流氷に落ちる粉雪
【前話までのあらすじ】
統治者の屋敷では果樹園パーティ歓迎の式典が行われた。その場でライスは討伐対象の魔獣と『形のない宝石』について触れる。ルヴァーは沈黙の後、玉座の広間にて話すと約束したのだった。
◇◇◇
ルヴァーは、テーブルの家長が座る席に着くや、ビュルスを睨みつけた。
その沈黙はわずかながらも、とてつもなく長く感じるものだった。
「あ、あの.. え.. とっ..」
ライスが場の雰囲気いたたまれず、口を開いてみたが言葉は迷走するばかりだった。
「お兄様! ライスさんがお困りですよ」
「えっ、あっ、そうか。そうだな」
何となく普段の兄妹の関係性も見えてきそうな光景だ。
「あの.. お待たせしまして申し訳なかった。えっと..そう、みなさんの質問にお答えする前に、その玉座について説明させてもらいたいのですがよろしいですか」
「玉座があるということは、もしかしてこの国は王国だったの?」
まずはリジが切り出した。
「はい。そうです。このゼルド国の元の国は王国でした」
「ん? 元の? ちょっとわからないのだけど?」
「このゼルド国とは、もともと王国アーロスの王と一部の側近たちが建国した国なのです」
「王国アーロス? そんな国聞いたことないわ。アシリアは知っている?」
リジの問いかけにアシリアは首を横に振った。
「今はアーロス国の実態を知る者はおりません。すでに200年も前の出来事です。私たちはこの世界の人々よりも2倍ほどの寿命を持っていますが、今生存しているご老体ですらアーロス国で生まれた者ではありません」
「ちょっと、今、『この世界』って言わなかった?」
「はい。私たちの祖先は『天にかける三脚』の2脚の世界から来たのです」
「『天にかける三脚』 ..天 ..違う世界。もしかして『天樹の国』」
リジがルヴァーの言葉のパズルから『天樹の国』という言葉を導き出した。
「天樹の国! そうなの? ルヴァーさん」
「天樹の国がどの国を指し示すかはわかりませんが、おそらくそうでしょう。私たちのアーロスの祖先は友好国エルアドルの裏切りにより命からがらこの世界にたどり着いたと言われています」
「ねぇ、それって200年前の話でしょ。おかしいわ。変よ」
「リジ、何が変だっていうの?」
「だって、天樹には最強の門番がいるのよ。キース先生の話だと、誰もそこを通ることはできないはず」
「ああ.. そのことですね。私たちの祖先を追っ手から助けてくれたのが、その門番と言われています。私たちは女神ララの化身だと信じております」
・・・・・・
・・
――ゼルド国防御氷壁の外、とある海岸
粉のような雪が氷の上に留まろうとする。しかし、風は粉雪がそこに居続けることを許さない。そして粉雪が留まろうとする氷もまた音をきしませながら移動を繰り返す。
「やっぱりここか」
黄昏るフレイディスの背中越しに声をかけたのはビュルスだった。
「 ..ビュルス。あなた、なぜ来たの?」
フレイディスは海に広がる流氷を見つめたまま言葉を返した。
「..お前の弟ルヴァーは立派な統治者になったな。民の顔を見ればわかる」
ビュルスは持ってきた上着をフレイディスの肩にかける。
「見て。ビュルス。あの粉雪を。こっけいよね。あの粉雪が風に流されないように氷にしがみつこうとしている。でもあの氷だって既に流されているのよ」
「何が言いたい?」
「どんなに足掻こうとしても、時を止めることはできない。ルヴァーは王家の秘宝を取り戻すことでゼルド国の再建を夢見ているわ。でもね、もうゼルド国の衰退は止めようがないのよ。この時間の流れは止めようがないわ」
「 ..何でそんなことを言う。あの頃、国の再建を誰よりも夢見ていたのはお前だったではないか」
「そう。夢よ。だから目覚めたのよ。あれは夢に浮かれていた少女の夢」
「俺はそうは思わない。衰退の時間を止められなければ、新しい時間を作ればいい。夢から覚めたなら、また新しい夢を見ればいい」
「ふ.. ふふふふ。何言ってるのよ。まるであなたが夢見る少女みたいよ」
「そう言われてもかまわない。俺は彼女たちならそれを実現してくれると思っている」
「彼女たち? 果樹園パーティの人たちね。でも、彼女たちが手伝ってくれるかしら? ルヴァーは彼女たちに知らせたのでしょ? このゼルド国に彼女たちが求めている『月の涙』など無いことを。 まったく、どこまでも間抜けな話。 闘いの神から譲り受けた宝を失くして、さらには、王家の秘宝も今や、最強の魔獣人の住処になっているのだもの。冗談にしても笑えないわ。 ..ねぇ、ビュルス、あなたいったい何しに来たのよ」
「 ..私は.. 私が失いかけた希望を取り戻したい。 ライスさんに会ってそう思ってしまったんだ」
「 ..ふふふ まったく自分勝手ね。それこそ笑える冗談だわ..」
そう言うとフレイディスは肩にかかった上着をビュルスに付き返して、その場を去った。
彼女の姿を目で追いながらビュルスは言った。
「果樹園パーティは残ってくれたよ。ルヴァーを助けるってさ」
「あの時、あなたは残ってくれなかったわ。 私を残したまま..」
彼女の涙が細かい氷に混じり風に流れて行った。
ビュルスには『すまなかった』なんて言葉は決して言えなかった。
ただ、ビュルスは、未来を示すことでフレイディスへの謝罪にしようと考えていた。




