたが、皴の奥からのぞかせる目には現役と変わらない鋭い光があった。その光には国を守り抜いてきた戦士の誇りが宿っていた。
「どうじゃ、わしもまだまだ..いけるじゃろ?」
老戦士たちは悪戦苦闘しながら、戦士ではない者たちを守る。
しかし未だに漏れ出す汚水のように氷壁門から入り込む恋人グレニィ。
「だめだ.. このままじゃ、いずれ全員殺られてしまう」
フレイディスの絶望に満ちた声を聞くと、ビュルスは決心した。
「フレイディス、一瞬でいい。あの氷壁門で奴らの隙を作ってくれないか」
「ビュルス.. 何をするつもり?」
ビュルスはフレイディスを静かに見つめた。そして、わずかに微笑んだのだ。それは今まで見たビュルスの中で最もやさしい微笑みだった。
「俺が外にでる」
その言葉にフレイディスはビュルスの決意を感じ取ってしまった。




