使われない玉座の間
【前話までのあらすじ】
『刻印の扉』の試練をクリアした果樹園パーティの前に現れた白雪のような少女。彼女の名はリーヴ。ルヴァーとフレイディスの妹であった。彼女に連れられて、氷壁の門をくぐると、そこには野花広がる光景が広がっていた。そして統治者の屋敷にてライスたちを歓迎する催しが行われるのだった。
◇◇◇
今までライスたちを拒絶するような言動をとってきたルヴァー。
しかし、一転して村全体でのこの歓迎ぶりとルヴァーの対応の変わりように、ライスは困惑していた。ライスにしてみれば、国に入る資格すらないとさえ言われたのだ。
「あの.. これはいったい」
ルヴァーはひざを折り、頭を下げた。
「度重なる御無礼、申し訳ございませんでした。私たちに安住の地を与えてくれた魔法使いの方に向かって、あのような発言をしたことをお許しください。ただ、どうしてもあなた方を見定める必要がございました。特に『刻印の扉』は、入国する最低限の条件なのです。あなた方がここに居るということは、折れることのない強い信念をお持ちになるということなのです。特にライス様においては厳しい試練だったと思います」
「そうよ。ライスはもう少しで死んでしまうところだったのよ。しかもライスを刺し殺そうとしたのが私だなんて」
リジは少し涙目になりながらルヴァーに噛みついた。
「でもね、私を救ってくれたのもリジだったよ」
「ライス~..」
リジの訴えにルヴァーは『何の話だ?』というような表情をしていた。
「それは誠の話ですか? おかしい.. 私たちは脅しのために『命にかかわる』とは言うものの、今まで殺しに至るまでの試練を見ることはありませんでした」
「ライスが嘘を言っていると?」
「あっ、いいえ。そんなことは..申し訳ございませんでした」
「もういいよ、リジ。みんな無事にここまで来られたんだし、私はリジが救ってくれたことの喜びの方が大きいからさ」
リジはあまりにもデレすぎた顔を隠すため、アシリアの影に隠れた。
「ところで、このように村全体で歓迎してくれるなんて..」
「それは違います、ライス様。村全体ではありません。これがゼルド国の民、全てでございます」
その言葉に少々驚いたが、リキルス国のことを思い出すと、ライスは素直に納得がいった。ゼルド国がこの地に住み始めて200年ほど、最初はどれほどの人数がいたのかはわからないが、辺境の地で誰にも知られないで暮らしてきたのだ。国民がわずか1000人ほどであってもおかしくはない。特にこの年齢の比率である。高齢者が多いのだ。
「ルヴァーさん、私たちはゼルド国が魔獣に困っていると聞いてここに来ました。でも、ルヴァーさんもフレイディスさんも強いじゃないですか。 私たちの手伝いなど必要なんですか?」
「おれも強いぜ!」
口を挟んだランドにライスは頷いた。
「 ..あいつは強い。強すぎるほどに強い。あいつを倒すために修行もしました。しかし、あいつは私が強くなると、さらに強くなってしまう。私はマガラ国でのギガウ様の話を耳にしました。マガラ国をラークマーズと闇の従者の襲来から救った英雄のお話を」
「ちょっと待って、ギガウの話がここまで届いてるだなんて驚きだわ」
「はい、それはもう各国にその話は伝わっています。マガラ国のある方が書いた本が各国で売れているとか..「英雄伝~ラークマーズの墓を探して」とかいう本だそうです」
ライスたちはこの本の著者が誰か、すぐに察しがついてしまった。ギガウを見るとおでこに手を付け『あいつめ~』と呟きながら空を仰いでいた。
「そんなギガウ様のいる果樹園パーティの方々のお力を借りれば、あいつを打ち倒す攻略が見つかるかもしれない。どうかお力を貸してほしい」
ライスはギガウをはじめ皆の顔を確認した。
そして頷いた。
「それと..」
続けてライスがルヴァーに質問しようとすると、ルヴァーは既にその質問が何かを知っていた。
「『形のない宝石』のことですね」
「知ってるんですね!? ここにあるんですか? 」
ライスの言葉にルヴァーは静かに目を閉じて少し押し黙った。
「ライスさん、そのことは後で詳しくお話いたします。まずはゼルド国の民にあなた方を紹介させてください」
そしてルヴァーによって果樹園パーティの紹介が始まると広場は歓声に沸いた。アシリアだけは紹介される前に木の葉に隠れて姿を消してしまった。
・・・・・・
・・
ライスたちは給仕の案内で屋敷の大広間に通された。
扉を開けると大きなテーブルにはビュルスとリュキュエスが座っていた。
「ライスさん!」
ビュルスはライスに駆け寄った。魔法使いであるライスが『刻印の扉』を通ることが出来るか案じていたからだ。
「大丈夫だよ。ケガもすぐに治ったし」
「本当ですか。あの『刻印の扉』の試練は精神世界の出来事なんだ。だからその精神世界での死は精神の崩壊を意味する。そして、その世界で受けた外傷は実際のダメージになってしまう」
ライスが『大丈夫』と言っているのに、ビュルスは過剰に心配していた。リジの剣が突き刺さったとされる腰から腹まで手で調べていた。
「あ、あの.. ビュルスさん..」
「ちょっと、あんたいつまで触ってるのよ。やらしいわね」
困るライスを見て、リジが間に入ると、ビュルスは我に返った。
「すまない。ただ、私は『氷結の盾』の前で、ずっと嫌な気配を感じていたんだ。あの絡みつくような嫌な感覚を。私は角人の負の感情から鬼人となり産まれた。だからこそ感じるのだ」
「それは私も感じた。あれは嫉妬に近い感情だ。だが、いまはもう感じない」
木の葉が舞い降りるとアシリアが姿を現した。
ライスは2人の言葉に困惑していた。
「ふん、どんなに嫌な感情をぶつけてきても、そんなものは私たちがはじき返すわよ。ね、ギガウ」
「ああ、そうだ。リジの言うとおりだ」
「あたしもいるから大丈夫さ」
ビュルスの言葉に困惑するライスを励まそうと、リュキュエスが言葉をかけてくれた。
道中、ビュルス以外の誰とも話さなかったリュキュエス。そんな彼女が励ましてくれたことがライスはうれしかった。
「うん、なら安心だね」
「まっ、いま、お茶を入れるから座って待とう」
ビュルスが急須に葉を落とした。しかしライスはこのままテーブルについて良いのか迷った。理由は、この広間に玉座があったからだ。
つまりこの部屋は玉座の間なのだ。
玉座の広間にて、王が来るまでテーブルに着いて待つことなど通常あり得ないからだ。
「どうしたんだ。座ってま.. ああ、そうか。玉座か。そいつに座る奴はいないよ」
「えっ? だってルヴァーさんが統治者でしょ」
「ああ、ルヴァーの家系は統治者の家系だ。だが王家ではない」
「ん? どういうこと?」
「ライスさん、その玉座は、今まで一度しか使われたことがないんだ。そして今は使われていない。だから玉座を気にすることはない。まっ、言ってみれば、昔、玉座の広間として使われていた部屋を、今は居間として使っているようなものだよ」
ビュルスの例えはわかりやすかった。
そして、ライスたちはテーブルに着いて、ルヴァーが来るのを待った。
静かに扉が開くと入って来たのはリーヴだった。
「みなさん、すいません。お待たせしております。もうすぐ姉と兄が参ります」
『 ―姉さん、どこ行くんだ?』
『 ―やはり私が居る必要はないと思う。統治者はルヴァー、お前なのだから』
『 ―そうやっていつまで逃げるんだ! なぜ気持ちを隠そうとするんだ!』
『 ―私は逃げてはいない。逃げてしまったのは.. 』
『 ―姉さん!』
扉の向こうでルヴァー、そしてもうひとり、フレイディスの声がした。
兄と姉の失態にリーヴは気まずそうに顔を真っ赤にしていた。
「みなさん、ちょっと失礼します」
そう言うと、扉の外に顔を出した。
『 ―兄さん、みんな丸聞こえ!』
扉が開くとルヴァーが伐悪そうに部屋に入って来た。
そしてテーブルに着くやビュルスを睨むのだった。




